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第三章
22. 青砥の過去
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5歳でN+能力が開花してから青砥の生活は一変した。不定期に襲う酷い頭痛、視界に入った全ての物や聞こえてくる音が気になって仕方なくなり、突然スイッチが切れたように眠り込むようになった。医者が言うにはN+能力が脳にあり、膨大な情報を整理するには器としての青砥の体がまだ未熟だということらしい。
能力の反動が大きすぎるが故、小さい頃の青砥は病弱で神経質な子供という印象だった。だがそれも歳を重ねるにつれ症状はだいぶマシになっていき、小学3年生の頃には能力自体に悩むようになった。目の動き、表情、仕草で嘘か本当かが分かる。物事を紡いでいけばその未来が想像つく。青砥にとっては身の回りで起こること、聞く事、見た物全てが情報で、何らかのピースだった。
「恭介くんって私のこと好きだと思う?」
「なぁ、美咲って浮気してっかな?」
「この事業は成功すると思う?」
「この商品はヒットすると思うか?」
質問は安易に繰り返された。クラスメイトだけではない。一般的な多くの人がそうだと思うが、人に感謝されると喜ぶ両親が友人や職場の人たちの質問も受け付けてくるようになり中学生になった青砥は何でも見通せる神様のような存在になっていた。
自分の知りたいことには興味津々で質問を繰り返してくるくせに、自分がその対象になると途端に人は壁を作る。青砥の周りには常に尊敬と畏怖があった。家族であっても例外ではない。家族の中にいても自分だけが薄い膜で覆われているような疎外感を感じていた。
彼と出会ったのはそんな日々の最中だった。学校が終わっても真っすぐに家に帰る気にもなれず、かといって誰かと遊びに行くのも疲れる。青砥が好んで過ごしていたのは植物園だった。
「ここいいよね。他の植物園より植物がもっさりしていて自分が小さく見える」
「もっさりって褒め言葉なんですか?」
「褒めてたでしょ」
声の主はほんの少し口を尖らせた後で、にこっと笑った。歳は20歳を超えたくらいだろうか。金色の髪の毛が陽の光に透け、一歩間違えばそのまま天使にでもなりそうな容姿の男だ。
「もしかして話し掛けちゃダメだった? 俺、そんなに怪しい者でもなくてここで何度も君のこと見てたからつい」
「知ってますよ。向こうの木の陰でよく寝転がってましたよね、鼾かいて」
「鼾……まじか」
その男は見た目よりもずっと人懐っこく、ケラケラとよく笑った。
「お腹、怪我してるんですか?」
「え?」
「さっきから服の裾引っ張ってる。まるで服が皮膚にくっつかないようにしてるみたいだなって思って」
「バレてたか。俺のN+能力が厄介なものらしくて、それを抑える為の治療でちょっとな」
「大丈夫なんですか? 結構痛そうだけど」
「大丈夫だよ。大丈夫でいないとさ、ずっと続くんだから」
一瞬見えた影のある表情、抑える必要があるほどのN+能力。青砥はその男に興味を持つと同時に親近感を覚えた。その男もN+に翻弄されているように見えたからだ。それからというもの顔を合わせるたびに2人はベンチに座って話をするようになった。話す内容は学校のテストが面倒だとか、他愛もない世間話だ。
「もし人間の平均体重が140キロだったらどうなると思う?」
「全部大きくなるでしょうね。服もムカデの座席も、家も」
「カーッ、夢がないなぁ。子供なのに現実的」
「子供なのにって……どういう回答をすれば夢がある回答になるんですか」
「重くて地球が落っこちちゃうね、とか」
「……僕、中学生なんでさすがにその答えにはならないです」
あきれ顔の青砥を見て男はアハハと楽しそうに笑った。
「あなたはどうなると思うんですか?」
「地球が落っ」
「その答えはいいんで」
青砥がぴしゃりと言うと「ノリが悪いなー」と言いながら男は空を見上げた。
「価値観だな。価値観が変わると思うよ。スタイルが良いの基準も変わるだろうし、スタイリストたちも「ふくよかに見せる方法」なんて紹介したりしてさ。そしたら常識も変わっていく」
「なるほど。確かに」
