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第二章 異世界に来たけど、自分は平民になりました
第十話
しおりを挟む暗い。その一言に尽きる。
城から離れ、城下町の入口のへと来た海はすぐさま顔を歪めた。クインシーたちの話の通り、城下町の状態は悪い。
遠くから見たくらいでは分からない惨状に目を伏せたくなるような思いだった。
暗く沈んだ町をゆっくりと歩く。現代の日本ではあまり見ることのない光景がそこにあった。
「海外とか昔の日本ならあったのか。こういう感じのは」
日本といっても、その時はまだ東京が江戸と呼ばれていた時代だ。江戸時代後期、1833年から始まったとされる天保の大飢饉。日本全国で多くの餓死者が出た。原因は大雨による洪水や冷害による大凶作だった。
今の日本でも台風並みの雨や記録的大雨による水害がよく起きる。どれだけ対策をしていたとしても、相手は自然。人智の及ばない動きをしてくるのだから厄介だ。
昔より発展していても被害にあうのだから、昔はもっと酷かっただろう。
高校の頃に見た歴史の教科書や、テレビでたまにやる歴史物の番組で見た映像。道端に倒れている骨と皮だけの人。生きているのか定かではない状態の彼らが今そこにいた。
「なんでこんな状態に……国王は何もしてないのかよ……!」
脳裏に浮かぶ国王の姿。椅子に座っていたあのジジイは一体何をしていたのか。
「聖女に縋ることだけが救いじゃないだろうが!」
言いようのない怒りに身を震わせ、海は町中を走り回った。町全体がこういう状態なのか、それとも住人たちでも何かしらの手立てをしているのか。それを探るために必死に走った。
どこを走っても状況が変わることはない。道端には人がぐったりと倒れ込んでいる。時に、倒れている大人に子供が縋り付いて泣きながら声をかけていることもあった。たまに誰かとすれ違うことがあっても、皆一様に淀んだ目をしている。覇気がなく、今にも消えてしまいそうな程に。
誰も彼もがそんな雰囲気をしているこの町で、走り回れる元気のある人間は海だけだった。
まさに地獄のような環境だ。
何か手助けが出来ればいいなんて甘ったれた考えだった。海一人では何も出来ない。ただ声をかけただけでは現状は何一つ変わらない。
「俺だけじゃ無理だ……」
走り回って疲れ、海は大通りから外れた小道へと入り込んだ。その通りには誰も倒れていない。目にするのも辛い現実から逃げるように小道をゆっくりと歩いた。
「俺……馬鹿だ」
自分の馬鹿さ加減に失笑してしまう。こんな場所で笑ってしまうなんて不謹慎すぎる。だが、己の浅はかさに笑うしか無かった。
「君、そんなところで何やっとるんだ」
小道で蹲って笑っている海へと声がかかる。しゃがれた声的に年配の男性なのだろう。顔を上げて声のした方を見ると、数メートルほど離れたところにおじいさんが立っていた。
「えっと……」
「そんなところにいたら危ないだろう。こちらへ来なさい」
海が今まで見てきた住人たちとは違い、比較的健康そうに見える人だった。呆然としている海に再度その人は早く来なさいと声をかけ、とことこ歩き出した。
ここでおじいさんを見失ってはいけないと、海は慌てて立ち上がり彼の後を追った。
おじいさんに案内された場所は、小道から少し外れたところの家だった。木造二階建ての古めかしい見た目の家は、どことなく懐かしさがある。日本の家屋に似ているからなのだろうか。
「ほれ、入りなさい。外は……しんどいだろう」
「ありがとうございます」
おじいさんに促されて中へと入る。日本ならば入ってすぐに玄関があり、そこで靴を脱いでリビングにお邪魔するのだが、この家は少し違っていた。
入ってすぐの玄関は無かった。代わりにあったのは、2メートル程の木製のカウンターと、その向かいにテーブル席が三組。カウンターの後ろにある棚にはずらりと瓶が置いてあった。見た感じ酒に見える。一度だけバーに行ったことがあるが、その時見たバーカウンターに似ていた。
「ここは?」
「あぁ、宿と酒場をやっていたんだ」
「宿、ですか」
「少し前までは人気だったんだぞ?ひっきりなしに人が出入りしていたからな。といっても、建物自体が小さいから一日に二組しか泊まれなかったがなぁ」
ははは、と笑うおじいさんに海はぎこちない笑みを浮かべた。
少し前というのはきっと町に闇が来る前のことだろう。その時の楽しかった記憶を思い出しているのか、おじいさんは懐かしそうに部屋を眺めていた。
「お前さんは何処から来たんだ? こんな町に来ちまうなんて。帰る家があるなら早く帰った方がいい。ここはもう以前のような町ではないんだよ」
懐かしさを噛み締めた後、おじいさんはカウンターへと近づき、テーブルを撫でながら言った。お前も道端に転がる死体の仲間内になる前にこの国を出ろ。家族を悲しませたくないだろう?と問いかけられ、海は口ごもった。
この世界に帰る場所なんてないのだ。
「帰る場所がないんです。家族も……いないので」
「帰る場所がない? じゃあ、お前さんどっから来たんだ。家族がいないって……」
「この国の出身ではないのは確かです。この国よりうんと遠いところから来た……というか、連れてこられた? 元いた場所に帰る方法も今は無いんです。家族は……数年前に亡くなりました。病気で」
嘘は言っていない。異世界から飛ばされてきたなんて話をされても信じてもらえないかもしれない。この国に聖女の話が浸透しているならまだしも、もし聖女の存在を知らなかったら話にならない。真実を話して頭のおかしいやつと思われるのは癪だ。
家族の事は本当のことだ。母親は海が二十歳になる前に事故で亡くなり、父親は数年前に病死した。前立腺がん末期だった。
高齢ということもあり病状は緩やかだったが、それでもダメだった。全身の痛みに耐えて海に笑いかけてくれていた父。大丈夫だと繰り返しているうちに、父はついに自力で起き上がることが出来なくなった。そんな父を介護すべく、当時まだ高校だった海は学校を休学してバイトを始め、母と共に父を支えた。
十年間の介護生活は大変だった。でも、父と過ごせた時間は尊いものになった。もっと親孝行したかった。まだ両親に元気に暮らしていて欲しかった。あの時ああすれば、この時こうしていればという後悔は未だに海の中に残っていた。
「そうか。それは悪いこと聞いちまったな。辛いことを思い出させて悪かったな。すまん」
軽く話しただけだったが、おじいさんは海の沈んだ顔を見て察したらしい。申し訳なさそうに眉を下げ、おじいさんは頭を下げた。
「気にしないでください。いつまでもくよくよしていられませんし。どこかでちゃんと……」
「そういうもんは無理にしない方がいい。大切な人が亡くなったんだ。悲しく思うのは当然のことだ」
だから我慢しなくたっていい。
おじいさんの言葉に海は耐えきれなくなり、ポロポロと涙を流した。母が亡くなり、その後に父も亡くなった。悲しんでる暇もなく、今度は自分の生活をどうにかしなくてはいけなくなった。
その間、泣いている余裕なんて少しもなかった。
その分が今きている。とめどなく溢れる涙を必死に止めようとしたが、おじいさんに頭を撫でられたことによって、止めることが出来なくなってしまった。
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