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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十二話
しおりを挟む「ということがあったんです。本当にびっくりしちゃって」
「へぇ、それは大変だったねぇ。で、その女性はもう大丈夫なの?」
「一応は。明日からの食事は栄養を考慮したものにしないと」
その日の昼、海はまた城門の橋の前に来ていた。昨日は遅れてしまったから今日は早めに宿を出た。約束の時間に遅れることなく、むしろクインシーとアレクサンダーが来る前につくことが出来た。
今はルイザが倒れたことを話していたところだった。
クインシーとアレクサンダーはルイザのことを知らないらしく、どんな女性なのかとしつこく聞かれた。ルイザとはまだ会って間もないからあまり知らないが、話している感じでは女丈夫のような人だろう。
クインシーは海の説明でどんなイメージをしたのか、微苦笑を浮かべていた。
「あれ? カイって料理できるの?」
ところで、と話が変わる。
「簡単なものならレシピ無しでもいけるよ。レシピがあれば誰でも作れるんじゃない?」
料理は得意ではないが好きな方だ。野菜を切っている時のシャキシャキ音や、肉の皮取り、昨日はヴィンスに魚の捌き方も教えてもらった。出来ることが一つ一つ増えていくのが楽しい。今日はこれが作れたから、明日はあれを作ろうという楽しみがある。食べたいものがあったら自分で調べて作って食べる。買ってくれば早いものもあるが、自分好みの味を求めるのなら作った方がいい。
料理をすることに何故かクインシーがニヤニヤ顔でアレクサンダーを見る。その顔にアレクサンダーは訝しげな顔を浮かべた。
「ねぇ、カイ。今度作って持ってきてよ、アレクサンダーに」
「アレクサンダーに?」
「そう。忙しいとすぐ食事を疎かにするから、こいつ」
「別に食べてないわけじゃない」
仕事に夢中になると食事のことを忘れてしまうのは分かる。忙しければ忙しいほどだ。アレクサンダーは騎士団団長としての仕事がある。その上、海のことも面倒みているのだから大変だろう。
それなら城でご飯を作ってもらった方が早いし美味しいはずだ。海が作って持ってくるよりも。
「俺なんかでいいの?城に作る人がいるんじゃないの?」
「居るは居るんだけどさ。ほら、なんていうの?食べたくなるじゃん、そういうの」
そういうのってどういうのだ。要はアレクサンダーにお弁当を作ってきて欲しいということで良いのだろうか。男の作る料理なんてたかが知れている。それでもいいのかとクインシーに聞くと「カイが作ることに意味があるの!」と押し切られた。
ね?だからお願い。と頼み込まれてしまえば海は断ることが出来ない。元より断る理由はなかったから普通に頼まれたとしても承諾していたと思うけど。
「わかった。作ってくるけど……。アレクサンダー、魚は食べれる?」
「大丈夫大丈夫! アレクサンダーは好き嫌いないから!なんでも食べるよ!」
アレクサンダーが口を開いたと同時にクインシーが横から答えた。アレクサンダーの食の好みも把握しているのだろう。クインシーはアレクサンダーのことならなんでも知っていそうだ。
「(……うん? なんだ?)」
仲が良くていいなと羨んでいたのだが、少しモヤッとした気分になった。なんだ?どうした?と自問を繰り返す。その間、アレクサンダーはクインシーに文句を言っていた。その光景を眺めながら海は胸元をキュッと掴む。今まで感じたことの無い感覚に違和感を感じて。
「どうしたの?カイ。どこか痛い?」
二人を眺めたまま黙りこくっていたら、クインシーに心配されてしまった。なんでもないと笑ってみたが、自分でもわかるくらいぎこちないものになってしまった。一体何がどうしたのか。モヤモヤしたものがずっと胸の内にある。理由がわからないからもっとモヤモヤした。
「ごめん、なんかちょっと疲れてるみたい」
