【完結】酷くて淫ら

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25. 一郎の怒り

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「一郎っ、待って、一郎だろ?」
その手を掴むと一郎が振り返る。

「あんなのを見せられるくらいなら来なきゃよかった。イベントの最終日だし、少しでも早瀬さんに会いたくて来たのに」

「違うんだ。あれはルイが勝手にしたことでっ」
一郎が俺の目を見る。

「早瀬さんの家に泊っているのってあいつだろ?」
「そうだけど、でもなんでもない。ただの友達だ」
「友達だからってあんなキスする?」

「それはっ、あいつ外人だからそこんとこ良く分かってないんだ。確かに、向こうでも人との距離が近い奴だったけど」

一郎が怒っている。どうしよう、どうしたら分かって貰えるんだろう。

「リュウっ」
後ろから声をかけられて振り向く。

「ルイは向こうに行ってて」
「No. ワタシノキスハ イツデモ ホンキ。リュウ、ワタシトイッショニ イキテイコウ」
「なっ、何言って」

「決まりですね。早瀬さん、その人を家に泊めるのはやめてください」
「いや、でも、今追い出したらあいつ、行くとこないし……」

遠くからわざわざ俺を心配してきてくれた友人、その友人に家を出て行ってくれと言っていいのか、こんな状況になっても俺は迷ってしまった。

「ソーデスヨ。リュウ、ヤサシイ」
「その人と俺とどっちが大事なんですか?」
「そんなのっ、比べられるわけないだろ」

「そうですよね……。早瀬さんはずるいです。いつも自分からは求めてくれない。俺がどんなに不安か分かりますか?」

一郎が静かに怒っている。今まで見たこともない一郎の怒りに触れて、俺は動揺していた。

「一郎、ど、どうしたんだよ……」
一郎は俺を見てため息をついた。そして背中を向けた。

「もういいです。なんか疲れた……帰る」

「一郎、待って」
「待って何かが変わりますか?」

一郎は少しだけ振り返って俺を見ると、そう言い残してそのまま歩いて行った。振り返ることのない背中が俺を拒絶しているかのようで俺はその場を動けなかった。


それからはどう過ごして家に帰ったのか、あまり記憶には無い。ただ、このままルイと二人で家にいたら一郎との繋がりが切れてしまうような気がして佐倉を呼び出したことは覚えていた。



