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11. 甘くない
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「阿川!?」
「圭太さんがここでバイトしてるって言うから見学に」
「見学って何だよ、見学って」
「嘘、嘘。本探してて。一緒に探してもらえますか? 店員さん」
阿川がそう言いながら俺の腰に手を回す。体の距離も近い。ただでさえ阿川は目立つというのにこんなことしたら近くの視線は一層俺たちに注がれる。
「ちょ、ちょっと近い」
「くす、耳が赤くなってますよ」
恥ずかしくてつい両手で耳を覆うと余計に阿川が笑った。
コイツ、俺のことからかって……。
「じゃあ橘君、僕はこれで。これ僕の連絡先だから」
「あ、はい。ありがとうございました」
俺は村上さんから名刺を受け取ると軽く頭を下げて阿川に向き直った。
「お前、本探してるなんて嘘だろ」
阿川がわざとらしく視線を反らした。
「ったく、あと40分で上がりだから時間があるならその辺で待っててよ。お茶くらい驕るよ」
「待ってます」
閉店業務を早々にやっつけて店を出ると自動販売機の横に阿川が立っていた。正面のガードレールに寄り掛かっている二人組の女子が阿川をチラチラと見ている。
「お待たせ―。お、いいところで待ってたじゃん」
俺を見て一瞬笑顔になった阿川がスッと目を細めた。
「お茶ってまさかこのお茶じゃないですよね?」
「このお茶ですけど何か? 何が良い?」
信じられない……と呟きながらも阿川はお汁粉のボタンを押した。
「お汁粉なんだ……」
「誰かさんがちっとも甘くないからですよ」
「え? 俺?」
「他に誰がいるんですか」
阿川はまた不機嫌に顔を歪めた。
「そういえば今日、俺に用事でもあった?」
「……用事が無きゃ来ちゃダメですか」
「もしかして、会いたかったとか?」
言葉にした瞬間阿川が黙った。阿川を見ると顔を背けている。
照れてる……。そっか、俺に会いたかったのか。阿川のこういうところ可愛いよな。このまま帰るのはなんだか惜しいような気がした。
「近くに公園あるんだよ。公園でも行く? 寒いけど」
「行く」
公園の木のベンチに座るとベンチの冷たさが生地一枚を通して伝わってくる。
「うぅ~、冷てっ、ケツが冷てぇっ」
「俺の膝に座りますか?」
「ばかっ、そんなことしてもお前が冷たいだろ。それに外だし」
阿川が俺の手を掴んで自分のコートの下に隠した。それからギュッと俺の手を握る。
「これならいいですか?」
「あ……うん。そういえば、クリスマス、阿川は何してんの?」
「僕、雑誌の読者モデルやってて。その仕事と、パーティーがちょこちょこっと」
「だよな。忙しいんじゃないかって思ってた」
「すみません、本当は一緒に過ごしたかったんですけど」
「いや、全然大丈夫だよ」
「全然、ですか……。圭太さんはどう過ごすんですか?」
「俺は24、25は家でまったり、かな」
「23は?」
「あー、知り合いとご飯行く」
コートの下で阿川の手が俺の手を強く握ったり親指で撫でたりしてサワサワしている。
「知り合い?」
「うん、さっき話してたお客さん。本を取り置きしてくれるお礼だって時々ご飯をご馳走してくれるんだよ」
「あぁ、あの人か。圭太さんに気があるんじゃないですか?」
「えーっ、そんなわけないよ」
あまりに突飛な阿川の話に俺は思わず吹き出して笑った。
「だって村上さん、彼女に振られて一緒にご飯行く人いないって言ってたよ」
「どうだか……」
「考えすぎだっ……んっ、ちょっ、やめっ」
阿川の唇が俺の唇に触れて勢いのまま口内を荒らした。離れようとするもきつく抱きしめられて身動きが取れない。
夜の公園とはいえ街灯の下でこんなことをしていたら目立つ。一人でも人が公園に来たら、男同士でキスしているところが丸見えだ。俺は阿川の手が緩んだ隙に阿川の体を思いっきり押して立ち上がった。
「なっ、何考えてんだよ!! こんな外で。信じらんねぇっ。もう、帰るぞ」
「圭太さん」
「ん?」
「一人で歩けない」
「何子供みたいなこと言ってんだよ」
フンと阿川を見ると阿川は捨てられた子犬の様にしょんぼりとしていた。出会った頃のあの生意気で強引な阿川はどこへ行ったのかと思う程だ。
「仕方ねぇな。公園出るまでな。人が来たら手ぇ離すから」
阿川が嬉しそうに俺の手を掴んだので手を繋いだまま歩いた。
23日。今朝からウキウキソワソワしている一馬を鬱陶しそうな目で見ている。
