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番外編
頑張りましょう 1
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「本当にお邪魔していいんですか?」
「おう、いいよ。今日、家の人たち皆出かけるって言ってたし」
高校生が家に女の子を連れ込むときのような台詞だな、なんて思いながら俺は阿川を連れて自分の家に帰宅した。両親は結婚記念日のデートを楽しむから帰宅は21時を過ぎると言っていたし、妹は友達と泊りで試験勉強をすると言っていた。友達の家に泊り+試験勉強、が上手くいくことなんて殆ど無いと思うけど。
「阿川、お茶何がいい?」
「紅茶がいいです」
「紅茶な、紅茶……ってあれ、紅茶もう無いや。どっかに買い置きあったかな」
キッチンの扉をあちこち開けていると阿川がやってきて、食器棚の下の扉を開けて紅茶を取り出した。
「ストックはここですよ」
「阿川の方が俺の家に詳しい……」
「ふふ、入れ替わっていた時、僕、結構お母さんと話してましたよ。圭太さんのお母さんって話上手ですよね」
「ああいうのは話上手って言わねぇよ。ただの喋り好きだって。母さんと妹が揃うとすげーんだから」
口うるさくて、という代わりに口の前で手をグーパーさせる。
「ぷぷぷ、確かに」
二人で紅茶を用意してリビングのソファに座った。ダイニングキッチン、キッチンと繋がる様にあるリビング。自分たちの部屋ではないこういう場所で二人で寛いでいると、ふと一緒に暮らしたらこんな感じなのかと想像した。
「一緒に暮らしたらこんな感じなんですかね?」
「あ……」
「どうしました?」
「俺も今、同じこと思ってたなって」
くすっと笑い合うと自然に唇が重なった。阿川と付き合って1年。何度も交わしたキスにドキドキすることは殆どなくなった。その代わり、挨拶みたいに当たり前に唇が重なる。
「そういえば阿川って料理できるの?」
「出来ないですよ。料理は父と咲が担当しているんで」
「咲子ちゃんか。そう言えば、時々夜ご飯を作ってたなぁ。美人で料理も出来るって……」
エプロン姿の咲子ちゃんが、おたまを持ってほほ笑む。似合うなぁ。
「何を考えてるんですか? 顔がにやけてますけど」
「咲子ちゃんと料理って似合うなぁって」
「へぇ」と答えた阿川の声が少し低くなったのを感じて俺は慌てて両手を振った。
「いや、いいな、とかそういうんじゃなくてだな、す、凄いなっていう尊敬だっ」
「知らぬが仏ってやつですね。そういう圭太さんは料理、出来るんですか?」
「んー? 調理実習でやったくらいだけど出来るんじゃん。まぁ、見てろって。今日は俺の手作りハンバーグを振舞ってやる」
「……今まで作ったことは?」
「ない。でも、ほらレシピ見たら作れそうじゃん。これ、上手そうなんだよ」
昨日調べておいたハンバーグレシピを携帯に表示させて見せると、阿川は不安そうな顔で「楽しみにしてます」と微笑んだ。
パン粉、玉ねぎ、椎茸、牛肉、牛乳、卵、材料をキッチンに並べて、うむ、と頷いた。
「まずはパン粉大匙3をボウルに入れて、牛乳をひたひたになるくらいに入れる、か。大匙3ってどれくらいだ? ひたひたって……。まぁ、大体でいいっか」
「だいたい…ですか?」
「うん、いちいち量るなんて面倒くせぇ」
「そういうものですかね?」
「そういうもんだろ。うちの母さんだって量ってないぜ」
「確かに、うちも量っている所なんて見たことないですね」
ボウルにバサバサバサっとパン粉を入れて、牛乳を注いだ。
「ひたひたって、こんな感じか?」
「ん~、もう少しじゃないですか?」
そうか? なんて言いながら牛乳を足して、玉ねぎのみじん切りに取り掛かる。
「みじん切り……、とにかく細かく切ればいいってことだな」
玉ねぎを半分に切って、さらに長細く切っていく。長細く切ったものをまな板ごと90度に回転させ手で押さえながらさらに細かく切ろうとすると、まな板の上で玉ねぎが散らばった。
「うー、目、痛ぇ」
しゅぱしゅぱする目をゴシゴシと擦ると、阿川があーぁと声を上げた。
「そんなに擦ると目が赤くなっちゃいますよ」
