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第四章

17. 正解の心とは

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薄暗い部屋、埃の臭い。器具のカチャリ、カチャリと鳴る音。
「目が覚めた?」
ニコラウスさん!!一気に記憶がよみがえり勢いよく体を起こす。
「くす、野生の動物みたい。そろそろ警戒を解いたらどう?君には何もしないと言ったでしょう?」
ほら、とニコラウスさんがパンを投げてよこした。ベルが興味深そうにパンの包の匂いを嗅いでいる。
「お茶もあるよ。」

渡されたお茶を受け取り、手の中にある温かさに少しだけほっとした。ニコラウスさんがあの薬を作った。それは間違いなく、あの薬によってターザニアの惨状は起きた。想像もしなかったニコラウスさんの一面を見て恐いとも思った。

「大丈夫?」

それなのに、ニコラウスさんはフランシールの時とはなんら変わらない態度で、あのフランシールでの日々に引きずられる。冷たい態度をとることも出来ずに頷くだけ頷いた。

「体が大丈夫ならそれ食べなよ。君は君で目的があって私について来たんでしょ。食べる食べないは君の自由だけどそれで体調崩したら元も子もないと思うよ。」

私はガサガサと袋を開けるとパンを取り出し、スキルで食べ物をチェックしてからベルにあげた。自分もパンを口にする。

・・・おいしい。こんな時でも美味しいと感じる。

「なかなか美味しいだろう?一応、この町で一番美味しいといわれるパン屋から買ってきたんだ。君は味にうるさそうだからね。」

返事もせずにパンをまた口に運ぶ。
おいしい・・・。

ニコラウスさんが憎い。でもその憎しみを維持するのが難しい。どういう感情を持つのが正解なのだろうか。どういう態度をとるのが正しいのだろう。

ぐすっ、ぐすっ
毀れる涙を拭いながらパンをかじる。

「君の感情はよく動くね。」
ニコラウスさんが感心したように笑って私にタオルを差し出した。

「ほら。」
そのタオルを奪うように受け取る。

「どうして、どうしてあんな薬を作ったんですか!あなたが・・・、ニコラウスさんが作った物でなかったら良かった。ニコラウスさんを憎むのが・・・難しい・・・。」

最後の言葉は涙で掠れたようになった。ニコラウスさんは聞こえていたのか聞こえていなかったのか表情を変えることはなかった。

「レイの解毒薬を作りたいのでしょう?君が作って正解を出せたら私がその薬に私の魔力を練り込んであげよう。君の目的はそれでしょ?」

ニコラウスさんに言われて涙を拭う。泣いている場合じゃない。

「そうです。そうですけど・・・ローザはまたどこかの国を滅ぼそうとすると思いますか?」
「今はまだ動かないと思うよ。フランシールとガルシアがどうなるのか高みの見物ってとこだろうね。」

冷静さを保つためぎゅっと手を握りしめた。

「どこにいるか分かりますか?」

「どうかな。もし知っていても君には教えないよ。知ったら会い行くだろう?会ったって無駄だよ。話をして分かってくれる相手じゃない。死ぬだけだ。」

「ローザを止めたいです。」

「止めたいと言って止められる相手じゃないことくらい君にも分かるだろう。魔力ランクの低い君など、私ですら簡単に殺せる。」

でもっ、と言いかけたところでニコラウスさんが口を開いた。

「そんなに急がなくてもまだローザは動かないと言ったでしょう?」
「どうしてそんなことが分かるのですか?」
「ローザはなにか大きなことをする時、きっと私にコンタクトを取ってくるだろうからね。」
「もしかして、薬はもう使い切っていてローザの手元には無いのですか?」

それならニコラウスさんに作らせなければいい。私の中に希望が芽生えようとする。

「いや、薬はまだあるよ。ローザが持っている。ただ、ひとりで事を起こすには限界があるってことだよ。私がいなくてもレベッカがいるだろうけど。」

「レベッカ様!?もしかしてレベッカ様もローザの協力者なんですか?」
「何を今更。でなければ私があんな娘の言うことを聞くわけがないでしょう?」

ゾクリ、と音がする。レベッカ様はどこまで知っているのだろう。どこまで知っていて協力しているのだろう。レベッカ様がレイと一緒にいる。ローザを手伝った手でレイに触れているのだ。

