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第三章

61. パウパオ島

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パーティーを終え、レイに言いよる女性たちをやんわりやんわりかわしつつも足早に宿屋に戻った。服も振る舞いも全部、全部が窮屈で仕方がない。風呂場で一気に着替えるとベッドにうつ伏せに倒れた。ベルは私の頭の辺りに飛んでくると私の鼻先に自身の鼻をくっつけて丸くなった。

「ライファ、僕もまだ着替えてるんだけど。」
「あぁ、見ないから大丈夫、大丈夫。」

振り向きもせず、右手だけを上げてはいはい、と手をヒラヒラさせる。

「へぇ、意識されてないとこんな対応なのね。」
ルカがちぇっと舌打ちをしていると私の隣の部分がキシっと凹んだ。

「全く、ライファはちょっと目を離すとあんなことになる。ロッドと何があったの?」

「何がって何も。愛人にならないかと言われたけどちゃんと断った。ってか、そんなに私は愛人顔なのか!?そんなに誘いやすい顔か!?」

ムムッと顔を上げる。

「まぁまぁ、何はともあれ作戦が上手くいって良かったじゃん。レイは今後が大変そうだけど。あ、ほら、また来た。」

ルカはそう言うと、やれやれと窓を開けた。先ほどから飛び込んでくるのはレイ宛の招待状だ。パーティーでせっかく出来たレイとの、いや、ジェンダーソン家との接点をより強固なものにしようと、今日挨拶した人たちがこぞって家への招待状を送ってきているのだ。

「こんなことになるとは・・・。正直、うんざりしているよ。こういうのは兄さんの方が得意なんだけどな。」
「僕はレイがジェンダーソン家の人間だって知った時からこうなる想像は出来ていたけどね。」
「ルカ、そういうことは言っておいてもらえると助かる。」
「言ったところで変わらなかったよ。」

そんな会話をしている間にもまた一羽チョンピーが飛んできた。

「・・・。あぁ、ほんと参ったな。さっさと断ってしまおう。」

「そうだね。レイは早めに返事を出しておいた方がいいだろう。貴族同士、どこでどう繋がるか分からない以上、ぞんざいに扱うわけにもいかないしね。明日はいつぐらいに出発するの?」

「ん、明日は乗合馬車で移動しようと思っているから9時くらいには出たいな。」

「わかった。じゃあそれくらいに来るよ。僕はもう部屋に戻るから二人はごゆっくり。ほら、公爵の家に滞在中は一緒の部屋になんか泊れないからね。」

ルカはニヤリと笑いながら部屋を出ていった。



 その日の夜、レイと並んでベッドに入る。

「チョンピー、すごかったね。」
「うん、まさかあんなにたくさん飛んでくるとは思わなかったよ。断りの返事を出すのも一苦労だった。」
レイは、はぁ、と天井に向けてため息を吐いた。
「あれがレイの本来の姿なんだよな・・・。」
「ん?」

レイが私の方に体を向けた。金色の髪の毛がさらりと動く。

「上流貴族。本当に別世界の人だ。」
レイが私の頬に手を触れた。

「こんなに近くにいるのに、別世界だなんて言わないでくれる?」
レイに触れられて、体温が少し上昇した。

「・・・貴族服、似合ってたよ。だけど・・・」

今は薬材を集めるという目的があるからこそ、こうして二人で旅をしている。でも、薬材を集め終えたらレイは貴族の世界へと戻っていくのだ。今のように一緒にいることはおろか釣り合いのとれる貴族と結婚しその人と歩んでいくのだ。

「私はいつもの服のレイの方が好きだな。」
「くす、私もそう思う。」

私の頭を撫でているレイの手を摑まえて、そのまま手をつないだ。



 翌日は予定通りの時間に宿屋を出てパウパオ島に一番近い街であるトリーヤへ向かった。ルカも一緒ということで飛獣石での移動はやめにして平民の主な長距離移動手段である乗合馬車に乗る。その為、服装はいつもの旅人スタイルだ。馬車には自分たちの他に6人乗っていて皆平民のようだ。

