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第一章

35. 帰宅の朝

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コンコンコン

「どうぞ。」
「ライファ様、お目覚めですか?」

ズンがにょっとドアを抜けて顔だけを出した。そして部屋を見渡すと、「レイ様がライファ様と一夜を共にした!?」と叫んだ。その声にベルが驚いて羽をパタパタ振る。

「ズン、間違ってはいないけど間違っているし、その言葉で叫ぶのはやめてくれ。」

レイが頭を押さえてソファから起き上がった。

「失礼しました。レイ様、お仕事はよろしいので?」

「今日はライファと一緒に騎士団の宿舎へ顔を出して、その後ライファを送っていく。いうなれば特別任務って感じかな。」

「そうでございましたか。もうすぐ、朝食になりますのでどうぞお越しください。」
「あぁ、ズン、私がここで寝ていたことは秘密にしておいてくれ。女性陣にバレたら煩そうだ。」
「承知いたしました。」

ズンは丁寧に頭を下げると消えていった。


「ぐっすり眠れた?」

私がレイに聞く。

「ん、気付いたら今になってた。体がバキバキする。」

レイはそういうとグーッと体を伸ばした。
昨晩、昼間寝すぎたせいで眠れなかった私はレイとたわいのない話をして遅くまで起きていた。私がトイレに行って戻ってくるとレイがソファアで寝落ちしていたのだ。

私を探すのにも、私の怪我を治すのにも相当魔力は使っただろうに、こんなに遅くまで私に付き合ってくれた。レイの寝顔を見ながらその優しさに感謝した。そして迎えた今朝だったのだ。レイの言う、間違ってないけど間違っているとはそういうことだ。

「部屋に戻って着替えてからダイニングに行くから、先に行ってて。」
「わかった。」


ベルを肩に乗せダイニングに行くと皆が席についていて、温かく迎えてくれる。エリックさんにお願いしてベルのぶんのお皿をもらうと私も席に着いた。

「もう大丈夫か?どこも痛くはないか?」
「はい、大丈夫です。ジェンダーソン侯爵様、助けてくれてありがとうございます。」
「無事でなによりですわ。」

エレン様が優しく微笑んだ。

「ご心配をおかけしました。」
「このユーリスアの思い出が嫌なものにならないといいけれど。」

エレン様が悲しげに言葉を続けた。

「大丈夫ですわ、お母様。このあとレイがしっかりエスコートして、嫌なことなど全部塗り替えてしまいますわ!!ね、レイ?」

丁度ダイニングルームに入ってきたレイが「ん?」という。

「レイが今日、ライファをエスコートして嫌な思い出は全部忘れさせるって話。ユーリスアでの思い出が酷いものになったら悲しいでしょ。」

レイはコクっと頷いた。

「朝は騎士団の宿舎に行かなくてはいけないけど、その後少し時間があるからライファの行きたいところに行こう。」

「ありがとう。」
「ライファがここに来てから一週間。もう帰宅だなんて早いわね。」

フローレンス様が言う。

「本当ね。また遊びにいらしてね。」
エレン様の言葉に「ぜひ」と笑顔で返した。


 ダイニングルームを出ると、レイと一緒に厨房へ向かった。エマの様子が気になったのだ。チラッと顔をだして厨房の中を覗くと「あ、ライファ様!」とエマが元気よく寄ってきた。

「エマ、体は何ともないの?」

「私は大丈夫です。私、あの日のことは楽しいことしか思い出せないんです。ライファ様がくじ引きでキュロを当てたことやライファ様とマキマキの実を値切ったことしか。なので、むしろライファ様のことを心配しておりました。」

エマはそういうと、私の肩に乗っているベルに小さな果物をくれた。ベルは大喜びで食べている。

「ありがとう、エマ。私も元気よ。またユーリスアに来ることがあったらぜひ、市場に連れて行ってね。」
「もちろんです!お得に美味しい物をたくさんゲット出来るように、鍛えておきますね。」
「それは頼もしいっ!」

エマの元気な姿に心底ほっとした。

「ライファさま。国王様からお土産が届いております。」

私を探して、エリックさんが厨房にやってきた。

「おぉっ、これは国王様に頼んでいた珍しい食材っ!」

中を覗いてみようと箱を開けようとすると、「ここで開けない方がいいと思うよ」とレイに止められた。

「どうしてですか?」
「この箱には魔力がかけられていて、開けるのはいいけど元に戻すのは大変そうだから。」
「なるほど。じゃあ、このまま持って帰ろう。食材、腐ったりはしないと思いますか?」

「防腐魔法もかかっているし、そこらへんは大丈夫だと思うよ。」
「おぉ~、さすが国王様だ。何から何までありがとうございます。」

私は王宮の方角に手を合わせた。

「エリックさん、この箱、背負えるようにできませんか?持って帰るのは大変そうなので背負えるようにしたいのです。」

「いいよ、これくらい私が持つよ。」

レイはそう言ってくれたが、「食材なので自分で持ちます!」と鼻息を荒く言うと、そういうことか、とレイが笑った。


ジェンダーソン家の玄関。

いつものポンチョを羽織り、肩にベルを乗せ、大事な食材の箱を背負う。ジェンダーソン侯爵夫妻、フローレンス様やエマ、料理長やタオさんまで、みんなが見送りに来てくれた。

「良くしていただいて本当にありがとうございます。お世話になりました。」

皆に挨拶をして玄関を出る。門を出るまでの間、ズンの家族がついてきてまた来てね、と言う。私はしゃがんで子供たちの頭をなでると、ありがとう、と言った。


レイと二人、騎士団の宿舎へ歩く。

「そういえば、ヴァンス様は?今朝は一度も見かけなかったけど。」
「兄さんは騎士団の宿舎にいるよ。ライファに事情を聴く係りだから、もうすぐ会える。」
「そうか、よかった。きちんと挨拶できてないから気になっていたんだ。」
「ん。」

レイがなんだか考え事をしているような顔をしている。

「どうしたの?」
「いや、そうだ、ライファ、受け取ってほしいものがあるんだ。」
「なに?お土産か?」
「そんな感じ。」

レイは小さな青い石のついたペンダントを私に見せた。シンプルで品があって、少し大人っぽいデザインのペンダントだ。青い石は角度を変えるたびに色を変化させ、とても美しい。

「これを受け取ってほしい。」
「え?いや、こんな高価そうなもの受け取れないよ。」

「値段とかは気にしなくていいんだ。ライファにつけていて欲しい。ほら、前に小弓を作った時にさ、ライファがお礼をしてくれるって言ったろ。そのお礼、このペンダントを受け取ることにして。」

レイがにっと笑う。あ、いつものいたずらっ子の笑みだ。

「わかった。ありがとう。大事にする。」

レイはペンダントを前にすると何やら呪文を唱えた。その呪文の終わりにレイの名前と私の名前が聞こえた。

「レイ・ジェンダーソンの名において命じる。この者を守る盾となれ。その者の名はライファ・グリーンレイ。」

承知したとばかりに石が光る。レイはそのペンダントを私の首につけてくれた。

「お守りになっているから必ずいつも身に着けていて。外しちゃだめだよ。」
「わかった。」

私が了承すると、レイは安心したように笑った。

「なんか、お礼のお礼を考えなきゃいけない気分だ。」
「じゃぁ、お礼はいつかまとめて回収するよ。」

そう言って笑ったレイの笑みがヴァンス様にそっくりで、あぁ、兄弟なんだなと痛感した。


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