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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十三話 (アレクサンダーside)
しおりを挟む「寝ちゃった?」
「ああ」
先程までは起きていて、もぞもぞと動いて何か呟いていた。鉄分が、魚が、という単語は聞き取れたが、あとの独り言はもはや言葉として成り立っていなかった。ただ静かになる前に「お父さん」と言っていたのだけはハッキリとアレクサンダーの耳に届いた。
「(親に縋る年齢でもないだろうに)」
知らない世界に連れてこられたとはいえ、親に縋るなど甘ったれた根性をしている。自ら闇に足を踏み入れた人間の言葉とは思えなかった。
「カイって城下町で何してるか聞いてる?」
ため息を漏らすアレクサンダーにクインシーが小首傾げながら聞いてきたが、アレクサンダーもカイが城下町で何をしているかなんて知らない。橋の前に来る約束はきちんと果たされているし、本人も元気そうに笑っていたから聞かなくても問題はないと思っていた。
だが、約束の二回目にしてそれは崩れた。橋の前に来た時は普通にしていたが、徐々に顔色が悪くなっていた。やはり、城下町で何をしているのか聞いた方がいいのか。
「知らん」
「城下町に下りるとは言ってたけどさ。今の城下町は何も無い……じゃん?何かしようたってさ」
「起きたら聞けばいいだろ」
「じゃあ、アレクサンダーが聞いといて!」
「なんで俺が」
「だって言い出しっぺじゃない」
ということでお願いねー!とヘラヘラ笑ってクインシーはヴィンスの宿がある小道へと入っていく。
子供の頃から変わらないクインシーの性格にまたため息が出た。
思っていても、考えていても自分で行動しようとはしない。動くのがめんどくさいという理由ではなく、他人にやらせることで、そいつの手柄になるように仕向ける。それがクインシーの性格だった。
最初は自分でやるのがめんどくさいだけなのだろうと思っていた。他人にやらせるより自分でやった方が早いし、周りから評価されるのにも関わらず。いくらクインシーにやめろと言っても、直ることはなかった。
その後、原因はクインシーの母親にある事がわかった。クインシーの母親はクインシーの父親をあげる癖がある。別に父親がそうしろと言ったわけではないらしいが、母親は進んで父親を良き人間だと周囲に語っていたらしい。
その背中を見続けたクインシーに母親の癖がついたとでもいうのか。
「馬鹿らしい。他力本願もいい加減にしろ」
先に宿についていたクインシーを軽く睨んでから、アレクサンダーはヴィンスを呼び出した。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「お前さんら……何しに来たんだ!?」
「久しぶりだねぇ、ヴィンス!元気にしてた?」
扉を開けて中に入ると、テーブル席で茶を飲みながら釣竿の手入れをしていたヴィンスと目が合った。
突然の来訪にヴィンスは持っていた竿を床に落としてしまい、慌てて拾いあげて壊れていないかを確認する。運良く竿はどこも壊れていなかったらしく、ヴィンスは安堵の息を吐く。そのタイミングでアレクサンダーはヴィンスに声をかけた。
「ヴィンス、サクラギの部屋はどこだ」
「カイ? なんだ、一体何があった!」
アレクサンダーに背負われているカイに気づくと、ヴィンスはカイと走り寄ってくる。何度か声をかけても起きる気配のないヴィンスに見かねたクインシーが寝ているだけだと説明した。
ただ疲れて寝ているだけだと聞かされたヴィンスは「どいつもこいつも心臓を止める気か! まったく!」と憤慨した。
「部屋は」
「あ? あぁ、上の右側の部屋だ」
「わかった」
慣れ親しんだ場所だから部屋の場所さえ教えてもらえば自分で行ける。古めかしい階段を上り、カイの部屋へと入る。備え付けの机の上にノートと分厚い本、そして椅子に掛けられたリュック。カイが元いた世界から持ってきた唯一の私物。
その一つであるノートにアレクサンダーは目がいった。カイを背負ったまま机に近づき、ノートを開いてみる。黒いペンで何かが書いてあるが、アレクサンダーには読めなかった。
「国の言葉か」
国が変われば言葉も違う。世界が違ければもっと言葉は理解しがたくなる。特にカイが住んでいた国は言い回し方が難しい国のような気がする。話していてたまに回りくどい言い方をするのだ。アレクサンダーも言葉が足りないと言われることがあるが、カイのそれは話している内容を理解していないとわからない類のものだ。だからカイの話を聞き逃せなかったりする。まぁ、そんな話し方だから聞き入っているということでもないのだが。
