上 下
174 / 226
第三章

70. 条件

しおりを挟む
「お呼びでございましょうか。」
「ジン、悪いけどこっちに来てくれないか?魔獣と俺たちの通訳になって欲しい。」
「こっちというのは森でございますね。屋敷の外は嫌でございます。」
「なっ!お家小人は家の者に仕えるんだろ?なんでいつも俺にだけ反抗的なんだよ。」

「ロッド様はいつも私に無理難題を押し付けますし、好き勝手な振る舞い、紳士的ではありません。ヘイゼル家の人間とは思えませぬ。」

言葉からツーンとしているジンさんの姿が浮かぶようだ。いつも偉そうで自信満々なロッド様がグサグサ言われている姿は新鮮でつい吹き出してしまいそうになる。ルカを覗き見ると、ルカも笑いを堪える様な表情をしていた。

「ジン、私がお願いしてもこちらに来てはいただけないでしょうか。私はいずれヘイゼル家の人間になるのですし・・・。その私がお願いするのは厚かましいでしょうか。」

「シンシア様、あなたは大変美しく振る舞いも素敵です。私はあなたがヘイゼル家にいらっしゃる日を楽しみにしております。ですが、それはそれ。これはこれです。」

「そうですよね。差し出がましいことを申しました。」
ジンさんは余程こちらに来るのが嫌なようだ。

「ではジンさん、こちらの森に来てくれたら次回のお茶会でライファが新作のお菓子を用意するというのはどうでしょう?」

「それはクッキーとは別のお菓子、ということですかの?」
「えぇ、その通りです。」
「クッキーよりも美味しい?」
「美味しいですよ。勿論お約束していたクッキーも用意しますよ。ね、ライファ。」

「はい。ジンさんがこちらにおいで下さるというのなら、とびっきりのお菓子をご用意いたします。」

「おい、なんだそれ。どびっきりのお菓子って・・・」とレイの背後から声がするが、それを聞かなかったことにして話は進んだ。

「承知いたしました。ロッド様の魔力を追って直ぐに参ります。」
「レイ様、危険が無さそうであれば私どももそちらに合流したく思いますがいかがでしょうか?」

レイに確認しながらもルカは中に入る気が満々のようでその表情がソワソワしているのが分かる。ハンターという仕事を選ぶくらいだ。好奇心は人一倍といったところだろう。

「いいぞ。ライファを先頭にシンシア様、ルカの順番で下りてくるといい。」



「本当に狭いですね。」

木に登り間近で空洞を見ると思っていた以上に狭かった。レイが通れたのは分かるが、筋肉質な体をしたロッド様がよく通れたものだと思う。

「ライファさん、気をつけて。」

シンシア様の言葉に頷いて筒の内壁に手と足をつけ体重を支えながらゆっくり下りていく。きっと魔力ランクの高いシンシア様なら魔力を使って下りるのだろう。運動神経が良い方でよかった。でなければこんなところで足手まといになるところだった。木の底に着いた。飛びながら私たちについて来ていたベルをポンチョの中に入れ更に先に進む。道は天井が低いものの横に二人が並んで歩けるほどの道幅になっており、レイたちに合流した場所は人であれば20人は入れるような空間になっていた。

「ロッド様。」
シンシア様がロッド様に駆け寄ると二人を囲むようにいた魔獣が怯えたようにざわめいた。

「また増えた、と申しております。」
「ジンさん、もういらっしゃっていたのですね。」
「ライファ様、私にはこれくらいの距離など無に等しいのでございますよ。」

ジンさんはいつものように紳士的に微笑んだ。

「ジン、俺たちは攻撃するつもりはないからそんなに怯えなくてもいいと伝えてくれ。」
「グワッ、グ、ぐぐぐぅ、グワッ。グワッ。」

ジンさんが魔獣の鳴き声を真似したような音を発し、近くに居た魔獣がコクコクと頷いた。紳士な姿のジンさんが魔獣の鳴き声を発するというのは何とも言えぬ面白さがある。事実、真面目な顔をしているルカの指先がせわしく動き、笑いを堪えようとしているのを視界の端で捉えていた。

