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31. 旅行は全部、阿川の手の中
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3月15日。2泊3日分の着替えをキャリーケースに詰め込んで新幹線に飛び乗った。2泊3日の湯布院温泉旅行。2月にせっせと働いた給料はほとんど全部この旅行につぎ込んだ。
「圭太さん、本気でお弁当3つ食べるつもりですか?」
「うん、だってさー、駅弁、どうしてもひとつに絞れなかったんだもん」
「まぁ、いいですけど。夜ご飯分のお腹は空けといてくださいね」
「大丈夫、大丈夫」
お弁当3つを見比べている俺を阿川は若干引き気味で見ていたが、ふと何かを思いついたように笑顔になった。
「ま、お腹が減らなきゃ運動すれば良い話ですもんね」
「そうそう、運動は俺、得意だし」
「ですよね。あぁ、楽しみだなー」
「だなー」
阿川が笑うから俺もつられて笑った。
湯布院に着いたのは15時を回ったところだった。駅を出ると遠くの正面に大きな山が見える。ビルばかりの東京とは違いのどかな街並みではあるが、観光地らしい賑わいがあった。
「ここから金鱗湖までの道が有名な観光通りになってるんですよ。今日泊まる温泉も金鱗湖に近い場所なので、ここから歩きますか」
「おーっ、いいねっ。ちょっとお腹減らさないといけないしなっ!」
キャリーケースをガラガラと転がしながらお土産屋を覗いたり、食べ物屋を眺めたりして歩く。
「あっ、見ろよ、阿川っ。食べ歩きどら焼きだって。季節限定苺どら焼き、うまそう~。食べながら行こうぜ」
「まだ食べるんですか?」
「大丈夫、夜飯もちゃんと食べるって。運動すりゃあいいんだろ、運動っ」
「そうですね。僕も協力しますね」
「おうよ、あっ、おばちゃん、苺のどら焼き2つちょうだいっ」
どら焼きを受け取って、頬張って歩く。
「うまーっ、はぁー、スイーツ癒される」
美味しさを噛みしめながら歩いていると、通りの反対側を歩いている女性二人組と目が合った。彼女たちは何かをこそっと話した後、道路を渡ってこちら側に来た。
あ、これ、やばいかも……。
やばいってことはないけど、多分そうだろうと思った通り、彼女たちは阿川に話し掛けた。
「もしかしてご旅行ですか? 実は私たちも旅行で来ていて、もし良かったら一緒に観光しませんか?」
いわゆる逆ナンというやつだ。阿川、すげぇ。
俺なんて生まれてから一度も逆ナンされたことがないと言うのに。
本来なら嫉妬したり、ムッとしたりするところなんだろうけど、逆ナンされるという奇跡のような体験に俺は少し感動していた。声をかけられたのは阿川だけど、俺も一緒にいるから俺も逆ナンされたんだ、なんて思ったりして。
阿川が俺の体を抱えるようにして俺の手を握る。密着する体。
「悪いけど、僕たち二人が良いから。ごめんね」
「あ、そう、ですか。すみません」
そう言った彼女たちの目が俺たちの薬指に注がれたことには気が付いていた。
「指輪の効果、絶大ですね」
今日は学内でも無いし旅行で知り合いにも会わないからと、阿川の希望でお揃いのリングをつけているのだ。
薬指に指輪をしていることにようやく慣れてきたというのに、その相手が隣にいてしかも今日はお揃いの指輪……。意識しない様にはしているが、俺たちそういう関係です!と声をあげて歩いているようでこそばゆい。
「そ、そうだな!」
ぎこちなくなった返事に阿川が吹き出して笑った。
「は、早くいくぞ!」
金鱗湖。青々とした木々に囲まれて、湖の中に鳥居もあったりしてなんとなく厳かな気持ちになる。
「半分は温泉、もう半分は冷泉が湧くと言われる珍しい湖なんですよ。朝霧が立ち昇る姿が絶景と有名なんですけど、残念ながら秋や冬にしか見られないので」
「へぇー、阿川、良く知ってるな」
「そりゃあ、圭太さんと行く初めての旅行ですし、色々調べたんですよ」
「どうも、アリガトウゴザイマス」
旅行だからだろうか。阿川が甘い。
今だって俺の腰に手を回しているし、そもそも立っている距離が近い。何かするたびに香る恋人感に慣れなくてドキマギしてしまう。
