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第三章
28. もう一つの戦い
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自身の行いをこれほど後悔したことはなかったと思う。千葉県にある東京拘置所の外壁に押し付けられ、首には男の手がかかっていた。男の指が首に食い込むのを必死の形相で阻止する。空気の軌道を塞がれたら反撃の手を失うどころか気を失ってしまう。
規則正しい生活をしておけば良かった、なんて思ったところであの状態では規則正しい生活なんてできやしないのに、自嘲気味に笑うと目の前の男が顔を歪めた。
「なに笑って」
男が口を開けた時がチャンスだった。相手の口の中にむかって目一杯息を吐き出す。突然口から勢いよく空気を押し込まれた男は、ぐはっと声を詰まらせた後で胸を押さえて膝をついた。
「自分の吐いた息が相手の口の中に入るってなんか気持ち悪りぃ……」
「樹、大丈夫?」
「なんとか」
「じゃ、その調子でどんどんいくよ」
膝をついた男に容赦なく麻酔を打ち込みながら霧島が叫んだ。
東京刑務所で暴動が起きていると応援要請があったのは如月と話をした直後のことだった。
“東京刑務所でシステムエラーが発生し受刑者たちが部屋から出ている。至急東京刑務所へいくぞ!!“
如月のリングが鬼気迫った小暮の声を吐き出し、Aチームが車に飛び乗ったのだ。
また一人、捕まえた受刑者に麻酔薬を打ち込む。受刑者の現在地を送信していると目前に人が飛び出してきた。反射的に樹は義手で自身をガードしながらもう片方の手は攻撃態勢に入った。
「待った!! その人一般人っ」
放った拳の軌道をすんでの所でずらす。冷汗が額に滲んだ。
「危なかった……」
「ほんとだよ。ちょっと大丈夫?」
まん丸な目をしたままへなへなと腰をついた男性に霧島が駆け寄ると男性はこくこくと何度も頷いた。
「すみません、俺、てっきり受刑者だと……立てますか?」
「はい……びっりした」
「面会者の方ですかね? 今は危険なので出口に向かわずにここの単独室に入っていて下さい」
「たっ、単独室にですか!?」
「えぇ、今はこの中をうろちょろしてる方が危険なので。安全が確認されたら迎えに来ますからそれまで大人しくしていて下さいね」
受刑者が生活する部屋は室内に入らなくても内部が見渡せるように廊下に面した部分は透明の壁が採用されている。単独室に男を押し込め、先を急ぐ。全部の房のロックが解除されているわけではないのが幸いだった。刑務所の一番奥には危険なN+能力をもつ受刑者が収監されている単独室がある。そこの受刑者が外に出るようなことになれば犠牲者が出ることを約束されたようなものだ。
「一般人もいるなんて……。本部に報告したら15人もいるらしいわ。厄介ね」
「神崎も奥にいるんですよね?」
「そうね。危険な能力ってわけじゃないけど、アイツの場合思考が危険だから」
その通りだと樹は頷いた。ようやく捕まえた優愛の仇、神崎の財力を考えると逃がしたらもう二度と捕まえられなくなるような気がして走る足に力がこもる。
「茜さん、柱の陰に1人いる!」
「了解。すぐ追いつくから先に行ってて」
「気をつけて!」
柱の陰に回り込む霧島を視界の端に置きながら樹は直進した。途中、部屋を見かけるたびにアナログ式の鍵を取り付けていく。システムエラーが発生している今、確実なのはアナログだ。
奥にある単独室エリアに足を踏み入れるとどこからともなく髪の毛が焦げたような匂いがした。山口もこの近くで戦っているのだろう。
最初の角を曲がってすぐその男は樹を凝視して「お、お前……」と呟いた。
「今すぐ部屋に戻れ。そうすれば脱走の罪には問わない」
この辺りには危険人物しかないはずだ、樹は義手に触れいつでも攻撃できる態勢をとった。男が樹の言葉を聞いていないかのように樹の方へ一歩足を進める。
「もう一度言う。部屋に戻れ」
「お前、お、俺を覚えて、ないのか?」
真っ黒な坊主頭、一重の目が落ち着きなく揺れている。やせ型の小奇麗な男、記憶を攫っても見覚えはなく、「誰?」と樹は素直に呟いた。
「お、お、お、あんなことをした、のに。俺な、んて、記憶にも残ら、ない、のか。くそっ!!」
言葉を吐きだすと同時に男の体が膨らんだ、ように見えたのは一瞬だけで体から出たのは無数の棘だ。途端にこっちの世界に来たばかりの頃、青砥と訪れた薬局でこの男に捕まったことを思い出した。N+のコントロールが出来ないという男に拘束され、いつその棘で貫かれるかと死に飲み込まれそうなあの感覚。
「そうか、あの薬局の時の奴か」
「お、思い出して、くれたなら、良かった。忘れ、られるのは、悲しい。あんたたち、には、ちょっと感謝してる。だから、見逃してくれるな、ら、何もしない」
「見逃すなんてあり得ないし、俺はあの頃の俺じゃない」
少なくとも青砥に守られていたあの時とは違うのだ。
どうして? というように顔を傾けた棘男は「じゃあ、仕方ないな」と呟いて樹に突進してきた。樹は素早く吹き矢を手に麻酔の針を吹き、飛ばした。針は樹の目には映らない速度で棘男に元へ飛んだが棘男が倒れる気配はない。
あの棘に弾かれたか。
棘男の突撃をかわす。間髪入れずに棘男は向きを変えまた突進してきた。棘をかわしては突進される。何度も繰り返し、樹は肩で息をした。
顔も手も全部が棘だらけかよ。棘がない所と言えば眼球か。