「価値観が変わっていけばもっと生きやすくなんのかな。N+能力を持つ人間が嫌な思いをしないように、N+能力すげぇみたいなさ」
「今でもN+能力すげぇってなってると思いますけど。すげぇけど、恐いんでしょうね」
青砥は自分に向けられる視線を思い出していた。凄い能力だと寄ってきた人々がその能力で自分が分析されるかもしれないと気付いた瞬間の顔、態度。
「恐いか。なくなんねぇのかなー。そういうの」
「無理だと思います。人間は分かり合えない」
「随分あっさりと絶望の宣告をするんだな。子供なのに」
青砥は「子供、子供って言わないでくださいよ。子供だけど」と不満げに呟いた。
「そもそも絶望の宣告じゃないし。分かり合えないって絶望とか希望とかじゃなく当たり前のことなんですよ。N+能力持っていない人もいて、能力の種類も人それぞれで、同じなんてないから。自分とは違うモノと100パーセント分かり合うのは不可能です」
「分かり合えないか……。いっその事、力づくで国を乗っ取るか」
「アリかもしれないですね。力には力で抵抗してくるでしょうけどそれを乗り越えれば」
中学一年生、思春期真っただ中だった。能力どころか自分の感情さえ持て余し、極端な思考に心を躍らせてしまう。誰かのための“もしも”ではない、自分で自由に考えられる“もしも”の話は率直に言って楽しかった。
「N+の同士を募って国に戦争をしかけるとすると、戦略は」
「そうですね……僕なら方法は二つかな。国会議事堂を拠点に騒ぎを起こして内閣を乗っ取る。騒ぎになれば注目され、拡散されれば更に同士が集まる。あとはN+には適わないと力を見せつければいい」
「もうひとつは?」
「碧島ですね。あそこを人質にとる。あの島を人質にすれば全国民を人質にしたも同然だ」
力強く発した後で青砥は男を見た。二人の視線が合う。
「物騒だな」
「物騒ですね」
笑いが込み上げ、二人でひとしきり笑った。二人を囲む緑の葉が風に揺れる。この場面を切り取れば、青年と少年が自然に囲まれて笑い合っているほのぼのとした図だ。ここに物騒な会話があったことなど、絵には一ミリも現れないだろう。その乖離が可笑しかった。
「夢兄っ」
青砥より少し年上の少年が駆けてくると男が手を挙げた。男は青砥を見ると「近所に住んでる子。俺のこと大好きみたいでよくくっついてくるんだよ」と言った。
「は? 好きじゃねぇし。夢兄が頼りないからだろ。今日の約束だって忘れてたじゃん」
能力の反動が大きすぎるが故、小さい頃の青砥は病弱で神経質な子供という印象だった。だがそれも歳を重ねるにつれ症状はだいぶマシになっていき、小学3年生の頃には能力自体に悩むようになった。目の動き、表情、仕草で嘘か本当かが分かる。物事を紡いでいけばその未来が想像つく。青砥にとっては身の回りで起こること、聞く事、見た物全てが情報で、何らかのピースだった。
「恭介くんって私のこと好きだと思う?」
「なぁ、美咲って浮気してっかな?」
「この事業は成功すると思う?」
「この商品はヒットすると思うか?」
質問は安易に繰り返された。クラスメイトだけではない。一般的な多くの人がそうだと思うが、人に感謝されると喜ぶ両親が友人や職場の人たちの質問も受け付けてくるようになり中学生になった青砥は何でも見通せる神様のような存在になっていた。
自分の知りたいことには興味津々で質問を繰り返してくるくせに、自分がその対象になると途端に人は壁を作る。青砥の周りには常に尊敬と畏怖があった。家族であっても例外ではない。家族の中にいても自分だけが薄い膜で覆われているような疎外感を感じていた。
彼と出会ったのはそんな日々の最中だった。学校が終わっても真っすぐに家に帰る気にもなれず、かといって誰かと遊びに行くのも疲れる。青砥が好んで過ごしていたのは植物園だった。
「ここいいよね。他の植物園より植物がもっさりしていて自分が小さく見える」
「もっさりって褒め言葉なんですか?」
「褒めてたでしょ」
声の主はほんの少し口を尖らせた後で、にこっと笑った。歳は20歳を超えたくらいだろうか。金色の髪の毛が陽の光に透け、一歩間違えばそのまま天使にでもなりそうな容姿の男だ。
「もしかして話し掛けちゃダメだった? 俺、そんなに怪しい者でもなくてここで何度も君のこと見てたからつい」
