異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第十八話

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 一頻り笑ったあと、海はアレクサンダーのマントから顔を出した。その頃にはクインシーの興味も別の所へいっていたらしく、海が笑っていた理由を聞いてこようとはしなかった。

 クインシーは橋の警備をしている仲間のところに行っていた。そちらでも楽しげに話しているのか、笑い声が聞こえてきた。

「クインシーって本当に誰とでも仲良く話してますね」

「昔からそうだ」

「人懐っこいってことですかね」

「さぁな」

 誰とでも気軽に話せるのは羨ましいと思う。コミュニケーション能力が高いのは良い事だ。仕事においても友人関係においても、困ることはそんなにないだろう。

 自発的に声をかけることが出来ればいいのだが、中々それが出来ない。何を話したらいいのか、今話しかけてもいいのかと色々考えた結果、話しかけなくてもいいか、になってしまう。きっとそれがダメなんだろうけど。

 だから今ものすごく困っている。クインシーがここにいない事で重たい沈黙が流れている。この無言がとても辛い。

「サクラギ」

「は、はい!?」

 そろそろ宿に帰ろうかと思い始めたころ、アレクサンダーに呼ばれた。素っ頓狂な声を出して恥ずかしいと顔を赤くしたが、アレクサンダーはそんな事気にもしなかった。

「ネックレスはしてるか」

「え、あ、はい。お借りしたネックレスは付けてます」

「見せてみろ」

「はい」

 昨日からネックレスは首から下げている。チェーンを引っ張ってネックレスを取り出す。取り外した方が良いかとネックレスの金具に手をかけたが、アレクサンダーに止められた。

「そのままでいい」

「そうですか?」

 取り出したネックレスを手に取り、アレクサンダーはじっと見つめる。ネックレスのチェーンはそんなに長くない。だから至近距離でアレクサンダーの顔をみることになっているのだが。

「(やっぱ、かっこいいよなぁ)」

 凛々しい顔つきをしている。日本だったらモデルとかになっていそうだ。

 アレクサンダーといい、クインシーといい何でこんなにも顔がいいのか。何を食べればそんなにかっこよくなれるんだ。

 いつの間にか海はアレクサンダーの顔に見惚れていた。アレクサンダーが海の事を見ているとも気づかずに。

「サクラギ」

「……へ?」

「どうした」

 声をかけられるまで気づかなかった。間近で目が合う。こんなに近かっただろうか。

「ネックレスの方は大丈夫そうだな。まだ効果は続いている。一日城下町に居たというのに」

「そ、そうなんですか」

 ネックレスのお守りとしての効果はまだ持続しているらしい。だから心配ないとアレクサンダーが離れていく。

 それが少し寂しいと感じたことに海は頭の中がハテナでいっぱいになった。もう少し見ていたかったと言い出してしまいそうで。

「そろそろ戻れ。ヴィンスが心配する」

「はい。今日は本当にすみませんでした」

「明日は遅れるな。いいな」

「はい……って、明日?」

「明日もここに来い」

 同じ時間、同じ場所でまたアレクサンダーと約束を交わす。またここで二人に会えるのだ。

「明日は必ず時間には来ます」

「期待しておこう」

「はい!」

 遅刻をすることのないように時間には気をつけよう。時計を頻繁に見るようにすれば大丈夫。

 宿のカウンターに置いてある時計を思い出した時、今日の朝方にヴィンスとしたやり取りのことが頭に浮かんだ。

 この国には医者がいない。その理由はなんなのか。今ならアレクサンダーに聞けるのでは?

「アレクサンダー、一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「なんだ」

「今日、ヴィンスに医者が何処にいるのか聞いたんです。でも、この国には医者がいないって。みんな出ていったって言われたんですけど、それは本当なんですか?」

 国に医者が居ないのは致命的だろう。病気になった時は誰に頼ればいいんだ。特に今の城下町には医者が必要だ。専門的な知識を持っている人でないと分からないこともある。調べながらやれる事はやってみようとは思うが、やはり医者の力は欲しい。

 医者をこの国に呼び戻すことは出来ないのか。そうすれば少しは良くなるのではないだろうか。

「この国の医者は……国王が全員他国へ飛ばした」

「何でそんなことを!」

「この国にとって医者は不要だから、だ」

 医者が不要?そんな事あるわけない。現に今が一番必要じゃないか。そう訴えようとしたが、アレクサンダーの手によって阻まれた。

「ここであまり言うな。誰の目があるかわからん。それと医者についてはヴィンスにもう聞くな」

「なんでですか?」

「なんでもだ。お前は何も知らない。知らないなりに知ろうと努力するところは良いだろう。だが、やり方を間違えるな。身を滅ぼすぞ」

 海の口を塞いでいた手が頬へと滑り撫でられた。

「ごめんなさい」

「謝らなくていい。気になることがあったら俺に言え。教えられることは教えよう」

 もう今日は宿に帰れとアレクサンダーに背を押される。クィンシーに手を振られ、アレクサンダーに見送られながら海は城下町の大通りを歩き出した。

「国王が医者を国から出したってどういう事だよ」

 意味がわからない。医者を全員他国に飛ばしたってどういう事だ。そんな事をしたらどうなるのかわかる事じゃないか。国王は一体何を考えているんだ。

「まさか国外追放なのか?」

 医者たちが国に対して何かしたのだとしたらそうなるかもしれない。テロを起こしたとかならば、国から追い出される。

 でも、人命を助けようとする職業の人がそんなことをしでかそうと言うのだろうか。全員が全員、同じ志を持つとは言い難いが、医者という職業は簡単になれるものじゃない。それこそ血の滲むような努力をしている人もいるだろう。

 そんな人がテロなんて起こそうと思うのか。

「この国の内側はどうなってる事やら」

 国王が考えていることがわからない。国を守ろうとしているのか、それとも……。

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