【完結】酷くて淫ら

SAI

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23. 迷う境界線

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俺はルイの手を掴むと慌てて会場の外へと引っ張っていった。

「ど、どうしてここに?」
「会いたいって言ったでしょ。ずっと探してたんだ」

久しぶりの英語に頭をフル回転させながら会話を続ける。

「ツアーは?」

「ちょうど終わったところ。スタッフがリュウからのメールに気が付いて友達じゃないかって知らせてくれたんだ。だから、返信が遅くなってごめん」

「いや、俺の方こそ、黙って消えてごめん。あの時はそうするしかなくて……俺、全然余裕なくて」

ルイがまた俺を抱きしめる。

「ちょっと、ルイ。ここは日本だからそんなにハグしたら目立つよ」
「私が外人だから大丈夫だよ」
「確かにそうかもだけど……」
「いつまで日本にいるの?」
「5日くらいかな。ねぇ、リュウの家に泊めてよ」

「えぇっ?」
「積もる話もあるし、リュウに会うために日本に来たんだよ」
「ベッド、ひとつしかないぞ」
「一緒に寝たらいいじゃん。ずっと心配してたからリュウが今、どんな風に暮らしているのか見たいんだ」

そう言われてしまったら黙って去った後ろめたさもあって、断ることは出来なかった。


「おい、早瀬。誰だよあの外人」
会場に戻ると苅部がヒョコヒョコとすり寄ってきた。

「あぁ、ルイだよ」
「いや、そういうことじゃなくて、只者ではないオーラを感じる」

ルイはイベントが終わるまでここで俺を待つことにしたらしく、今はBARでお酒を注文している。

「良い匂いがする……。なぁ、紹介してくれっ」
「金の匂いの間違いじゃ……」
「ん?この顔のどこがお金に目がくらんでいると?」

苅部は目を細めてまるでお地蔵さんのような表情をしている。

「……自力で仲良くなってくれ」



 家に帰ると買ってきた牛丼をテーブルに並べながらリビングにルイを呼んだ。

「悪い、引っ越したばっかで全然荷物を整理してなくて。あ、その辺、適当に座って」

ルイはキョロキョロと部屋を見まわしながらソファに座った。

「本当に引っ越したばっかりなんだ」
「あぁ、絵を描く部屋が欲しくて」
「良かった。絵をやめてなかったんだね」

ルイの言葉に曖昧にほほ笑む。

「牛丼で悪いな。ルイ、牛好きだったよな?」
「確かに好きだけど。ってか相変わらず料理はしないの?」
「まぁな。苦手なんだよ」

ルイはぷぷっと笑うと牛丼を口に運んで、「デリシャスっ」と声をあげた。


「わお、ダブルベッドじゃん。良いベッドだね」

ベッドに腰かけて感触を確かめているルイを見ながら、本当にいいのかと俺は自問自答していた。ベッドが狭かったらもっと上手いこと断れたのだろうが、一郎が泊まりに来ることを想定してベッドを大きくしたことで、二人で眠っても十分にスペースがある。

「ルイ、やっぱり俺、ソファで寝るよ。ルイだって疲れてるだろうし、今日は大きく寝なよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。私はリュウの隣で眠りたいな」

首を傾けてほほ笑む美男子を見つめて俺は頭を掻いた。一郎はどう思うだろうか。たとえ友達と言えども家に泊めるだけならまだしも一緒のベッドで寝るって……。

同性と付き合ってはいるけれど、同性なら誰でもいいわけではない。これがもし、異性と付き合っているのなら今日のような場合、一緒のベッドで眠っても何の問題もないわけで。でも、きっと、ルイが女性ならそれはそれで問題が発生するような気もする。

なんかよく分かんないな。分からない時は、ベターを選ぶべし。つまり、一緒のベッドで眠らなければ問題はないということだ。

「だーめ。一緒に寝たら俺が潰される」
ルイの頭を小突くとルイは観念したようだった。


ソファで居眠りを始めたルイを寝室へ押し込み、携帯をいじる。一郎はもう眠っただろうか。エインをしようか迷って、携帯を置いた。衝動的にコンビニで買った雑誌に目を通す。『スターフィッシュ、貫禄のデビュー!メンバーインタビュー』の文字が表紙に踊っていた。

「ぷっ、真面目な顔して」

うっすらと化粧をしてカメラを睨む一郎は俺の知っている一郎とは別人のようだ。ページをめくれば先日のメジャーデビューライブのレポが載っている。客席を煽っている姿、目を閉じて笑う姿、どれもあの日見た表情だ。

「なんで俺なんだろうな……」

一郎が俺を好きだと言ってくれる気持ちを嘘だと思ったことはない。でもその気持ちが永遠かどうかなんて誰にも分からないのだ。

ピコン

【起きてる? 電話していい?】

一郎からのエインについ顔が緩む。いいよ、と返信する時間が勿体なくて電話をかけた。

「起きてたよ」
「今日のアートライブ、楽しかったみたいで良かったですね」
「うん。ようやく戻ってきたような気がする。一郎は?」

「3分の2は出来たから順調ですよ。早瀬さんに会えないことがしんどいくらいです」
「ばかっ」
「くす、照れてますか? 早瀬さんって恥ずかしくなるとすぐバカって言うから」
「うるさい」

「早瀬さんは寂しくないの? 体とか」
「体?」
「最後にしてから一か月くらい経つでしょ。きゅうりでも送りましょうか」
「なっ、ば、ばかっ」

「ほら、また照れてる。でも、すごく気持ちよさそうでしたよ。ぬちゅぬちゅっていやらしい音がたくさんしてましたし、可愛い声もいっぱいあげて」

「もっ、や、めろよ」
「くすっ、言葉だけで感じちゃいますか?」
「ばか……」

体に熱がこもる。只でさえ一郎の声が耳元で聞こえるのだ。セックスしている時と同じ、いや、他に快楽を与えるものがないから今は最中よりも声が内側にクる。

「お前がここにいないのに、煽るんじゃねぇよ……」
「すみません」


「リュウ?」
不意にリビングに顔が覗いて声をかけられ、ドキッとした。ルイにちょっと待ってと手で合図する。

「誰かいるの?」
電話からは少し硬くなった一郎の声がした。

「今日、友達が泊まりに来てるんだ。アメリカ時代の友達なんだけど、心配しなくて大丈夫だから」
「わかりました……」
「じゃ、また」
「早瀬さん?」

「ん?」
「好きですから」
「なっ、ばか」
「くすくすくす、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」

一郎の言葉がくすぐったい。思わず綻びそうになる表情を抑えた。

「ルイ、どうした?」
「……いや。喉が渇いたなと思って」
「あぁ、冷蔵庫にミネラルウオーターがあるよ。それでいい?」
「うん、ありがとう。リュウはまだ寝ないの?」
「ん、もう寝るよ。おやすみ」

ルイにミネラルウオーターを渡すと俺はソファに戻り布団をかぶった。まだ一郎の言葉が耳に残っている。嬉しい、でも恐い。一郎がいなくなってしまったらと考えると恐くて仕方がなくなる。

「あんまりのめり込みたくないな」
そう呟いてはみたけれどもう遅いのかもしれない。遅い、だろうか。


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