イケメンと体が入れ替わってラッキーと思ったらそのイケメンがゲイだった

SAI

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26. 諦めなきゃいけないんだよ

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お茶、なんていうからカフェにでも行くのかと思ったら、咲也さんはこの後も撮影が続くらしくて咲也さんの楽屋にお邪魔してケータリングのお茶を飲む、というお茶だった。

「別れたんだって?」
「え、何でそれを……」
「この間の撮影の時に阿川くんに八つ当たりされたから」

「八つ当たりって……阿川がそんなことするとは思えないけど」

「本当に?」
「……するかも」

「ぷっ、君たちはなんか、惜しいねぇ」

他人事だと思って咲也さんは余裕の表情だ。それがなんだか癪に障る。

「もうこの話はいいじゃないですか。こういう話なら俺、帰りますよ」

「圭太は俺を責めないんだね。阿川くんは俺が圭太に近づいたりするからだって怒ってたけど」

「それは……」
「俺のせいじゃないって分かってるんだ?」

「……あいつを不安にさせたのは俺だから。咲也さんのことがなくても、あいつはずっと不安だったんだと思う。だから、他の人のところにいっても仕方ない」

「へぇー、仕方ないんだ?」

咲也さんの声が少しだけ低い。顔を上げれば、どこか挑発的な視線とぶつかった。

「仕方ないで諦められるんだ?」
「諦められるとかそういう問題じゃないですよ。諦めなきゃいけないんです」

「なるほどね。阿川くんが君から離れた理由が分かる気がするよ」
「どういう意味ですか?」

「圭太は本当に欲しいものに出会ったことがないんだなってこと」

「なんですか、それ」
「別に。それにしても、最近、入れ替わること多いんじゃない?」

「わかりますか?」
「うん、二人のオーラがちょっと混ざってるし。それってあんまり良くないんじゃないの?」

「そうなんですか?」

驚いて前のめりになると、いや、霊的な意味でとかじゃないんだけど、と咲也さんが続けた。

「だって、恋人といる時に入れ替わるかもしれないってことでしょ。阿川くんが誰かと抱き合っている最中に入れ替わったらどうするの? このままだったら、この先必ずそういうことがあるよ」

「……」
俺は思わず言葉を失った。


 咲也さんと別れて阿川宅への帰宅中、俺の頭の中はさっき咲也さんと話したことがぐるぐると回っていた。

仕方ないで諦められるんだ? って……。
自分が頑張ってどうにかなることなら頑張りようがある。でも、人の気持ちだけはどうにもならないじゃないか……。

阿川は雪村くんと付き合うんだろうか。彼に触れたり、キスしたりするんだろうか。セックスだって……。セックス……、そんな最中に入れ替わることがあったら、俺は……。

阿川が誰かと抱き合っているのなんか見たくない。さすがにそれは耐えられない。次に入れ替わる時には阿川が誰かとキスをしている瞬間かもしれない。誰かと肌を合わせている瞬間かもしれない。

ここにきてようやく体が入れ替わるという事を恐いと思った。


 その日の共有ファイル。
咲也さんとの仕事が無事に終わったことを書き込む。それから、もう体が入れ替わるのは嫌だから入れ替わらなくなる方法を探したい、と書き込んだ。

「これでいいんだ……」

阿川との関係が切れてしまうことになっても、これでいい。そもそも、体が入れ替わるなんて異常事態なのだ。

言い聞かせてファイルを閉じようとした時、共有ファイルが更新され文字が書きこまれた。

【わかりました。方法を探してみます】

このPCの向こうに阿川がいる、リアルタイムに。そう思えばファイルを閉じようとしていた手が止まる。暫く画面を眺めているともう一度画面が更新され、文字が表示された。

【お酒はほどほどにお願いします】

「!!」

そうだ、昨日、昨日俺、何してたっけ? 村上さんと飲みに行って、お酒飲んで、酔っぱらって……。
村上さんに抱きしめられて……それから……。

「告白……された?」

その辺の記憶が曖昧だ。だけど、村上さんに抱きしめられていたのは確かで……。
どのタイミングで入れ替わったんだ!?

俺は頭を抱えて言葉を失い、阿川からの書き込みはこれ以上はなかった。



 朝、目を開けるとそこは見慣れた天井で、俺はうーんと唸りながら頭を掻いた。

「俺の部屋……。寝ている間に入れ替わるってこともあるのか」

午後になっても体が入れ替わることはなく、今日はこのまま入れ替わることなく過ぎて欲しいと心の底から思っていた。今日の阿川は仕事が休みで、予定の欄には雪村くんと出掛けるという事が書いてあったからだ。

「必要なこととは言え、予定の共有ってのもなかなかしんどいものだな」

村上さんの胸に飛び込んでしまえば少しは楽になれるんだろうかなんて、バカな考えも浮かぶ。

「しっかりしろ、俺! いつまでも女々しくしてらんないよな。そういえば最近、ずっと走ってもないじゃん」

良く考えてみれば阿川と別れてから俺は何もしていないような気がする。走ってもいない、好きな漫画本も読んでいない、一馬とご飯にも行ってないし、音楽だって聴いてない……。

俺、何か全然だめじゃん。
こんなんだから、村上さんに甘えたらなんて考えが出てくるんだ。俺はジャージに着替えるといつものコースを走り出した。


 散々走って程よい疲れと共に出勤し、阿川を頭の中から締め出すことにも半分くらいは成功して退勤した21時半。店を出たところで名前を呼ばれた。

「村上さん……どうしたんですか?」
「あー、一昨日のこと謝りたくて」

一昨日? そうだ、一昨日俺、途中で阿川と入れ替わって……。

「俺、あの時酔っぱらってたみたいで、村上さんに何か失礼なことしたりしてなかったですか?」

「失礼なことなんかしてないよ。むしろ、僕の方が……」

村上さんが気まずそうに目を伏せる。阿川は村上さんに何を言ったんだろう。きっと入れ替わった途端に抱きしめられていたら相当困惑したはずだ。

「村上さん、俺に阿川を忘れなくてもいいから一緒にいようって言ってくれましたよね?」

「ん、その後、告白してはっきり断られたけどね」
「俺、断りました?」

「覚えてないの? でも、まぁ、無理もないか。酔っぱらってたし。あなたのことを好きになることもないから抱きしめるのもやめてくれってはっきり言われたよ」

嘘……まじかよ。阿川、勝手に断ったりして。

随分ストレートな言葉を投げつけられて村上さんが気の毒だと思う。いくら抱きしめられていて驚いたからと言ってこんな言い方をしなくても……。

でも、中途半端に阿川に気持ちを残したまま村上さんの元へ行くのは違う。だから、結果は同じなんだ。

「村上さんが言ってくれたこと、嬉しかったです。もう少し弱ってたら一緒にいたいって口走ってたんじゃないかってくらい。でも、そういうのは村上さんを傷つけると思うから」

「橘君は優しいのか残酷なのかわからないね。でも、そうだね。これ以上しつこくするのはやめにするよ。もう少し気持ちが薄れて、ちゃんとできるようになったらまたご飯に誘ってもいい?」

「勿論、もちろんです! 村上さん、ありがとうございます」

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