異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

文字の大きさ
上 下
26 / 121
第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第二十三話 (アレクサンダーside)

しおりを挟む

「寝ちゃった?」

「ああ」

 先程までは起きていて、もぞもぞと動いて何か呟いていた。鉄分が、魚が、という単語は聞き取れたが、あとの独り言はもはや言葉として成り立っていなかった。ただ静かになる前に「お父さん」と言っていたのだけはハッキリとアレクサンダーの耳に届いた。

「(親に縋る年齢でもないだろうに)」

 知らない世界に連れてこられたとはいえ、親に縋るなど甘ったれた根性をしている。自ら闇に足を踏み入れた人間の言葉とは思えなかった。

「カイって城下町で何してるか聞いてる?」

 ため息を漏らすアレクサンダーにクインシーが小首傾げながら聞いてきたが、アレクサンダーもカイが城下町で何をしているかなんて知らない。橋の前に来る約束はきちんと果たされているし、本人も元気そうに笑っていたから聞かなくても問題はないと思っていた。

 だが、約束の二回目にしてそれは崩れた。橋の前に来た時は普通にしていたが、徐々に顔色が悪くなっていた。やはり、城下町で何をしているのか聞いた方がいいのか。

「知らん」

「城下町に下りるとは言ってたけどさ。今の城下町は何も無い……じゃん?何かしようたってさ」

「起きたら聞けばいいだろ」

「じゃあ、アレクサンダーが聞いといて!」

「なんで俺が」

「だって言い出しっぺじゃない」

 ということでお願いねー!とヘラヘラ笑ってクインシーはヴィンスの宿がある小道へと入っていく。

 子供の頃から変わらないクインシーの性格にまたため息が出た。

 思っていても、考えていても自分で行動しようとはしない。動くのがめんどくさいという理由ではなく、他人にやらせることで、そいつの手柄になるように仕向ける。それがクインシーの性格だった。

 最初は自分でやるのがめんどくさいだけなのだろうと思っていた。他人にやらせるより自分でやった方が早いし、周りから評価されるのにも関わらず。いくらクインシーにやめろと言っても、直ることはなかった。

 その後、原因はクインシーの母親にある事がわかった。クインシーの母親はクインシーの父親をあげる癖がある。別に父親がそうしろと言ったわけではないらしいが、母親は進んで父親を良き人間だと周囲に語っていたらしい。

 その背中を見続けたクインシーに母親の癖がついたとでもいうのか。

「馬鹿らしい。他力本願もいい加減にしろ」

 先に宿についていたクインシーを軽く睨んでから、アレクサンダーはヴィンスを呼び出した。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「お前さんら……何しに来たんだ!?」

「久しぶりだねぇ、ヴィンス!元気にしてた?」

 扉を開けて中に入ると、テーブル席で茶を飲みながら釣竿の手入れをしていたヴィンスと目が合った。

 突然の来訪にヴィンスは持っていた竿を床に落としてしまい、慌てて拾いあげて壊れていないかを確認する。運良く竿はどこも壊れていなかったらしく、ヴィンスは安堵の息を吐く。そのタイミングでアレクサンダーはヴィンスに声をかけた。

「ヴィンス、サクラギの部屋はどこだ」

「カイ? なんだ、一体何があった!」

 アレクサンダーに背負われているカイに気づくと、ヴィンスはカイと走り寄ってくる。何度か声をかけても起きる気配のないヴィンスに見かねたクインシーが寝ているだけだと説明した。

 ただ疲れて寝ているだけだと聞かされたヴィンスは「どいつもこいつも心臓を止める気か! まったく!」と憤慨した。

「部屋は」

「あ? あぁ、上の右側の部屋だ」

「わかった」

 慣れ親しんだ場所だから部屋の場所さえ教えてもらえば自分で行ける。古めかしい階段を上り、カイの部屋へと入る。備え付けの机の上にノートと分厚い本、そして椅子に掛けられたリュック。カイが元いた世界から持ってきた唯一の私物。

 その一つであるノートにアレクサンダーは目がいった。カイを背負ったまま机に近づき、ノートを開いてみる。黒いペンで何かが書いてあるが、アレクサンダーには読めなかった。

「国の言葉か」

 国が変われば言葉も違う。世界が違ければもっと言葉は理解しがたくなる。特にカイが住んでいた国は言い回し方が難しい国のような気がする。話していてたまに回りくどい言い方をするのだ。アレクサンダーも言葉が足りないと言われることがあるが、カイのそれは話している内容を理解していないとわからない類のものだ。だからカイの話を聞き逃せなかったりする。まぁ、そんな話し方だから聞き入っているということでもないのだが。

「寝かせるか」

 ノートに書かれている言葉はわからない。これ以上見ていてもわからないものはわからないのだ。それよりも早くカイをベッドに寝かせてやらなければ。いつまでも背中の上では寝心地も良くないだろう。

