【完結】スーツ男子の歩き方

SAI

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2.4年と13分

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「きゃはっ、山ちゃんさんて面白ーいっ」
一件目の居酒屋を早めに切り上げ、二件目でキャバクラにやってくると工場協会の山下会長は分かりやすく鼻の下を伸ばした。
「若い子は声も可愛くていいねぇ。おじさんも若返っちゃうよ。お、羽山君、グラスが空かないねぇ。遠慮しないで飲みなさい、ほらほら」
遠慮しないでって言われても代金支払うのはうちの会社なんだけど、と心の中で呟きながら僕はグラスに入っていたお酒を飲みほした。

「次は何にしますー?」
「じゃあ、焼酎のソーダ割で」

「そういえばぁ、会長って身長高いですよねー。若いころ、モテモテだったんじゃないですかー?今でも素敵ですけど」

「がはははは。そうなんだよ。学生時代のバレンタインデーなんかチョコレートを箱で持って帰ったもんだ」
「それはすごいですねー。僕なんてさっぱりでしたよー。やっぱり会長は違いますねぇ」

「羽山くんは身長が何センチなんだ?」
「173センチです」
「えー、意外。もっと低いかと思っちゃいましたー」

「羽山君、それだよ、それ。君がモテない理由は小さく見えることだよ。シャンっと男らしくしてれば人間が大きく見えるものだ」

「会長のように、ですかー?」
「そう、そう。がはははは」

キャバ嬢のお姉さんが上手く場を盛り上げてくれたお陰で会長は終始ご機嫌だった。接待としては大成功だろう。会長をタクシーに乗せて見送ったのが21時。家に着いたのは22時を過ぎた頃だった。

「疲れた……」

スーツを脱ぎ捨てると胃がキリッと痛んだ。それでも、牛乳のお陰か痛みは少ない方だ。もう少し上手くお酒を断れればいいのだが、場の空気を壊したくないという思いが先行していつもこの有様だ。


カラ、カラカラカラカラ


視線を移すとゲージの中でハムスターが元気に運動している。実はこのハムスターも一週間の約束で預かっているのだ。動物を飼うのは禁止のアパートだと断っても、大学時代の仲間からのお願いは断り切れず、こうして家にいる。しかも、もう少し、もう少しと伸ばされて二週間目に突入中だ。

チロリン、チロリン
携帯電話がエインが届いたことを告げた。画面を見れば美佳の文字。

【今、電話していい?】
【いいよ】

正直、体はくたくただし、胃は痛いし、明日も仕事で、このまま風呂に入って眠ってしまいたい。でも、今日、会えないと断った美佳の電話を断ることは出来なかった。

「もしもし、良太?」
「おー、おつかれ。どうした?」
「いや、用事はなかったんだけど、何となく声が聞きたくて」
「あー、今日、会えなくてごめん」
「いいよ、良太が忙しいのは分かってるし」

お酒が抜け始めているのか頭がガンガンしてきた。用事がない時の美佳の電話は正直言うと終わりが見えなくて困る。

「最近、ちょっと寂しくってさ」
「なんか、ずっと会えてなくてごめん」
「んー。仕事忙しいのは分かってるし、どうしようもないんだけどさ」

美佳の話は続く。頭のずきずきも酷くなる。ハムスターが元気にカラカラと回す。ハムスター。なんでハムスターが家にいるんだ? 頼むから静かにしてくれ。頼むからもうカラカラさせないでくれ。もう本当に。

「悪いけど、もう終わりにしてくれ」
「えっ……」
「あ……いや」

「そうか。そうだよね。私もずっと考えてた。良太忙しくてなかなか会えないし、こんなの付き合っていても意味ないよね」

「いや、そういう」

意味で言った言葉じゃないと続けようとして、躊躇った。もうずっと美佳と会えていない。この先もいつ会えるか分からない。これ以上付き合っても、美佳にしんどい思いをさせるだけなのではないだろうか。途切れた言葉は続かず、少しの沈黙が流れた。

「嫌だって、言ってはくれないんだね」
「いや、それは……」
「もう、いいよ。じゃあ、元気で」

僕が何か言う前に電話が切れた。携帯電話のディスプレイに13分の文字が表示されている。どこで間違ったのだろう。いや、そもそも間違ったのだろうか。

「13分だって……。ははは」


4年の時間がたった13分で終わりを告げた。

カラカラカラカラ カラカラカラカラカラカラ
「頼むよ……もう」

その日は久しぶりに泣きながら寝落ちした。





 どんな夜を過ごそうとも、どんな寝落ちをしようとも、目がパンパンに腫れようとも朝は来る。どこかのモデルが言っていたように冷たいタオルと温かいタオルを交互に目に当ててみたものの、少しマシになった程度だった。

「おはようございます」
「おー、お」

48歳の上司、的場さんが何かを察したように目を見開き、そのまま僕の顔を見なかったことにした。

「お前、今日の仕事は?」
「今日は電話でアポ取りです。前年のイベント実績から今年もやりそうな主催者に連絡してみます」
「そうか。それ終わったら帰ってもいいぞ」

「え?」
「最近、忙しかっただろ?たまにはゆっくり休め」
「ありがとうございます……」

「午後休みですかー? いいなぁ。あれ? 羽山さん、どうしたんですか? その顔」
「ばっ、お前」

ひょこっと顔を出した高見の隣で的場さんがおでこに手をやった。

「昨日、夜中に映画を観たら泣いちゃって。そのまま寝落ちしたらこんな感じに」
「へー、なんて映画ですか?」
「それは、その……」

「高見、そのくらいにしてやれ」

的場さんが高見の背中をポンと叩き、遠くを見つめる目をしたことで高見もようやく気が付いたらしい。

「あ……すみません、俺」
「いいの、いいの。気にしないで。さて、仕事でもするかな」

気を遣わせているこの状況が居たたまれなくてデスクに向かおうとした時、高見に腕を掴まれた。

「羽山さん、俺、今日早く上がれそうなんでご飯でもどうですか?」
「ご飯……」

思わず胃に手をやると、高見が「あ……」と声を出した。そうでしたね、と言わんばかりの声だ。

「じゃあ、何かご飯作りますよ。ね。仕事終わったら羽山さんの家に行くんで、あとで住所送ってください」

「おい、ちょっと待て」
「じゃ、俺、現場に急ぐんで」

言い逃げのような形で部屋を出ていく高見の背中を、おいおい、と見つめた。


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