「お前、なんか浮かれすぎじゃね?」
「ふふふふ~、今日はホテルを予約してるんだ。ディナーからのホテル泊からの~ディズニーランド!な、完璧だろ?」
「完璧って……。お前さ、愛ちゃんと付き合って3年経つんだろ? よくそんなにウキウキしていられるな。普通はもっと落ち着くんじゃねーの?」
「落ち着く人もいるかもしれないけどさ、だってクリスマスだぜ? 好きな人と長く一緒にいられるなんて最高じゃんっ」
「へー」
「へー……って。圭太、なんかテンション引くくね? 彼女できたばっかだよな?」
阿川が首にキスマークを付けた一件で一馬には付き合っている相手が居ることがバレて、相手が阿川だと言えるわけもなく他の大学の年下の女の子ということになっている。
「クリスマスはお互いに忙しくて会わないからなー。会ったところで一馬程テンションが上がるかは分からないけど」
「うわ、ひでぇ」
「ひでぇって。テンションが上がらないとは言ってないじゃん。お前ほどはってこと」
「ふぅん、圭太って意外と恋愛に対して淡泊なのな。彼女に同情する」
「どういう意味だよ」
「俺だったら不安になりそ」
休み前のこの日、阿川は忙しいとかで昼休みに会う事も出来ずそのまま冬休みへと突入した。
村上さんとの待ち合わせまであと2時間はあるな……。
一度家に帰るのも中途半端な時間で、仕方なしに街をぶらつく。街はクリスマス一色、キラキラとあちこちに電飾が施され、手を繋いで仲良さげに歩くカップルもいつもより二割は多い気がした。
淡泊か……。俺、淡泊かなぁ。
阿川と過ごすのはこれでも毎回楽しいと思っている。遠くから見ていた頃とは違ってふわっと笑ったり欲望丸出しの表情をしたり、そうかと思えば照れてみたり。色々な表情を見るたびにもっと見たいと思う。
クリスマスだからとか、この日だからってわけではなく、毎回同じように嬉しいなと思うのだ。
でも、あいつもクリスマスはって思うのだろうか。そういや一緒に過ごしたかったって言ってたな。
「ねー、彼氏へのクリスマスプレゼント買ったー?」
「買ったよー。フィギュアが欲しいって言ってたからそれにした。優子は?」
「私はパスケースにしたよ。ボロボロの使ってるからさ」
そんな声に思わず足が止まった。プレゼントか……。あげたら喜ぶんかな。また、ふわって笑うのだろうか。
その後、村上さんとの待ち合わせまでの1時間半、俺は必死にプレゼントを探した。
「圭太さんがここでバイトしてるって言うから見学に」
「見学って何だよ、見学って」
「嘘、嘘。本探してて。一緒に探してもらえますか? 店員さん」
阿川がそう言いながら俺の腰に手を回す。体の距離も近い。ただでさえ阿川は目立つというのにこんなことしたら近くの視線は一層俺たちに注がれる。
「ちょ、ちょっと近い」
「くす、耳が赤くなってますよ」
恥ずかしくてつい両手で耳を覆うと余計に阿川が笑った。
コイツ、俺のことからかって……。
「じゃあ橘君、僕はこれで。これ僕の連絡先だから」
「あ、はい。ありがとうございました」
俺は村上さんから名刺を受け取ると軽く頭を下げて阿川に向き直った。
「お前、本探してるなんて嘘だろ」
阿川がわざとらしく視線を反らした。
「ったく、あと40分で上がりだから時間があるならその辺で待っててよ。お茶くらい驕るよ」
「待ってます」
閉店業務を早々にやっつけて店を出ると自動販売機の横に阿川が立っていた。正面のガードレールに寄り掛かっている二人組の女子が阿川をチラチラと見ている。
「お待たせ―。お、いいところで待ってたじゃん」
俺を見て一瞬笑顔になった阿川がスッと目を細めた。
「お茶ってまさかこのお茶じゃないですよね?」
「このお茶ですけど何か? 何が良い?」
信じられない……と呟きながらも阿川はお汁粉のボタンを押した。
「お汁粉なんだ……」
「誰かさんがちっとも甘くないからですよ」
「え? 俺?」
「他に誰がいるんですか」
阿川はまた不機嫌に顔を歪めた。
「そういえば今日、俺に用事でもあった?」
「……用事が無きゃ来ちゃダメですか」
「もしかして、会いたかったとか?」
言葉にした瞬間阿川が黙った。阿川を見ると顔を背けている。
照れてる……。そっか、俺に会いたかったのか。阿川のこういうところ可愛いよな。このまま帰るのはなんだか惜しいような気がした。
「近くに公園あるんだよ。公園でも行く? 寒いけど」
「行く」
公園の木のベンチに座るとベンチの冷たさが生地一枚を通して伝わってくる。
「うぅ~、冷てっ、ケツが冷てぇっ」
「俺の膝に座りますか?」