もしかしたら疲労が溜まっているのかもしれない。この国に来てから考えることも、動くことも多かった。一人でどうにかなるような問題じゃないことも、考え込んでは解決策が見つからず悩み抜いた。
それが良くなかったのかもしれない。休憩を取ることなく動いていたのが原因なのかもしれない。ならば今日は早めに帰って休んだ方がいいだろう。二人にわざわざここまで出てきてもらっているのだから、もう少し話をしていたかった。でも、体調が悪いのに無理して話していても、二人に気を遣わせてしまう。それだけは嫌だった。
「大丈夫? 送っていこうか?」
「大丈夫。一人で帰れるから平気」
「本当に? いいよ? 俺たちどうせ今日は暇だから。送っていくくらいできるよ? てか、心配だから送っていくよ」
ふるふると頭を横に振って何度も大丈夫だと言ってみたが、クインシーは人の話を聞かずに城下町の方へと歩いていってしまった。
「大丈夫、なのに」
「素直に送られておけ。疲れが溜まってるんだろう」
「それは……」
「そういう時は無理をするものではない」
前を歩くクインシーの後をアレクサンダーと一緒に歩く。海に合わせてアレクサンダーが歩調を合わせてくれていた。それが嬉しくて、でも申し訳なくて。アレクサンダーの顔を見ずに俯いて地面を見つめた。多分、それが良くなかったのかもしれない。
横にいたアレクサンダーが足早に海の前へと進み、何を思ったのかこちらに背を向けた状態でしゃがんだ。何をしているのかと不思議に思ったが、その行為には見覚えがある。父親が子供をおんぶする時にやるものだ。
「え」
「乗れ。そんなに体調が悪いなら歩くのは辛いだろ」
俯いて歩いていた姿がアレクサンダーには酷く体調が悪いように見えたらしい。
「いや、大丈夫だから! そうじゃなくて、ええっと」
まさかアレクサンダーの背中に乗れというのか。それならまだクインシーの方がいい。
というか、ちゃんと歩ける。疲れているとは言ったが、そんなに体調が悪いわけじゃない。自分の足で宿まで帰れるくらいの余裕はまだ残っている。だからそんなことをしなくてもいい。そう訴えたのだが、アレクサンダーもクインシーと同じように人の話に耳を傾けず、海の前でしゃがみこんだまま待機している。
「えー、なにやってんの? カイのことおんぶするの?」
「その方が早い」
「なるほど? じゃあ、カイ乗っちゃいなよ。大丈夫、そんな気にしなくて平気だよ。ちょっといかつい馬に乗ってる気分でいっちゃえ!」
そのちょっといかつい馬の眼光が怖いとは言えない。クインシーに早く早くと急かされ、海は恐る恐るアレクサンダーの肩に手を乗せた。だが、背中に抱きつくまでの勇気はない。やはりおんぶしてもらうのはやめようと手を離したが、アレクサンダーにガシッと掴まれてしまった。
「遅い」
「えっ、ちょ、あの!?」
「大人しく乗っていろ。辛いなら寝てても構わん」
掴まれた手は勢いよく引っ張られた。アレクサンダーの背中へと引き寄せられ、抱きつく形になる。戸惑っている間に海の足はアレクサンダーの腕に取られ、持ち上げられてしまった。
大人になってからはおんぶなんてされたことは無い。子供の頃はよく両親にしてもらっていたのだが、こんなに恥ずかしい思いをしたことはない。
「アレクサンダー! 下ろして、下ろしてください! 本当に大丈夫だから!」
「やかましい。黙ってろ」
下ろしてもらおうと暴れたが、こちらを見たアレクサンダーの目によって海は大人しくなった。この目に睨まれてしまってはもう何も言えまい。
仕方ない。ここは静かにしていたほうが懸命だ。下手に文句を言えば、次は怒られてしまうかもしれない。
「ありがとうございます」
「あぁ」
歩く振動が身体に伝わる。その揺れがとても気持ちよくて、うとうとし始めた。落ちかけている瞼を開けようとしたが、頭は休息を欲しているのか、海の必死な抵抗は虚しく終わった。
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