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第三章
30. 静かな怒り
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「ちょっと手間取っちゃった。急がなきゃ」
霧島は音を頼りに樹の後を追っていた。あちこちから耳に届けられる音はその音に耳を傾けなければただの音でしかない。部屋から出してくれと騒ぐ受刑者の声を排除し必要な情報を拾っていく。
山さんたちは大丈夫そうね。樹は、げ、もう敵とぶつかってる。
話し声を聞き取れば樹が不利な状況にあるのは想像に容易い。樹の声がする方へ、最短ルートを行こうと道を変え走った時だった。ガタガタと部屋から大きな音が鳴り、霧島は足を止めた。
まさかロックが解除されるんじゃないわよね。
「姐さん!!」
部屋の透明な壁に受刑者たちが並んで霧島を見ていた。私? と霧島が聞けばうんうん、と頷く。
「ありがとうございます!!」
受刑者たちが一斉に頭を下げたのだ。霧島は困惑した。彼らに会ったことなどないし、ましてやお礼を言われる理由に心当たりもない。それよりも今は樹だ。状況は一刻を争うかに思えた。別の部屋の前を通った時も同じようなことがあったが、今度は霧島が足を止めることはなかった。
樹は舌が迫ってくるのを見ていた。死を感じた瞬間、物事がスローモーションのように見えるというのは本当らしい。まぁ、この一撃で死ぬことはないけど、なんて自身に突っ込む余裕すらある。
義手で棘の攻撃は防げるから問題はこの舌か。あぁ、そうか、息を思いっきり吹けばいいんだ。吹き矢を使うよりも威力は格段に落ちるが、舌の軌道を変えることは出来たかもしれない。気付いたところでもう遅いけど。顔面に舌をくらったら失明するかもな。
微かな抵抗、とでも言うべきか。樹が目を瞑った時、それは起こった。風と音、樹を覆うようにあった一つの気配が消え、壁にぶつかったような音がした。目を開けた先にあったのは長身の背中、腕に蒔いたコートに巻き取られた舌、男は手袋をした手で舌を掴むとキモ男を引き寄せ棘男に向かって蹴っ飛ばした。
言葉を発する間もなかった。キモ男の体が棘男に突き刺さり、見開いた目からは光が失われていく。
「……ユーリ?」
掠れた声。その声の主を見下ろしたユーリの声には明らかに怒りが滲んでいた。
「このルートを選んだ自分を褒めてやりたいよ。ほんと」
実際、ユーリは怒っていた。今日のユーリの使命は面会者を護衛し外に逃がすこと、このルートを選んだのは偶然だった。その偶然の最中に見たのが、樹が死ぬかもしれないという一瞬だった。自分の知らないところで、自分が目にかけ大切にしている人間が殺されようとしていた。それは自分の知らないところで家族を殺されたユーリにとっての鬼門だ。
「大丈夫。死にはしないよ。相当痛いだろうけど」
睨むように樹を見下ろすユーリ。ユーリから向けられる冷たい視線に戸惑いながらも口を開きかけた時、樹!! と呼ぶ声があった。
「ちょ、これどういう……」
棘男にキモ男が突き刺さり絶命している。キモ男の血が水たまりのようになっており、棘男は気を失っていた。霧島の目がユーリを捉える。樹ははっとして霧島の前に立ちはだかった。
「違うんです! これは正当防衛で……」
「そんなこと疑ってないわよ。それよりも樹、座って。応急処置するから」
霧島はしゃがむと腕につけているベルトから小さな円柱状の物を取り出した。ぎゅっと握りしめるとそれは膨らみ、シートになった。
「皮膚保護剤が塗ってある。どんな傷にも対応できるから、これを巻けば少しは楽になるはずよ」
「ありが」
「ひっ、ひぃぃぃぃ」
突然聞こえた声に皆が振り返る。すると角から3人が顔を覗かせてこちらを見ており、ユーリが小さくあぁ、と呟いた。
「もうこっちに来ても大丈夫ですよ。この二人は警察官だそうです」
「そ、そうか。よ、良かった」
3人は棘男たちから距離を取り、死体に背中を向けたまま早足でやってくるとユーリの傍にピタッと止まった。まるでカルガモの親子だ。
「こちらは面会に来られた方たちです」
「面会が終わって帰ろうとしたらこんなことに。じゅ、受刑者と鉢合わせて危ない所をこの人に助けて貰ったんだ。一体、何が起こっているんだ!?」
3人のうちの1人が声を荒げる。
「システムエラーが起きて受刑者用の部屋のロックが解除されているんです。すみませんが安全が確認されるまでこの単独室に入っていてください。樹、あんたも」
「いや、俺は行きます。俺の力は遠隔戦に適しているから援護はできます!!」
「でも、急に敵が現れたら今の状態の樹を私ではフォロー出来ない」
「じゃあ、僕も一緒に行きますよ」
さっき樹に見せた表情とは真逆の爽やかな笑顔だ。この状況での笑顔は異質なものだ。
「あなたは何者?」
「僕も面会に来た民間人ですよ。でも、趣味で格闘技をしているので役に立ちますよ」
「役に立つって、民間人を連れて行けるわけな、ちょっと黙ってて」
ハッとした霧島が目を閉じる。視界を塞ぐことで集中して音を拾うことが出来るのだ。霧島は、山さんたちがヤバイ、と呟いて立ち上がり樹に鍵を投げた。
