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第四章

12. 失った記憶の欠片

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「レイ様、とても美味しいお料理でしたわ。素敵なお店をレベッカの為に予約してくださって、レベッカは幸せ者です。」

レベッカを自宅まで送る馬車の中でレベッカは嬉しそうに目を細めた。

「喜んでもらえてうれしいよ。」

「ねぇ、レイ様。女性からこんなことを申し上げるのは、はしたないかもしれませんがレベッカはレイ様と結婚を前提にお付き合いをしたいと思っております。」

「ありがとう。私もそう思っているよ。」
「レイ様、嬉しいっ。」
「ちょっと、レベッカ、ちゃんと座らないと危ないよ。」

私の向かいに座っていたレベッカが私の胸に飛び込んできたのを手で支えると元の席に戻した。

「あぁ、これで私、レイ様の正式な婚約者ですわね。」
「待って、レベッカ。正式に婚約するためには両親の承諾を得ないと。」

「まぁ!どうしてですの?レイ様は私のことが好きなのでしょう?それならば両親など関係なくてよ。だってレイ様は私を愛しているのですから。」

「いや、でもね・・・。」
「いやよ、いやっ。今すぐ婚約者だと言って下さらないとレベッカは他の殿方に取られちゃいますわ。」
「レベッカ、そんなことは言わないで。ほんの少しの辛抱だから待っていて。」

「んもう、レイ様ったら。」
「ほら、家に着いたよ。ご両親が心配しているといけないからもうお帰り。」
「もう少し一緒にいたかったですわ。」

「そうだね、またすぐデートをしよう。」
「本当?約束ですわよ。」
「あぁ、約束だ。」

レベッカとのデートは幾つもの相反する感情が交錯するデートだった。愛おしいという感情と、嫌悪感によく似た苛立ちと、一緒にいたいという感情と、家が恋しくなる感情。なんだか酷く疲れた。それでも、結婚を前提にお付き合いがしたいと言われた時は心臓が跳ねた。人を好きになるという感情はこんなに複雑なものだっただろうか。



「レイ様、お帰りなさい。皆さまリビングでお茶を飲んでいらっしゃいますよ。レイ様の分もご用意いたしましょうか?」

玄関を入るとエリックが顔を出しそう告げた。

「あぁ、頼む。」

部屋に荷物を置くと急かされるようにリビングへ向かった。早々に両親からの承諾を得ることができればレベッカも喜ぶに違いない。

「父上、母上、お話があります。」
「何ですか、帰るなりそんなに急いで。」

母上が呆れたような声を出す。

「レベッカと結婚を前提にお付き合いしたく思っております。どうかお認め下さい。」
「なんですって!?」
「なんだと?」

父上と母上が揃って声を上げた。レベッカの家であるアーガルド侯爵家と言えば黒い噂がちらつく。すんなり認めては貰えないだろうということは想定済みだった。

「ライファはどうした?」
「そうよ、ライファさんは?」
「ライファ?ライファがどうしたというのですか?」

アーガルド侯爵家の黒い噂を指摘してくるかと思えば父上も母上も最初に口を開いたのは、ライファのことだった。妙な空気が漂い、戸惑う私に向かって姉さんが立ち上がってテーブルをドン!と叩いた。

「いくら記憶がないからってこんなのあんまりだわ!!」
「ちょっと、ちょっと待ってよ、何が何だか・・・。」

「アンタはね、記憶がなくなる直前に貴族の名を捨ててライファと一緒に生きていきたいって、私たちにそう言ったのよ!!」

なんだと・・・?

