イケメンと体が入れ替わってラッキーと思ったらそのイケメンがゲイだった

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22. バレンタイン

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 2月14日。バレンタインともなると街はこのイベントを彩ろうとあちこちにハートとチョコが目立つようになる。コンビニで売るお菓子ですらチョコチョコしてくるし、コンビニで有名どころのチョコを買う事だって出来るくらい、世の中はバレンタイン一色だ。

そして大学生にもなればバレンタインなどというイベントに浮足立つこともないかと思えばそんなこともなく、その分かりやすい例が隣を歩いている。

「一馬、いい歳してスキップってどうなんだよ……」
「だって、ねぇ。今日は愛ちゃんが俺の家で手料理を振舞ってくれるんだと。なんでも一か月前から練習してたらしいんだよ~。ったく、俺のこと大好きなんだから」

言葉を吐くたびに全ての語尾にハートが見えるような気がする。

「で、その愛ちゃんがお前の家で料理を作ってくれるからお前はバイト前の俺を呼び出して時間つぶしをしてるわけだ」
「だって、愛ちゃんが驚かせたいからちょっと出かけてきて欲しいって言うんだもん」

デヘデヘ、と笑う一馬を若干引き気味の目で見つめる。

「お前は? 圭太だって彼女がチョコくれるだろ?」
「いや、うちはそういうのはないんじゃないかな」
「えぇー? 無いなんて、それこそ無いよ。きっと準備してるって」

だって男同士だし、なんて一馬に言えるはずもない。
俺が阿川にチョコっていうのも女みたいだしなぁ。セックスの時は確かに女役と言えなくともないがって俺、何考えて。

「と、とにかく無いんだってば!!」

一瞬思い出してしまった阿川とのセックス風景を誤魔化すかのように一馬を押しのけると、俺はバイト先へと急いだ。


 
 

「橘君、15分早いけど仕事は大体終わってるし上がっていいよ」
「あ、はい。じゃあ、すみません、お先します」

21時15分でタイムカードを切って外に出ると東京には珍しく雪がちらついていた。
「うへぇ、どうりで寒いわけだ」
「本当にねー、凍えるかと思ったよ」

単なる独り言に返って来る返事があると思っていなかった俺が、ぎょっとしながら声の方を見るとここにいつはずもない人物が立っていた。

「……咲也さん、なんでここに?」
「なんでって、この間のメッセージで今日もバイトだって言ってたじゃん。だから会いに来たんだよ」
「……なんか、怖いんすけど、それ」

「友達が会いに来るって怖いことじゃないでしょ」
「……咲也さんの場合、神出鬼没過ぎるんですよ」

で、何の用ですか? と聞くと咲也さんが小さな箱を俺に見せつけるようにして振った。

「チョコ、プレゼントしようと思って」
「いや、要らないっす」
「は? 即刻断るって酷くない?」
「いや、だって貰う理由がないし」

「貰う理由ならあるよ。ほら、友情チョコ」
「友情チョコですか?」

「そ、知らない? お世話になった人とか友達とかにチョコ送るってやつ。今じゃチョコは好きな人に配るだけじゃないんだよ」

「へぇー、そうか、そうなんだ」

感心して声を上げると咲也さんは俺に渡そうとしたチョコの包をバリバリと破り始めた。
「それ、俺にあげようとしたんじゃないんですか?」
「うん、あげようと思ったんだけど、これ凄いレアチョコなんだよね。海外の有名ショコラティエがわざわざ日本に来日して作った限定200個のうちのひと箱。因みに12個入りで1万2千円」

「チョコが1万2千円だと!?」

俺が一日働いてもこのチョコを買えやしない……。信じられない値段に目を見開いていると「ね、興味あるでしょ?」と咲也さんが言った。

「興味はある……」
「高級チョコを買った身をとしては、食べた時の反応を見たい」

確かに。プレゼントを渡してその反応を見たいというのはごく普通の感情だ。「あーん」とチョコを口の前でつままれて、思わず口を開けた。

ほんの少しの薄いチョコの皮。舌で押せば簡単に崩れて中の柔らかいチョコが口の中にフワッと溶けた。凄いのはそのフレイバーだ。チョコの中に柚子の清々しい香りが生きている。甘さと酸味、くちどけの滑らかさ、今まで食べたチョコというものの概念がひっくり返ってしまうかのような衝撃。

「すげぇ……、これ、咲也さんも食べました?」
「まだ」
「だったら食べた方が良いっすよ。これ、やばい、やばい旨い」

我ながら酷い表現だと思う。でも酷い表現しか出てこないほど衝撃的な味なのだ。俺を見てくすくす笑う咲也さん。早く食べてこの衝撃を味わって欲しいのに咲也さんはくすくすと笑うだけだったから、俺は咲也さんの手にある箱の中からチョコをつまむと、咲也さんの口の前でつまんだ。

「はい、どーぞ」

一瞬目を丸くした咲也さんがチョコと俺の指を舐める。
「んっ、……ちょっと俺の指まで舐めないでください。くすぐったい」
「ドウゾって言ったのは圭太でしょ」

「またそうやってからかって」

俺たちを見つめる人影に俺が気が付いたのはちょうどその時だった。


「阿川? なんでここに」
阿川は無言で俺を睨みつけるようにして立っている。
「え、あ、違う。これは咲也さんが勝手に来ただけで……」

「何も聞いてないけど」
阿川はそう一言だけ呟くと俺に背を向けて走り出した。
「待てよ、待てって」

やばい、なんか、絶対に誤解してる。

俺は咲也さんを放置したまま阿川の後を追いかけた。



 何台もの車が俺たちを追い越していく。そこそこ走っているのに阿川に追いつかないところを見ると阿川は本気で俺から逃げようとしているらしい。俺はペースを少し上げると阿川の腕をつかんだ。

「待てってば。阿川が思ってること、多分、誤解だから」
阿川は立ち止まったまま俺を見ようともしな!い。
「何が誤解何ですか……バレンタインに二人で会って、チョコを食べさせ合ってた。それのどこに誤解があるんですか!!」
「そ……そこには、誤解は無い、か……」

「圭太さんって僕のこと本当に好きなんですか?」
「なっ、急に何言ってんだよ。そうじゃなかったら付き合ってないだろ」
「言い寄られたから付き合っただけだったりして」

阿川が乾いた声で言う。その表情に、俺の中でもやもやしたものがせり上がった。

「お前の方こそ俺のこと好きなのかよ。初めてヤッた相手だからそんな気になってるだけじゃねーの?」
「……そう思ってたんだ……」


阿川が目元を拭うような仕草を見せる。
「阿川?」
阿川は振り返ると涙を隠すこともなく俺の顔を見つめて、小さな箱を投げつけた。箱がカタっと音を立てて地面に落ちる。

「阿川……お前泣いて……」
疲れた……と阿川が呟いた。
「もう別れよう。これ以上圭太さんと一緒にいるのは辛い」

阿川はしゃくりあげるともう一度俺を真っ直ぐに見た。



阿川の頬を涙が次から次へと伝う。
泣いている阿川を見るのは初めてだが、こういう阿川の顔を俺は何度も見た気がする。阿川は俺といてしんどかったのかな。別れたら阿川はこんな顔をしなくて良くなるのだろうか。そう思ったら俺は阿川の言葉に頷くしかなかった。

「わかった……」



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