4 / 121
第一章 異世界に来たけど、自分はモブらしいので帰りたいです。
第二話
しおりを挟むどさり、と硬い床に落とされて海は呻きをあげた。床に打ち付けてしまった腰がとても痛い。次第に痛みは背骨を伝うように背中に伝わっていき、目には薄らと涙が浮かんだ。なんでこんな痛い思いをしているんだ?ただ、就活していただけなのになんでこんな目に合うんだ、と海は、顔も知らない名前も知らない神に対して規制音が入りそうな悪口を呟いた。
一体何が起きたというのか。先程まで路地裏にいて、壁尻されていた女の子を助けようとしていたはずなのに。
「あっ、あの子は!?」
そこでハッと気づいた。女の子と共に壁の中へと吸い込まれたのだ。吸い込まれた後の事を必死に思い出そうとしたが、海が吸い込まれた瞬間からの記憶が曖昧で、頭にモヤがかかったようにしっかりと思い出すことは出来なかった。
だが、自分はこうして無事である。それなら彼女も無事なのではないかと海は辺りを見渡した。
右を向いても左を向いても人。海を囲うようにして六人の男が立っていた。しかも何やら海を見てブツブツ呟いている。何を言っているのかまでは聞き取ることは出来ないが、彼らの雰囲気からして良い感じではなかった。
そんな中、男たちの一人、白い顎髭がやたら長いおっさんと目が合った。なんとも貫禄のある顔だ。人生色々ありましたと顔面で語っている。海は何故かその男が羨ましく見えた。長い髭が羨ましいのではなく、自分が持ち得ぬ沢山の知識を持っていそうな気がして。
改めて彼らの服装を見てみるととても珍しいものだった。コスプレの撮影中かなにかだろうか。今は年齢関係なくコスプレを楽しめる時代となったが、こんな高齢の人でもするのか。アニメや漫画が、老若男女問わず広がっているということだろう。
彼らの服装は、漫画に出てくる神父が着ていそうな服だった。ただ、色が違う。神父は真っ黒な様相だが、この白顎髭のおっさんは真っ白。自身の髭に合わせたのか。
まさかその服はオーダーメイドですか。気張ってますね。海は白顎髭のおっさんの気合いの入れように笑みを浮かべた。
なんか見たことあるなと思ったが、この服はローマ教皇とかが着ている祭服に似ているのだ。まさか教皇のコスプレをしているのだろうか。気張ってるどころかぶっ飛んでいた。
三次元のコスってありなのか?いつも二次元キャラのコスしかみてないから知らないけど。許可は取っていますか?二次元もそうだけど、三次元のコスプレをするのにも許可は必要だろう。無許可でやったらおっさん訴えられるよ?要らぬ心配だろうけども。
そして、周りにいる人達は目の前にいる白顎髭のおっさんとはまたちょっと違う。白顎髭のおっさんが着ている服は装飾品が多くてジャラジャラしている。
なんだかあの長い顎髭が引っかかりそうで見ていて怖い。ふとした時に髭が金具に、なんて考えただけで鳥肌が立つ。友人がよく、ピアスに髪が引っかかって痛いと言っているのを聞いたことがある。耳に穴を開けるということですら海は嫌なのに、ピアスが引っ張られるなんて聞いたらもう顔が真っ青になる。耳がちぎれたらどうするんだと言いたくなってしまう。
友人の言葉で血の気が引いてしまった海は、気分を変えるために周囲に意識を回す。海の周りにいる人達は、白顎髭のおっさんと服装は似ているが、少し布の量が少ない。露出が高いというわけではなく、白顎髭のおっさんは何枚か着込んでいるのに対して、周りの人達は白いローブ一枚。多分、中にはティーシャツとかを着ているとは思うが。
「失敗ですかね」
不意に若い男の声が聞こえてきた。白顎髭の隣に立っていた若い男が海をじっと見下ろしている。誰だこいつは。不躾な視線を向けてくる若い男に自然と眉が寄る。
彼の態度で、海が気分を害したということに相手は気づいたらしく、不躾男(名前知らないから適当に)は鼻で笑った。
その態度に、これだから最近の若いやつらは。と一言文句言いたかったが、それを言ってしまったら自分がおっさんなのだということを認めてしまう気がして言えなかった。ちっぽけな己のプライドが憎らしい。
「どうしますか? これ。絶対失敗ですよ?」
「分からんだろう。召喚印の近くにはもう1人いたはずだ。その者はどうした」
「さぁ。もしかしたら別の所へ飛ばされたか……」
状況が分かっていない海を挟んで、白顎髭のおっさんと不躾男が何やら揉め始めた。失敗についてどうするつもりなのだ、とか、もう一人の方を探し出せば失敗ではないとか。
打ち付けた腰が痛くて立ち上がれない海の真上で行われている会話のドッジボール。それが段々と不躾男の一方的な壁打ちになってきた所で、海は口を開いた。
「いや、うるせぇ。つか、ここどこだよ。おっさんたち誰ですか」
「おっさ……」
おっさんの一言に白顎髭のおっさんがピシリと固まる。不躾男も海の言葉に驚いた後、肩を震わせて笑っていた。
「ぶふっ……! 先生、おっさんって言われてるじゃないですか」
「黙りなさい! 誰がおっさんだ! まだ私は五十だ!」
「おっさんだろ……。五十ならもう立派なオヤジだろうが」
きっと、いつもつるんでいる仲間内の一部なら「ダンディーなおじ様」と言うだろうが、海からしたらただのおっさんにしか見えない。おじ様呼びをする彼女らもまた特殊なフィルターが備わっているからそう見えるのだ。ただ、彼女らの性癖に合致すればの話だが。少しでも趣味に合わなければ、ただのオヤジと化す。その境界が本当によく分からない。何年もの付き合いがあるが、未だに理解ができないでいる。
