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第二章

59. キヨの小瓶

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レイが帰宅したその日の深夜。

私は久しぶりに自分の部屋にいた。ベルは久しぶりに入る自分の部屋なので、あちこちの臭いを嗅いで異常がないか確認しているようだ。私はあの日以来、開けていなかった巾着を開く。ウニョウ玉も眠り玉も入っていない。中には小弓と青い液体が入った小瓶だけ。私は小瓶を机の上に置くと小弓を取り出した。小弓の冷たさがあの日を呼び起こそうとする。ハッと手を離した。

明日にでも先生の元に行ってグラントさんに小弓を見てもらおう。それと眠り玉とウニョウ玉も作らなくては。
そう思いながら机の上に置いた小瓶に視線を戻す。キヨがくれた願いが叶うという液体。キヨから貰った最初で最後のプレゼント。

「キヨ、ちゃんと仲直りできたよ。」
そう呟けば、大きな笑顔を見せるキヨが思い浮かんだ。

そういえば、一体何の効果があるものなのだろう。願いが叶う、なんてそんな液体が存在するとは思えない。私はスキルでその液体を見てみた。

【操心効果 9 死】

ドクンと心臓が跳ね、手から落ちそうになった小瓶を慌てて受け止めて机の上に置いた。持っていた手から恐ろしい毒が侵食していくような気がして、まだ心臓の音がドクドクしている。

どういうことだ?

キヨが私を殺そうとすることなどない。第一、これを相手に飲ませて願いを言うと願いが叶うと言っていた。しかも、キヨはこの効力を信用していなかったはずだ。

友達に貰ったと言っていたこの液体。
キヨは王宮の建設に関わっていた。

「師匠!!」
私の声の大きさにベルが驚いて私の腕にしがみつく。私は小瓶を持って師匠の元へと走った。


「マリアのもとへ行くぞ。」

先生は深夜だというのにも関わらずトイレの魔法陣を開くと、「マリア!開けろ!!」と叫んだ。それから3分程して魔法陣が新たな反応を見せ、師匠と一緒に壁をくぐると寝間着姿で眠そうな顔をした先生が居た。

「一体どうしましたの?」
先生が軽く欠伸をする。

「ターザニアを滅ぼした魔獣に使われたと思われる薬が手に入った。」
「なんですって!!」

先生の目が一気に覚醒する。

「何がどうなってどう、どう。あぁ、もう、いいですわ。こっちに来て説明してください。」

先生はもどかしそうに言うと、足早に寝室兼調合室へと私たちを連れていく。その途中で騒ぎに目が覚めたのかグラ
ントさんが起きてきた。

「リベルダ様?ライファも。何かあったのですか?」
「グラントもいらっしゃい。あなたも知りたいでしょうから。」

先生の言葉にグラントさんもついてくる。
調合部屋に入るなり、師匠が先生の調合テーブルの上に青い液体の入った小瓶を置いた。

「ライファ曰く【操心効果 9 死】だそうだ。」
「ライファ曰くとはどういうことですか?」

「あぁ、グラントは知らなかったな。ライファは見るだけでそのものが持つ効力が分かるというスキルを持っている。」

「スキル・・・か。」
グラントさんが唇を噛んだ。自身のスキルのことを思い出したのだろう。

「操心効果。9となると強力すぎるくらいですわね。だから、死の文字も見えるのかしら。ターザニアの魔獣に使われたというのなら、飲んですぐに死ぬことはなさそうですわね。」

「あぁ、いずれこの薬に体がもたなくなり死ぬ、そう考えるのが自然だな。」
師匠が難しい顔をしている。

「敵がこの薬を持っていて、居場所も分からない。この薬の解毒薬の開発が必要だな。マリア、出来るか?」

「出来ないだなんて言っていられませんわ。言いたくもないですけど。まずはこの薬の分析からですわね。どんな薬材を使っているのか。分析が出来たらそれに対抗できそうな薬剤を集める。そして調合する。」

「時間がかかりそうだな。マリア、二日で薬材のあたりをつけろ。一種類でもいい。きっとなかなか手に入らないようなものを使わないと解毒薬は出来ないだろうからな。」

「リベルダ、何を考えておりますの?」

「役割を分担するぞ。マリアは調合、グラントはマリアの手伝いだ。ライファには薬材探しに出てもらう。お前のスキルが必要なんだ。」

「ライファ一人では危険ではなくて?」
「あぁ、だからジェンダーソン侯爵にレイをライファにつけるよう交渉してくる。」
「国王に話して他国にも協力を仰ぐのはどうですか?」

