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第二章

42. 散歩と親任式

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降ってきた私のスピードを魔力で減少させてからクオン王子が私を抱きとめ、地面に下した。

「飛べたな。」

ニヤリと笑ったその笑みが小憎たらしい。

「明日の主役ともあろう王子がこんな時間に散歩をしていて大丈夫なのですか?護衛もつけずに。」
「ん?」

クオン王子が視線を泳がせる。散歩はともかく護衛なしというのはやはり良くないだろう。

「誰か呼んできましょうか?」
「いい、大丈夫だ。どうせ俺がいないことに気付いて、その辺から見守っているさ。」

思いっきり他人任せな自己防衛にクラッとする。クオン王子って結構問題児なのではないだろうか、そんな考えが頭を過った。

王宮の庭を並んで歩く。ところどころに設置されている街灯が庭を照らして、夜でも咲き続ける花たちが浮かび上がっていた。

「ベランダで何をしていたんだ?」
「なんだか寝付けなくてちょっと考え事を。」
「裁判のことか?」

お見通しだったらしい。私の表情で図星ととらえたようだ。

「普通に暮らしていたら裁判なんかに関わることはないからな。ショックだったか?」

クオン王子に嘘をついたところで無意味なので、思ったままを口にする。

「目の前で裁かれている人が死を宣告されて、近い未来に死ぬのだと思うと少し怖くなりました。」
「そうか。悪かったな。」

クオン王子が私をいたわる様に頭をなでる。

「ウエストロン公爵夫人は本当にクオン王子を憎んでいたのでしょうか。」

私は感じていた疑問を口にした。

「どうしてそう思う?」

「あまりにも淡々としていたから。」

ウエストロン公爵夫人が淡々と言葉を発する違和感。憎しみなどの強い感情があるのならば、もっと感情は前に出るはずだ。そう、ウエスロトン公爵と話していたあの時のように。

「俺を憎んでいると言ったことも、エイサーを国王にと思っていたということも嘘だったよ。」

私はクオン王子の顔を見た。クオン王子は困ったかのように少しだけ笑う。こんな事件に不謹慎だろうと思ったけれど、つい、良かったですね、と声が出ていた。憎しみを向けられるのはきつい。体の奥に冷たくて黒い種を植え付けられるような感覚だ。それがひとつでも消えたことに私は少しほっとしていた。

「王子のことを小さい頃から見ていた方のようだったから、そういう方に憎まれるのは辛いだろうと思っていたんです。」

王子はうん、と頷いた。

「俺はあの事件はウエストロン公爵夫人の愛憎劇だったのだと思っている。」
「愛憎劇ですか?」

王子はウエスロトン夫人がウエストロン公爵にどのように扱われていたのかを教えてくれた。いても居なくてもいい存在のように見えた、と。

「忘れられたくなかったんだろうな。ちゃんと見て欲しかったのだと思う。」
「愛ゆえに、ですか?」
「愛ゆえに、だろうな。」

だからといって王子の命を奪うなどという計画を立てる気持ちは理解できないし、本人に面と向かって言えば良かったのではないかとも思う。でも自分を忘れないでほしいと思う気持ちだけは理解できる気がした。時々はレイも私を思い出してくれているのだろうか。

「何を考えている?」

「理解できないことが多くて。でも、自分を忘れないでほしいという気持ちだけは理解できる気かします。」

「ふぅん、レイか?」

突然クオン王子の口から出てきたレイという名前にびっくりした。

「な、なんでその名前。はっ!スキルですか!?」
「んなわけあるか。この間お前が言っていた。」

クオン王子の呆れた声に、あぁ、と動揺した心を落ち着ける。

「お前、本当に明後日にはターザニアに帰るのか?」
「はい、研究室を長らく不在にするわけにはいかないですし。」
「それなら、ターザニアでの研究が終わったらオーヴェルへ来るか?側に置いてやるぞ。」