「ばかっ、そんなことしてもお前が冷たいだろ。それに外だし」
阿川が俺の手を掴んで自分のコートの下に隠した。それからギュッと俺の手を握る。
「これならいいですか?」
「あ……うん。そういえば、クリスマス、阿川は何してんの?」
「僕、雑誌の読者モデルやってて。その仕事と、パーティーがちょこちょこっと」
「だよな。忙しいんじゃないかって思ってた」
「すみません、本当は一緒に過ごしたかったんですけど」
「いや、全然大丈夫だよ」
「全然、ですか……。圭太さんはどう過ごすんですか?」
「俺は24、25は家でまったり、かな」
「23は?」
「あー、知り合いとご飯行く」
コートの下で阿川の手が俺の手を強く握ったり親指で撫でたりしてサワサワしている。
「知り合い?」
「うん、さっき話してたお客さん。本を取り置きしてくれるお礼だって時々ご飯をご馳走してくれるんだよ」
「あぁ、あの人か。圭太さんに気があるんじゃないですか?」
「えーっ、そんなわけないよ」
あまりに突飛な阿川の話に俺は思わず吹き出して笑った。
「だって村上さん、彼女に振られて一緒にご飯行く人いないって言ってたよ」
「どうだか……」
「考えすぎだっ……んっ、ちょっ、やめっ」
阿川の唇が俺の唇に触れて勢いのまま口内を荒らした。離れようとするもきつく抱きしめられて身動きが取れない。
夜の公園とはいえ街灯の下でこんなことをしていたら目立つ。一人でも人が公園に来たら、男同士でキスしているところが丸見えだ。俺は阿川の手が緩んだ隙に阿川の体を思いっきり押して立ち上がった。
「なっ、何考えてんだよ!! こんな外で。信じらんねぇっ。もう、帰るぞ」
「圭太さん」
「ん?」
「一人で歩けない」
「何子供みたいなこと言ってんだよ」
フンと阿川を見ると阿川は捨てられた子犬の様にしょんぼりとしていた。出会った頃のあの生意気で強引な阿川はどこへ行ったのかと思う程だ。
「仕方ねぇな。公園出るまでな。人が来たら手ぇ離すから」
阿川が嬉しそうに俺の手を掴んだので手を繋いだまま歩いた。
23日。今朝からウキウキソワソワしている一馬を鬱陶しそうな目で見ている。
「お前、なんか浮かれすぎじゃね?」
「ふふふふ~、今日はホテルを予約してるんだ。ディナーからのホテル泊からの~ディズニーランド!な、完璧だろ?」
「完璧って……。お前さ、愛ちゃんと付き合って3年経つんだろ? よくそんなにウキウキしていられるな。普通はもっと落ち着くんじゃねーの?」
「落ち着く人もいるかもしれないけどさ、だってクリスマスだぜ? 好きな人と長く一緒にいられるなんて最高じゃんっ」
「へー」
「へー……って。圭太、なんかテンション引くくね? 彼女できたばっかだよな?」
阿川が首にキスマークを付けた一件で一馬には付き合っている相手が居ることがバレて、相手が阿川だと言えるわけもなく他の大学の年下の女の子ということになっている。
「クリスマスはお互いに忙しくて会わないからなー。会ったところで一馬程テンションが上がるかは分からないけど」
「うわ、ひでぇ」
「ひでぇって。テンションが上がらないとは言ってないじゃん。お前ほどはってこと」
「ふぅん、圭太って意外と恋愛に対して淡泊なのな。彼女に同情する」
「どういう意味だよ」
「俺だったら不安になりそ」
休み前のこの日、阿川は忙しいとかで昼休みに会う事も出来ずそのまま冬休みへと突入した。
村上さんとの待ち合わせまであと2時間はあるな……。
一度家に帰るのも中途半端な時間で、仕方なしに街をぶらつく。街はクリスマス一色、キラキラとあちこちに電飾が施され、手を繋いで仲良さげに歩くカップルもいつもより二割は多い気がした。
淡泊か……。俺、淡泊かなぁ。
阿川と過ごすのはこれでも毎回楽しいと思っている。遠くから見ていた頃とは違ってふわっと笑ったり欲望丸出しの表情をしたり、そうかと思えば照れてみたり。色々な表情を見るたびにもっと見たいと思う。
クリスマスだからとか、この日だからってわけではなく、毎回同じように嬉しいなと思うのだ。
でも、あいつもクリスマスはって思うのだろうか。そういや一緒に過ごしたかったって言ってたな。
「ねー、彼氏へのクリスマスプレゼント買ったー?」
「買ったよー。フィギュアが欲しいって言ってたからそれにした。優子は?」
「私はパスケースにしたよ。ボロボロの使ってるからさ」
そんな声に思わず足が止まった。プレゼントか……。あげたら喜ぶんかな。また、ふわって笑うのだろうか。
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