阿川の手が俺の腕をつかむから反射的に振り返ると阿川と目が合った。
「だって痛ぇんだもん」
「……その分、美味しくなりそうですね」
阿川の笑みにドクっと心臓が騒いだ。いや、騒いだのは心臓じゃなくもっと……。ったく、なんて顔するんだよ……。
「と、とにかく、細かく、だな」
俺は包丁をもう一本取り出すと、両手に包丁を持った。
「これで叩けばいいんじゃね? ほら、よく映画なんかでやってるじゃん」
「僕は見たことないですけど……」
「いくぜ、おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ」
玉ねぎを叩き切る。細かくはなっているような気がするが。
「ちょ、ちょっと圭太さん、玉ねぎ、すげぇ飛んできます!」
阿川が手で顔をガードしながら叫んだ。
「だ、だよな。仕方ねぇ、地道にいくか……」
みじん切りというよりも、大雑把切りの玉ねぎをボウルに投入し、同じように大雑把切りの人参とシイタケも投入する。最後に合い挽き肉と卵を入れて、適当に塩と胡椒を振って捏ねるだけだ。
「うわぁ、ねっちょりする……。これ、固まるのか?」
「ど、どうですかね……?」
明らかに柔らかいが捏ねて、捏ねて、捏ねていると徐々に粘りが出てきて、だいぶ柔らかいがハンバーグっぽい雰囲気は出てきた。
「これって……丸くなるんですかね?」
ハンバーグのタネをすくってみるも手にくっつくばかりで丸まる気配はない。
「んー、全部フライパンにあけてお好み焼きみたいに焼けばいいんじゃん」
「なるほど」
タネを全部フライパンに入れるとフライパンいっぱいになった。これは……ひっくり返せるのか、俺……。
そう思っていると不安そうな声が聞こえた。
「ひっくり返せますかね?」
「だ、大丈夫だろ。ほら、映画みたいにフライパンをひょいってすりゃあ……」
肉の焼けるいい匂いが少し焦げ臭くなってきた頃、俺は気合を入れてフライパンの柄を両手で握った。
「いくぜっ」
おりゃっという俺の掛け声とともに振り上げたフライパン。上がった俺の視線。その先にお肉の塊は無くて、フライパンからちゃんとお肉が離れることもなく、お肉はフライパンの中でべちょっと半分に折れて重なった。
あ、あぁ……
「おう、いいよ。今日、家の人たち皆出かけるって言ってたし」
高校生が家に女の子を連れ込むときのような台詞だな、なんて思いながら俺は阿川を連れて自分の家に帰宅した。両親は結婚記念日のデートを楽しむから帰宅は21時を過ぎると言っていたし、妹は友達と泊りで試験勉強をすると言っていた。友達の家に泊り+試験勉強、が上手くいくことなんて殆ど無いと思うけど。
「阿川、お茶何がいい?」
「紅茶がいいです」
「紅茶な、紅茶……ってあれ、紅茶もう無いや。どっかに買い置きあったかな」
キッチンの扉をあちこち開けていると阿川がやってきて、食器棚の下の扉を開けて紅茶を取り出した。
「ストックはここですよ」
「阿川の方が俺の家に詳しい……」
「ふふ、入れ替わっていた時、僕、結構お母さんと話してましたよ。圭太さんのお母さんって話上手ですよね」
「ああいうのは話上手って言わねぇよ。ただの喋り好きだって。母さんと妹が揃うとすげーんだから」
口うるさくて、という代わりに口の前で手をグーパーさせる。
「ぷぷぷ、確かに」
二人で紅茶を用意してリビングのソファに座った。ダイニングキッチン、キッチンと繋がる様にあるリビング。自分たちの部屋ではないこういう場所で二人で寛いでいると、ふと一緒に暮らしたらこんな感じなのかと想像した。
「一緒に暮らしたらこんな感じなんですかね?」
「あ……」
「どうしました?」
「俺も今、同じこと思ってたなって」
くすっと笑い合うと自然に唇が重なった。阿川と付き合って1年。何度も交わしたキスにドキドキすることは殆どなくなった。その代わり、挨拶みたいに当たり前に唇が重なる。
「そういえば阿川って料理できるの?」
「出来ないですよ。料理は父と咲が担当しているんで」
「咲子ちゃんか。そう言えば、時々夜ご飯を作ってたなぁ。美人で料理も出来るって……」
エプロン姿の咲子ちゃんが、おたまを持ってほほ笑む。似合うなぁ。
「何を考えてるんですか? 顔がにやけてますけど」
「咲子ちゃんと料理って似合うなぁって」