「荷物もあるし、旅館に向かいましょうか。ここから10分くらいなんですよ」
「そうだな。また出かけるにしても荷物は置きに行きたい」
また出かけるかも、という可能性を残して旅館へ行ったわけだが、部屋を見た瞬間に出かける気持ちは吹っ飛んでしまった。小奇麗な老舗旅館という雰囲気を持ったその旅館は一歩部屋に入れば和洋モダンのインテリアに統一され、古さと新しさが見事に融合している素敵な空間だった。
少し低めの黒いベッドに畳。同じく低めの黒のテーブルの真ん中には赤い千代紙のような模様が埋め込まれていてお洒落だ。そして窓の外には……。
「うわっ、露天風呂じゃんっ。すげーっ!!」
「くす、入りますか?」
「うんっ、入る入るっ」
テンションMAXになって服を脱ごうとして固まった。
これって……阿川と二人で風呂に入るってことだよな……。
二人で風呂に入るのは初めてではない。ラブホテルでお風呂に入ったこともある。でもラブホテルというのはいうなればそういうことをする場所なわけで、照明も薄暗いし……。
「どうしたの? 脱がないんですか?」
俺が悶々と考えている間に阿川は服を脱いで、腰にタオルを巻いただけの状態になっていた。3月ともなれば16時半のこの時間はまだ明るい。ハッキリと目に映る阿川の裸体が先ほどの妄想に重なって、言葉を失った。
「くす、僕が脱がせてあげましょうか」
阿川の手が俺のアウターをはぎ取り、トレーナーの中に入る。インナーの上、布越しの阿川の手にビクッとして我に返った。
「大丈夫、自分で脱げるって」
「でも、僕に脱がせて欲しいでしょう?」
阿川の声が濡れている。
「夜ご飯をちゃんと食べられるように運動しないと、ね?」
「なっ……」
俺が食べ物を食べるたびに、運動、運動と言っていた阿川を思い出す。
「う、運動ってそういう意味かよっ!!」
「それ以外にどういう意味があるんですか。まさか、ここまで来てランニングをするとでも思ってたんですか?」
「いや……その」
まさかその通りだったなんて言えない。
「手伝うって約束しましたよね?」
阿川が俺のトレーナーとインナーを同時に脱がせて、上半身が露出した。そして下着に手をかける。
「たくさん運動してお腹を減らしましょうね。圭太さん、運動は得意だって言ってましたし」
「圭太さん、本気でお弁当3つ食べるつもりですか?」
「うん、だってさー、駅弁、どうしてもひとつに絞れなかったんだもん」
「まぁ、いいですけど。夜ご飯分のお腹は空けといてくださいね」
「大丈夫、大丈夫」
お弁当3つを見比べている俺を阿川は若干引き気味で見ていたが、ふと何かを思いついたように笑顔になった。
「ま、お腹が減らなきゃ運動すれば良い話ですもんね」
「そうそう、運動は俺、得意だし」
「ですよね。あぁ、楽しみだなー」
「だなー」
阿川が笑うから俺もつられて笑った。
湯布院に着いたのは15時を回ったところだった。駅を出ると遠くの正面に大きな山が見える。ビルばかりの東京とは違いのどかな街並みではあるが、観光地らしい賑わいがあった。
「ここから金鱗湖までの道が有名な観光通りになってるんですよ。今日泊まる温泉も金鱗湖に近い場所なので、ここから歩きますか」
「おーっ、いいねっ。ちょっとお腹減らさないといけないしなっ!」
キャリーケースをガラガラと転がしながらお土産屋を覗いたり、食べ物屋を眺めたりして歩く。
「あっ、見ろよ、阿川っ。食べ歩きどら焼きだって。季節限定苺どら焼き、うまそう~。食べながら行こうぜ」
「まだ食べるんですか?」
「大丈夫、夜飯もちゃんと食べるって。運動すりゃあいいんだろ、運動っ」
「そうですね。僕も協力しますね」
「おうよ、あっ、おばちゃん、苺のどら焼き2つちょうだいっ」
どら焼きを受け取って、頬張って歩く。
「うまーっ、はぁー、スイーツ癒される」
美味しさを噛みしめながら歩いていると、通りの反対側を歩いている女性二人組と目が合った。彼女たちは何かをこそっと話した後、道路を渡ってこちら側に来た。
あ、これ、やばいかも……。
やばいってことはないけど、多分そうだろうと思った通り、彼女たちは阿川に話し掛けた。
