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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十三話 (アレクサンダーside)
しおりを挟む「奥様、そろそろ休まれてはいかがでしょう」
夜も更けたころ、呆れた声で部屋へやってきたのはミンケだ。
「んん~もうちょっとだけ」
「ダメです」
「ダメぇ?」
「ダメです。無理されるのなら、もう採ってきませんよ」
なんとサーバルキャット、泳ぎも大得意。
ユリシーズの魔法がなくても、湖底まで潜って原石を拾えてしまうのだとか。普通の人間なら水圧でかなり苦しい深さだけれど、そこは強靭な獣人なればこそ、らしい。
「んむう! わかったわ」
「はい。ナイトティーをどうぞ」
「ありがと」
私は作成途中のアクセサリーを箱にしまって、ミンケに渡す。
趣味のアクセサリー作りに意識が向いたことで、すっかりメンタルの調子を取り戻したまでは良かったものの。真夜中でも夢中で手を動かしてしまうので(隈のできた顔を見たユリシーズに、こっぴどく叱られた)、道具は全てミンケが管理することになってしまった。
「こちら、中庭で採れたカモミールです」
「わ、いい香り。少しだけはちみつを落としてくれたのね。おいしい」
「お疲れでしょうから、特別です」
先日思わず抱き着いた時もそうだけれど、ようやくミンケと打ち解けはじめた気がする。
「明日は王都へ行くのですから、早めに休まれてくださいね」
「はあい」
国王から『王子の婚約者お披露目夜会に、嫁と来い(意訳)』という手紙が来たらしく、ユリシーズが毎日イライラしている。
白い結婚のことは両家の秘密なので、すまないが夫婦として演技を頼むと言われたし、私ももちろんそのつもりだ。
ドレスを新調するため、王都にあるエーデルブラートのタウンハウスへ職人を呼び寄せ、打合せをすることになっている。
私だけ実家へ行くこともできたが、ユリシーズから「俺もタキシードを新調する」とむすりと言われたので、そうなった。
◇ ◇ ◇
服飾職人たちは、昼過ぎにこぞってやって来た。
タウンハウスには、来られないミンケの代わりに、信頼できるカールソン家のメイドたちを予め呼び寄せておいた。
これが正解だったな、と胸を撫でおろす。
布や宝飾の商人たちも合わせると、応接室が手狭なくらいの人数になったからだ。
「呼んでねえぞ」
憮然とするユリシーズに、商人たちは負けじともみ手で笑顔を作り、すり寄った。
「ご結婚、おめでとうございます! ネックレスなども新調されてはいかがでしょうか」
「さあさ、奥様はこちらで採寸を」
「すべて最高級のものをお持ちいたしておりますよ」
それでも蛇侯爵からは『心底めんどくさいオーラ』が駄々洩れだったので
「リス様。すぐに終わりますので! ね?」
フォローの一声を掛ける。
「は~、わかった。おまえら、さっさと終わらせろよ」
無駄にプレッシャー与えてる! こわっ!
おかげさまで、隣室で採寸する職人さんの手が笑っちゃうぐらいに震えていたので、ちゃんと測れたのか心配になった。
実家から持ってきてもらった採寸表を渡すし、サイズもほぼ変わっていないから大丈夫だろうけれど。
「おじょ……奥様」
サマンサが、私の背後からそっと囁く。
「安心した?」
「はい」
久しぶりの再会の瞬間、この厳しくて優しいメイド長には「心配でたまりませんでした!」とぎゅうっと抱きしめられた。それぐらい、蛇侯爵の評判は『悪い』。
私があっけらかんと「口が悪いだけだよ、幸せだよ!」と言っただけでは安心しきれなかったようだ。ふたりのやり取りを見てようやく、といったところだろう。
ユリシーズのそんな風評は、もしかしたら国王の意図した『蛇侯爵ネガティブキャンペーン』ではと私は薄々感じている。あの結界や研究室を見ると、王国にとって彼が非常に脅威的な存在だと私でも分かる――当人はつまらなそうにソファでふんぞり返っているが。
「おまたせいたしました」
部屋に戻ってそう声を掛けても、背もたれに右肘を乗せ、こめかみに右人差し指を当てたしかめっ面は変わらない。
左膝に右足首を乗せるように足を組んでいて、横柄が極まっている。
「なあセラ。今はそろいの色が流行りらしいぞ」
ちろ、とテーブルに広げられた色とりどりの布見本に目を落として、ユリシーズが言う。
これは暗に「夫婦を演出するなら、そろいの色にしろ」の命令だなと悟り
「まあ! 素敵ですわね。わたくしが選んでもよろしくて?」
笑顔で彼の隣に腰かけた。自然を心がけて。
商人たちが、その様子に目を見張っている。
「そうだな。水色に合う色なら」
眉間のしわを緩めてみせたユリシーズは、おもむろに人差し指で私の後ろ髪をひと房すくったかと思うと、くるくる弄び始めた。
おいこらっ! なんか手馴れてんな!? ちょちょ、メイドたちが真っ赤になってる!
