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15. もう一人のモデル
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「咲也君もう来てたの?」
加山さんが声をかけてから僕たちを見た。
「こちら今人気のモデル、咲也君。阿川君なら知ってるよね」
知らん。だ、誰だ? ファッションとかお洒落を頑張れない俺はファッション雑誌を読むこともない。助けを求めるように阿川に視線を送ると、阿川は少し高い声を出した。
「年齢不詳で咲也っていう名前しか公表してないモデルさん? 確か海外の雑誌で表紙を務めたこともある……ですよね? 阿川」
「も、勿論僕も知ってますよ。お会いできて光栄です。モデルの先輩として尊敬してるんですよ」
俺だってやれば出来るんだとばかりに阿川に話を合わせる。モデル同士なんだもん、尊敬しているとつけておけばそれらしくなるよな。
「へぇ、嬉しいなぁ。ね、この後の撮影、彼と一緒に撮りたいな。いいでしょ?」
「咲也君が一緒に撮りたいって言うんなら僕はそれでも構わないけど。あ、この後ね、咲也君の写真集の撮影をするんだ」
加山さんの言葉を聞いた横倉さんが今まで見たどの動きよりも素早くこちらに寄ってきた。
「咲也さんの写真集に阿川も載せて貰えるってことですか?」
「うん、そうだけど。このあと時間ありますか?」
「あります! 勿論あります! むしろ無くても空けます!!」
げ、これって阿川にとって物凄いチャンスだよな? やっぱ俺が撮影すんの? するんだよな……。
「じゃ、阿川君こっちに来て。メイクとか衣装とか俺のイメージに合わせたい」
あ、阿川ぁ~。
「あの、俺、撮影を見せてもらうわけにはいきませんか? こんな機会は二度とないから」
阿川が(というか俺が)咲也さんに頭を下げている。そうか、咲也さんがダメって言ったら俺は阿川ナシで撮影をしなければいけない。さっきの撮影を思い出すと冷汗が流れる思いだ。
「あの、僕からもお願いします」
「くす、そんなに必死な顔しなくてもいいよ。お友達、名前は何ていうの?」
「橘圭太です」
「圭太君ね。じゃ、圭太はここで見学ね。良い子で見てて」
阿川をスタジオに残したまま俺は咲也さんに連れられてメイクルームに移動した。メイクルームに入ると部屋は先ほどと大して変わらないのだが並べられた化粧品の数と衣装の数が全然違う。
「あれー? 新しい子? イケメンねぇ」
「今日一緒に撮影しようと思って。ミステリアスなのは俺だけで十分だから、ちょっと柔らかい雰囲気で頼む。天使、とまでは言わないけど」
「オッケー」
咲也さんは膨大な衣装の中からまるで最初から決まっていたかのように俺の服をポイポイと置いた。
「衣装はコレね」
メイクさんやスタイリストさんにもみくちゃにされながら、あっという間に美しくてふわっとした阿川が出来上がった。鏡に映る阿川は目じりにはほんのりピンクのアイシャドウを塗り、唇は少し赤みがかったピンク色のぷるぷる、天使とまでは言わないけどと咲也さんは言っていたけど、正直言えば天使だ。
やべぇ、阿川、すげぇ可愛い。ぽーっと惚けると鏡の中の阿川も惚ける。俺の表情がそのまま阿川の表情になる。よく考えたらこれってかなりのサービスショットじゃねぇか!
こっそりと首元のボタンを外して襟を大きく開けば阿川の形の良い鎖骨が覗く。触っちゃいけない唇を物欲しそうに開けば、俺の股間がピクっと反応した。
やべぇっ、おっ起てている場合じゃねぇっ。
「襟開いて何してんの? 顔も赤いし」
「咲也さんっ、あの、メイクと衣装で随分雰囲気が変わるものだなって思いまして」
「くす、なに新人みたいなこと言ってるの? 君、この仕事3年目なんでしょ」
そ、そうなんだ。阿川って高校生のころにはモデルやってたのか。
「そうですよね。俺、あ、僕変なこと言って。緊張してるんですよ、はは、はははは」
「君って本当に面白いなぁ。阿川君なのに阿川君じゃないみたい」
「へ?」
思いもがけない言葉、何の脈拍もなくサラリと告げられた確信めいた言葉に俺は表情を引きつらせた。
「俺ね、霊感もあるし色々感じる方なんだよね。見えちゃうの。君にはね、君のお友達の顔が重なって見える」
「ひぃっ」
「そんなに恐がらないでよ。どうしてかなぁ、中身と外見がちぐはぐ。なんでこうなってるの?」
咲也さんのイケメンな顔が近づいて俺は言葉を無くして目を見開いていた。
「まぁっ、咲也君、私たちがいない隙に何してんのー? 襲っちゃダメよ。すっかり怯えてるじゃない」
「あははは、ちょっと冗談が過ぎちゃったかな」
咲也さんと距離が離れたことで俺はほっと息をついた。
「阿川君、俺ね、『性別』というものに縛られないっていうのが俺のキーの1つになってるんだよ。だから今回の撮影は恋人風でいくから。よろしくね」
俺は頷くこともできずに、ひきつった表情を浮かべただけだった。
俺たちがスタジオに戻ると先ほどのセットは綺麗に無くなっていて、代わりに真っ赤な一人がけの椅子が一脚置いてあった。
