異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第十七話

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「ところでカイ、今どこにいるの?」

「どこって?」

 機嫌が落ち着いたのか、いつもの柔らかい笑みをしたクインシーが軽く首を傾げながら海に問いかける。

「今住んでるところ。まさか野宿じゃないよね?」

「違う。昨日、優しい人が泊めてくれたんだ。暫くは居てもいいって言ってくれて」

 すごく優しいおじいさんなんだ。と心配かけないように笑いかけたのだが、クインシーは眉をひそめて笑みを消した。

「どこの誰」

「え、どこって……えっと」

 なんでそんな顔をするのか。さっきアレクサンダーと言い合っていた時よりも真剣な眼差しに萎縮してしまう。もしかして誰かの家に泊まるのはダメだったのだろうか。

「サクラギ、泊まっている家の場所とその家の人間の名前を言え」

 前からはクインシーに問い詰められ、後ろからはアレクサンダーに睨まれる。前門の虎後門の狼とはこういう事か。逃げ場のない質問攻めにたどたどしくも答えた。

「ここから真っ直ぐ城下町の大通りを歩いて、どこな小道だったかな……」

「小道? 大通りから離れた場所なの?」

「そう。小道に入ってそこから少し歩いた所に宿があったんだ。そこのヴィンスって人に助けてもらった」

「ヴィンス?」

「知ってる人?」

 "ヴィンス"と言った途端、クインシーは目元を緩ませた。

「ヴィンス・アンブロジオ? 宿主のじいさんに会ったの?」

 肯定に海は頷く。間違いはないかと再度聞かれたから、間違いはない、宿屋と酒場を営んでいる人だ。と返した。

「そっか。ヴィンスに拾われたのか。そっかそっか」

 クインシーから殺伐とした空気が消え去る。ホッと胸をなでおろしたクインシーは海を正面から抱きしめた。

「良かったぁ。変なやつに拾われたのかと思ったよ。そっか、ヴィンスか。あのじいさんなら安心だよ」

「ちょ、クインシー! 重い!!」

 のしっと海に乗りかかるような抱きしめ方に音をあげたのだが、クインシーは素知らぬ振りでぎゅうぎゅう抱きしめてくる。また後ろに倒れる!というところで、背中をアレクサンダーに支えられた。

「クインシー」

 窘めるようにアレクサンダーがクインシーを呼ぶが、クィンシーはぷくっと頬を膨らませる。

「なんだよ。アレクサンダーも安心したろ? 変なやつのところにいなくて」

「だからなんだ。こうして生きているならばどこでも構わない」

「へぇ? じゃあ、悪趣味なやつにカイが弄ばれてもいいんだ?」

「そうは言ってない。どう解釈したらそうなる」

「だってそういう事じゃないの? どこにいても構わないなんて、誰といてもいいってことじゃないか。それって相手がどういう性格の持ち主でも良いってことだろ?ヴィンスがたまたまカイを拾ってくれたからいいものの、もし変なやつだったら? 泊めてあげるから家へおいでって言われてついて行った先で……」

 クインシーはそこで言葉を途切った。

 行った先で何が起こると言うんだ。拉致監禁とかだったらそれはそれで嫌だが。杉崎のようにか弱い女の子ではない。ごくごく平凡な男を監禁して何が楽しいのか。身代金を請求しようにも海には家族と呼べる存在はこの世界にはいない。

 だから監禁なんて無意味だ。まぁ、監禁しようとする相手にそんなこと関係ないのだろうが。

「クインシー?」

「カイ、ちょっとごめんね?」

「なに?」

 海の両耳がクインシーの手で塞がれる。クインシーがアレクサンダーに何か言っているようだが、よく聞こえなかった。

 何の話をしているのかと不思議に思っていたら、海の背中を支えていたアレクサンダーの手が無くなった。

 その代わり、今度はアレクサンダーの腕の中へと引きずり込まれた。

「ふざけるな! 俺はそこまでは言っていない!」

「そこまで言ってたら俺はアレクサンダーの性格を疑うよ」

「クインシー、お前と言うやつは!」

「だったらちゃんと言ったら? 普段から言ってるじゃん。アレクサンダーは言葉が足りないんだよ。勘違いして傷つく人だっているんだよ?」

 耳を塞がれていた間に何を話してたんだ。なんでそんな喧嘩腰の会話になってるんだよ。二人の顔を交互に見やるが、原因はアレクサンダーの言葉足らずのせいらしい。確かにたまにアレクサンダーが何を言いたいのか分からない時がある。でも、なんとなく。なんとなくだが、わかる時もある。多分。

 それよりもこの二人の言い合いをどうやって止めるべきか。いつも思うが、アレクサンダーは言われっぱなしな気がする。クインシーにガミガミ怒られては、アレクサンダーは黙っているか一言返すかくらいだ。

 アレクサンダーも気に食わないのであれば言い返せばいいものを。それとも図星だから言い返せないのか。心中でめっちゃ悔しがっていたとしたら。なんだか面白い。

 アレクサンダーが地団駄踏んでいるイメージをしてしまい、海はつい小さく笑ってしまった。寡黙なアレクサンダーが拗ねた顔で地面を蹴っているのを見たいようで見たくないような。

「……カイ? どうしたの?」

「おい……」

「ごめ、なんか……想像したら止まらなくて」

 クスクスではなく、もう腹の底から笑いが止まらない。そんな海に二人は言い合うのをやめた。互いに顔を見合わせて何事かと首を傾げる。

「ちょっと、何がそんなに楽しいの?なになに?」

「なん、でもな……ぶふっ」

「そんな笑ってたら気になるじゃんか!」

 なに?どうしたの?と海の顔を覗き込んで来ようとするクインシーから逃れようとアレクサンダーの胸元でもぞもぞ動いた。クインシーのしつこい追求から逃げるために、アレクサンダーのマントの裏へと入り込んだ。

「おい。俺は隠れ蓑じゃない」

「ごめん、ほんとごめん。落ち着いたら出るから少し貸して!」

「えー、カイ隠れんぼしちゃうの?出ておいでよー」

 かくれんぼをしているつもりなど毛頭ないが、笑っている理由を聞かれたらそれこそアレクサンダーに怒られそうだ。

「ごめん、アレクサンダー。本当に今は許して」

「……勝手にしろ」

 マントの中で笑っている海に呆れたのか、素っ気ない返事を返されてしまった。本当にごめんなさい、と思いつつも海はまだ地団駄を踏んでいるアレクサンダーで笑っていた。


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