「あぁ、それと。ローザに会う時は何の誤魔化しも効かない。」
「そんなのことは分かります。魔女と私とじゃ差があり過ぎる。」
「そういうことじゃない。ローザは多分、人の心の声を聞くというスキルがある。」
「え?」

「本人に聞いたわけじゃないから私の予想だけどね。でも間違は無いと思うよ。だから、ローザの前に現れた瞬間に君は敵と認識される。そして何をしようとしているのかも筒抜けだろうね。」

「そんな・・・。」
「そういうわけで君をむざむざと死なせにローザの元へ連れて行くわけにはいかないよ。」

確かに。このまま何の策も持たずにローザに会っても死にに行くようなものだ。心を読まれないための薬でも調合すれば良いのだろうか。でもどうやって?そもそもそんな薬なんて作ることができるのか?・・・出来るイメージが湧かない。心を空にすればいいのでは?寝る前に瞑想するというのならまだしも、普段何も考えないなんて不可能だろう。ましてやローザの目の前に立つときはローザを止めようとしている時だ。

「君次第だけどレイの薬を作る時間くらいはあると思うよ。作りながら考えたら?ここでじっと考えているよりもいいと思うけど。」

ニコラウスさんの言葉に頷く。じっとしているよりも何かしながらの方が意外と思いつくものだ。

「薬を作ります。」
「薬材はある程度用意してあるからご自由にどうぞ。」

ニコラウスさんに言われて薬材棚を眺めた。惚れ薬・・・。レイの様子は普通だった。ヴァンス様もレイの様子について特におかしいことは言っていなかった。レベッカ様に惹かれているということ以外は。そもそも基本的な惚れ薬とはどんな材料で作るのだろう。

「ニコラウスさん、ここにある本を読んでみてもいいですか?」
「どうぞ。本を読むならこれにするといい。」

そう言ってニコラウスさんが私に渡したのはニコラウスさんのリュックから取り出したノートだ。ノートにはギャロットという名前が書かれておりニコラウスさんのものでは無いことを主張している。ノートには薬材の名前と分量、順番、混ぜ方、温度等が細かく記載されており、訂正したものや大きな×がかかれている箇所もある。
まるで調合研究ノートみたいだ。なんの薬のだろう・・・。

本棚から薬材辞書を取り出し、ノートに書かれている薬材の効果と効力を調べていく。

アンイの花 【興奮効果 2】
ユーリーンの葉  【麻痺効果 2】
ブンの木の実 【眠り効果 2】
シイの皮 【増恐怖効果 4】
のっぽうの樹液  【成長効果 7】
ゴーギャの蕾  

ゴーギャの蕾。いくら調べてもゴーギャの蕾について記載されている本は無い。一体どんな効果を持つのだろうか。それにしても効果を調べれば調べるほどこの薬が人にプラスに働くようには思えない。

「・・・人を破壊しようとしているとしか思えない。」

思わず毀れた声。顔をあげるとニコラウスさんが私を見ていた。まさかターザニアの魔獣に調合した薬か?いや何度も修正点も書かれているところを見るとまだ未完成のようだ。ノートには端的な言葉も書かれている。

細いペンで何度も囲まれた文字、【一度壊して再構築する】。
一度壊す・・・そうだ、この調合はその言葉によく合う。

「ゴーギャの蕾はね、錯乱効果を持っているんだ。」
「まさか・・・。このノートはターザニアの禁忌の研究を書き留めたものか。」
「正解。」

ニコラウスさんはそう言ってニヤリとした笑みを浮かべた。

「レイの薬はこの考え方に近い。最も、ここまで強いものにはしていないよ。レイの体を弱らせるようなことはするなというレベッカの希望でね。」


当たり前だ!と叫びそうになった。ノートを握る手が微かに震える。そこにある深淵が私を見ていた。

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