28 / 42
28. 恋はままならないもの
しおりを挟む
布団の中に入る。一度怖いと思ってしまってからというもの、少しの物音、風の音にさえビクッと身体を揺らせてしまう。体の揺れを阿川に気付かれない様にと布団の中にとっぷりと潜った。
早く寝てしまおう。そうすれば朝になって、明るくなれば怖さだってなくなるんだ。
阿川に背を向けてギュッと目を閉じる。
風が襖を揺らしてカタカタと音が鳴り、これは風の音だと心の中で呪文のように唱えた。
「圭太さん、怖いんですか?」
「こっ、こっ」
「こ?」
何かが俺の布団の背中側に触れる。
「ひぃいいいいっ!!」
勢いよく体を起こすと、目を丸くして手を止めた俺が目に入った。
「あ……あがわ……」
「ったく、怖いならそう言って下さいよ。嫌じゃなかったら、どうぞ」
阿川が自分の掛け布団をめくって自分の隣をポンポンと叩く。
「ご、ごめん」
「別にいいですよ。ここに付き合ってもらったのは僕ですし」
「失礼します」
頭を軽く下げて阿川の布団に入り込む。
「寒くないですか?」
「ん……大丈夫」
俺の顔をした阿川が近くにいる。一緒の布団にいて、寄り添うから体が密着する。俺が幼過ぎて、阿川のことをちゃんと分かってやれなくて離れてしまった温もり。
……体が入れ替わっていて良かった。お互いの体のままなら、辛くなりそうだ。
布団をかぶって、こっそりと阿川の寝巻の端っこを掴んだ。もうこんなことは二度とないから今日くらいは許して欲しい。
涙が零れる。鼻をすすったり、目を拭えば阿川に気付かれてしまう。阿川に知られない様に、流れる涙はそのままにした。
空が明るくなったころ、俺はそっと布団を抜け出した。体はまだ阿川のままだ。洗面所で目を見れば少し赤いが腫れてはいなかった。
「よかった。赤いくらいなら誤魔化せる」
そのまま部屋に戻る気にもなれず、部屋の前の廊下から外を見ていると5時過ぎだというのに住職が庭の掃除をしていた。
「おははようございます」
「おはようございます。夕べは良く眠れましたか? とは愚問でしたね」
どう返事をしたらよいか分からず、苦笑いで誤魔化す。
「ご住職さんは失恋したことがありますか?」
ぽろっと口に出して、何を聞いているのだと我に返った。
「あ、すみません、急に」
「構いませんよ。そりゃあ、私も失恋したことはありますよ。恋とはままならないものですから」
「失恋はどうやったら諦められますか? どうやったらこの気持ちはなくなりますか?」
「どうでしょうか。無理になくするものではないような気がします。第一、それが出来るのならみんなこのように悩まないでしょう?」
八方塞がりのような気持になって唇をかみしめた。
「ひとつ言えることは、この世に思いを残した魂はさ迷うと言われています。失恋も同じことなのかもしれません。やり残したことががあるうちはなかなか次の道が見えないものです」
「やり残したこと……」
「伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?」
「ご住職さん……」
「さぁ、まだ朝は冷えますから向こうでお茶でもいただきましょう」
ご住職さんの言葉が胸の中に落ちて、波紋が体の中を揺らしていた。
朝食をご馳走になってから山を登る。今日のご住職は昨日とは違う法衣で、聞けば「昨日のは普段着ている略装用で、今日のは儀式をやるときに着る正装用なんですよ」と教えてくれた。俺から見たらひらひらとして歩きにくそうな服なのに、けもの道をご住職さんはすいすいと歩いていく。
阿川も意外とすいすい歩いていて、阿川の体である俺は足も重く、よいしょっと声を出してしまいたいほどだ。
「圭太さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん、ちょっとしんどい」
「すみません、僕、もっと運動しておけば良かったですね」
阿川が俺に手を差し出す。その手を要らないとは言えなくて、手を握った。
なるべく阿川の温もりは覚えていたくないのに……。