だが眼球には瞼があり、何がどうなっているのかは分からないが瞼にも棘がある。つまり、目を閉じてしまえば眼球さえも守られることになるのだ。思わず舌打ちが零れた。
「結構面倒だな」
規則正しい生活をしておけば良かった、なんて思ったところであの状態では規則正しい生活なんてできやしないのに、自嘲気味に笑うと目の前の男が顔を歪めた。
「なに笑って」
男が口を開けた時がチャンスだった。相手の口の中にむかって目一杯息を吐き出す。突然口から勢いよく空気を押し込まれた男は、ぐはっと声を詰まらせた後で胸を押さえて膝をついた。
「自分の吐いた息が相手の口の中に入るってなんか気持ち悪りぃ……」
「樹、大丈夫?」
「なんとか」
「じゃ、その調子でどんどんいくよ」
膝をついた男に容赦なく麻酔を打ち込みながら霧島が叫んだ。
東京刑務所で暴動が起きていると応援要請があったのは如月と話をした直後のことだった。
“東京刑務所でシステムエラーが発生し受刑者たちが部屋から出ている。至急東京刑務所へいくぞ!!“
如月のリングが鬼気迫った小暮の声を吐き出し、Aチームが車に飛び乗ったのだ。
また一人、捕まえた受刑者に麻酔薬を打ち込む。受刑者の現在地を送信していると目前に人が飛び出してきた。反射的に樹は義手で自身をガードしながらもう片方の手は攻撃態勢に入った。
「待った!! その人一般人っ」
放った拳の軌道をすんでの所でずらす。冷汗が額に滲んだ。
「危なかった……」
「ほんとだよ。ちょっと大丈夫?」
まん丸な目をしたままへなへなと腰をついた男性に霧島が駆け寄ると男性はこくこくと何度も頷いた。
「すみません、俺、てっきり受刑者だと……立てますか?」
「はい……びっりした」
「面会者の方ですかね? 今は危険なので出口に向かわずにここの単独室に入っていて下さい」
「たっ、単独室にですか!?」
「えぇ、今はこの中をうろちょろしてる方が危険なので。安全が確認されたら迎えに来ますからそれまで大人しくしていて下さいね」
受刑者が生活する部屋は室内に入らなくても内部が見渡せるように廊下に面した部分は透明の壁が採用されている。単独室に男を押し込め、先を急ぐ。全部の房のロックが解除されているわけではないのが幸いだった。刑務所の一番奥には危険なN+能力をもつ受刑者が収監されている単独室がある。そこの受刑者が外に出るようなことになれば犠牲者が出ることを約束されたようなものだ。
「一般人もいるなんて……。本部に報告したら15人もいるらしいわ。厄介ね」
「神崎も奥にいるんですよね?」
「そうね。危険な能力ってわけじゃないけど、アイツの場合思考が危険だから」
その通りだと樹は頷いた。ようやく捕まえた優愛の仇、神崎の財力を考えると逃がしたらもう二度と捕まえられなくなるような気がして走る足に力がこもる。
「茜さん、柱の陰に1人いる!」
「了解。すぐ追いつくから先に行ってて」
「気をつけて!」
柱の陰に回り込む霧島を視界の端に置きながら樹は直進した。途中、部屋を見かけるたびにアナログ式の鍵を取り付けていく。システムエラーが発生している今、確実なのはアナログだ。
奥にある単独室エリアに足を踏み入れるとどこからともなく髪の毛が焦げたような匂いがした。山口もこの近くで戦っているのだろう。
最初の角を曲がってすぐその男は樹を凝視して「お、お前……」と呟いた。
「今すぐ部屋に戻れ。そうすれば脱走の罪には問わない」
この辺りには危険人物しかないはずだ、樹は義手に触れいつでも攻撃できる態勢をとった。男が樹の言葉を聞いていないかのように樹の方へ一歩足を進める。
「もう一度言う。部屋に戻れ」
「お前、お、俺を覚えて、ないのか?」
真っ黒な坊主頭、一重の目が落ち着きなく揺れている。やせ型の小奇麗な男、記憶を攫っても見覚えはなく、「誰?」と樹は素直に呟いた。
「お、お、お、あんなことをした、のに。俺な、んて、記憶にも残ら、ない、のか。くそっ!!」
言葉を吐きだすと同時に男の体が膨らんだ、ように見えたのは一瞬だけで体から出たのは無数の棘だ。途端にこっちの世界に来たばかりの頃、青砥と訪れた薬局でこの男に捕まったことを思い出した。N+のコントロールが出来ないという男に拘束され、いつその棘で貫かれるかと死に飲み込まれそうなあの感覚。
「そうか、あの薬局の時の奴か」
「お、思い出して、くれたなら、良かった。忘れ、られるのは、悲しい。あんたたち、には、ちょっと感謝してる。だから、見逃してくれるな、ら、何もしない」
「見逃すなんてあり得ないし、俺はあの頃の俺じゃない」
少なくとも青砥に守られていたあの時とは違うのだ。
どうして? というように顔を傾けた棘男は「じゃあ、仕方ないな」と呟いて樹に突進してきた。樹は素早く吹き矢を手に麻酔の針を吹き、飛ばした。針は樹の目には映らない速度で棘男に元へ飛んだが棘男が倒れる気配はない。
あの棘に弾かれたか。
棘男の突撃をかわす。間髪入れずに棘男は向きを変えまた突進してきた。棘をかわしては突進される。何度も繰り返し、樹は肩で息をした。
顔も手も全部が棘だらけかよ。棘がない所と言えば眼球か。
だが眼球には瞼があり、何がどうなっているのかは分からないが瞼にも棘がある。つまり、目を閉じてしまえば眼球さえも守られることになるのだ。思わず舌打ちが零れた。
「結構面倒だな」
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