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第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。
第七話
しおりを挟むクインシーとアレクサンダーと共に来賓室を出た。クインシーはまだ気落ちしているようで、扉の横に立っていた見張りの騎士団員が不思議そうな顔をしていた。
見張りの一人がクインシーとアレクサンダーの後ろにいる海に気づくと、指を差して笑い始めた。
「だいぶ暴れてたなぁ!」
どうやら中でのことが見張りの騎士団員にバレていたらしい。クインシーたちに殺されると勘違いして散々暴れていたのだから仕方ないのだが、いざ指摘されると恥ずかしくて堪らない。
けらけらと笑う騎士団員から顔を背け、恥ずかしさで赤くなった顔を隠した。
「……あ、の」
「なんだ」
顔を背けた先が悪かったのか。海の左斜め前に立っていたアレクサンダーと目が合ってしまった。互いにじっと見つ合う中、意を決して声をかけてみたが素っ気なく返され、しかも軽く睨まれてしまった。
「いえ、なんでもないです」
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものである。確かにこんな睨まれたら動きづらい。苦手なタイプの相手だなとは思っていたが、これは苦手どころではない。出来れば関わりたくないとまで思ってしまう。城下町に行くことを賛成してもらった身ではあるが、これとそれとはまた別だ。
海の中でアレクサンダーが苦手から嫌いに移り変わろうとしていた。
「アレクサンダー、もう少し言葉を足したらどうだ?」
「何が言いたい」
「だから、君は顔面が凶悪すぎるんだよ。そんな顔で見られたらみんな恐縮するだろ?」
アレクサンダーの目から逃げるように視線をさまよわせていると、後ろからクインシーに抱き込まれた。頭の上にクインシーの顎が乗る。「怖かったよねぇ」と言いながらクインシーは海のお腹へと腕を回して抱きしめた。
同性にこんな風に抱きしめられるなど初めてだ。しかもこんなぬいぐるみのような抱きしめられ方など。恥ずかしいからやめてくれ、とクインシーに文句を言ったが聞く耳を持たない。
腹にまわっている腕を外そうとしたが中々外れなかった。こんな所で一般男性と日々鍛えている男性との差を感じるなんて。
暫くクインシーの腕の中でもがいてみたが、クインシーが腕の力を緩めてくれるまでは動けなかった。来賓室で暴れてた時よりも疲労度が酷い気がするのは何故だ。
「はぁ……このまま海を本部まで連れされたらいいのに」
「え、こいつ本部に行かないんですか?」
クインシーが嘆くように呟くと、騎士団員は目を丸くして驚く。騎士団員には海が本部で世話になることを話したと言っていたが、あれは嘘ではなかったらしい。益々、城下町に行きづらさを感じてしまう。
「こいつは城下町で暮らす。騎士団には来ないそうだ」
「え。団長! それって大丈夫なんですか!? 今、城下町って……」
「あぁ。説明はしたが、本人がどうしてもと言うからな」
ええー……と残念がる騎士団員と眉間に深いシワを刻んでいるアレクサンダー。そして背後には、城下町に行くなと引き止めてくるクインシー。
申し訳なさいっぱいにしながら、海は王城を出た。
「ここの階段を下りて城門をくぐった先が城下町だよ」
「わかった。ありがとう、クインシー」
「それはいいんだけど……」
城を出るまでの間、色んな人に好奇な目で見られた。聖女のおまけという物珍しさもあれば、聖女の追っかけだと気持ち悪がっている目も。海に聞こえるほどの声で陰口を言っているやつもいたが、海の後ろに控えていた騎士団を目にした途端、彼らは口を噤んだ。
きっと二人が城を出るまで付き添ってくれなければ、袋叩きにあっていたかもしれない。
「本当にありがとう。お礼として何か返せればいいんだけど」
「なら一緒に───」
「構わん。礼をしてもらうほどの事はしてない」
騎士団に行こう?とクインシーは言いたかったのだろう。それをアレクサンダーに止められて不機嫌そうにした。
でも、こちらとしては助かる。何度も断るのはこちらとて辛い。海を思って引き取ってくれようとしているのだから。
「それじゃあ、もう行きますね」