けもの道を二時間ほど登っただろうか。人が3,4人並んで入っても入れそうなほど大きな洞窟の前にこれまた大きな岩があり、その岩にしめ縄のような飾りが巻かれていた。
「ここが竜神の住むといわれている洞窟です。お二人は心を落ち着けて元の体に戻して欲しいと願ってください。それから、神を敬う気持ちは忘れずに」
「「はい」」
森の中にご住職様の低い声が良く響く。歌のようなその言葉は凜とした空気を纏ってどこまでも浸透して、洞窟の奥から響きが戻ってくる。
あ、なんかキラキラしている。
閉じた目の奥で透明感のある水色の鱗のような物が虹色を従えてキラキラと舞う。夢の……夢の中にいるみたいだ。
ご住職さんの声が遠くに聞こえて、心地よい。そのうち、透明の鱗は規則正しく動き始め大きなうねりとなった後で、すっと音もなく消えた。
「終わりました」
ご住職さんの手で肩を叩かれて、ハッと目を開く。阿川も同じように目を開いたところだった。
「終わりましたよ。無事に受け取って下さいました」
ご住職さんが差し出した手の方を見ると秘具が粉々に割れていた。
「あ、俺、戻ってる」
「本当だ」
二人で顔を見合わせると、もう一度竜神の洞窟に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうござました」
お寺に戻ってご住職さんにお礼を言い、山を下りる。自分の体になった今、さっきよりずっと動きが軽い。はぁ、と大きく息を吐き出す阿川の呼吸が聞こえて振り返った。
「大丈夫か?」
「……自分の体力の無さに愕然としてますよ。圭太さんの体とは大違いですね」
バス停でぐったりと座ってバスを待った。バスに乗って新幹線に乗ったら、阿川との接点はもうなくなる。そう思うと早く帰りたいとは思えなくて、少しでも長く一緒にいたいと思ってしまう。
バスの座席の隣り合わせ、新幹線の座席の隣り合わせ、触れそうで触れない肩、触れそうで触れない手。
【へぇー諦められるんだ】
【圭太は本当に欲しいものに出会ってないってこと】
【やり残したことがあるうちはなかなか次の道が見えないものです】
【伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?】
貰った言葉たちが俺の中でつながっていく。
早く寝てしまおう。そうすれば朝になって、明るくなれば怖さだってなくなるんだ。
阿川に背を向けてギュッと目を閉じる。
風が襖を揺らしてカタカタと音が鳴り、これは風の音だと心の中で呪文のように唱えた。
「圭太さん、怖いんですか?」
「こっ、こっ」
「こ?」
何かが俺の布団の背中側に触れる。
「ひぃいいいいっ!!」
勢いよく体を起こすと、目を丸くして手を止めた俺が目に入った。
「あ……あがわ……」
「ったく、怖いならそう言って下さいよ。嫌じゃなかったら、どうぞ」
阿川が自分の掛け布団をめくって自分の隣をポンポンと叩く。
「ご、ごめん」
「別にいいですよ。ここに付き合ってもらったのは僕ですし」
「失礼します」
頭を軽く下げて阿川の布団に入り込む。
「寒くないですか?」
「ん……大丈夫」
俺の顔をした阿川が近くにいる。一緒の布団にいて、寄り添うから体が密着する。俺が幼過ぎて、阿川のことをちゃんと分かってやれなくて離れてしまった温もり。
……体が入れ替わっていて良かった。お互いの体のままなら、辛くなりそうだ。
布団をかぶって、こっそりと阿川の寝巻の端っこを掴んだ。もうこんなことは二度とないから今日くらいは許して欲しい。
涙が零れる。鼻をすすったり、目を拭えば阿川に気付かれてしまう。阿川に知られない様に、流れる涙はそのままにした。
空が明るくなったころ、俺はそっと布団を抜け出した。体はまだ阿川のままだ。洗面所で目を見れば少し赤いが腫れてはいなかった。
「よかった。赤いくらいなら誤魔化せる」
そのまま部屋に戻る気にもなれず、部屋の前の廊下から外を見ていると5時過ぎだというのに住職が庭の掃除をしていた。
「おははようございます」
「おはようございます。夕べは良く眠れましたか? とは愚問でしたね」
どう返事をしたらよいか分からず、苦笑いで誤魔化す。
「ご住職さんは失恋したことがありますか?」
