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第三章
20. GYUBE
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「たつきく~ん、ちょっといいかな」
お日さま寮での夕食を終えて部屋でのんびりしていた樹は霧島の妖しい声でトレーニングルームへと呼び出された。トレーニングルームには山口もおり、山口の周りをピンポン玉のような丸い物体が飛んでいる。
「山さんもいる。トレーニングですか?」
「トレーニングも撮るよ。でもその前に」
「撮る!?」
樹が繰り返すと霧島はえっへんと言わんばかりに胸を張った。
「私が運営しているGYUBUのチャンネル、N+捜査課に出演させてあげようっ」
「いや、遠慮しときます。俺、面白いことも言えないしそういうのは苦手なんで」
立ち去ろうとする樹をしっかりとつかむと「お願いようっ」と霧島は情けない声を出した。
「青砥がいなくなったとたん再生数も登録者数も減少傾向なのよぅ。ここらで新しいものを排出しないとヤバイのよっ」
「ヤバいっても茜ちゃん、561万人いた登録者が589万人になっただけでしょー。これで生活しているわけでもないし、そんなにシビアにならなくても」
「山さん、これはプライドの問題なのっ」
「プライドって……今までだってそんなに」
山口をキッと人睨みすると、霧島は闘志むき出しの表情を樹に向けた。
「私を先輩として慕ってくれているグループがあるのよ。DREAM THEATERっていうグループなんだけど」
「知ってるわっ。ドリシアって呼ばれている若者に人気のGYUBERよね」
「そう。彼らのチャンネルの登録者が570万人まで迫ってきてるの。登録者が数千人の頃から慕ってくれているってのに追い抜かれるわけにはいかない。アオがいなくなった今、樹の登場を止める者は誰もいない。これはピンチでありチャンスだ! いいか、何としてでも先輩としての威厳を守るのだ!!」
霧島が拳と共に雄たけびを上げた瞬間、樹は拒否することを諦めた。
こんにちは、とにこやかに挨拶する霧島の正面に丸い物体が浮かぶ。自動カメラであるその物体はAI知能が搭載されておりこちらが操作せずとも撮ってくれる優れものだ。
「えー、今日は新メンバーを紹介します! ジャーン、藤丘樹君ですっ。ほら、自己紹介して」
「あ、はい。藤丘樹です」
「年齢っ」
「にっ、20歳です!」
「身長体重っ」
「170センチ65キロっ」
霧島の剣幕に押されつつ、まるで自衛隊の点呼のように答えているとプンという起動音と同時にカメラの横に大きな映像が表示された。そこには樹と霧島が写っている。
「今日は新メンバー紹介の生配信なので質問も受け付けちゃいまーすっ」
「えっ、生配信なんですかっ」
「そうよー。初登場なんだもん」
「っ……」
一瞬あんぐりと口を開けると樹はカメラから顔を背けるようにして口元を押さえた。ぽっぽっぽっぽと耳に赤みが差しているのが分かる。生配信と聞いた瞬間、今、この映像を数万人の人が観ているかもしれないという現実が唐突に樹を襲ったのだ。とたん、カメラから「可愛いっ」「やばいっ」「初々しい」「わぁ」とういくつもの歓声が響いて樹は驚きと羞恥で山口に助けを求めた。
「山さぁん……」
その声のなんと弱弱しいことか。山口はぷっと吹き出しはしたが、さすがは霧島の下僕とでも言うべきかニコリと微笑むだけで樹を助けることはなかった。
いつリステアが牙を剥くか分からない、こんな不安定な日々でも休みはある。義手のメンテナンスをお願いしようと桂木の元を訪ねた樹は、桂木がしばらく休みをとっていると知り義手製作所を後にした。
「急に時間が空いたな……」
持て余した時間を口にしていると背後の足音が樹に合わせてピタリと止まった。
「空いた時間、僕とお茶でもどう?」
振り返った樹は驚きに目を見開いて「ユーリ」と呟いた。
「どうしてここに?」
「どうしてって」
僕に聞くの? と言いながらユーリはくすっと笑った。ユーリが偶然ここにいるなんてことはない。どんなルートかは知らないがいつも何かしら情報を持っていて忽然と現れるのだ。
「俺に用があるってことか」
「用がなきゃ来ないみたいな言い方しないでよ」
二人はどこのお店に入るでもなく店頭で買ったお茶を持って公園のベンチに座った。お店に入るよりもこうしたベンチを好むのは人との距離が取りやすいからなのだろう。話す内容が内容なだけに近くに人がいない方が安心できるのだ。
「リステアって5年前に大きな暴動を起こした組織なんだな」
「ちゃんと調べた?」
「調べたっていうか話を聞いた。ユーリはなんでリステアと神崎が繋がってるって知ってたの?」
「蛇の道は蛇ってことわざがあるでしょ? 薄暗い所を歩いていると薄暗い話はよく聞こえるんだよ」と言ってから「このことわざ、そっちの世界にもあった?」と聞いた。
今日のユーリはいつもよりもお喋りだった。先日切った髪の毛のこと、昨日作った料理のこと、先日買った塩対応ロボが意外に面白いこと。
「ロボにお茶を持ってくるように頼んだんだけど見事に断られたよ。調味料なら持ってきてもいいって言われたんだけど、流石に調味料を飲む趣味はないからねぇ」
「……それの何が楽しいんだか」
「たまに素直に聞いてくれるんだよ。そういう時、ちょっと嬉しいでしょ」
「はぁ」
