異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第二十話

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「ただいま戻りました」

「おお、帰ったか」

「ヴィンスも帰ってきてたんですね」

 宿の扉を開けると、ヴィンスが椅子に座って本を読んでいた。海に行くと言っていたから遅くなるのだろうと思っていたがそうでもなかったらしい。

「今日はよく取れてな。早く帰ってこれた」

「そうだったんだ。無事で良かった」

 何気なく言った言葉だったのだが、ヴィンスは目を見開いて驚いたのち、嬉しそうに笑った。

「お前さんもな。今日はどこ行ってたんだ?」

「今日は隣家の人と話してみようと思って、伺ったんですけど……あの、お隣のルイザさんって方を知ってますか?」

 医者を探しにいくつもりだった。とは言えず、海は今日をしたことについて話すことにした。朝ごはんを食べたあと、隣の家へと向かった。そこでルイザ・ブランシェという若い女性に会い、話したことを。

 話をしながら背負っていたリュックを床に下ろし、ヴィンスの向かいにあった椅子へと座った。

「あぁ、ローザの娘のか」

「ローザ?」

「ルイザの母親だ。隣の家が服屋だったのは聞いたか?」

 ヴィンスの問いに海は頷く。店として機能していた時はとても人気のある店だったとルイザは言っていた。

「元はローザがあの店をやっていたんだ。服屋を営むのが子供の頃からの夢だったみたいでな」

「夢を実現させてるなんて凄い。それだけローザさんは服作りが好きなんだ」

 子供の頃の夢など儚い。いつかあれになりたい、これになりたいと将来に希望と期待を抱くも、現実はそんなに甘くはない。夢を現実にする人もいれば、なりたかったものからかけ離れたものになっていたりする。そんな中、ローザは子供の頃からの夢を職にすることが出来た。とても努力したのだろう。

「あぁ、毎日服のことしか考えてなかったからな。だからか、ローザの作る服は着やすいし安い。みんなこぞって買っていたよ。いつからか娘のルイザもローザの真似事をするようになった。よくミシンを勝手に動かしては怒られてたもんだ」

 その時の光景を思い出したのか、ヴィンスはくくく、と笑った。今のルイザからは想像できないが、子供の頃は大人を困らせるほどのやんちゃな子だったのだろう。ミシンの話から芋づるで、子供のルイザがしたイタズラ話が出てきた。

「ルイザと一緒になってウィルもよく……」

 ヴィンスが"ウィル"と口走った直後、しまった、という顔をして口に手を当てた。どうやら聞いてはいけない単語だったらしい。海はその事を察すると、ヴィンスと目が合ってしまう前に自ら目を逸らした。あたかも違うことを考えていた、というふうに。

「ルイザは元気そうだったか?」

 海と目が合わなかったことで、ヴィンスはほっとした顔をした。思わず口走ってしまった"ウィル"という単語に海が興味を示さなかったと安心したのだろう、わざとらしい咳払いを一つしてから、ヴィンスは話を変えた。海もヴィンスが聞かれたくないのならと深く聞くことはせずに話を合わせた。

「うん。元気だった。店にあるミシンを運び出したいから手伝ってくれって頼まれたんです」

「そうか。顔見知りになったんならカイ、明日ルイザのところに飯をを持って行ってくれ」

「わかった。持っていくよ」

「頼む。さて、そろそろわしらも飯にするか。出掛けてたのなら腹減っただろう」

 実はもう腹ぺこである。アレクサンダー達に会いに走っていったせいで体力を使ってしまった。宿に戻ってくるまでずっとお腹がらぐぅぐぅ鳴っていてうるさかった。腹の虫はやっと飯にありつけると思ったのか、またぐぅっと大きく自己主張をして、ヴィンスを笑わせた。

「腹の虫が飯はまだかって訴えてるなぁ。待ってろ、すぐ作ってやる」

「あ、待って! 今日は俺も手伝うよ。昨日の夕飯も、今日の朝食も作ってもらったから」

「お前さん、魚捌けるのか?」

 捌いたことはあるにはあるのだが、片手で数えられるくらいしかない。その時は秋刀魚の蒲焼が食べたかったけど、切られているものが売ってなかったから仕方なく丸ごと買った。家に帰ってレシピ本や、魚を捌いている動画を見つつやった。

 あの時の魚には本当に悪い事をしたと思う。

「……頑張る」

「教えてやるからやってみろ」

「うん。ありがとう、ヴィンス」

「慣れてきたみたいだな」

「え?」

「お前さんずっと他人行儀みたいなかたっくるしい話し方してただろう」

 それは海が使っていた敬語のことを指しているのか。   
 ヴィンスは海より大分歳が上だ。だから敬語を使った方がいいと思っていたのだが、ヴィンスからしたらあまり良くなかったらしい。

「ごめん、癖なんだ」

「そうか。お前さんの国の文化みたいなもんか?」

「そんな感じ。ヴィンスが使わなくていいって言うならもう使わないよ」

「使うな使うな。そんな話し方されたら困っちまう」

 今まで困ってたのか。海が敬語を使う度にヴィンスは気にしていたのだとしたらそれは申し訳ない。

 文化が違うとこんなに困るんだなぁとしみじみ思った。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆


 夕飯を食べ終えた後、海は風呂に入った。
 今日知ったのだが、ヴィンスはかなりの長風呂だ。ヴィンスが風呂に入っている間、海は食器を洗ったり掃除をしたりしていた。その間、30分。そろそろヴィンスが出てくるかと思って、海も風呂に入る用意をしていたのだが、中々ヴィンスは風呂から出てこなかった。

 それから一時間ほど経って漸く出てきた。

 ヴィンスがあがってくるまで、海はそわそわしながら待っていた。もしかして風呂場で何かあったのではないか、倒れたりしてないかと心配したが、そんなことは一切なかった。本人はスッキリした顔で、コップに入れた冷たい水を飲み干していた。

 そういえば父も自分で動けていた時は長風呂派だったような。しかも、海が入るには熱すぎる温度で浴槽にお湯を張っていた。その事で何度か喧嘩もしたのを覚えている。

 ヴィンスとこうして生活しているのは楽しい。
 父と一緒に暮らしていた頃を思い出させてくれる。

 でもそれはヴィンスに父親の像を重ねているのではないだろうか。ヴィンスと父は違う。それは頭では分かっているのだが、ふとした時に錯覚してしまう。亡くなったはずの父とまた暮らしているのではないかと。





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