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第四章

33. 得体のしれない魔獣たち

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「意識はまだないけど脈が安定してきている。なにより、受けた傷が治ってきているからきっともう大丈夫だよ。」

「よかった・・・。」

ニコラウスさんの体をレイが部屋の隅に移動し横たわらせる。視線の先ではいつの間にかグショウ隊長も師匠の側に立っており、ローザと向き合っていた。

「オーヴェルもユーリスアもお前の思い通りにはならなそうだが、もう諦めてはどうだ?どう考えても勝ち目はないぞ。」

部屋の中央にある鏡には魔獣をバタバタと切り倒している先生と、騎士団と協力しながら魔獣を討伐しているリアン王女の姿があった。魔獣に襲われ国が亡ぶのも時間の問題かと思われた両国が今では完全に戦況を支配していた。

「うるさいっ。お前たちを殺して自ら世界を滅ぼしてやるわ。」

ローザが呪文を唱えると部屋に6つの扉が現れた。

「来なさい。餌の時間よ。」

ギイイイイイイイイ

ローザの声で重い扉が開く。1つ目の部屋からはドロドロに溶けたような魔獣。魔獣と言うのかさえ疑問だ。その体はドロっとした液体のようだ。2つ目の部屋からはダイガの体を持ちシャンク―の頭を持つ魔獣。シャンク―は青色で人間に近い顔をしており、魔獣の中では一番知性が高いとされる生き物だ。

3つ目の部屋からは直径50cmくらいの丸い球体のような魔獣が13体出てきた。4つ目の部屋から出てきたのは全身にトゲのような鋭い突起のある魔獣だ。トゲはどれも硬そうで体に刺さったら直径5cmの穴が開きそうだ。5つ目の部屋からは四方に合わせて八つの目があり、6本の手、4本の足がある蛸のようなシルエットの魔獣が出てきた。

そして6つ目、6つ目の扉からは何も出てこなかった。

「油断するな。6匹いるぞ。1匹、姿が見えない魔獣がいる。」

師匠の声に皆が辺りを見回した。見えない・・・ベルのような能力ということなのだろうか。

「厄介ですね。」
グショウ隊長が思わず言葉をもらす。

「ライファはここからニコラウスさんを守りながら私たちを援護して。あんなに練習したんだ。この距離から小弓で援護するくらい簡単だろ?」

こんな時だというのにレイは私を見ていたずらっ子の様に笑う。魔力ランクの低い私に隠れてというのではなく一緒に戦おうと言ってくれる。そんなレイの言葉が嬉しかった。

「任せて。」
レイが小走りで師匠たちの元へと急ぐ。

「ローザは私が引き受ける。グショウとレイは魔獣を頼む。」

師匠の言葉に二人が頷いた。






 ライファにニコラウスを守るように言い、リベルダ様とグショウ隊長の元へと急いだ。やっと会えたライファ。本当ならライファの側についていたい。でもこの状況でそんなことを言ったらきっとライファに怒られるだろう。目の前には敵の魔女。得体のしれない魔獣6匹に囲まれて、状況は最悪だ。でも不思議と気分は落ち着いていた。

「ローザは私が引き受ける。グショウとレイは魔獣を頼む。」
「はい!」

リベルダ様が私たちから一歩前に出てローザの前に出る

「気が変わらないというのなら力尽くで止めるまでだ。」

リベルダ様の腕に大きな魔力の粒が集まってくるのが見える。今にも破裂しそうな魔力はギュッと小さな丸に圧縮され、リベルダ様の手のひらの上でバチバチっと音を立てた。

「丁度いいですわ。私も一度、全力で戦ってみたいと思っておりました。知識の泉の中には強力すぎてなかなか使えない攻撃魔法もありましたもの。」

ローザの不敵な笑みが目の奥でチラついた。


「目に映る魔獣はいいとして、レイ、見えない魔獣の気配がわかりますか?」

「なんとなく、なら。魔力は上手く隠しているようですが空気の動きと呼吸でなんとか。と言っても近づいているのか離れているのかが分かる程度ですが。」

「私もです。長距離戦が得意なタイプでないことを願うしかないですね。」

グショウ隊長がそう言った瞬間、近くで瞬間的な魔力の高まりを感じ、気付いた時にはグショウ隊長の右肩がざっくりと切れて血が流れていた。そして右腕を庇うようにしてグショウ隊長の左手が何かを掴んでいる。