ぽろっと口に出して、何を聞いているのだと我に返った。
「あ、すみません、急に」
「構いませんよ。そりゃあ、私も失恋したことはありますよ。恋とはままならないものですから」
「失恋はどうやったら諦められますか? どうやったらこの気持ちはなくなりますか?」
「どうでしょうか。無理になくするものではないような気がします。第一、それが出来るのならみんなこのように悩まないでしょう?」
八方塞がりのような気持になって唇をかみしめた。
「ひとつ言えることは、この世に思いを残した魂はさ迷うと言われています。失恋も同じことなのかもしれません。やり残したことががあるうちはなかなか次の道が見えないものです」
「やり残したこと……」
「伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?」
「ご住職さん……」
「さぁ、まだ朝は冷えますから向こうでお茶でもいただきましょう」
ご住職さんの言葉が胸の中に落ちて、波紋が体の中を揺らしていた。
朝食をご馳走になってから山を登る。今日のご住職は昨日とは違う法衣で、聞けば「昨日のは普段着ている略装用で、今日のは儀式をやるときに着る正装用なんですよ」と教えてくれた。俺から見たらひらひらとして歩きにくそうな服なのに、けもの道をご住職さんはすいすいと歩いていく。
阿川も意外とすいすい歩いていて、阿川の体である俺は足も重く、よいしょっと声を出してしまいたいほどだ。
「圭太さん、大丈夫ですか?」
「あ、うん、ちょっとしんどい」
「すみません、僕、もっと運動しておけば良かったですね」
阿川が俺に手を差し出す。その手を要らないとは言えなくて、手を握った。
なるべく阿川の温もりは覚えていたくないのに……。
けもの道を二時間ほど登っただろうか。人が3,4人並んで入っても入れそうなほど大きな洞窟の前にこれまた大きな岩があり、その岩にしめ縄のような飾りが巻かれていた。
「ここが竜神の住むといわれている洞窟です。お二人は心を落ち着けて元の体に戻して欲しいと願ってください。それから、神を敬う気持ちは忘れずに」
「「はい」」
森の中にご住職様の低い声が良く響く。歌のようなその言葉は凜とした空気を纏ってどこまでも浸透して、洞窟の奥から響きが戻ってくる。
あ、なんかキラキラしている。
閉じた目の奥で透明感のある水色の鱗のような物が虹色を従えてキラキラと舞う。夢の……夢の中にいるみたいだ。
ご住職さんの声が遠くに聞こえて、心地よい。そのうち、透明の鱗は規則正しく動き始め大きなうねりとなった後で、すっと音もなく消えた。
「終わりました」
ご住職さんの手で肩を叩かれて、ハッと目を開く。阿川も同じように目を開いたところだった。
「終わりましたよ。無事に受け取って下さいました」
ご住職さんが差し出した手の方を見ると秘具が粉々に割れていた。
「あ、俺、戻ってる」
「本当だ」
二人で顔を見合わせると、もう一度竜神の洞窟に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうござました」
お寺に戻ってご住職さんにお礼を言い、山を下りる。自分の体になった今、さっきよりずっと動きが軽い。はぁ、と大きく息を吐き出す阿川の呼吸が聞こえて振り返った。
「大丈夫か?」
「……自分の体力の無さに愕然としてますよ。圭太さんの体とは大違いですね」
バス停でぐったりと座ってバスを待った。バスに乗って新幹線に乗ったら、阿川との接点はもうなくなる。そう思うと早く帰りたいとは思えなくて、少しでも長く一緒にいたいと思ってしまう。
バスの座席の隣り合わせ、新幹線の座席の隣り合わせ、触れそうで触れない肩、触れそうで触れない手。
【へぇー諦められるんだ】
【圭太は本当に欲しいものに出会ってないってこと】
【やり残したことがあるうちはなかなか次の道が見えないものです】
【伝えきれなかった気持ちがまだあるのではないですか?】
貰った言葉たちが俺の中でつながっていく。
10
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる