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第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。
第六話
しおりを挟む「それで話というのはなんですか」
お茶を飲んで落ち着いたところで、海は話を切り出した。彼らは話をしに来ただけだと言っていたのだ。その話とは一体なんの事なのか。自分のことならば気になるものである。
「うん。君を騎士団で引き取ることになったんだ」
「騎士団で?」
「そう。城には聖女様がいるからね。君が城に居続けるのは危険だって話になってさ」
聖女が海のことをストーカーだと訴えたことにより、海は聖女にとって悪と見なされている。そんな海を城で面倒見るのは如何なものかと会議が行われたらしい。
王と王子は海を城下町に下ろせと言い放った。
だが、アレクサンダーとクインシーはそれに異議を唱えた。闇が濃くある城下町に下ろすなどそれこそ危ないと。いつ、のたれ死ぬかわからない。召喚に巻き込まれてしまっただけの人間にその処遇は重すぎるとクィンシーは反論したそうだ。
「そんなこと言って大丈夫なんですか。クインシーの立場が危ぶまれたりとか」
「大丈夫大丈夫! これでも俺、無茶な発言出来るくらいにはこの国に貢献してるつもりだからさ。気にしなくていいよ!」
へらりと笑うクインシーにほっと一息つく。海を庇ってしまったせいで騎士団を追い出されたりしたらどうしようかと思ったが、そうはならないらしい。会議ではいつも王に対して反論しているらしい。話を散々引っ掻き回した結果、相手が折れてクインシーの意見が通る。
クインシーが王相手にべらべら喋っているのを見てみたい気もする。
「話を戻すね? えーっと、サクラギ? だっけ?」
「名前でいいですよ」
「あれ? サクラギだよね?」
「いえ、海です。桜樹 海……あ、」
「カイ?」
あぁ、忘れていた。そうだこの人たちは外国名なのだ。名前が先で、苗字が後。今の海の名乗り方では、桜樹が名前になってしまう。
「海 桜樹です。すみません、俺の元いた世界では苗字が先に来るんです」
「そっか。じゃあ、カイだね。あぁ、それと! 敬語は使わなくていいから。そんなかたっくるしい話し方じゃなくて、もっと楽に話そうよ。ね?」
気楽に気楽に、と笑うクインシーに海もつられて笑った。相変わらずアレクサンダーは仏頂面をしていたが。
お茶を飲みながらクインシーの話に耳を傾ける。聖女の杉崎は魔導師の指導の元、浄化の力の訓練を行うとのこと。明日からはきっと忙しくなる。朝から晩まで力の使い方をみっちり教えこまれるだろうと。聖女としてこの国に召喚された以上、その力を最大限活用すると。
やはり海が思っていた通りになった。杉崎はこれからこの国に飼い殺されるだろう。力があるということはそういう事だ。この国は聖女という存在に縋っている。聖女がいれば全部なんとかなると思っているのだ。
だから海には一つ気がかりなことがあった。
「聖女の浄化の力で国の闇が払いきれて、魔導師たちの魔力が戻るまで。それまでカイの身柄は騎士団で見る。ちょっと個性豊かな奴らが多いけど、悪い奴らじゃないから。ちゃんとカイを引き取ることも話してあるから、安心しておいで」
「ごめん。俺は騎士団には行かない」
海は一言呟いた。クインシーはきょとんとしてから驚き、アレクサンダーはじとりと海を見つめる。
二人に何を言われようとこの意志は変わらない。海は城の世話にも、騎士団の世話にもならない。王の広間で話を聞いていた時に決めていたことだ。
城下町の様子を見に行こうと。
「じゃあ、カイはどこに行くつもりなの?城はもう出なきゃいけない。騎士団にも来ない。どこにあてがあるの?」
「城下町に下りようと思う」
「なんで……!」
驚きで目を見開くクインシー。そりゃそうだろう。海を城下町に下ろせと言った王達に対して、クィンシーは反論したのだから。それほど城下町の状態は良くない。
なのに海本人が城下町に下りると言い出したのだ。これではクインシーが会議で反論した意味が無くなってしまう。
申し訳なさはある。だが、それ以上にどうしても気になってしまうのだ。闇に覆われてしまった城下町の様子が。病気や飢饉に苦しんでいるという人達が。今どうやって生活しているのか。
きっとあの王は何もしていない。あの椅子に座ったままただ城下町を見下ろしているだけだ。全てを聖女に任せて。
「ダメだよ……城下町には行かせない。今、下がどんな状態かわからないからそう言えるんだよ。どれだけ危ないか知らないでしょう?」
「ここに来たばかりだから何も知らない。だからこそ知るべきだと思ってさ。どうせ聖女が闇を浄化するまでは元の世界に帰れないんだろ?なら、それまで自由にしててもいいわけだ」
「自由って言ったって……なにも闇のど真ん中に行かなくったっていいだろ?城や騎士団の本部の方まではまだ完全には闇が来てない。こっちにいる方が安全なんだよ」
「その安全はいつまで続くんだ?」
「え?」
今は安全でも、いつかは安全じゃなくなる日が来る。
闇がラザミア王国を覆うのが先か、それとも聖女の浄化が先か。常に闇に怯えて生活するくらいなら、さっさと闇の中に入ってしまった方がいい。城下町の人達はもうあの薄暗い雲の下にいるのだから。
明るい場所から見下ろすよりも、同じ暗い場所で手を貸した方がいい。
「行かせてやれ」
海を騎士団に行かせようとあれやこれやとクインシーが説得していた途中で、アレクサンダーが一言そう呟いた。まさかアレクサンダーに賛同してもらえるとは。
騎士団で海を面倒見るということは、海を監視するということと同義のはず。城下町に下りてしまっては監視の目も届かなくなる。海一人のために闇が蔓延る城下町に騎士団員を送り込むわけにもいかない。もしその騎士団員が城下町で病気をもらってくるようなことがあれば一大事になるからだ。
それとも、監視の手間を無くすために海を城下町に行くことを許したのか。
「アレクサンダー! 君はなんてことを言うんだ! 君だって知ってるだろう!? 城下町の今の状態が!」
「どうせ反対したって行くんだろう」
それなら止めるだけ無駄だとアレクサンダーは窓の向こうにある城下町を眺めながら言った。
「カイ、本当に行く気なの?」
「何言われても変わらないよ」
「……そう」
騎士団で受け入れる気だったクインシーからしたらこれほど残念なことはないだろう。悲しげに俯くクィンシーの姿に罪悪感がとめどなく溢れてくる。それでも城下町に行くことは変わらないのだ。
二人に薄情なやつだと思われるかもしれない。次会った時には他人の振りをされるかもしれない。それを覚悟して、海はもう一度城下町へ行きたいと呟いた。
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