「最初に動いたのがあなたで助かりましたよ。姿の見えない魔力がずっと近くをウロウロしていたので、接近戦タイプの魔獣だろうと思ってはいたのです。そして、本能的に魔獣は魔力の弱い私を狙ってくるはず。」

グショウ隊長が左手で掴んでいる魔獣に向けて渾身の魔力弾を撃ち込んだ。

「ギャアアアアアアアア!」

ドサッと何かが倒れるような音が聞こえ床に赤い染みを作る。染みはどんどん広がり、死んだかそうでなくても相当のダメージを負っただろうと推察された。グショウ隊長はそんな魔獣の姿を一瞥しながらヒーリング薬で自身を回復させている。無駄のない動き。

凄い。これがターザニア騎士団隊長の実力か。

ぐぐごごおおおおおおーっ!

見えない魔獣が倒されたということに気付いた魔獣たちが危機感を募らせたように一斉に攻撃をしかけてきた。魔獣たちは私よりも魔力ランクの低いグショウ隊長を先に始末することに決めたらしい。魔獣がグショウ隊長に飛びかかる。シャンク―に似た魔獣だけが私たちと距離を取ったまま魔力弾を投げつけた。勿論グショウ隊長目がけて、だ。

不味い。これじゃ5対1だ。

擬シャンクー魔獣に同等の魔力弾を投げつけて魔力弾を相殺するとトゲ魔獣に魔力刀を突き刺した。
キンッ。

甲高い音が鳴って魔力刀が跳ね返される。だがトゲ魔獣の気を引くことには成功したらしい。トゲ魔獣は攻撃対象を私に変更し迫ってきた。

よし、魔獣二体をグショウ隊長から引き離すことには成功した。

ギャ、うぎゃああああああああああ。

突然の断末魔と倒れてくる大きな影にトゲ魔獣か攻撃の手を止めサッと避ける。ダイガに似た魔獣が絶命した瞬間だった。

「体が大きいということはそれだけ攻撃に当たりやすいということなのですよ。」

グショウ隊長を盗み見ると、うっとりとしたような笑みを浮かべていた。倒れた魔獣にはいくつもの攻撃魔法を受けた形跡があった。

あっという間に魔獣を二体も倒した。本当になんて人だ。

「・・・敵に回したくはないな。」
「レイ、よそ見をしている暇はないですよ。」

倒れてきた大きな魔獣に驚いていたトゲ魔獣が体勢を立て直し猛スピードで私に迫ってくる。四足歩行だが魔力で少し浮かせた体、トゲの体で体当たりしようと突進してくる姿は弾丸さながらだ。こんなのをまともに受けたらどれだけ魔力を消費することか。

魔力を宿した右手で魔獣の体に触れ、魔獣の威力を殺さぬよう魔獣の体は右へ、自身の体は左へと動かすことで魔獣の突進を受け流した。私から軌道を逸らされた魔獣はそのまま壁へと突進し、壁の直前で上手く体の向きを変えると壁を蹴ってもう一度私に突進してくる。私が軌道を逸らしては、魔獣は壁を使ってターンをする。このままではただ魔力を消費するだけだ。

魔力弾で突き飛ばしてみるか!?

そう思いながら先ほどと同じように魔獣を受け流そうとした時、私の導線に鋭い魔力弾が発射された。

擬シャンク―か!

擬シャンク―の魔力弾は立て続けに何発も発射され、それぞれの弾の魔力の感じが違う。きっと性質を変えているのだ。

チッ。トゲ魔獣を受け止める方がリスクは少ないか。
そう判断し、防御魔力を高める。

「!!」

突然目の前で緑の物体広がりが魔獣を包み込んだ。ウニョウ玉だ。魔獣は驚きと同時に急ブレーキをかけ、速度が緩んだ瞬間、私は魔獣の上に移動し床へと叩きつけた。魔獣のトゲが床に刺さる。

ナイスタイミングだ。

床に自身のトゲによって縫い付けられた魔獣に、おびただしい数の針のような魔力弾を撃ち込む。魔獣は声を上げる間もなく絶命した。

「あと3匹・・・。」




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