「寝かせるか」
ノートに書かれている言葉はわからない。これ以上見ていてもわからないものはわからないのだ。それよりも早くカイをベッドに寝かせてやらなければ。いつまでも背中の上では寝心地も良くないだろう。
まだ眠っているカイを起こさないようにゆっくりとベッドに寝かせ、風邪をひかないようにと布団も掛けた。
ベッドの端に腰掛け、アレクサンダーはカイの首元へと手を伸ばす。カイに持たせていたネックレスを慎重に取り出して守りの状態を見る。
「おかしい。なぜ変わらない」
ネックレスからはカイに手渡した時と同じ状態だった。これだけ闇の濃い地域に居るのにも関わらず、ネックレスからは加護の力が放たれている。聖水に浸していたのはたった数時間。この町では使い物になるかも怪しかったはずだ。
「俺も疲れているのか?」
ネックレスに宿した加護の力の度合いを見誤るほど疲れているのか。カイに休めと言ったが、自分も人のことを言えないかもしれない。騎士団の演習に、聖女の護衛。国王からの命令とここ数日は多忙を極めていた。そのせいで自分の微々たる魔力が不安定になっているというのであれば納得がいく。
「明日には新しいものを持ってこよう」
このネックレスを渡してもう二日は経つ。そろそろ変えてやらなければ。幸い、二つ目のネックレスは丸一日聖水に浸してある。あれなら一週間は持つはずだ。
ネックレスを元に戻し、アレクサンダーはベッドから立ち上がる。そろそろ城へ戻らなければ、魔導師に見つかる。城下町に下りていたとバレてはめんどくさいことになりかねない。ただでさえ、魔導師たちからしたら騎士団の存在は疎ましく思われているのだから。
下で話しているであろうクインシーの元に戻ろうと一歩踏み出した時、マントが引っ張られた。
「あれく……さんだー?」
「起きたのか?」
「ん……んん、ん?」
うっすらと瞼が開いているがまだ眠そうな顔をしている。ベッドの側へと戻り、起き上がろうとしていたカイの頭を枕へと押し付けた。
「寝ていろ」
「かえるの?」
「あぁ。俺たちに下城は許されていないからな」
「げじょ」
「下城だ」
"う"が足りないと言ってやると、カイはふにゃりと顔を緩めた。アレクサンダーたちは城下町の警備として町を見回ることは出来るが、長く城下町に留まることは許されてはいない。城に戻らず城下町に居続ければ、反逆行為とみなされて投獄される。
「俺たちは帰るぞ」
ここに残っているわけにはいかない。アレクサンダーのマントを掴んでいるカイの手を掴み、手を離すように促す。
「サクラギ」
「……やだ、」
手を離すどころか逆に強く掴まれる。何が嫌なんだ。
「いい加減離せ」
「離したら、アレクサンダーは」
「なんだ」
自分がなんだと言うんだ。離したがらない理由はなんだ。あまり駄々をこねるのであれば無理矢理にでもこの手を離そうと考え、カイの手を掴んでいる右手に力を込めた。
「いなくならない?」
「……は?」
今なんと言った?いなくなる?誰が?自分が?
帰るからこの手を離せと言っているのだ。ここからいなくなるのは当然のこと。まさか帰るなとでも言いたいのか。
「サクラギ、俺たちの帰る場所はここじゃない。騎士団本部だ。長くここに留まれば命はない」
カイには関係のないことだが、アレクサンダーとクインシーには大いに問題がある。カイのわがままには付き合っていられない。だからこの手を、と言いかけたが、唐突にカイの手から力が抜けてマントが手放される。
「ごめんなさい」
一言漏らしたカイは泣きそうな顔でアレクサンダーを見上げていた。泣かれる道理がわからない。この男は感情の振れ幅が大きすぎて追いつかない。笑ったかと思えば急に泣き出すなんて。
「わがまま、言ってごめんなさい」
「……また来る。だから泣くな」
「ん、」
泣いた理由はアレクサンダーを引き止めてしまった事のようだ。ポロポロ零れる涙を指先で掬い取る。次から次へと零れ落ちていくが、アレクサンダーは何度も拭った。
数分ほどそんなやり取りを繰り返していたが、カイが寝落ちたことで終わった。マントを掴んでいた手をベッドの中へと戻してやり、アレクサンダーは部屋を出る。
「(俺は一体何をしてるんだ)」
あんな子供のようなやつを相手にしなくてもいいはずだ。寝ろ、と一言残して部屋を出てしまってもよかった。なのに、カイが泣き疲れて眠るまでそばに居た。そうしなければならないと思ったからだ。
「はぁ……相当疲れてるのか」
全ては疲れているせいだ。きっと全部そうだ。
疲れると思考が鈍って仕方ない。あのままカイに触れていたいと思ってしまったのも全て。
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