一瞬阿川と目が合う。阿川は真顔のままで、その顔から何かを読み取ることは出来なかった。
「撮影入りまーす」
手を繋がれて椅子まで行くと咲也さんは椅子に座ってその上に俺を座らせた。
「なっ」
「こら、そんなに驚かないで。恋人撮影だって話したでしょ? 俺を見て」
俺に自分を見るように指示して咲也さんはカメラを見る。俺からは咲也さんの横顔が良く見えた。
うわ、肌、綺麗。しかもこのフェイスラインとか女の子より色っぽくね? 阿川も綺麗だけどさ。
「圭太、俺のことだけ考えて」
「あ、すみません」
「くす、素直」
パシャパシャっとカメラの音に合わせて咲也さんがポーズを変える。俺は咲也さんに言われたとおりに体を動かしてついていくのが精いっぱいだ。
「圭太」
耳元で囁かれてゾクッとした。そのまま咲也さんの手が俺の頬に触れ顔が近づく。まるで阿川にキスされる時みたいな角度だ。
あれ、これってこのままいくと唇がくっついてしまうんじゃ……。え、俺、キスするの? え、まじ? えぇっ。
と、思わず身を硬くした瞬間、カチンっとあの音が俺の中に響いた。そして目にしたのは寸でのところで咲也さんの唇をやんわりとかわした阿川の姿だ。
「お、おぉーっ!!」
阿川の華麗なかわしについ声を上げて横倉さんに睨まれて頭を下げた。
戻った!戻った!
自分の手を確認して軽くジャンプをして俺の体を確認する。これで俺は立派な見学者だ。しかし何で突然戻ったんだ?
ん?と頭を捻って今朝の阿川の言葉を思い出した。
【僕が嫌だって思った時に元に戻るみたいですよ。ちょっとやそっとの嫌じゃ戻らないと思いますけど】
これって阿川、俺と咲也さんがキスするのが相当嫌だったってことなんじゃ……。うわっ、すげぇ嬉しいんだけど……。
阿川の気持ちが嬉しすぎて口元を隠してにやけていた俺は次の瞬間、冷水を浴びたように硬直することになる。
咲也さんのキスを華麗にかわしたはずの阿川をもう一度抱きしめて、咲也さんが阿川にキスをした。カシャカシャッとシャッターを切る音。
これは撮影だ、撮影だと思っていてもチクリと胸は痛むし面白くもない。そんな俺を見て咲也さんがきれいに微笑んだ。
加山さんが声をかけてから僕たちを見た。
「こちら今人気のモデル、咲也君。阿川君なら知ってるよね」
知らん。だ、誰だ? ファッションとかお洒落を頑張れない俺はファッション雑誌を読むこともない。助けを求めるように阿川に視線を送ると、阿川は少し高い声を出した。
「年齢不詳で咲也っていう名前しか公表してないモデルさん? 確か海外の雑誌で表紙を務めたこともある……ですよね? 阿川」
「も、勿論僕も知ってますよ。お会いできて光栄です。モデルの先輩として尊敬してるんですよ」
俺だってやれば出来るんだとばかりに阿川に話を合わせる。モデル同士なんだもん、尊敬しているとつけておけばそれらしくなるよな。
「へぇ、嬉しいなぁ。ね、この後の撮影、彼と一緒に撮りたいな。いいでしょ?」
「咲也君が一緒に撮りたいって言うんなら僕はそれでも構わないけど。あ、この後ね、咲也君の写真集の撮影をするんだ」
加山さんの言葉を聞いた横倉さんが今まで見たどの動きよりも素早くこちらに寄ってきた。
「咲也さんの写真集に阿川も載せて貰えるってことですか?」
「うん、そうだけど。このあと時間ありますか?」
「あります! 勿論あります! むしろ無くても空けます!!」
げ、これって阿川にとって物凄いチャンスだよな? やっぱ俺が撮影すんの? するんだよな……。
「じゃ、阿川君こっちに来て。メイクとか衣装とか俺のイメージに合わせたい」
あ、阿川ぁ~。
「あの、俺、撮影を見せてもらうわけにはいきませんか? こんな機会は二度とないから」
阿川が(というか俺が)咲也さんに頭を下げている。そうか、咲也さんがダメって言ったら俺は阿川ナシで撮影をしなければいけない。さっきの撮影を思い出すと冷汗が流れる思いだ。
「あの、僕からもお願いします」
「くす、そんなに必死な顔しなくてもいいよ。お友達、名前は何ていうの?」
「橘圭太です」
「圭太君ね。じゃ、圭太はここで見学ね。良い子で見てて」
阿川をスタジオに残したまま俺は咲也さんに連れられてメイクルームに移動した。メイクルームに入ると部屋は先ほどと大して変わらないのだが並べられた化粧品の数と衣装の数が全然違う。
「あれー? 新しい子? イケメンねぇ」
「今日一緒に撮影しようと思って。ミステリアスなのは俺だけで十分だから、ちょっと柔らかい雰囲気で頼む。天使、とまでは言わないけど」
「オッケー」
咲也さんは膨大な衣装の中からまるで最初から決まっていたかのように俺の服をポイポイと置いた。
「衣装はコレね」
メイクさんやスタイリストさんにもみくちゃにされながら、あっという間に美しくてふわっとした阿川が出来上がった。鏡に映る阿川は目じりにはほんのりピンクのアイシャドウを塗り、唇は少し赤みがかったピンク色のぷるぷる、天使とまでは言わないけどと咲也さんは言っていたけど、正直言えば天使だ。
やべぇ、阿川、すげぇ可愛い。ぽーっと惚けると鏡の中の阿川も惚ける。俺の表情がそのまま阿川の表情になる。よく考えたらこれってかなりのサービスショットじゃねぇか!