「へぇ」と答えた阿川の声が少し低くなったのを感じて俺は慌てて両手を振った。
「いや、いいな、とかそういうんじゃなくてだな、す、凄いなっていう尊敬だっ」
「知らぬが仏ってやつですね。そういう圭太さんは料理、出来るんですか?」
「んー? 調理実習でやったくらいだけど出来るんじゃん。まぁ、見てろって。今日は俺の手作りハンバーグを振舞ってやる」
「……今まで作ったことは?」
「ない。でも、ほらレシピ見たら作れそうじゃん。これ、上手そうなんだよ」
昨日調べておいたハンバーグレシピを携帯に表示させて見せると、阿川は不安そうな顔で「楽しみにしてます」と微笑んだ。
パン粉、玉ねぎ、椎茸、牛肉、牛乳、卵、材料をキッチンに並べて、うむ、と頷いた。
「まずはパン粉大匙3をボウルに入れて、牛乳をひたひたになるくらいに入れる、か。大匙3ってどれくらいだ? ひたひたって……。まぁ、大体でいいっか」
「だいたい…ですか?」
「うん、いちいち量るなんて面倒くせぇ」
「そういうものですかね?」
「そういうもんだろ。うちの母さんだって量ってないぜ」
「確かに、うちも量っている所なんて見たことないですね」
ボウルにバサバサバサっとパン粉を入れて、牛乳を注いだ。
「ひたひたって、こんな感じか?」
「ん~、もう少しじゃないですか?」
そうか? なんて言いながら牛乳を足して、玉ねぎのみじん切りに取り掛かる。
「みじん切り……、とにかく細かく切ればいいってことだな」
玉ねぎを半分に切って、さらに長細く切っていく。長細く切ったものをまな板ごと90度に回転させ手で押さえながらさらに細かく切ろうとすると、まな板の上で玉ねぎが散らばった。
「うー、目、痛ぇ」
しゅぱしゅぱする目をゴシゴシと擦ると、阿川があーぁと声を上げた。
「そんなに擦ると目が赤くなっちゃいますよ」
阿川の手が俺の腕をつかむから反射的に振り返ると阿川と目が合った。
「だって痛ぇんだもん」
「……その分、美味しくなりそうですね」
阿川の笑みにドクっと心臓が騒いだ。いや、騒いだのは心臓じゃなくもっと……。ったく、なんて顔するんだよ……。
「と、とにかく、細かく、だな」
俺は包丁をもう一本取り出すと、両手に包丁を持った。
「これで叩けばいいんじゃね? ほら、よく映画なんかでやってるじゃん」
「僕は見たことないですけど……」
「いくぜ、おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ」
玉ねぎを叩き切る。細かくはなっているような気がするが。
「ちょ、ちょっと圭太さん、玉ねぎ、すげぇ飛んできます!」
阿川が手で顔をガードしながら叫んだ。
「だ、だよな。仕方ねぇ、地道にいくか……」
みじん切りというよりも、大雑把切りの玉ねぎをボウルに投入し、同じように大雑把切りの人参とシイタケも投入する。最後に合い挽き肉と卵を入れて、適当に塩と胡椒を振って捏ねるだけだ。
「うわぁ、ねっちょりする……。これ、固まるのか?」
「ど、どうですかね……?」
明らかに柔らかいが捏ねて、捏ねて、捏ねていると徐々に粘りが出てきて、だいぶ柔らかいがハンバーグっぽい雰囲気は出てきた。
「これって……丸くなるんですかね?」
ハンバーグのタネをすくってみるも手にくっつくばかりで丸まる気配はない。
「んー、全部フライパンにあけてお好み焼きみたいに焼けばいいんじゃん」
「なるほど」
タネを全部フライパンに入れるとフライパンいっぱいになった。これは……ひっくり返せるのか、俺……。
そう思っていると不安そうな声が聞こえた。
「ひっくり返せますかね?」
「だ、大丈夫だろ。ほら、映画みたいにフライパンをひょいってすりゃあ……」
肉の焼けるいい匂いが少し焦げ臭くなってきた頃、俺は気合を入れてフライパンの柄を両手で握った。
「いくぜっ」
おりゃっという俺の掛け声とともに振り上げたフライパン。上がった俺の視線。その先にお肉の塊は無くて、フライパンからちゃんとお肉が離れることもなく、お肉はフライパンの中でべちょっと半分に折れて重なった。
あ、あぁ……
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