当たり前か。貴族がこんな乗合馬車に乗ることはまずない。

途中で馬車を下りて昼食をとる時間があったが、その他の時間は走り続け午後5時にはトリーヤに着いた。トリーヤに着くなり人気のないところで貴族用の服に着替える。

「ライファ、こっち向いて。」
着替え終わって二人に元へ戻ると、ルカが私の全身をチェックした。

「袖のとこ、ボタンを締め忘れてる。襟がちゃんとなってない。」
ルカが次々とダメ出しをしながら私の身なりを整えてくれる。

「ルカ、細かい。」
「従者は細かくていいの。身だしなみはキチッとした方が印象がいい。ほら、今度は後ろ向いて。」

ルカがひょいひょいっと指を振ると私の魔力ではまとめきれなかった髪の毛が綺麗にセットされて見事にまとまった。

「よし。これで完璧。出来る女っぽい。ね、レイ。」
「あぁ、うん。」

ベルはルカに貰った首輪が相当気に入ったらしく、あの日から着けたままだ。ルカの前に飛んでいくと誇らしげに首輪を見せた。

「うん、ベルはそのままでいいね。今日も凄く似合ってるよ。」
「キュンっ。」

ベルが嬉しそうに鳴いた。港に向かうときちんとした身なりの使用人風の男がレイに近付いてきた。

「レイ・ジェンダーソン様でいらっしゃいますね?私、ヘイゼル公爵家の執事、リューゼンと申します。主人からお連れするようにと申し付かっております。こちらへどうぞ。」

リューゼンさんが手を差し伸べした先には所々に装飾が施された白塗りの大きな船があった。

「ヘイゼル公爵家の船でございます。飛獣石と同じような作りになっておりますので、一時間もすればパウパオ島に着きますよ。」


パウパオ島は砂浜がなく、海に生えた巨大な円柱のような島だ。船着き場は海面に板張りのものが作られており、その先に赤色の絨毯のようなものが敷いてあるエリアがあった。

「どうぞ、こちらにお乗りください。」

これって雨や海水に濡れても平気なんだろうか。赤い絨毯を不思議に見ていると、この絨毯は特殊加工が施されていて海水や雨に強いんですよ、とリューゼンさんが教えてくれた。

「皆様、手すりにおつかまり下さい。」
リューゼンさんの言葉を合図に赤い絨毯が敷かれている部分が上方向へ伸びていき、陸に到達した。

「どうぞ、こちらへ。」

今度は馬車だ。立派な貴族用の馬車に繋がれた白い毛並みの綺麗な馬が凛と立っていた。馬車が森の中を走る。馬車の走る道は整理されているもののその他は手つかずといった感じだ。

「鬱蒼とした森で驚いたでしょう?チェルシー鳥の為になるべく島に手は付けないようにしているのです。と言
っても、屋敷は建てさせていただきましたが。」

馬車が20分程森の中を走ると、木で出来たというか、木そのものが門になったような大きな門が現れリューゼンさんが触れると門が開いた。



ヘイゼル公爵家の建物は木の塊のような建物だった。何本もある大きな木をくりぬいて部屋を作り、枝が廊下の役割を果たして部屋と部屋とを繋げているようだ。

「ようこそ、我が家へ。」
ヘイゼル公爵夫妻とその娘のサリア嬢が玄関で出迎えてくれた。

「この度はお招きいただきありがとうございます。」

レイが丁寧にあいさつを交わし、ルカと私もそれに続いて頭を下げた。そのままリビングへと案内される。森に溶け込むような!?いや、森の主のような外観とは異なり内装は近代的だ。パステルカラーを基調とした伝統的なフランシールの壁紙に流石は公爵家と言いたくなるような高級品の家具、どれも丁寧な細工が施されている。

「長旅、疲れたであろう。お腹も減っているであろうし、すぐに食事の用意をさせよう。」

ヘイゼル公爵がパチンと指を鳴らすとリビングはダイニングへと姿を変え、テーブルも椅子もあらゆるものがその姿を変えた。突然自分の座っていた椅子が別の椅子に変化したことでレイが驚き、その姿を見て公爵が笑った。そして部屋が整うと同時に料理が運ばれてくる。熱々ホカホカの良い香りのする料理を食べられるのは公爵家の人々とレイだけで、私とルカは一歩下がってその美味しそうな料理を眺める。従者は平民。このような場面で貴族と一緒に食卓を囲むということはあり得ないのだ。

ベルはレイのペットということでレイの肩にチョンと乗って、レイから料理を分けてもらうようだ。


お腹が減っているまま人が食べている姿を眺めるなんて、拷問のようだ。おおぅ。



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