異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました

第十五話

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「朝って感じがしないな。時計がないと朝なのか夜なのかもわかんねぇ」

 目が覚めて見た先は窓。日本の自宅であれば、いつも眩しい朝日が部屋に射し込んでいる。その光で起こされるのだが、今日の朝は海が自分で目が覚めるまでは起きなかった。

 むくりと身体を起こすも、朝の光がないせいか頭がしゃっきりとしない。ぼんやりとした状態のまま窓をじっと見つめていた。

「カイ、起きたか?」

 暫くボケっとしていると、部屋の扉が控えめにノックされた。返事をすると、ヴィンスの開けるぞと言う声と共に扉が開けられる。朝の挨拶を交わすも、海の頭はまだおねむの状態。起きたばかりの何もしていない海を見て、ヴィンスはゲラゲラと笑った。

「お前さんなんて頭してるんだ。なんだ?いつの間に鳥を飼い始めたんだ?」

「鳥? あ、寝癖のこと!?」

 ヴィンスは海の頭を指さしながら腹を抱えて笑う。慌てて手櫛で寝癖を整えようとしたが、今日の寝癖はしつこく、何度撫で付けても左の耳上ら辺の髪がぴょんっと外側に跳ねた。

「水つけて直しておけ。それじゃ笑われちまうぞ?」

 海の頭を見てはヒーヒー言いながら笑うヴィンス。朝から笑いの種にされるとは。ムッとしつつも、ヴィンスが笑っているのならそれもそれでいいか。と諦めた。

「飯できてるから着替えてこい。わしはもう家出るからな」

「ありがとうございます」

「今日はまた町をまわるのか?」

「いや、今日のところは……あっ、ヴィンス! この町で医者ってどこにいるんですか?」

 ヴィンスに聞かれなければまた忘れるところだった。今日は医者の元に行く予定だ。場所がわからなければ行きようがない。医者の場所をメモしようと、机の上に置いたままだったノートを広げてペンを手に取り、ヴィンスの答えを待った。

 ヴィンスは顔を歪めたまま医者の場所を言おうとしない。どうしたというのか。

「ヴィンス?」

「この町に医者はいない。いや、この国にはか」

「え? 国に医者は居ないってどういう……」

「昔はいたんだがな。今は全員国の外に出てる」

「雲のせいで?」

 闇のせいで医者たちはこの国から出て行ってしまったのか。闇がこの町を覆った当初は皆、病院や診療所に飛び込んだのだろう。そんな状態になったから国を出た?それはあまりにも無責任なのではないだろうか。

「違う。雲が出る前からだ。とにかく、この国には医者はいない。探しても無駄だぞ」

 首を横に振ったヴィンスは部屋から出ていこうとした。その背に声をかけようとしたが、それよりも前に扉が閉められてしまった。

 雲が来る前から医者はこの国を出ている。その意味がわからず、海はまた頭を悩ませた。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



 着替えを済ませて一階へと下りたが、もうヴィンスは家を出たのか静かだった。昨日、夕飯を食べたテーブルには朝ごはんが置いてある。海が美味しいと言った煮魚が置いてあり、自然と笑みが漏れた。

 置いてあった食事は全て平らげ、皿は昨日教えてもらったキッチンで洗った。

 朝は医者の元に行く予定を立てていたが、この国に医者が居ないと言われたことにより予定がなくなってしまった。カウンターに置かれている時計は9時頃。アレクサンダーとの約束の時間まではまだ時間がある。

「仕方ない。周りの家をまわってみるか」

 着ていたスーツはヴィンスが洗ってもらっているので手元にない。今日はヴィンスに借りた服を着て外に出た。白いTシャツに黒のデニムパンツ。そして薄手の丈の長い上着を羽織って。

 不思議とサイズが合う。少しだけブカブカしていはいるが、許容範囲内だ。ヴィンスの身長は海より低い。この服は誰のものだったのか。

 ヴィンスが帰ってきたら聞いてみようかと思ったが、医者のことを聞いた時にヴィンスの機嫌を損ねてしまった気がする。これ以上、ヴィンスの機嫌を損ねるのは良くないだろう。服のことはまた今度聞いてみよう。

「さてと……まずはお隣さんかな?」

 ヴィンスの宿から出てすぐ右隣の建物。
 宿と同じく木造二階建てのそれはなにかの店のように見えた。一階部分は大きな窓がついている。東京の服屋のような感じだ。

 窓の前にマネキンを置き、そのシーズンで流行っている服を着させて展示する。そのくらい大きい窓が店の扉の左右にあった。店としてやっていた時はここに何かを飾っていたのだろう。展示物はなくても、展示品を置いていたであろう机だけがぽつんと寂しく残されていた。

