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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第十四話
しおりを挟むパタン、と扉を閉めて深く息を吐く。
ヴィンスに風呂を借り、服も借りた。温かい湯に浸かって疲れが少しスッキリしたのだが、気分はまだ重たいままだった。
「医者のこと聞くの忘れたな」
もうヴィンスは自分の部屋に引っ込んでいる。そこに聞きに行くのは迷惑だろう。今日はもう大人しくしていた方がいい。
「まずはヴィンスに聞いたことをまとめるか」
濡れた頭にタオルを乗せ、海はリュックの中からノートとペンを取り出した。リュックを床に置き、机にノートを広げる。この町で見たこと、ヴィンスに聞いたことを箇条書きにして文字にしてまとめていった。
書き出したものを一つ一つ改めて見ていく。こうして紙に書いていくと、頭で考えるよりも分かりやすく整理がしやすい。
まず、城下町全体が雲に覆われていること。城や騎士団本部の上空にはまだ雲は来ていない。城門の上に灰色の雲があったから、城の方に雲が来るのは時間の問題。これに関しては今のところ対処法はない。あるとすれば、聖女である杉崎が浄化の力を自由に操れるようになるのを待つしかない。それがいつになるのかは不明だが。
そして城下町内部。今日の内に行けるところは見てきたが、城で聞いた通りの惨状。大通りにはたくさんの人が行き倒れていた。大人や子供、犬や猫などの動物もだ。死体は埋葬されることなくそのまま放置されている。
そのせいで、死体が膨張していた。海が城下町に来て初めて死体を見た時、人間だとは思えなかった。遺体は見たことはある。でも、海が知っているものとは明らかに違う。それは、海がきちんと保管されている遺体しか見たことがないからだ。
放置された遺体が膨張するなど普通ならば見ることは無い。あの場で嗅いだ死臭も初めてのこと。そしてその遺体に群がっている多数の虫も。
「やばい……吐きそう」
海は腐敗が進んだ遺体を間近で見ていた。遺体だと気づかなかったからだ。大通り全体に広がっている腐敗臭の原因は一体何処からなのかと探してしまったからだ。
その時のことを思い出すと、食べたものが胃からせり上がってくる。胃酸のせいで喉がヒリつき不快感が酷い。
「今はまだやめておこう。しんどい、しんどすぎる」
城下町の遺体の埋葬は後回しだ。どうせ一人ではどうにもならない。あの数の遺体をどこに埋葬すればいいのかも分からないのだから。
今は生きている人間に集中したかった。
吐き気が落ち着いてきたところで、またノートへと目を落とした。次はヴィンスの話だ。
ヴィンスは毎日、海に行っていると言っていた。明日も魚を釣りに行くのだと釣竿の準備をしていたのを見ていた。一緒について行こうかと思ったのだが、明日の昼はアレクサンダーとの約束がある。約束を破るわけにはいかない。
「しょうがない。また日を改めて行こう」
海の方は諦め、他の方に思考を回す。ヴィンスと町の人達との違いだ。ヴィンスは至って普通の生活をしている。それは町の人達も以前まではやっていたことだろう。なのに、町の人達は飢えに苦しみ倒れた。生きる気力を失って彷徨い歩いている。
飢えの原因は農作物が取れなくなったことだろう。国民の食を支えていたであろう作物が作れなくなってしまったから飢饉が発生した。ならば何故ヴィンスのように魚を食べようとしなかったのか。好き嫌いとかはあると思うが、命に関わるのにそんな事を言っていられないだろう。
国民全員に行き渡る程の魚を取れなかったからか。だから飢えで苦しんでいるのか。それならまだ頷けるかもしれない。
小国と言えども、何十万人といる。人数分の魚を釣るとなると結構な量が必要になってしまう。国民全員に行き渡る前に魚が枯渇する。それはラザミア王国だけでなく、他国も困るだろう。
「飢えの原因はこれか。餓死者が多くなったから魚が取れるようになった……って事か」
国民の大多数が亡くなったことにより、魚が行き渡るようになったのか。海が今日、食事にありつけたのはそういう事なのだ。犠牲の上にあった食事に海は顔を顰めた。
「……残さず食べよう」
海に出来ることはこれだけだ。無駄にすることなく、出されたものは全部食べる。それしかない。
はぁ、と一つ息を吐き、またノートに向き直る。
通りを歩く人たちをどうするかだ。彼らも飢えに苦しんでいるのは一目瞭然だ。やせ細った身体で歩いていたのだから。彼らにどうにかして食事を取らせたい。これは漁師に聞いてみるしかないだろう。毎日どれだけの魚が取れているのかで話は変わってくる。それに漁師の人達が手を貸してくれるかもわからない。
分け与える事によって、自分の食事が減るかもしれないと思われたらアウトだ。
「難しい。どうすればいい……八方塞がりじゃんか」
足りないことが多すぎる。ここまで来ると何をすればいいのか分からなくなってしまう。せっかくまとめたものもまたぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
「……ダメだ。全員助けようと思うからダメなんだ」
ヴィンスの言葉に海はハッとした。ここに住むことを提案してくれた時、彼はなんと言った。一人でもいいから助けてやって欲しいと言われただろう。一人を助けられないのに城下町にいる人達全員を助けるなんて不可能だ。
それこそ傲慢な考えになってしまうじゃないか。
「今は近くの人からにしよう。そこから始めよう」
明日、医者を見つけて話を聞く。その後は宿に戻り、宿の近隣住民に声をかけよう。困っている人がいたら、できる所まで助ける。
やっと目先の目標が決まると、海は睡魔に襲われた。大きく欠伸をしながらノートを閉じる。部屋の電気を消してベッドの中へと潜り込んだ。
明日からは忙しくなる。期待と不安を胸いっぱいにして海は眠った。
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