「っ、では紺色はいかが? リス様も黒ばかりは飽きますでしょう?」
「紺か。いいだろう。じゃあタイは水色にするか」
「なら、コサージュはこの色にしようかしら? ほら、リス様の目の色」
私が暗めのエメラルドグリーンの、光沢がある布を持ち上げて見せると、
「おう。リボンもな」
機嫌よく頷かれた。
え、待って。リボン!? リボンって言った!? やっぱこなれてんな!
「では、プリンセスラインで、腰にこのリボンとか?」
「いいな。なら俺のカフスボタンはエメラルドにしよう」
「エメラルド!?」
「いいじゃねーか。セラもチョーカー作れ」
「!?」
「ドレスと同色のチョーカー、好きだろ? おい。なるべくでかい、最高級のエメラルドを使え。いいな」
商人たちは当然、色めき立った。
それもそのはず、ざっと見積もって億単位(前世の価値観)の買い物したよこの人っ! 一瞬で!
「は、はい! 最高級のものをご用意させて頂きます!」
「仮縫いや納品で何度かご訪問させて頂きますので何卒っ」
「わかった、わかった」
後日、蛇侯爵と強欲令嬢、大変仲睦まじい様子――なんてゴシップが王宮を駆け巡ったらしく、父から心配の手紙をもらって頭が痛かった。
◇ ◇ ◇
王都に泊まるか聞かれたものの、できれば帰りたいと答えたら
「俺も帰りたい」
と快諾してくれ、慌ただしくタウンハウスを出た(サマンサにはだいぶ惜しまれたけど)。
ようやく腰を落ち着けた帰りの馬車の中で、
「無駄使いですよ……もったいないです」
ととりあえず抗議する。貴族の娘は基本、直接お金のやり取りに関わることはないが、私は前世と価値を比較することで多少は分かっているつもりだ。
この世界でも宝石は希少で高価なものだし、大きくなればなるほどとんでもない金額になる。
「大した事ねえよ」
「いやいや!」
「お前なぁ……あー。魔石って、知ってるか?」
「は? 知ってますけど?」
思わずイラっとしてしまったのは、申し訳ないけれど許して欲しい。
数少ないが流通している、『魔力のこめられた石』が便利なのも、この世界の常識だからだ。
機械や装置を動かす電池のようなもので、消耗品かつ高級なので貴族しか使っていない。私は、最も贅沢なのはお風呂だと思っている。なぜなら、庶民は井戸から水を汲んで生活しているが、貴族は水の汲み上げ装置を魔石で動かしているから。水をお湯にするのも同様で、使用量が半端ないので、密かに電気代やば! と思っている。
「そう怒んなって」
ユリシーズはニヤケ顔で私を見ながら、人差し指をくいくいと動かして、近寄るように促してきた。
まったくもって不本意だけれど、向かい側の椅子から身を乗り出すようにしたらバランスを崩しそうだったので(走っている馬車は結構揺れる)、よろめきつつ天井に頭をぶつけつつ隣に移動した。その一連の動きを眺めている蛇侯爵は、なんだかとても機嫌が良い。
「ふう。で、なんでしょうか」
スカートがくしゃりとなってしまったので、引っ張って直しながら尋ねると、
「俺が売ってる」
耳元で囁かれた。
「俺……が……? ぎょわ!?」
ぬぁんですとぉおおぉぉぉ!?
「ふは! またどっから声出してんだ。ま、三重ぐらい商会通してっから、バレてねえ。秘密な」
いたずらっぽい顔でしーっと人差し指を立てる、大魔法使い。
さらっともんのすごいこと、言いよった。暴露しよったぞ!
「ぶふ。セラ。びっくりすると目がまんまるだな。カエルみたいだぞ」
「ゲコゲ……違うしっ!」
「ぶ! ぶっはははは!」
思わずノリツッコミしたら、大爆笑された。
また目がなくなってるし、お腹抱えてる。
「カエルちゃーん。おいって。怒るなって。カエルちゃーん?」
――また不本意なあだ名が付いたぞ! 無視だ、無視!
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お読み頂き、ありがとうございました。
リス、隣に座って欲しかったんですね。
そして、好きな子はいじめるタイプですね……
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