 扉には閉店中と書かれた板がぶら下がっていた。その板も暫く動かされていないのか、ホコリが溜まっていた。

「誰かいるのかな」

 不審者みたいに見えてしまうからあまりやりたくなかったが、海は扉の小窓から中を覗き込んだ。

 真っ暗な室内は見えにくく、必死に目を凝らした。その中で唯一見えたのはミシンのようなもの。

「やっぱここは服屋だったのかな」

「そりゃ大人気の服屋だったわよ」

「うわぁ!?」

 突然後ろから聞こえた声に驚いた海は大袈裟なぐらいビクつき、ガバッと後ろを振り返った。

 振り返った先には一人の女性が仁王立ちして立っていた。

「貴方誰? 私の家の前で何してるの?」

「それは、あの、えっと」

「この町の人間じゃないわね?」

 言い方は優しいが、目が鋭い。嘘や誤魔化しは効かないだろう。最初から嘘をつこうだなんて思ってないが、どこから説明するべきか。

 ヴィンスの時に説明した通りにすればいいのだが、突然後ろから声をかけられたせいで心臓がバクバクしている。出来れば落ち着くまで待ってほしかった。

「まあ、どこでもいいわ。でもこんなところふらついてたら危ないわよ? この町、今は安全じゃないんだから」

 彼女はゆっくり瞬きをすると、にこやかな笑みを浮かべた。その目はもう海を怪しんでいる目ではない。

「俺、隣の宿で世話になってる海 桜樹と申します」

「隣の宿? ってことは、ヴィンスのとこ?」

「はい」

 こくっと頷くと、彼女は海のことをつま先から頭まで舐めるように見る。そして「あぁ、なるほどね」と独り言を呟いていた。

「そう。私は貴方が覗いていた店の店主よ。ルイザ・ブランシェ」

「ルイザさん、ですね」

「旅行か何かで来たの?」

「いえ、ちょっと訳ありで」

 ふーん、とルイザは目を細める。暫し沈黙が訪れ、どうしたものかと考えあぐねていると、ルイザは深くため息を零した。

「いいわ、それで。誰だって話せないことあるものね。ヴィンスが宿に泊めてるってことは悪い人じゃなさそうだし」

 詳しい話を話そうとしない海にルイザは悟ったらしい。これ以上深く聞くつもりはないと言うように両手を上げて万歳の格好を取った。

 彼女の引き際が良くて助かった。あれ以上追求されたらどうしようかと思っていたのだ。ヴィンスにはあの話で通用したが、彼女には通用する気がしない。正直に話すまでは帰さないとまで言われそうだ。

「で? 何してたの?」

 家の中を覗いていた事について聞いているのだろう。そりゃ見知らぬ男が扉に引っ付いて覗き込んでいたら不審がる。日本なら警察を呼ばれるだろう。

 宿の近隣住民の安否確認を、と言おうとして飲み込んだ。そんなこと言って信じてもらえるか怪しい。というか、そんなお節介要らないとまで言われそうだ。

「えっと……困ってる人がいたら何か助けられることはないかなぁ……と」

「困ってる?」

 あ、そのまま言ってしまった。海の言葉にルイザは首を傾げる。そりゃそうなるだろう。もっと言い方を考えればよかった。行き当たりばったりで事をやるものでは無い。

「なら手を貸してくれる? ミシンを片付けたいのよ」

「ミシン?」

「そう。私、服屋をやってたからね。店の服は全部私が縫ってたの。でも、今この国ってこんなじゃない。服を買いに来る人なんて誰もいないからさ。ミシンを片付けちゃおうと思って」

 だから運ぶのを手伝って。とルイザはスカートのポケットから紐のついた鍵を取り出した。

 店の戸を開け、ルイザと共に中へと入った。
 壁側にずらりと並ぶマネキン。そのどれもが服を着ていた。女性服から男性服、子供用の服も飾ってあった。

「これ全部一人で作ったんですか?」

「そうよ。旦那も手伝ってくれた事はあったけど、あの人裁縫てんでダメでね。針を使おうとすると、自分の指まで縫っちゃうの。笑えちゃうわよね」

「指まで縫うって……それはやばいですね。俺でもそんなことしないのに」

 服を縫うことは出来ないが、基本的なことなら出来る。ボタン付けや、穴の塞ぎなど。子供の頃は学校でエプロンやクッションを作ったことがあるが、今はどうだろうか。型紙を渡されてもすぐには作れなさそうだ。

「そうなのよ。あの人、本当に酷かったの」

 楽しげに笑う彼女の顔に一瞬陰が差す。その顔を見て、あぁこれ以上聞いてはいけないと察した。

「運び出すミシンというのは?」

「これよ。元々、買い替える予定だったの。母の代から使ってたものだったからボロが出てきてね。何度か修理に出したんだけど、もうダメみたい。新しいミシンと取り替えたいから部屋から出したいのよ」

 こんこん、とミシンを指でノックするように叩く。そのミシンは机と一体型になっている物だった。海の知っているミシンといえば、簡単に何処へでも持ち運べるタイプのもの。誰でもすぐに使える。

 だが、ルイザのミシンは持ち運ぶのは苦労しそうなものだった。確かにこれを女性が一人で運ぶのは大変だ。

 ルイザと協力してミシンを外へと運び出す。家の裏に庭があり、一時そこに置いておく事になった。そして、随分前に買ったという新しいミシンを店の中へと運んだ。

「助かったわ! ありがとう」

「どういたしまして。別にこれくらいならお安い御用ですよ」

「あら、男前じゃない」

 茶化されるように笑われ、海も恥ずかしそうにはにかむ。ふと、店に置いてあった柱時計を目にして、海は固まった。時計の針は昼過ぎを差している。

 アレクサンダーとの約束の時間が過ぎてしまっていた。

「ごめん! 俺、ちょっと約束があって!」

「そうなの? 行ってらっしゃい。気をつけて行くのよー?」

 店を飛び出すように海は走り出す。後ろでルイザが手を振って見送ってくれていたので、海も手を振り返した。

「やばいやばいやばい!! アレクサンダーに睨まれる!!!」
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