私が師匠に聞く。ここから移動するよりも薬材に近い国へお願いした方が早いのではないかと思ったのだ。

「犯人がどこにいてどのような奴か分からない以上、大っぴらに協力を仰ぐのは危険だ。こちらが薬の情報を持っていて解毒薬を作ろうとしていることは犯人には分からないようにしたい。」

「確かにそうですね。」
「犯人がなぜターザニアを滅ぼしたのか、そして今後の動きが気になりますわね。」

「そうだな・・・。私は暫くの間、記憶に潜ることにする。潜ると言っても瞑想状態のようなものだから話しかければ目は開けるから、何か分かったら遠慮なく起こしてくれ。記憶に潜って犯人につながる手がかりを探すとしよう。」

皆が頷いた。

「その前に明日、ユーリスアに向かう。ジェンダーソン侯爵への面会を願う旨のチョンピーを送っておこう。ライファ、明日はお前も行くぞ。」

「わかりました。」

「あの、グラントさん。明日でいいので小弓のメンテナンスをお願いしてもいいですか?旅に出る前に見てもらいたいです。」

「あぁ、もちろんだ。リベルダ様、私には調合の知識もありません。本当に私がマリア様のお手伝いでもよろしいのですか?」

「あぁ、今のところは、な。状況が変わった時に動ける奴がいると助かるんだ。それに、お前のスキルも犯人には知られない方がいい。この薬を飲まされたら、死ぬこともなくずっと操られるぞ。」

その言葉にグラントさんがゴクッと唾を飲んだ。死ぬこともできず、自分として生きる事も叶わないなんてことになったらもはや絶望しかない。

「わかりました。」


翌朝、午前中にジェンダーソン侯爵家を訪ねた。予め連絡しておいたので、ジェンダーソン家の敷地に直接飛獣石で着陸する。

「お久しぶりです。リベルダ様、ライファ。」

ジェンダーソン侯爵が出迎えてくれる。

「突然の来訪、すまない。急ぎの用があってな。」
「ジェンダーソン侯爵、お久しぶりです。」

ジェンダーソン侯爵は私を見ると一瞬驚いた顔をし、その後で複雑そうな表情をした。だがそれも一時のことで、その後はすぐにいつものジェンダーソン侯爵に戻った。

「レイは今、騎士団へ行っておりますがそろそろ戻ってくるでしょう。それまで、どうぞこちらへ。」

私たちは二階の奥にある会議室のような部屋に通された。

「早速話に入る。ターザニアの件だがどこまで情報が来ている?」
「ヴァンスからあらかたのことは聞いております。」

そうか、と師匠が言った時、部屋をノックする音がした。

「レイです。ただいま参りました。」
「入れ。」

レイは部屋に入ってくると私たちに挨拶し、席についた。

「昨晩、ターザニアの魔獣に使われたと思われる薬が手に入った。私が考えていた通り、心を操る類の強力な薬だ。ヴァンスが巻き込まれたドゥブ毒事件で、妖精が飲まされた薬を進化させたものだと思う。現在、その薬を分析中だ。我々はその薬の解毒薬を作ろうと思っている。」

「その話は国王には知らせないのですか?」

「現段階ではな。犯人が誰でどこにいるのかがはっきりしない以上、大っぴらにはできない。権力者であればあるほど、相手が取り入ろうとする確率は高い。」

「つまりベルライト国王が犯人と接点を持っていると思っているのですか?」
「あくまで可能性の話だ。今はリスクを最小限に抑えたい。そこでだ、レイを貸してほしい。」

考え込むように視線を伏せていたジェンダーソン侯爵が、師匠の言葉にハッと顔を上げた。

「強力な薬に対抗するにはその効果の逆をいく強力な薬が必要だ。当然、強力な薬材も必要となる。ライファを薬材探しに行かせようと思っているのだ。その護衛としてレイを貸してほしい。」

レイがハッと師匠の顔を見る。ジャンダーソン侯爵が言葉を発した。

「ライファを・・・ですか?お言葉ですが、魔力ランクの低いライファを行かせるよりも他の者を行かせた方が良いのでは?」

「ライファには見た物の効果が分かるというスキルがある。薬材に関してはこちらも手探りなのだ。欲しい薬材を間違えずに手に入れるにはライファの能力が必要だ。」

ジャンダーソン侯爵は私のスキルに驚きつつも、師匠の提案に納得した。

「わかりました。ターザニアが滅んだ今、犯人が国を亡ぼすほどの力を持っていることが分かった。リベルダ様に協力することは、ユーリスアを守ることになる。レイは騎士団の特別任務として動いているということにしましょう。」

「助かる。」
「出発はいつですか?」

ジェンダーソン侯爵の言葉に師匠が、2、3日後になると思うと答えた。

「レイ、それまでに旅の準備をしておけ。」
「はい!」

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