「・・・どういうことなんだ・・・?」

頭を抱えているといつの間にか側にきていた母上に支えられて椅子に腰を下ろした。

「レイ、そんなに急ぐでない。時が立てば思い出すこともあるかもしれないし思い出さないかもしれない。今は少し立ち止まりなさい。立ち止まることでしか見えないこともある。」

父上の目が真っ直ぐに私を見ている。

「そうよ、レイ。」

背中に置かれた母親の手の温もりがゆっくりと広がっていった。

兄さんもルカも皆、記憶を失ったと言えばライファの事も忘れたのかと聞いてきた。その理由はこういうことか。ではなぜライファは二人の関係を友達なのだと言ったのだろう。もしかしてライファの方はもう冷めていたということなのだろうか。私のことを好きではなくなって私が記憶を失ったことを利用したのだろうか。

そう考えると不思議と胸が軋むような気がした。



 翌日は整理しきれずにざわついた心のままなんとか仕事を終えた。仕事を終え家までの帰り道、デートして以来恒例となっているレベッカからのチョンピーが届いた。きっと次のデートの催促だろう。

こんな気持ちじゃとてもデートになんて・・・。

肩に止ったチョンピーから手紙を受け取ると案の定、小さなレベッカが封筒から出てきた。

レベッカに会いたい。
小さなレベッカを見た途端ざわついていた心がレベッカの方へと一直線に整理された。

「レイ様、今晩、お食事に行きましょう。街の外れにガーラという新しいお店が出来たらしくて、どうしても行きたいのです。」

小さなレベッカが可愛くおねだりをした。

「くす、予約しておくよ。」
チョンピーは曇った空を切り裂くように飛んでいった

はぁ。今日もデートか。嬉しいのに気が重い。一体私はどうしたというのだろう。その後デートしている間はレベッカが素敵で可愛いくて、一緒に要ると嬉しいのに帰宅をすればドッと疲れるという一日だった。

「レイ、ちょっといいか?」
「父上、どうしたのですか?」
「急だがリベルダ様から明日からオーヴェルに行って欲しいと連絡があった。」

「例の一件にかかわることですか?」

「あぁ、ローザに対抗する薬を作る為に必要な薬材がオーヴェルにあるとのことだ。明日、ユーリスアにルカという人物が来る。その人物と共にオーヴェルに行くようにと。詳細についてはルカが知っている。」

「わかりました。」

急な旅は騎士団にはつきものだ。突然の旅立ちも荷造りもすっかり慣れている。あとはレベッカにチョンピーを飛ば
しておかなくては。任務中に余計なチョンピーは任務に支障をきたすどころか危険を招く可能性もある。レベッカに任務で暫くユーリスアを離れるから連絡が取れないという内容のチョンピーを飛ばすと直ぐに返事が返ってきて、小さなレベッカは騎士団をやめるよう言って来たり、泣いてみたり、自分と騎士団とどちらが大事なのかと喚いてみたりと大騒ぎだった。そのレベッカを落ち着かせるためにどれだけの労力を使ったことか。

それなのに、まだレベッカを愛おしいと思う気持ちが消えないとは自分は相当レベッカに惚れているのだと思う。




ユーリスアからオーヴェルへリアン王女の口利きで国が管理する空間移動魔法陣で移動し、そこからジョンさんに紹介してもらった宿屋に向かった。リベルダ様に教えて貰ったという飛獣石の高速の乗り方は一度覚えたものとあって数時間で使えるようになり、オーヴェル到着から半日で宿屋に着いた。

「マリア様が言うにはリーヤというのは異空間にいる魔獣らしい。体調は4mになる大きな魔獣で動きが速い。リーヤのお腹の真ん中に体毛に交じって羽のようなものが数本ある。それをできるだけたくさん持ってきて欲しいってさ。リーヤの羽は抜いてもまた生えるから遠慮せずにがっつりいけ、とのお言葉だ。」

ルカはそう言うとお茶を一口飲んだ。

「高速の飛獣石って便利だけど、いくらオーヴェルが灼熱の国と言えど結構寒いね。あったかいお茶が身に染みる。あ、レイ。リベルダ様からも伝言があるんだった。リーヤは超好戦的だから守ってばかりいたら死ぬよ、だって。僕、まだ死にたくないから頼むよ、レイ。」

「魔女が言う超好戦的ってどれくらいだよ・・・。」


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