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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第二十一話
しおりを挟む翌朝、ヴィンスと共にルイザの元へ持っていくご飯を作っていた。ルイザは好き嫌いが多いらしく、好みのものでないと全く食べずに残してしまうとのこと。そのため、ヴィンスはキッチンで暫く頭を抱えていた。
「そんなに嫌いなもの多いの?」
「多すぎるんだ。ローザが甘やかしちまったせいで、偏食が酷すぎる。前までは食べれるものが色々あったからいいものの、今じゃあいつの食べれるものが少ない。かといって適当に入れちまうと殆ど残す。ほんとに困ったもんだよ」
お前さんは好き嫌いなく全部食べてくれるから楽なのにな、と笑うヴィンスに海は苦笑いを返した。好き嫌いというか、それを食べないと生きていけないというのもあるし、食事が出来ている理由を何となく知ってしまった後では、食べ物を粗末にするのは良心が痛む。
結局、一時間ほど悩んで作ったご飯は同じ魚のものばかり。ヴィンスの宿の冷蔵保管庫の中には色んな種類の魚があるのにも関わらずだ。
「すまんな。手間かける」
「いいんだ。これくらい大したことないから、気にしなくていいよ」
ご飯の入った包みを持って宿を出る。すぐ隣のルイザの家へと向かう。今度は店の中を覗くようなことはせず、店の裏手にある勝手口の戸を叩いた。
「ルイザ! 海だけど……!」
ノックしてから名乗り、ルイザが扉を開けてくれるのを待った。だが、一向にルイザが来る気配はない。もしかして出掛けているのかと思ったが、庭に面している窓は開け放たれている。窓を開けたまま出掛けることはしないだろう。日本なら田舎とかで見たことがあるが、ここはそんなに田舎ではない。
「ルイザ?」
段々嫌な感じがしてきた。昨日は元気でも、今日も元気とは限らない。闇のせいでおかしくなってしまったこの町ならなおさらの事だ。
一応、もう一度扉をノックしてルイザを呼ぶ。暫く待ってみても応答がない。これは一度ヴィンスを呼びに宿へ戻った方が良いだろうと、勝手口から離れた時、扉の向こう側からガシャン!と大きな音がした。
「ルイザ! いるのか!?」
ドンドンッと強く扉を叩く。大きな音が聞こえたのはそれきりだった。もし、その音がルイザの倒れた音だったとしたら。そう思ったら血の気が引いた。
「ごめん、ルイザ!上がらせてもらうからな!」
海は急いで庭の方へと回り、開いていた窓から部屋の中へと入った。
部屋の中は静かで人の気配を感じられない。一歩、また一歩とゆっくり歩を進め、勝手口の方へと近づいていった。
「ルイザ!」
ルイザはいた。ぐったりと力なく床に倒れている姿で。
手に持っていた食事をテーブルの上に置き、ルイザを助け起こしたが、ルイザは真っ青な顔で目を閉じていた。
「ルイザ、ルイザ!」
気が動転していた海はルイザを揺さぶり起こそうとした。冷静であればそんなことはせず、脈拍を測ったり、反応の確認をするのだが、今の海からは全て頭から吹き飛んでいた。
何度声をかけても反応がない。もしかして、と海は背中にヒヤリとしたものを感じた。ヴィンスを呼んだ方がいい。ルイザをゆっくりと床に寝かせ、慌てて勝手口から出ていこうとした。
「あ……う……カイ……?」
扉を開けて外に一歩足を出した海の背中へとルイザのか細い声が届く。瞬時にその声を聞いた海はルイザの元へと戻った。
「ルイザッ!」
「あれ、私……」
「今は動かない方がいい。ヴィンスを呼んでくるから待ってて。絶対動くなよ!?」
ルイザが小さく頷いたのを確認してから、海はヴィンスの元へと走った。
ドタバタと帰ってきた海にヴィンスは驚倒していたが、海はそんなこと気にも留めず、ヴィンスに畳み掛けるようにルイザの状態を説明した。一瞬にしてヴィンスは真っ青な顔になりながらも、海と共にルイザの家へと向かった。
海が出てきた時と同じ状態でルイザは床に倒れている。ただ、海がヴィンスを呼びに行っている間に少しは良くなったのか、家に駆け込んできたヴィンスと海にへらりとした笑みを浮かべた。
「あら、二人とも元気そうね」
「元気そうねじゃないわ、バカ! お前さん何があった!」
「何があったと言われてもねぇ。いつもの立ちくらみというか。ちょっと今回は酷くて。カイが来てたから出ようと思ったけど、歩けなかったのよ。でも、カイを待たせちゃいけないと思って立ち上がったら……倒れちゃった」
なんだか、てへぺろ☆と聞こえてきそうな感じだ。きっとルイザがこの言葉を知っていたら使っている。絶対使ってる。