 まだ眠っているカイを起こさないようにゆっくりとベッドに寝かせ、風邪をひかないようにと布団も掛けた。

 ベッドの端に腰掛け、アレクサンダーはカイの首元へと手を伸ばす。カイに持たせていたネックレスを慎重に取り出して守りの状態を見る。

「おかしい。なぜ変わらない」

 ネックレスからはカイに手渡した時と同じ状態だった。これだけ闇の濃い地域に居るのにも関わらず、ネックレスからは加護の力が放たれている。聖水に浸していたのはたった数時間。この町では使い物になるかも怪しかったはずだ。

「俺も疲れているのか?」

 ネックレスに宿した加護の力の度合いを見誤るほど疲れているのか。カイに休めと言ったが、自分も人のことを言えないかもしれない。騎士団の演習に、聖女の護衛。国王からの命令とここ数日は多忙を極めていた。そのせいで自分の微々たる魔力が不安定になっているというのであれば納得がいく。

「明日には新しいものを持ってこよう」

 このネックレスを渡してもう二日は経つ。そろそろ変えてやらなければ。幸い、二つ目のネックレスは丸一日聖水に浸してある。あれなら一週間は持つはずだ。

 ネックレスを元に戻し、アレクサンダーはベッドから立ち上がる。そろそろ城へ戻らなければ、魔導師に見つかる。城下町に下りていたとバレてはめんどくさいことになりかねない。ただでさえ、魔導師たちからしたら騎士団の存在は疎ましく思われているのだから。

 下で話しているであろうクインシーの元に戻ろうと一歩踏み出した時、マントが引っ張られた。

「あれく……さんだー?」

「起きたのか?」

「ん……んん、ん?」

 うっすらと瞼が開いているがまだ眠そうな顔をしている。ベッドの側へと戻り、起き上がろうとしていたカイの頭を枕へと押し付けた。

「寝ていろ」

「かえるの?」

「あぁ。俺たちに下城は許されていないからな」

「げじょ」

「下城だ」

 "う"が足りないと言ってやると、カイはふにゃりと顔を緩めた。アレクサンダーたちは城下町の警備として町を見回ることは出来るが、長く城下町に留まることは許されてはいない。城に戻らず城下町に居続ければ、反逆行為とみなされて投獄される。

「俺たちは帰るぞ」

 ここに残っているわけにはいかない。アレクサンダーのマントを掴んでいるカイの手を掴み、手を離すように促す。

「サクラギ」

「……やだ、」

 手を離すどころか逆に強く掴まれる。何が嫌なんだ。

「いい加減離せ」

「離したら、アレクサンダーは」

「なんだ」

 自分がなんだと言うんだ。離したがらない理由はなんだ。あまり駄々をこねるのであれば無理矢理にでもこの手を離そうと考え、カイの手を掴んでいる右手に力を込めた。

「いなくならない?」

「……は?」

 今なんと言った?いなくなる?誰が?自分が?
帰るからこの手を離せと言っているのだ。ここからいなくなるのは当然のこと。まさか帰るなとでも言いたいのか。

「サクラギ、俺たちの帰る場所はここじゃない。騎士団本部だ。長くここに留まれば命はない」

 カイには関係のないことだが、アレクサンダーとクインシーには大いに問題がある。カイのわがままには付き合っていられない。だからこの手を、と言いかけたが、唐突にカイの手から力が抜けてマントが手放される。

「ごめんなさい」

 一言漏らしたカイは泣きそうな顔でアレクサンダーを見上げていた。泣かれる道理がわからない。この男は感情の振れ幅が大きすぎて追いつかない。笑ったかと思えば急に泣き出すなんて。

「わがまま、言ってごめんなさい」

「……また来る。だから泣くな」

「ん、」

 泣いた理由はアレクサンダーを引き止めてしまった事のようだ。ポロポロ零れる涙を指先で掬い取る。次から次へと零れ落ちていくが、アレクサンダーは何度も拭った。

 数分ほどそんなやり取りを繰り返していたが、カイが寝落ちたことで終わった。マントを掴んでいた手をベッドの中へと戻してやり、アレクサンダーは部屋を出る。

「(俺は一体何をしてるんだ)」

 あんな子供のようなやつを相手にしなくてもいいはずだ。寝ろ、と一言残して部屋を出てしまってもよかった。なのに、カイが泣き疲れて眠るまでそばに居た。そうしなければならないと思ったからだ。

「はぁ……相当疲れてるのか」

 全ては疲れているせいだ。きっと全部そうだ。
疲れると思考が鈍って仕方ない。あのままカイに触れていたいと思ってしまったのも全て。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

聖女の兄で、すみません! その後の話

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』の番外編になります。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

処理中です...