「えぇっ!?」
「そんな怪訝な顔をするなよ。」

クオン王子が拗ねたような口調になる。

「いや、そういうわけじゃ・・・。」

「お前が側にいてくれたら、楽しいなと思ったんだ。料理のこともそうだし、こんな風に話すことも。そんなにレイがいいのか?どんな奴かは知らんが、正直いえば総合点では俺の方がいいんじゃないかと思うのだが。」

確かに権力もあるし、包容力もある。男前でやさしい。男らしい。むしろ欠点を見つけるのが難しいのではないかと思う程だ。でも、なぜだろう。

「一緒にいたいと思ったんです。いや、今は一緒にはいないんですけど。なんですかね、レイの側に私の場所があるのなら、どこに出かけてもそこへ戻りたい。」

私がそう言うと、クオン王子は面白くなさそうに、ふんっと言った。

「では、もしその場所がなくなったり、そこに居たくないと思ったら必ず俺の元へ来い。」
「えぇっ、どうしてですか?」
「俺が嬉しいからだよ。」

真っ直ぐ見つめられて、なんだか恥ずかしくなる。

「俺を幸せにしに来い。」

その言い方に、ぷっ、と吹き出す。

「ぷぷっ、偉そうですね。」
「偉いからな。」

どんな言い方でもこうやって必要とされるのは素直に嬉しいことだ。

「ありがとうございます。」




 親任式は午前10時から行われた。まずは公爵家、侯爵家の前で現国王から次期国王への王冠の授与が行われた。ここで授与される王冠は次期国王の証となる。現国王が身に着けているものとは違うものだ。これを授与されることで国王に万が一のことがあった事態には即、国王として立つことになる。

このシーンは公爵家と侯爵家しか見られないものなので、勿論私も、グショウ隊長たちも見ることは出来ない。そして午後になると、王族の間から姿を現し、ベランダのようになっている部分から国民へ授与されたことを報告するのだ。私たちがクオン王子の姿を見ることが出来るのはこの時だ。

王の間の下で国民に混ざってクオン王子が現れるのを待っていた。国民たちのざわめき、キラキラと期待を込めたような眼差しを見れば次期国王の誕生を楽しみにしている様子がうかがえる。

「きっとクオン王子よ。」
「ちょっと冷たそうだけど、案外優しいのだと王宮に出入りしている商人が言っていたわ。」

そんな声が聞こえた。

ざわっ、ざわざわざわっ。
ざわめきが大きくなり、一瞬、ワッと声が上がった後、急に静まる。その視線の先には手を揚げた国王が立っていた。

「親任式は滞りなく終えた。これより、次期国王を紹介する。次期国王、クオン・オーヴェル!」

国王が高らかに宣言し、クオン王子が現れた。歓声を上げる国民に手を揚げて制する。国民が直ちに静まった。
今日の為に作られた特別な衣装。オーヴェルの国の色であるゴールドを散りばめた衣装は、豪華さと共に王族であることの誇りも示しているかのようだ。

「国王より王冠を賜った。次期国王であることをここに宣言する。現国王の意志を継ぎ、国民に恥じぬようこのオーヴェルの為に尽くす。」

クオン王子がそう言い胸に手をあてると、ワッと国民が湧いた。拍手が、歓声が、眩しいほどクオン王子に降り注ぐ。高らかに音楽が鳴り、国中がクオン王子を歓迎していた。


「すごいですね。」

リュン様が歓迎の音に圧倒されたまま呟いた。

「本当に。昨日まで一緒に旅をしていたなんて信じられないです。」

私の声にトトさんが頷く。

「もうすっかり遠い存在ですね。」
「そうですねぇ。あんな風に一緒に食事をすることはもうないでしょうね。」

グショウ隊長までもが遠い目をしていた。本当だ。あんな風に食事をすることはもうないだろう。なんだかそれはとても寂しく感じた。

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