こっそりと首元のボタンを外して襟を大きく開けば阿川の形の良い鎖骨が覗く。触っちゃいけない唇を物欲しそうに開けば、俺の股間がピクっと反応した。
やべぇっ、おっ起てている場合じゃねぇっ。
「襟開いて何してんの? 顔も赤いし」
「咲也さんっ、あの、メイクと衣装で随分雰囲気が変わるものだなって思いまして」
「くす、なに新人みたいなこと言ってるの? 君、この仕事3年目なんでしょ」
そ、そうなんだ。阿川って高校生のころにはモデルやってたのか。
「そうですよね。俺、あ、僕変なこと言って。緊張してるんですよ、はは、はははは」
「君って本当に面白いなぁ。阿川君なのに阿川君じゃないみたい」
「へ?」
思いもがけない言葉、何の脈拍もなくサラリと告げられた確信めいた言葉に俺は表情を引きつらせた。
「俺ね、霊感もあるし色々感じる方なんだよね。見えちゃうの。君にはね、君のお友達の顔が重なって見える」
「ひぃっ」
「そんなに恐がらないでよ。どうしてかなぁ、中身と外見がちぐはぐ。なんでこうなってるの?」
咲也さんのイケメンな顔が近づいて俺は言葉を無くして目を見開いていた。
「まぁっ、咲也君、私たちがいない隙に何してんのー? 襲っちゃダメよ。すっかり怯えてるじゃない」
「あははは、ちょっと冗談が過ぎちゃったかな」
咲也さんと距離が離れたことで俺はほっと息をついた。
「阿川君、俺ね、『性別』というものに縛られないっていうのが俺のキーの1つになってるんだよ。だから今回の撮影は恋人風でいくから。よろしくね」
俺は頷くこともできずに、ひきつった表情を浮かべただけだった。
俺たちがスタジオに戻ると先ほどのセットは綺麗に無くなっていて、代わりに真っ赤な一人がけの椅子が一脚置いてあった。
一瞬阿川と目が合う。阿川は真顔のままで、その顔から何かを読み取ることは出来なかった。
「撮影入りまーす」
手を繋がれて椅子まで行くと咲也さんは椅子に座ってその上に俺を座らせた。
「なっ」
「こら、そんなに驚かないで。恋人撮影だって話したでしょ? 俺を見て」
俺に自分を見るように指示して咲也さんはカメラを見る。俺からは咲也さんの横顔が良く見えた。
うわ、肌、綺麗。しかもこのフェイスラインとか女の子より色っぽくね? 阿川も綺麗だけどさ。
「圭太、俺のことだけ考えて」
「あ、すみません」
「くす、素直」
パシャパシャっとカメラの音に合わせて咲也さんがポーズを変える。俺は咲也さんに言われたとおりに体を動かしてついていくのが精いっぱいだ。
「圭太」
耳元で囁かれてゾクッとした。そのまま咲也さんの手が俺の頬に触れ顔が近づく。まるで阿川にキスされる時みたいな角度だ。
あれ、これってこのままいくと唇がくっついてしまうんじゃ……。え、俺、キスするの? え、まじ? えぇっ。
と、思わず身を硬くした瞬間、カチンっとあの音が俺の中に響いた。そして目にしたのは寸でのところで咲也さんの唇をやんわりとかわした阿川の姿だ。
「お、おぉーっ!!」
阿川の華麗なかわしについ声を上げて横倉さんに睨まれて頭を下げた。
戻った!戻った!
自分の手を確認して軽くジャンプをして俺の体を確認する。これで俺は立派な見学者だ。しかし何で突然戻ったんだ?
ん?と頭を捻って今朝の阿川の言葉を思い出した。
【僕が嫌だって思った時に元に戻るみたいですよ。ちょっとやそっとの嫌じゃ戻らないと思いますけど】
これって阿川、俺と咲也さんがキスするのが相当嫌だったってことなんじゃ……。うわっ、すげぇ嬉しいんだけど……。
阿川の気持ちが嬉しすぎて口元を隠してにやけていた俺は次の瞬間、冷水を浴びたように硬直することになる。
咲也さんのキスを華麗にかわしたはずの阿川をもう一度抱きしめて、咲也さんが阿川にキスをした。カシャカシャッとシャッターを切る音。
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