【SF×BL】碧の世界線 

SAI

文字の大きさ
上 下
91 / 129
第三章

17. 辞令

しおりを挟む
「なんか急じゃないー? それなのに荷物は片付いてるし。ってか樹、昨日アオとご飯に行ったんじゃないの? なんも聞いてないの?」

「行きましたけど……何も聞いてないです」

 下記の者を碧島核廃棄場勤務とする、として青砥の名前が入ったメッセージが皆に届いたのは樹が捜査課に着いたのと同時だった。驚いて見た青砥の机には何も残っておらず、昨日まであったものが綺麗に撤去されている。

「碧島ってここから車で4時間はかかるわよねぇ。ってことはもうお日さま寮からも引っ越したってことぉ?」

山口が人差し指を口元に近づけて首を傾けていると霧島がそういえば、と声を上げた。

「昨日の夜遅く、エレベーターが動く音が聴こえてたのよね。一度じゃなかったからどうしたのかと思ったんだけど、眠気に負けて寝たんだった」

「ってことはきっと寮にはもう荷物は無いってことですよね……」

昨日の夜一緒にいたのに、あの後引っ越したってことかよ……。俺に好きだって言ったくせに何も言わないで引っ越すなんて……。

「しかし碧島とはねぇ。あそこってメインの仕事が監視よね。重要な仕事だってのは分かるけど、事件なんてほぼ起きないじゃない? 青砥の無駄遣いなんじゃないのー?」

「ちょっと茜ちゃん、そういう言い方しないのっ」

ぶーぶーと口を尖らせる霧島を山口が窘める。窘めつつも「言いたいことは分かるけど」と付け足し、霧島に甘いのはいつものことだ。

「碧島ってどういうところなんですか?」
「500平方キロメートルの小さな無人島よ。島の地下が核廃棄場になっているの。核廃棄場というよりも高レベル放射物質の保管場所って言った方が分かり易いかも」

「高レベル放射物質って原子力発電所から出るっていうアレですよね?」

「そう。過去の負の遺産ってやつよ。今は原子力発電を使用してないから今後増えることは無いんだけど、高レベル放射物質は放射能レベルが下がるのに10万年かかると言われてるからね」

「そんなのが地下に埋まってて大丈夫なんですか?」

霧島の目を見たが霧島はそこまで詳しくはないらしく、山口に視線で助けを求めた。

「碧島の地下は自然界に分解されない物質でバキバキに固められてるの。万が一地殻変動が起こっても耐えられるくらいにね。つまり、半分人工島みたいな感じよ。その地下500mのところにガラスを混ぜて固めた放射物質を保管してるってわけ」

まるで自分が説明したかのように「そういうこと」と霧島が胸を張った。

「碧島の隣に鳴き島っていう直径が1キロくらいの島があって、そこに駐在して島に近づく者がいないか監視するっていうのがこれからのアオ君の仕事になるわ」

「そうなんですね……」

「まぁ、そんなにガッカリしなくても大丈夫だって。碧島勤務は閉鎖された環境だから半年で交代する決まりになっているの。だから直ぐ戻ってくるよ。ここに戻ってくるかは分からないけど」

「ちょっと茜ちゃん、それフォローになってないってば」

 もやもやとした心のまま二人が騒いでいる様子を目に映していると大股で部屋に入ってくる者がいた。田口だ。田口は不本意な表情を浮かべたまま真っ直ぐと樹へと向かってきた。

「樹、悪いけどちょっと手伝ってくれないか? リステアについて神崎を尋問しているんだが、あの野郎俺たちには話さないって言うんだよ。お前が良いってさ」

「別にいいですよ」
「本当か? 嫌なら嫌でいいんだぞ。無理しなくても。今日は体調が悪いとか、顔も見たくないとか、理由は幾らでもあるだろ」

どうやら田口は樹を神崎に会わせたくないらしい。

「俺が行けば話すんですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあ行きますよ。その方が手っ取り早いでしょ」



 神崎がいるのは千葉県にある東京拘置所だ。千葉県にあるにも関わらず東京という名称をつけるということはこの世界でも東京に対する憧れのようなものがあるのかと樹は妙な親近感を覚えた。

「拘置所って刑務所と同じ建物内にあるんですよね?」

「あぁ、刑が決まったら建物内を移動させるだけだからな。その方が楽なんだろ」

「移動早くないですか? 逮捕されてまだ3日だというのに」

不満を隠そうともしない間壁が「ここまで来るのも面倒なのに」と文句を続ける。

「異例中の異例だな。神崎グループの大事なお坊ちゃんだ。グループの力が働いているんだろ」

 拘置所の通路の壁は拘置所とは思えない程綺麗な景色が表示されていた。白い砂浜に青い海、水面が太陽を受けて輝いている。戸惑った樹の表情に気が付いた間壁が「ここに来たのは初めてだっけ?」と聞いた。

「はい」
「そっか。入り口にセンサーがあっただろ? あれでこの廊下を通っている奴が何者かを判断している。外部からの客の場合は明るい風景、拘置所に入所する奴が通るときは灰色で無機質な壁になるようになっているんだ」

 神崎がいる部屋の前に行くと入り口で顔認証を求められた。神崎に会いに来た人物を記録するためのシステムだ。田口が表示されたデータをスッと撫でると、京子の顔が表示された。

「へぇ、今朝こっちに来たばっかだってのにもう面会に来てる。健気なこった。離婚も時間の問題だろうがな」

神崎に会うのは3日ぶりだ。たった3日ではやつれることも無く肌の血色も良いまま、永久脱毛していると思われる神崎は無精髭すらない。勾留中は留置所が支給する服を着る決まりになっているので、変わったところと言えば服は質素になったことくらいだろう。樹は半分皮肉を込めて「元気そうですね」と言った。

「お陰様で。拘置所に泊まるなんて初めてのことなので新鮮ですよ。毎日のように田口さんと間壁さんが来てくれるので話し相手には困らないしね」

田口はチッと舌打ちをすると、テーブルにそっと手を置いた。田口の指先がテーブルに押し付けられ白くなっている。

「お目当ての人物を連れて来てやったんだから約束通り話せよ」

「そんな怖い声出さないでくださいよ。約束はちゃんと守りますから。ちょっとくらい彼とお話しさせてくださいよ」

樹が神崎の前に座ると神崎は嬉しそうに目を細めた。

「こっちの世界はどう? 君には物足りないんじゃない?」
「何を言っているんですか?」

「知らない振りをしても時間の無駄だよ。私はそんなつまらない言い合いをしたいわけじゃない」

「じゃあ何がしたいんですか?」
「君のことが知りたい」

蛇のようなざらりとした視線が樹を捉えている。見透かすのではなく捉えて離さない、そういった類の視線に樹は自分が生きた標本にでもなったような気がした。

「気持ち悪い」

どうとでも、と神崎は笑い机の上に肘をついた。そこに自身の顔を乗せる。

「この世界は退屈ではないかね?」
「僕がこの世界で退屈しようがしまいがあなたには関係ないでしょ」

「それは違う。私が行動を起こさなければ君がこの世界に来ることもなかったのだから」


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...