「鍵かけといて! 私は山さんと合流する」
駆け出した霧島に樹が「俺も行きます!」と叫ぶと「勝手にしろ!」と面倒くさそうに霧島が叫んだ。
霧島は音を頼りに樹の後を追っていた。あちこちから耳に届けられる音はその音に耳を傾けなければただの音でしかない。部屋から出してくれと騒ぐ受刑者の声を排除し必要な情報を拾っていく。
山さんたちは大丈夫そうね。樹は、げ、もう敵とぶつかってる。
話し声を聞き取れば樹が不利な状況にあるのは想像に容易い。樹の声がする方へ、最短ルートを行こうと道を変え走った時だった。ガタガタと部屋から大きな音が鳴り、霧島は足を止めた。
まさかロックが解除されるんじゃないわよね。
「姐さん!!」
部屋の透明な壁に受刑者たちが並んで霧島を見ていた。私? と霧島が聞けばうんうん、と頷く。
「ありがとうございます!!」
受刑者たちが一斉に頭を下げたのだ。霧島は困惑した。彼らに会ったことなどないし、ましてやお礼を言われる理由に心当たりもない。それよりも今は樹だ。状況は一刻を争うかに思えた。別の部屋の前を通った時も同じようなことがあったが、今度は霧島が足を止めることはなかった。
樹は舌が迫ってくるのを見ていた。死を感じた瞬間、物事がスローモーションのように見えるというのは本当らしい。まぁ、この一撃で死ぬことはないけど、なんて自身に突っ込む余裕すらある。
義手で棘の攻撃は防げるから問題はこの舌か。あぁ、そうか、息を思いっきり吹けばいいんだ。吹き矢を使うよりも威力は格段に落ちるが、舌の軌道を変えることは出来たかもしれない。気付いたところでもう遅いけど。顔面に舌をくらったら失明するかもな。
微かな抵抗、とでも言うべきか。樹が目を瞑った時、それは起こった。風と音、樹を覆うようにあった一つの気配が消え、壁にぶつかったような音がした。目を開けた先にあったのは長身の背中、腕に蒔いたコートに巻き取られた舌、男は手袋をした手で舌を掴むとキモ男を引き寄せ棘男に向かって蹴っ飛ばした。
言葉を発する間もなかった。キモ男の体が棘男に突き刺さり、見開いた目からは光が失われていく。
「……ユーリ?」
掠れた声。その声の主を見下ろしたユーリの声には明らかに怒りが滲んでいた。
「このルートを選んだ自分を褒めてやりたいよ。ほんと」
実際、ユーリは怒っていた。今日のユーリの使命は面会者を護衛し外に逃がすこと、このルートを選んだのは偶然だった。その偶然の最中に見たのが、樹が死ぬかもしれないという一瞬だった。自分の知らないところで、自分が目にかけ大切にしている人間が殺されようとしていた。それは自分の知らないところで家族を殺されたユーリにとっての鬼門だ。
「大丈夫。死にはしないよ。相当痛いだろうけど」
睨むように樹を見下ろすユーリ。ユーリから向けられる冷たい視線に戸惑いながらも口を開きかけた時、樹!! と呼ぶ声があった。
「ちょ、これどういう……」
棘男にキモ男が突き刺さり絶命している。キモ男の血が水たまりのようになっており、棘男は気を失っていた。霧島の目がユーリを捉える。樹ははっとして霧島の前に立ちはだかった。
「違うんです! これは正当防衛で……」
「そんなこと疑ってないわよ。それよりも樹、座って。応急処置するから」
霧島はしゃがむと腕につけているベルトから小さな円柱状の物を取り出した。ぎゅっと握りしめるとそれは膨らみ、シートになった。
「皮膚保護剤が塗ってある。どんな傷にも対応できるから、これを巻けば少しは楽になるはずよ」
「ありが」
「ひっ、ひぃぃぃぃ」
突然聞こえた声に皆が振り返る。すると角から3人が顔を覗かせてこちらを見ており、ユーリが小さくあぁ、と呟いた。
「もうこっちに来ても大丈夫ですよ。この二人は警察官だそうです」
「そ、そうか。よ、良かった」
3人は棘男たちから距離を取り、死体に背中を向けたまま早足でやってくるとユーリの傍にピタッと止まった。まるでカルガモの親子だ。
「こちらは面会に来られた方たちです」
「面会が終わって帰ろうとしたらこんなことに。じゅ、受刑者と鉢合わせて危ない所をこの人に助けて貰ったんだ。一体、何が起こっているんだ!?」
3人のうちの1人が声を荒げる。
「システムエラーが起きて受刑者用の部屋のロックが解除されているんです。すみませんが安全が確認されるまでこの単独室に入っていてください。樹、あんたも」
「いや、俺は行きます。俺の力は遠隔戦に適しているから援護はできます!!」
「でも、急に敵が現れたら今の状態の樹を私ではフォロー出来ない」
「じゃあ、僕も一緒に行きますよ」
さっき樹に見せた表情とは真逆の爽やかな笑顔だ。この状況での笑顔は異質なものだ。
「あなたは何者?」
「僕も面会に来た民間人ですよ。でも、趣味で格闘技をしているので役に立ちますよ」
「役に立つって、民間人を連れて行けるわけな、ちょっと黙ってて」
ハッとした霧島が目を閉じる。視界を塞ぐことで集中して音を拾うことが出来るのだ。霧島は、山さんたちがヤバイ、と呟いて立ち上がり樹に鍵を投げた。
「鍵かけといて! 私は山さんと合流する」
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