「あなたたちは何をしに来たのか、と申しております。」
「チェルシー鳥を探している。チェルシー鳥にはどこにいけば会える?」

魔獣たちが数匹顔を寄せ合うようにして小さく声をあげ、相談でもするような仕草を見せた。その代表の言葉をジンさんが受け取り私たちに伝える。

「この魔獣を助けてくれたら、チェルシー鳥の情報を教えてあげてもいい。ただ、教えるだけで君たちに会うかどうかを決めるのはチェルシー鳥自身だ。とのことです。」

つまり、会えるかは分からないということだ。

「構わないです。情報云々抜きにしてもこの状況では放ってはおけないですよ。」
レイはそう言うと寝床に横になっている魔獣に近付いた。

「触っても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、と申しております。」

魔獣は浅い呼吸を繰り返しており、目はきつく閉じたままだ。時折寒そうに体を震わせるたびに側にいる魔獣が体をさすっている。

「いつからこの状態なんですか?どうしてこんなことになったのか原因も分かるならば話してほしい。」

レイはそう言いながら魔獣の体を探っている。横になっている魔獣はレイが触れることにも抵抗をみせず、それどころではない様子だ。

「このような状態になったのは3日前。森に食事に出かけて帰ってくるなり倒れてしまった、と申しております。日に日に悪化しているとも申しております。」

「外傷はなさそうだな。とすると、毒か、病気か・・・。ロッド様、シンシア様、このような症状に心当たりはございませんか?」

「そう言われてもなぁ、俺、医者でもないしなぁ。」
「私も存じません。すみません。」
「ライファにルカは?何か心当たりはない?」

「熱や吐き気は?食事はとれているのですか?水分は?とにかく何でもいいからもっと今の状態を知りたいです。」

ルカが次々と質問をしている。

「熱はある、食事はしても吐いてしまう、水分はわずかだがなんとか。それと便に血が混じっている、と申しております。」

「血便!?・・・それは不味いですね。」
「レイ様、私に少し時間をください。助言をいただいてきます。」

私が師匠に連絡しようとしていることを察したレイが、わかったと頷いた。私はそのまま部屋を出て通路に移動するとリトルマインを取り出した、

「師匠、先生、いますか?」
「・・・・・・。」
「しっ。師匠っ!!」

あぁ、お願い。今だけは出て!いや、いつも出て欲しいけど。

「先生っ!師匠っ!」
「ふあぁああ、なんですの?」

酷く眠そうな先生の声が聞こえた。きっと朝方まで研究して寝落ちしていたのだろう。

「寝ているところすみません。」
「で、なんですの?」

「実は体調を崩している魔獣を治療することになりましてその対処を教えていただきたいのです。」
「えぇー、そんなの獣医でも呼べばよいではないですか。それが一番ですよ。ふあぁ。」
「呼んでいる時間がないからこうして先生に聞いているのです。お願いです、せんせぃ~。」
「もう~、グラント!グラント!!キャラティーを淹れてちょうだい!!ったく、仕方ないですわね。」

・・・グラントさん、お茶淹れたりもしてるんだ・・・。

「それで、症状はどんなですの?」
私が症状を説明すると先生はふぅん、と言った。

「原因がよく分からない以上、対処療法しかないのではなくて?」
「対処療法ですか!?」

「えぇ、便に血が混じっているということは内臓のどこかが傷ついているということ。内臓を修復させると同時に、内臓を傷つけているものがいるのならそれを排除せねばなりません。」

「それはそうですけど。万が一調合した薬が魔獣の体に合わなかったり、副作用が出る可能性も・・・。」
「勿論、ありますわよ。なので、効力を弱めた薬を少量与えて体がどう反応するかをみるのです。実験に近いかもしれないですわね。副作用が出る、症状が悪化するならその薬は合わないということ。反対に症状が良くなるのであればその薬の効力を上げてやればいいのです。」

「・・・分からないって怖いですね。」

「そうですわね。命に係わることで失敗することは死に直結しますからね。観察をやめてはなりませんよ。少しの変化も見逃さないことです。そして、効果は小さく薄く。薬を作ってもそれが全ての生き物にとって薬になるとは限りません。確証が持てるまでは自身の薬であろうと疑うことを忘れずに。それが基本です。」

「わかりました。ありがとうございます。」


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

処理中です...