「もしかしてご旅行ですか? 実は私たちも旅行で来ていて、もし良かったら一緒に観光しませんか?」
いわゆる逆ナンというやつだ。阿川、すげぇ。
俺なんて生まれてから一度も逆ナンされたことがないと言うのに。
本来なら嫉妬したり、ムッとしたりするところなんだろうけど、逆ナンされるという奇跡のような体験に俺は少し感動していた。声をかけられたのは阿川だけど、俺も一緒にいるから俺も逆ナンされたんだ、なんて思ったりして。
阿川が俺の体を抱えるようにして俺の手を握る。密着する体。
「悪いけど、僕たち二人が良いから。ごめんね」
「あ、そう、ですか。すみません」
そう言った彼女たちの目が俺たちの薬指に注がれたことには気が付いていた。
「指輪の効果、絶大ですね」
今日は学内でも無いし旅行で知り合いにも会わないからと、阿川の希望でお揃いのリングをつけているのだ。
薬指に指輪をしていることにようやく慣れてきたというのに、その相手が隣にいてしかも今日はお揃いの指輪……。意識しない様にはしているが、俺たちそういう関係です!と声をあげて歩いているようでこそばゆい。
「そ、そうだな!」
ぎこちなくなった返事に阿川が吹き出して笑った。
「は、早くいくぞ!」
金鱗湖。青々とした木々に囲まれて、湖の中に鳥居もあったりしてなんとなく厳かな気持ちになる。
「半分は温泉、もう半分は冷泉が湧くと言われる珍しい湖なんですよ。朝霧が立ち昇る姿が絶景と有名なんですけど、残念ながら秋や冬にしか見られないので」
「へぇー、阿川、良く知ってるな」
「そりゃあ、圭太さんと行く初めての旅行ですし、色々調べたんですよ」
「どうも、アリガトウゴザイマス」
旅行だからだろうか。阿川が甘い。
今だって俺の腰に手を回しているし、そもそも立っている距離が近い。何かするたびに香る恋人感に慣れなくてドキマギしてしまう。
「荷物もあるし、旅館に向かいましょうか。ここから10分くらいなんですよ」
「そうだな。また出かけるにしても荷物は置きに行きたい」
また出かけるかも、という可能性を残して旅館へ行ったわけだが、部屋を見た瞬間に出かける気持ちは吹っ飛んでしまった。小奇麗な老舗旅館という雰囲気を持ったその旅館は一歩部屋に入れば和洋モダンのインテリアに統一され、古さと新しさが見事に融合している素敵な空間だった。
少し低めの黒いベッドに畳。同じく低めの黒のテーブルの真ん中には赤い千代紙のような模様が埋め込まれていてお洒落だ。そして窓の外には……。
「うわっ、露天風呂じゃんっ。すげーっ!!」
「くす、入りますか?」
「うんっ、入る入るっ」
テンションMAXになって服を脱ごうとして固まった。
これって……阿川と二人で風呂に入るってことだよな……。
二人で風呂に入るのは初めてではない。ラブホテルでお風呂に入ったこともある。でもラブホテルというのはいうなればそういうことをする場所なわけで、照明も薄暗いし……。
「どうしたの? 脱がないんですか?」
俺が悶々と考えている間に阿川は服を脱いで、腰にタオルを巻いただけの状態になっていた。3月ともなれば16時半のこの時間はまだ明るい。ハッキリと目に映る阿川の裸体が先ほどの妄想に重なって、言葉を失った。
「くす、僕が脱がせてあげましょうか」
阿川の手が俺のアウターをはぎ取り、トレーナーの中に入る。インナーの上、布越しの阿川の手にビクッとして我に返った。
「大丈夫、自分で脱げるって」
「でも、僕に脱がせて欲しいでしょう?」
阿川の声が濡れている。
「夜ご飯をちゃんと食べられるように運動しないと、ね?」
「なっ……」
俺が食べ物を食べるたびに、運動、運動と言っていた阿川を思い出す。
「う、運動ってそういう意味かよっ!!」
「それ以外にどういう意味があるんですか。まさか、ここまで来てランニングをするとでも思ってたんですか?」
「いや……その」
まさかその通りだったなんて言えない。
「手伝うって約束しましたよね?」
阿川が俺のトレーナーとインナーを同時に脱がせて、上半身が露出した。そして下着に手をかける。
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