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第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。
第四話
しおりを挟むとりあえず、今の状況を整理してみよう。
今、海が居るのは海の知っている日本ではないということ。
ここは"ラザミア王国"とよばれる小国。日本でいうところの北海道くらいの領地だ。他の国との関係も良好。戦争などは一度も起きたことがないとされている。それも全て聖女のなせる技だと王は語っていた。
主に農作物や漁業が発展しているらしく、民の過半数が農作業者や漁師として生計を立てている。この国で採れた作物のほとんどは他の国へと輸出されており、大変喜ばれているらしい。
元々、この国の土が良い土なのか、作物が腐ることもない。それもこれも聖女のおかげなのだと誇らしげに言っていた王にはちょっと灸を据えてやりたい。
何でもかんでも聖女のおかげと言うなと。作物が無事に取れているのは農作業者が毎日働いているおかげだ。汗水垂らして必死に育てているからこそ、腐らずに良い物が採れる。そんなことも知らないのかと怒りたかった。
あの場で言ったら確実に海の首元にまた槍の切っ先が当てられるだろうが。
作物や魚が順調に取れていたのは一年前までの話。
今では、国の全体を包んでいる"闇"というものに領地が侵されてしまっていて、農作物が全て枯れ果てている。この国自慢の作物が他国に輸出が困難になり、他国との関係も著しく悪くなっているとの事。
「そりゃそうなるよなぁ。他国は農作物の殆どをここの国から輸入してたんだから。貿易が止まるとなると困るよなぁ」
まだこれが服飾や機械などのものだったらここまで関係がこじれることもなかっただろう。
だが、人間にとって一番大事な食が危ぶまれてしまった。ラザミア王国からの作物にどれだけの国が依存していたのかは知らないが、隣国である三つの国は大打撃を受けているであろう。
まぁ、作物が輸入されなくて困ると文句を言う前に、自国でも作物を採れるようにしろと言いたいところだが。
「簡単にはいかねぇか。きっとブランドみたいになってんだろうな」
国を覆っている闇。それは目に見えるものだった。
王から与えられた来賓室の窓から城下町の方を見やると、それははっきりと視界に映った。
台風の時のように灰色で怪しげな雲。分厚いそれは城下町全体を覆い尽くしており、雲の上の晴天を一切下に見せてはくれなかった。太陽の光が届かない町は陰鬱で、見ているだけでも気分が悪くなりそうなほどだった。
"あの闇を払えるのは聖女の浄化の力だけ"
誰もが口にする聖女の持つ浄化の力。その力は万能らしい。闇がもたらしたとされる病原菌も根こそぎ払える。枯れ果ててしまった土地も以前のように豊かな土地へと戻せると。
聖女一人でそんなことが成し得るのであれば、それは喉から手が出るほどほしいだろう。
「……あの子な。あの子が聖女か。うん」
ラザミア王国の資料を机に放り出して天井を仰ぎ見る。海は聖女と呼ばれて敬われていた女の子を思い出した。
彼女の名前は杉崎 聖美。女子高生。しかも中学を卒業してからまだ半年経ったか経たないか程度だった。
名前を聞いた時は、聖が入ってるなんていかにも聖女としての運命を背負って生まれてきたのかこの子は。と苦笑いを零したが、年齢を聞いた途端そんな笑いは打ち消された。高校生なりたての彼女には荷が重すぎる。ついこの間まで義務教育をしていた子に、国の全てを背負わせるのかと。
海が一言言ってやろうかと思ったのだが、彼女は聖女の仕事をやる気満々で引き受けた。自分の力で誰かを救えるならと善意の眼差しで王を見据えたのだ。
大人の欲に疎い彼女は彼らの傀儡として働かされるだろう。嫌なことや辛いことがこれからどれだけ彼女に襲ってくるのか。それは計り知れない。同郷のよしみで、何かあった時には助けてやろうとも思ったが、彼女が海にした仕打ちはあまりにも酷いものだった。
「ストーカーか。いつ俺があの子にストーカーしたよ」
いわれの無い罪を彼女に押し付けられたのだ。
王との対話が終わり、広間から退出しようとした海の腕を引っ張った杉崎は今にも泣きそうな顔をしていた。きっと見知らぬ土地で一人にされるのは心細いと思い、海に留まってもらおうと必死に引き止めてきたのかとその時は思った。
彼女が王に向かって"この人、私のストーカーなんです!"と言い放つまでは。
王やその周りにいた王子や騎士団の人達はストーカーの意味が分かっていなかったのか、首を傾げていた。
だが、杉崎の必死な訴えにただならぬものを感じたのだろう。すぐさま海は拘束され、この来賓室へと押し込められた。慌てて出ようとしたのだが、出口である扉の外には騎士団員が二人立っている。海が逃げられないようにの処置なのだろう。
何故、彼女が海をストーカー扱いしたのかはわからない。あの場ですぐ反論すれば良かったのだが、海が声を出す前に彼女がヒステリックに捲し立ててしまったため何も言えなかった。周りは聖女の言葉ならと疑うこともしない。
そうして海は冤罪を擦り付けられたのだ。
出来ることなら杉崎に問い詰めたいところだが、今、会いに行こうとすれば、彼女の発言が正しいことになってしまうかもしれない。
電車内で痴漢の冤罪を吹っかけられることがたまにある、と友人から聞いたことがあったが、まさか自分がそれと同じような目にあうとは思ってもみなかった。
「この国での弁護士ってどういう人なんだろうな……つか、弁護士っているのか?冤罪の立証してくれんのか?証拠なんてねぇしな」
ストーカーをしていた証拠もなければ、ストーカーをしていない証拠もない。ただ、聖女召喚に"巻き込まれた"という話が、聖女召喚に"わざと巻き込まれた"になりそうだ。
それだけはなんとか阻止したい。もうストーカー云々はどうでもいい。勝手に言っててくれ。だが、ここに来てしまったのは自分の意思ではない。それだけは確かだ。
「就活してたのに。明後日には仕事の面接入ってたのによ。それも無駄になるのか」
やっと面接を受けられると思った矢先のこれだ。冤罪の事よりも、就職ができない方が辛い。
なんとかここが異世界であることは飲み込んだ。だったら早く元の世界に戻せと王に直談判したのだが、それは無理だと即答された。
魔導師たちが使える魔力がもうない。闇によって魔力の吸収ができない。あの聖女召喚も一か八かの賭けだったらしい。
だから、海を元の世界に戻すことは出来ないと。闇が払われ、魔導師たちの魔力が元に戻れば、召喚印をまた発動することは出来る。それまでは待てとのこと。
いつになるか分からないその日まで何をしていればいいというのか。
「モブはモブらしく大人しく生きてろってことか」
騒ぎを起こすことなく、ひっそりとこの国で暮らす。聖女である杉崎とは一切の干渉をしないように監視されながら。
日本に帰れるまであとどれくらいなのか。
それまで海がこの状況に耐えられるのか。
「……帰りてぇ。帰って、唐揚げ食って酒飲んで寝たい」
そんな望みもこの国ではまかり通らなかった。
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