「で、何があったって?」
スーツ姿で家に現れた佐倉はちょっと不機嫌な様子だ。

「佐倉、弱ってる早瀬にそんな言い方……」
「いいんだ、タカ。デートだったんだろ?邪魔してごめん」

「ドウゾ」
たった一日過ごしただけなのにルイはすっかり俺の家に慣れて、二人にお茶を出した。

「どうも。ってか、ルイ・ハミルトン!?」
「オウ、ワタシヲ ゴゾンジ デシタカ」
「あ、あぁ。勿論。なんでこんな大物が早瀬の家にいるんだ?」

「アメリカで知り合った友達なんだ。突然姿を消した俺をずっと心配してくれてて、会いにきた」
「ソウデス。ズット リュウヲサガシテイタ」

ルイはそう言いながら俺の肩に手を回した。

「リュウ コイビトト ワカレタ。 デモ、 ワタシイルカラ ヘイキ」

「別れてないっ!別れて……多分」
「ワカレタデショ。カレ サッタ。フリムカナイ。ネ? ワタシナラ リュウ オイテイカナイ」

「ちょっと待てよ。何がどうなって」

佐倉の言葉に俺は頭を抱えた。何がどうしてこうなったのか……。

「あの、ルイさん?」
暫く黙っていたタカがルイに話し掛けた。

「早瀬、あー、リュウはきっと今、ゆっくり考える時間が必要なんだと思う。さっきのイベントにいた友達を紹介するから、今日は彼のところに泊ってくれないかな」

ルイは視線を天井に向けると俺に囁いた。

「リュウハ ソウシテホシイ?」
「……ごめん、ルイ。俺、いま、なんかいっぱいいっぱいで」
「ワカッタ」

ルイはそう言うとお休みでもするみたいに俺の瞼にキスをした。

「渉の友達って?」
「あぁ、苅部だよ。あいつ、フットワーク軽いし、きっと楽しませてくれる」
「なるほど」




タカがルイを苅部の家まで送ると言って出ていった後、佐倉はポリポリと頭を掻いてソファに座り直した。

「随分弱ってるじゃん。ルイが原因?」
俺が出来事を全部話し終えると、佐倉は一言「あーあ」と声を漏らした。

「それ、完全にお前が悪いよ」
「そうだよな……」
「謝るしかないじゃん。別れたくないんだろ?」
「うん」

「一郎が怒るのも珍しいけどさ。お前をこんな風に落ち込ませるなんて一郎もやるなぁ。ほら、お前、今までは去る者は追わずって感じだったじゃん。すぐ別の女と付き合ってたし」

「そんなつもりはない……」

「お前にそのつもりがなくても、俺にはそう見えてたよ。ふぁあああ、ねむ。もう今日は泊まるからな。お前はソファで寝て、ベッドは俺と渉に譲れよ」

「分かった」




佐倉がソファに寝落ちして暫くするとタカが帰ってきた。

「悪いな。巻き込んで」
「いや、いいよ。早瀬に恩を売っておけばいつか何かで返ってくるかもしれないし」

タカが少し笑う。

「ん、ちゃんと返すよ。苅部にもお礼を言わないと」
「あぁ、まぁ、でも、苅部喜んでたし、いいんじゃん。作品について語れる相手が出来て嬉しそうだったよ」

そういえばイベント会場でもルイとずっと話をしたがっていた。謝るのはルイの方が先か……。

「佐倉寝てんの?」
「うん、さっき寝落ちしたところ」
「あーぁ、スーツしわくちゃになるのに」

タカは器用に佐倉を転がしながらジャケットを脱がせるとソファの背もたれにジャケットをかけた。手つきが凄く慣れていて、普段の二人の様子を垣間見たような気がする。

「大丈夫?」

「ん……あのさ、タカは佐倉がもしいなくなったらって考えたりしないの? こいつ、タカのこと大好きだろ? 大好きってこんだけアピールされてて、好きになって離れられなくなった途端、佐倉が他の人を好きになっていなくなったりしたら……とかさ」

タカは「あー」と声を出した後、ルーフバルコニーを指さした。

「あっちで話さない? ルーフバルコニー、出てみたかったんだよね」


 ルーフバルコニーは少し肌寒くて、俺たちはあたたかいコーヒーを持って外に出た。

「佐倉がいなくなったら……か。考えたこと、なくはないよ。こんなに好きだって言われて、それがサッとなくなったら怖いなっても、思う。だけどさ、なんていうのかな、こんなに僕を好きだって言ってくれる人って他にいないと思うんだよね。だから、どうしようもなくそういう日が来たとしても、この思い出だけで生きていけると思ったんだ」

タカが俺を真っ直ぐ見つめていて、その目には覚悟のようなものがある気がした。とたんに、いくつもの感情が沸き上がってくる。

「俺は……俺は思い出だけなんて、無理」
タカの手が俺の顔に触れて涙を拭う。

「それなら尚更、一郎君を追いかけるべきだよ。もしそれでダメになっても、早瀬のことは僕がちゃんと見ていてやるよ」

「タカには佐倉がいるじゃん」

「そ。だから、見てるだけ。見てるだけだから、いなくなることは無いよ」

恋愛と言う名前を付けて触れ合ってしまえばどうしても別れがちらついてしまう。俺の心の中がタカには全部透けて見えているみたいだ。

「タカには適わないな……。ちょっと出かけてくるわ」
「今から?」
「うん、きっと眠れないだろうし」


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