あっけらかんと答えるルイザにヴィンスは肩を震わせて怒り狂った。そりゃそうなるだろう。これだけ心配し、もしかしてという嫌な考えも頭をよぎっていた。海がそう思ってしまったように、ヴィンスも最悪な状況を想像したのだろう。
ここはヴィンスに任せた方が良さそうだと海は判断し、テーブルに置きっぱなしだった包みを開いて中身をルイザの家の冷蔵保管庫へとしまった。
「ごめんね、カイ。驚かせたわね」
「無事なのであればいいよ。肝が冷えたけどね」
「いつもはこうじゃないのよ。今日はやたら酷くてね。吐き気もするのよ」
「何か持病でも?」
海の問いにルイザは首を横に振る。
持病とかでないならなんなのか。何度も起こる立ちくらみの原因を暫し考えてみたがわからない。宿の部屋に戻れば医学本がある。それなら何か分かるかもしれない。こんな事がまたあったら大変だ。今日はたまたま海が来ていたから発見されたが、誰も家に来ない時に倒れたりしたら大変だ。
普通に倒れただけならいいが、倒れた先に物があったり、倒れた拍子に物が落ちてきたりしたらそれこそ命に関わる。
これは早く解決した方が良さそうだ。
「ルイザ、立ちくらみって毎日起きるの?」
「え?いや、毎日じゃないわよ。その、月に一回くらい? 多くて二回とか三回とか」
「……毎月?」
「そう。毎月」
恥ずかしそうに答えるルイザに海はあっ、と呟いた。月に数回の立ちくらみ。そして女性のルイザ。
「わっ、ごめん。色々聞いたりして!」
海の中でヒットしたのは女性特有のもの。それならば立ちくらみや頻度の少なさの理由がつく。それは確かにしんどいだろう。
「いいのよ。それほど心配してくれたってことでしょ?あ、でもヴィンスには黙ってて。なんか嫌だから」
「わかった。黙っておくよ」
約束ね、と笑うルイザに海はこくっと頷く。
女性のこの症状はとても酷いものだと聞いたことがある。高校生の頃にバイトしていた先が、パートさんが多いところだった。従業員がほぼ女性のさだったから、自然とこういう話が耳に入ってきていた。
彼女が出来たら労わってあげなさい。絶対酷いこと言っちゃダメよ。こういう時はこうしてあげると喜ぶわ。大変かもしれないけど、女の子の方はもっと大変なのよ。
そう言っていたパートさんはとても症状が重い人だった。月に何度か休みをもらっていたのだが、それを良しとしない人が何人かいた。同じパート従業員の女性と現場管理の社員だ。パート仲間の人は症状が軽い人だったのか、彼女が休む度に文句を言っていた。それに同調するように、現場管理者の男性社員が笑っていたのを覚えている。
あれは本当に酷かった。彼女も会社に迷惑をかけていることは知っていたから、頼まれた残業は断ることなくやっていたし、休んだ分の仕事はちゃんとこなしていた。それなのに後ろ指さされるのかと。
結局、彼女は会社をやめた。辞めざるを得なかった。最後、海に挨拶をしてきた時、彼女は「絶対あんな大人になっちゃダメよ。人の苦しみを笑うような人間になっちゃダメ」と言って去っていった。
「あの人……元気かな」
「カイ?」
「ううん。なんでもない。立ちくらみが起こるってことは貧血ってことだよね? なら、鉄分の多い食事を摂るようにしようか」
今の自分は彼女がなってはいけないという人間になってはいないだろうか。人の苦しみを笑ったことは無い。だが、周りからはどう思われているか分からない。人によっては見方も感じ方も変わるのだから。
「何を食べればいいの?」
「赤身の魚とかなら鉄分が多く含まれてるはず。あとは貝とか、小魚とか」
「私、あまり魚好きじゃないのよね」
「でも、食べないと良くならないというかなんというか」
鉄分不足はルイザの偏食からきているのかもしれない。ルイザが食べれるもので補えるのであれば問題ないが、そうもいかなさそうだ。
「ルイザ、また倒れたりしたら大変だろ?」
「それは、そうだけど……」
「次からは色んなもの食べよう?俺も頑張って色々作ってみるからさ」
「カイが作るの?」
「うん。今日の食事もヴィンスと一緒に作ってきたよ」
ルイザは海とヴィンスを交互に見やったあと、盛大にため息をついた。
「わかったわよ。食べればいいんでしょ?食べれば」
「出来れば食べて欲しい。ルイザの体調が心配だからさ」
「……この人タラシ」
素直に言っただけなのに何故か睨まれた。何か嫌がることを言ったかと不安に駆られたが、後ろでヴィンスが笑ってルイザを茶化していたのを聞いて、そうでは無いことがわかった。
「もー、ほんとに。あんたのその性格良いわね」
「お褒めに預かり光栄です?」
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