「知ってますよ。向こうの木の陰でよく寝転がってましたよね、鼾かいて」
「鼾……まじか」
その男は見た目よりもずっと人懐っこく、ケラケラとよく笑った。
「お腹、怪我してるんですか?」
「え?」
「さっきから服の裾引っ張ってる。まるで服が皮膚にくっつかないようにしてるみたいだなって思って」
「バレてたか。俺のN+能力が厄介なものらしくて、それを抑える為の治療でちょっとな」
「大丈夫なんですか? 結構痛そうだけど」
「大丈夫だよ。大丈夫でいないとさ、ずっと続くんだから」
一瞬見えた影のある表情、抑える必要があるほどのN+能力。青砥はその男に興味を持つと同時に親近感を覚えた。その男もN+に翻弄されているように見えたからだ。それからというもの顔を合わせるたびに2人はベンチに座って話をするようになった。話す内容は学校のテストが面倒だとか、他愛もない世間話だ。
「もし人間の平均体重が140キロだったらどうなると思う?」
「全部大きくなるでしょうね。服もムカデの座席も、家も」
「カーッ、夢がないなぁ。子供なのに現実的」
「子供なのにって……どういう回答をすれば夢がある回答になるんですか」
「重くて地球が落っこちちゃうね、とか」
「……僕、中学生なんでさすがにその答えにはならないです」
あきれ顔の青砥を見て男はアハハと楽しそうに笑った。
「あなたはどうなると思うんですか?」
「地球が落っ」
「その答えはいいんで」
青砥がぴしゃりと言うと「ノリが悪いなー」と言いながら男は空を見上げた。
「価値観だな。価値観が変わると思うよ。スタイルが良いの基準も変わるだろうし、スタイリストたちも「ふくよかに見せる方法」なんて紹介したりしてさ。そしたら常識も変わっていく」
「なるほど。確かに」
「価値観が変わっていけばもっと生きやすくなんのかな。N+能力を持つ人間が嫌な思いをしないように、N+能力すげぇみたいなさ」
「今でもN+能力すげぇってなってると思いますけど。すげぇけど、恐いんでしょうね」
青砥は自分に向けられる視線を思い出していた。凄い能力だと寄ってきた人々がその能力で自分が分析されるかもしれないと気付いた瞬間の顔、態度。
「恐いか。なくなんねぇのかなー。そういうの」
「無理だと思います。人間は分かり合えない」
「随分あっさりと絶望の宣告をするんだな。子供なのに」
青砥は「子供、子供って言わないでくださいよ。子供だけど」と不満げに呟いた。
「そもそも絶望の宣告じゃないし。分かり合えないって絶望とか希望とかじゃなく当たり前のことなんですよ。N+能力持っていない人もいて、能力の種類も人それぞれで、同じなんてないから。自分とは違うモノと100パーセント分かり合うのは不可能です」
「分かり合えないか……。いっその事、力づくで国を乗っ取るか」
「アリかもしれないですね。力には力で抵抗してくるでしょうけどそれを乗り越えれば」
中学一年生、思春期真っただ中だった。能力どころか自分の感情さえ持て余し、極端な思考に心を躍らせてしまう。誰かのための“もしも”ではない、自分で自由に考えられる“もしも”の話は率直に言って楽しかった。
「N+の同士を募って国に戦争をしかけるとすると、戦略は」
「そうですね……僕なら方法は二つかな。国会議事堂を拠点に騒ぎを起こして内閣を乗っ取る。騒ぎになれば注目され、拡散されれば更に同士が集まる。あとはN+には適わないと力を見せつければいい」
「もうひとつは?」
「碧島ですね。あそこを人質にとる。あの島を人質にすれば全国民を人質にしたも同然だ」
力強く発した後で青砥は男を見た。二人の視線が合う。
「物騒だな」
「物騒ですね」
笑いが込み上げ、二人でひとしきり笑った。二人を囲む緑の葉が風に揺れる。この場面を切り取れば、青年と少年が自然に囲まれて笑い合っているほのぼのとした図だ。ここに物騒な会話があったことなど、絵には一ミリも現れないだろう。その乖離が可笑しかった。
「夢兄っ」
青砥より少し年上の少年が駆けてくると男が手を挙げた。男は青砥を見ると「近所に住んでる子。俺のこと大好きみたいでよくくっついてくるんだよ」と言った。
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