「こうやってちょっと嬉しいを作っておくんだよ。嬉しいことが沢山あった方が嬉しいでしょ」
お日さま寮での夕食を終えて部屋でのんびりしていた樹は霧島の妖しい声でトレーニングルームへと呼び出された。トレーニングルームには山口もおり、山口の周りをピンポン玉のような丸い物体が飛んでいる。
「山さんもいる。トレーニングですか?」
「トレーニングも撮るよ。でもその前に」
「撮る!?」
樹が繰り返すと霧島はえっへんと言わんばかりに胸を張った。
「私が運営しているGYUBUのチャンネル、N+捜査課に出演させてあげようっ」
「いや、遠慮しときます。俺、面白いことも言えないしそういうのは苦手なんで」
立ち去ろうとする樹をしっかりとつかむと「お願いようっ」と霧島は情けない声を出した。
「青砥がいなくなったとたん再生数も登録者数も減少傾向なのよぅ。ここらで新しいものを排出しないとヤバイのよっ」
「ヤバいっても茜ちゃん、561万人いた登録者が589万人になっただけでしょー。これで生活しているわけでもないし、そんなにシビアにならなくても」
「山さん、これはプライドの問題なのっ」
「プライドって……今までだってそんなに」
山口をキッと人睨みすると、霧島は闘志むき出しの表情を樹に向けた。
「私を先輩として慕ってくれているグループがあるのよ。DREAM THEATERっていうグループなんだけど」
「知ってるわっ。ドリシアって呼ばれている若者に人気のGYUBERよね」
「そう。彼らのチャンネルの登録者が570万人まで迫ってきてるの。登録者が数千人の頃から慕ってくれているってのに追い抜かれるわけにはいかない。アオがいなくなった今、樹の登場を止める者は誰もいない。これはピンチでありチャンスだ! いいか、何としてでも先輩としての威厳を守るのだ!!」
霧島が拳と共に雄たけびを上げた瞬間、樹は拒否することを諦めた。
こんにちは、とにこやかに挨拶する霧島の正面に丸い物体が浮かぶ。自動カメラであるその物体はAI知能が搭載されておりこちらが操作せずとも撮ってくれる優れものだ。
「えー、今日は新メンバーを紹介します! ジャーン、藤丘樹君ですっ。ほら、自己紹介して」
「あ、はい。藤丘樹です」
「年齢っ」
「にっ、20歳です!」
「身長体重っ」
「170センチ65キロっ」
霧島の剣幕に押されつつ、まるで自衛隊の点呼のように答えているとプンという起動音と同時にカメラの横に大きな映像が表示された。そこには樹と霧島が写っている。
「今日は新メンバー紹介の生配信なので質問も受け付けちゃいまーすっ」
「えっ、生配信なんですかっ」
「そうよー。初登場なんだもん」
「っ……」
一瞬あんぐりと口を開けると樹はカメラから顔を背けるようにして口元を押さえた。ぽっぽっぽっぽと耳に赤みが差しているのが分かる。生配信と聞いた瞬間、今、この映像を数万人の人が観ているかもしれないという現実が唐突に樹を襲ったのだ。とたん、カメラから「可愛いっ」「やばいっ」「初々しい」「わぁ」とういくつもの歓声が響いて樹は驚きと羞恥で山口に助けを求めた。
「山さぁん……」
その声のなんと弱弱しいことか。山口はぷっと吹き出しはしたが、さすがは霧島の下僕とでも言うべきかニコリと微笑むだけで樹を助けることはなかった。
いつリステアが牙を剥くか分からない、こんな不安定な日々でも休みはある。義手のメンテナンスをお願いしようと桂木の元を訪ねた樹は、桂木がしばらく休みをとっていると知り義手製作所を後にした。
「急に時間が空いたな……」
持て余した時間を口にしていると背後の足音が樹に合わせてピタリと止まった。
「空いた時間、僕とお茶でもどう?」
振り返った樹は驚きに目を見開いて「ユーリ」と呟いた。
「どうしてここに?」
「どうしてって」
僕に聞くの? と言いながらユーリはくすっと笑った。ユーリが偶然ここにいるなんてことはない。どんなルートかは知らないがいつも何かしら情報を持っていて忽然と現れるのだ。
「俺に用があるってことか」
「用がなきゃ来ないみたいな言い方しないでよ」
二人はどこのお店に入るでもなく店頭で買ったお茶を持って公園のベンチに座った。お店に入るよりもこうしたベンチを好むのは人との距離が取りやすいからなのだろう。話す内容が内容なだけに近くに人がいない方が安心できるのだ。
「リステアって5年前に大きな暴動を起こした組織なんだな」
「ちゃんと調べた?」
「調べたっていうか話を聞いた。ユーリはなんでリステアと神崎が繋がってるって知ってたの?」
「蛇の道は蛇ってことわざがあるでしょ? 薄暗い所を歩いていると薄暗い話はよく聞こえるんだよ」と言ってから「このことわざ、そっちの世界にもあった?」と聞いた。
今日のユーリはいつもよりもお喋りだった。先日切った髪の毛のこと、昨日作った料理のこと、先日買った塩対応ロボが意外に面白いこと。
「ロボにお茶を持ってくるように頼んだんだけど見事に断られたよ。調味料なら持ってきてもいいって言われたんだけど、流石に調味料を飲む趣味はないからねぇ」
「……それの何が楽しいんだか」
「たまに素直に聞いてくれるんだよ。そういう時、ちょっと嬉しいでしょ」
「はぁ」
「こうやってちょっと嬉しいを作っておくんだよ。嬉しいことが沢山あった方が嬉しいでしょ」
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