これ以上、彼らと話していると辛くなる。さっさとこの場を離れた方が賢明だと海は二人に背を向けた。
「待て」
階段を下りようと足を踏み出した海を引き止める声。まだ何か?と振り返りながら首を傾げると、アレクサンダーはクインシーに一言二言言葉を交わしてからこちらへと来た。
「城下町入口までは送る」
「え、いいですよ。一人で行けますから」
クインシー相手ならタメ口で話せるが、アレクサンダー相手だと敬語になってしまう。それが気に食わなかったのか、それとも送ってくれるのを断ったせいなのか、またアレクサンダーに睨まれてしまった。
「これも仕事だ。お前が城下町に行った事を見届ける義務がある」
「そうですか」
ここで見送って、二人が居なくなったのを見計らって城の中に戻るかもしれないという疑惑を持たれているのかもしれない。
彼らにも与えられた仕事があるのだ。それを全うしなければ、上から叱られるのだろう。海には騎士団に行くことを拒否され、上からは海の監視を怠ったと叱られる。それはあまりにもアレクサンダーが可哀想すぎる。ここは素直に送られてもらった方がいいだろうと海は頷いた。
アレクサンダーと共に城の階段を下りていく。城から徐々に離れていくにつれて、城の全体像が見えてきた。
ラザミア王国の歴史、という本を読んでいたからなんとなくはこの城のことを知ったつもりだった。城の異様な堅城さも。
この城は一度出ると中々戻ることは出来ない。城門は内側から固く閉ざされているし、周りの壁も高く、城下町との隔たりが強い。
しかも、城の周りを深い堀で囲んでいた。その中にはしっかりと水が張っており、外からの侵入を一切遮断している。城に入るためには、城門にある橋を下ろしてもらわなければ入れない構造だった。
一度も他国との争いをしたことがないのに、こんなにもラザミア王国の城は強固なものになっている。一体何から城を守っているのか。それともあの本に書かれていないだけであって、他国からの侵入があったのか。それは海には知る由もない。
「なんか大阪城みたいだな」
「オオサカ……? なんだそれは」
城を眺めながら独り言を漏らすと、アレクサンダーが海の独り言を拾い上げてしまった。早く返さなければまた睨まれる。それだけは避けたいと、海は慌てて説明をした。
「あっ、えっと。俺の世界でもあるんです。こういう作りの城が」
「ほう。そこに住んでいるのか?」
「いえ。大阪城には住めません。国の文化財……その、国の財産として保護されてます。でも、城を観光することは出来るんですよ。俺も一度は見に行きたいと思ってて。凄いらしいんです。ラザミア王国の城のように周りに堀があるんですけど、その深さも広さも大阪城は桁外れで。1614年の大坂冬の陣では、大阪城に20万の軍勢が来たけれど、その強固な守りによって城が崩されることは無かった。それほど守りの堅い城なんです!」
と、語ったところまでは良かった。言い終わってから海は顔が真っ青になった。
じっとこちらを見つめてくるアレクサンダーは、一人ベラベラと話している海を止めることも無く全部聞いてくれていた。
あぁ、やってしまった。熱が入ると、海は相手のことそっちのけで話し始めてしまう癖がある。
普段はこんなに饒舌ではないのだが、知っていることや興味のあることとなると口が止まらなくなる。以前、それが原因で友人に注意されたことを思い出した。
「す、すみません。話し過ぎましたね」
きっとアレクサンダーも嫌に思っただろう。あれだけマシンガントークされたら、人によってはめんどくさいと思うはずだ。
相手がクインシーであれば、笑って止めてくれただろう。だが、相手はアレクサンダーだ。うるさいと言って睨まれる。そう覚悟していたが。
「話は終わりか?」
「え?」
「城の話はもう終わりなのか?」
「もう……?」
まだ聞き足りないとでも言うような言い方に海の頭はパンクした。あれだけ一人で話していたのにうるさくなかったのか。
「あるなら話せ」
「えっ、あ、え?」
まさか話の続きを促されると思わず、海は目を白黒させながら城の話を続けた。
城門までの十分ほどの間、アレクサンダーが海の話に口を挟むことはなく、ただひたすら海が話しているだけだった。
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