異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

蒼猫

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第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。

第九話

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「行っちゃったね。本当に大丈夫かなぁ」

「さぁな。行くと言ったのはあいつだ。なんとかするだろう」

 王城の前から橋の方をクインシーと見下ろし、城下町へと一人歩いていくカイを二人で眺めた。

 橋を渡りきる直前でカイがこちらへと振り向く。
 カイがいるところから、アレクサンダーたちがいる場所までは結構な距離がある。見えるはずがないと思っていたが、カイはこちらを見つめたまま動かなかった。

「アレクサンダー、カイに手を振ってみてよ」

「断る」

「えー、なんでよ! 振ってあげなって。きっと喜ぶよ」

「ならお前が振れ」

「ちょっとシャイすぎない?」

 隣で拗ねているクインシーを無視し、アレクサンダーは先程、カイが話していたことを思い出していた。

 城の構造について嬉々として語っていたカイは楽しげで、聞いているこちらも感化されそうになる。アレクサンダーは思わず緩みそうになった口元を引き締めるのに苦労した。

 時折、カイの話が止まることがあった。その度にカイは何故か不安そうにアレクサンダーを見上げる。 
 その姿は、迷子になってしまった子供が泣きそうな雰囲気に似ていなくもない。

 続きはどうした?と声をかけると、カイはホッとした顔をしてまた喋り出す。何か問題でもあったのかと疑問に思ったが、話しているだけだったのだから別に問題はなかったはずだ。ならば何故、カイは一々話を途切れさせたのか。どれだけ考えても、その時のことを思い出しても答えは見つからなかった。

「見て見て! カイが手を振り返してくれたよ!」

 考え事に耽っていたアレクサンダーはカイのことを見ていなかった。嬉しそうに笑うクインシーに声をかけられ、カイの方へと目を向ける。

 細身のカイが必死に腕を振ってクインシーに応えているのが見えた。彼は暫く手を振ってから、町の方へと歩いていく。

 アレクサンダーとクインシーは、カイが闇の中へ消えていくのを最後まで見送った。

「ねぇ、カイにちゃんと渡したの?」

「渡した」

「効くといいんだけどね。急いで作ったものだからどこまで効くか……」

 カイに渡したネックレスは騎士団に所属する者が作った守り。少しでも闇を近づけさせないようにと、クインシーが指示して作らせた。

 本来ならば聖水に何日も浸さなければならないものだが、急ぎであったため数時間しか聖水の中に入れていない。

 騎士団本部に居れば数時間のものでも耐えられたかもしれないが、闇の濃度が高い城下町では一日ももたないだろう。下手すると今日のうちには闇に包まれるかもしれない。

 別にカイが城下町で闇に包まれてしまってもよかったとアレクサンダーは思っていた。

 最初、カイの身柄は騎士団で引き受けるはずだった。
 それならば監視の目も届きやすく、何かあった時はすぐに処理できる。聖女のおまけがおかしな真似を少しでもしたのならば、早々に片付けて、面倒な仕事を終わらせようと。

 だが、アレクサンダーの思惑とは打って変わって、騎士団員やクインシーはカイに対して友好的に接している。聖女に仇なす者だと王に言われていたのにも関わらずだ。

 カイが完全な悪だと決めつけられないのは、カイが王に対して唯一意見したからだろう。この国は絶対王政で出来ている。国家の主権は全て王が持ち、国民全員が王の言葉に従う。王が言うこと、やることは全て正しいと。

 だから誰も逆らわない。いや、逆らえない。歯向かおうとするならば即刻死刑となる。例え死刑を免れたとしても重罰を与えられる。良くて牢屋、悪くて拷問部屋だ。数年前はほぼ毎日のように牢屋へと罪人を閉じ込めていた。ほとんどが王に対しての反逆罪として。

 そして全員命を落とした。誰一人として、城の牢から出たことは無い。

 "ここの城は守りが硬いですね"

 そう言って笑っていたカイにアレクサンダーは言ってやりたかった。外側からの侵入はもちろんのこと、内側からの脱走も出来ないほどこの城は強固なものなのだと。この城自体が堅牢な牢屋だということを。

 だからこそカイを外へと出した。最初こそはカイの処遇について考えていたが、カイが生きたいと叫んで来賓室の中を逃げ回っているのを見て気が変わった。

 あの光景は何度も見ている。反逆を起こした罪人を死刑台に連れていく時に何度も。目に焼き付いて離れないほどに。

 牢屋しろにいるよりも城下町にいた方がいいのではないか。城下町に下りても辛いかもしれない。でも、城にいるよりは安全なのかもしれない。そう思ったら、カイが城を出ることに賛成していた。

「アレクサンダー? 大丈夫かい?」

「なんでもない。大丈夫だ」

 考え込むと周りが見えなくなるのは悪い癖だ。頭を振って頭の中から城のことを追い払った。

「明日の昼、また橋を下げさせる」

「え? なんでまた」

「昼に顔を見せに来いと言った」

「カイに? アレクサンダーが!?」

「生存確認のためだ。勝手に死なれては困る」

 自分でも笑ってしまうほどの素っ気なさなのに、クィンシーは嬉しそうに笑って頷いた。何をそんなに嬉しいのか。

「そっか。そうだね! カイに死なれたら困るもんね。心配だよね!」

「そういう意味じゃ……!」

「うんうん! 大丈夫、分かってるよ! 本当にアレクサンダーはシャイなんだから!」

「おい! 人の話を聞け!」

 勘違いをされている。誰が誰の心配をしているというのか。別にアレクサンダーはカイの心配などしていない。王に命令された監視の任務を遂行するべくやった事だ。クインシーに喜ばれるいわれはないはず。

 アレクサンダーの意思とは虚しく、クインシーはスキップを踏みそうなくらい喜びで飛び上がっていた。「明日が楽しみだね!」と残し、先に騎士団本部へと戻って行った。

「クソ。どいつもこいつも人の話を!」

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