「おっさん談義はいいんだよ。それよりもここはどこだ。それにあの女の子も無事なのか?」
改めて周囲へと目を向ける。天井はかなり高い。それに窓も普通のものでは無い。よく目にする透明なガラスではなく、目がチカチカするくらいカラフルなガラスだった。教会とかにあるステンドグラスのような鮮やかさ。
そして自分のいる床。白い塗料か何かで書かれている円形のもの。周りにいる男たちはその円を踏まないように囲んでいた。なんだか漫画とかでよく見た気がする。これってなんだっけ。
「あんた、今女の子って言ったか?」
「は? あぁ、壁の中に一緒に引っ張られたんだよ。あの子無事なのか?あんたら知ってるのか? もしかしてあんたらがあの子に壁尻させてたのか?」
「かべ……?」
"女の子"という単語に食いついてきた不躾男。もしかしてあの女の子に壁尻させていたのはこいつらなのかと疑いの目を向ける。
こんなよく分からない奴らが寄ってたかって女の子一人をあんな所に放置していたなんて酷すぎる。彼女があそこから必死に逃げ出そうとしていたのを思い出し、海は怒りに任せて不躾男を睨みつけた。
「お前ら最低だな。妄想と現実くらいちゃんと分けて考えろよ。妄想ならいくらでも何してもいいけどよ、現実で本物の女の子相手にあんなことしたらただの犯罪だろうが。お前らみたいなのがいるからオタクの肩身がどんどん狭くなっていくんだろうが。オタクが悪いわけじゃないのに、趣味がオタクだったからって理由で悪者扱いされるんだからな!? そういうことちゃんと考えてるのかよ!」
「ちょ、なんなのこいつ! 先生、やっぱこいつ失敗ですよ!」
海に睨まれながら怒られている不躾男が白顎髭のおっさんに助けを求めるように縋る。逃げ腰の不躾男を逃がすまいと、海は不躾男が羽織っている祭服の裾を掴んだ。
「てめぇ、逃げてんじゃねぇぞコラ」
「先生、この人やばいって! もう顔面が凶悪すぎるって! なんなの!? こんな顔してるの騎士団くらいしかいませんよ!」
「少し黙りなさい。ウィルス」
ギャーギャー喚く不躾男に白顎髭のおっさんがピシャリと言い放つ。不躾男はしゅんと項垂れて、原因である海をじとりと睨んだ。
なんだその目は。人のことを失敗だの、凶悪だの言ったお前が悪いんだろう。説教してやるからそこに大人しく正座しろ。そう思いながら、海は不躾男の長い裾を掴んだままでいた。
「君、ここにはもう一人来ているのか? それは確かか?」
「来てるも何もあんたらが引っ張ったんだろ。俺と彼女は一緒に壁をくぐった。俺がここにいるのになぜ彼女はここに居ないんだよ」
「やはりもう一人召喚されているのか。となると別の場所へ飛ばされてしまったのかもしれん」
「別の場所って、もしかしてこいつのせいで?」
不躾男……白顎髭のおっさんにはウィルスと呼ばれていた男は海を指差して吠える。人に指を差してはいけませんと学校で習わなかったのか。お前あんまり酷いと"インフル"って呼ぶぞ。
「うん? 日本名じゃない?」
ウィルス、と白顎髭のおっさんは不躾男のことを呼んだ。今どきならあだ名で呼び合うのもおかしくは無い。SNSで使っている名前で呼びあうこともある。
それは海も同じだった。オフ会とかでならあだ名で呼んでいたりするのだから。ちなみに海のあだ名は「フエールワカメ」何故そうなったのかは海本人にもわからない。
「ウィルス、すぐさま騎士団の者達に聖女様の捜索をさせよ!」
「はい!」
ぼけっと二人の会話を聞いている内に話がまとまったらしい。聞いていたとはいえ、内容はよく分からない。王様が、とか騎士団が、とか。
なんだか中世のヨーロッパのような会話だった。特に騎士団なんて聞き慣れない。十年前くらいに高校の世界史で見たくらいだろう。テンプル騎士団とか、十字軍とか。そんなレベルの知識だった。
「言い方はかっこいいんだけどな。でも、厨二くさいんだよなぁ」
でも、不躾男と白顎髭のおっさんは大真面目に言っている。これはガチのコスプレ集団の人達なのか。最近のレイヤーは踊ってみただけでなく、演技にも熱を入れているのか。凄いな。
バタバタと走り回っている祭服姿の男たちを目で追う。白顎髭のおっさんだけは海の元に残っていた。こんな所に一人取り残されるのも嫌だが、かといって白顎髭のおっさんと一緒というのもなんか嫌だ。わがままばかりでごめんな、と白顎髭のおっさんをふと見上げた。
「……めんどうなことをしてくれたな。お前は」
前言撤回します。このおっさんもどっか連れてってください。もういっそうのこと一人でいいです。こんな吐き捨てるように文句言ってくるおっさん早くどっか連れてってください。いや、真面目に。本気で誰か連れてってくれ。
ゴミを見るかのような目で白顎髭のおっさんに見下げられていた海はキリキリと痛み始めた腹部を撫でた。
それから数時間後、海がいる所からだいぶ離れた湖で"聖女様"が見つかったらしいと報告がきた。騎士団の副団長が湖に浮かんでいたのを見つけたとのこと。白顎髭のおっさんはその報告に安心し、そして海に一言残した。
「やはりお前はこの世界に要らぬ」
人権侵害で訴えてやる。警察署はどこですか。モラルハラスメントでこのクソジジイを訴えさせてください。
55
お気に入りに追加
3,214
あなたにおすすめの小説

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。


転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる