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第三章
9. 情報
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「満足はしてない」
「じゃあ僕が殺ってあげようか?」
ちょっと散歩でもとでも言うような軽さでユーリが言い、樹は慌ててユーリの名前を呼んで制した。ユーリがどうかしたの? とでも言いたげな表情をして樹を見る。
「そんなこと俺は望んでない」
「望んでいない!? どうして?」
「それは……」
人を殺すことに躊躇いを覚えるようになった原因を見つめながら、樹は「分からない」と言葉を続けた。まさか本人にあなたが原因ですとは言い難い。
「そんなわけないでしょ。ちゃんと理由があるはず。それとも僕には言いにくい?」
「そんなこと……」
無意識にユーリから視線を逸らす。反らした視線の先で羽虫が葉っぱを蹴って揺らした。
「そもそも君は何者なんだろう。この僕が君について調べても何の情報も得られない。タツキはまるでこの世界に突然現れたかのようだ」
ユーリはベンチに腰掛けると探る心を隠さずに樹を見つめた。
「俺は……」
話して良いのか悩む。自分が他の世界から来た人間だとユーリに知られた場合のリスクは、と考えを巡らせれば巡らせるほどユーリは言いふらしたりしないという確信が胸の中にあった。それは樹自身も気が付いていなかった新たな発見だった。
「俺、自分が思っているよりずっとユーリを信頼しているみたいだ」
「ぷっ、あはははは。そんなこと言ったって何もでないよ」
一瞬目を丸くした後吹き出して笑うユーリに不貞腐れた視線を送ると樹は意を徹して口を開いた。
「ユーリの言う通り俺はこの世界の人間じゃない。神崎の作った装置で妹を殺された俺は呼ばれるままこの世界に来たんだ」
「装置……時空マシーンか」
「どうしてそれを!?」
「神崎がそっち方面に興味を持っているってことは一部の人間にはわりと知られた話だよ。へぇ、完成させたんだ」
ユーリの声が感心を孕んでいるような気がして樹は拳をぎゅっと握った。
「完成させてはいけないものだったのに」
「そうだね……。時空マシーンを正しく良い目的だけに使えるとは思えない」
「優愛は時空マシーンに轢かれて死んだんだ。優愛を轢いたのは森山らしい。神崎が言っていた……」
樹の視線が地面に落ちる。
「そうか、犯人はもう死んでいたのか。だからタツキは神崎の死を望まない? 神崎が時空マシーンを作らなければ君の妹が死ぬことはなかったのに」
「そうだよ、その通りだよ。神崎が時空マシーンなんて作らなければ優愛は生きていた! でも、神崎の死を望まないのは直接的に優愛を殺した犯人じゃないからじゃない……」
「人を殺すのが怖くなった?」
口を開いては閉じ、言い淀んだ言葉の先をユーリが言葉にした。樹は頷く事も出来ず、視線をあげることもしない。
「だから、僕が殺してあげるよ。殺す人間が増える事は僕にとってはどうってことない。僕はむしろその為に生きているんだから」
ユーリは初めて会った時の様に笑顔を浮かべた。
「笑顔でそんなこと言うなよ。さっきも言ったけど俺はそんな事望んでいない」
「じゃあ神崎を許すと?」
「それはない」
キッパリと言い切った樹は上目遣いに恐る恐るユーリの表情を伺い見た。家族を殺され犯人を殺すという選択をしたユーリ、犯人を殺せなかった自分、復讐から逃げ出した自身が裏切り者になったような気がした。ユーリは真顔のまま真っ直ぐに前を見ている。
「ユーリ、怒ってる?」
「怒ってないよ。ただ君と僕は何が違うんだろうなと考えてる」
それから、ユーリは視線を樹に戻すことなく「タツキはこれからどうするの?」と聞いた。
「分からない。まだ何も考えてないんだ」
「犯人は死んで神崎は逮捕された。君は満足していない。結局ね、満足することなんて無いんだよ。僕らが一番望んでいることは死んだ人間が生き返ることで、それが叶うことなんてないんだから」
その通りだ。ユーリの言うことがあまりにも的を得ていて樹は返す言葉を失った。ユーリは空を見上げたまま少し黙ると唐突に「なるほどね」と言った。
「じゃあ、この情報は君には必要ないかな」
「情報?」
「拘置所にいる神崎を見て君はどう思う?」
樹は顎に手を持っていくと神崎の様子を思い返していた。通常捕まった時は捕まったことを悔しがったり自分が犯した罪を悔いたり、なにかしらいつもとは違う感情が見える。だが拘置所にいる神崎はどうだろう。
「随分余裕があるなと。まるで捕まることを何とも思っていないかのようで」
「おかしいと思わない?」
含みを持たせたユーリの言葉。ざわり、と胸が騒ぎ出す。
「まさか他に目的が!?」
「多分ね。ちょっとヤバめのことが起こるかも」
「その情報、教えて下さいっ」
「いいの? 違う世界から来たというなら元の世界に戻るっていう選択肢もあるんだよ。妹さんを殺した犯人が死に、関係者を捕まえた今君はこの世界とは関係ない人になれる」
「そんなことできるわけないっ。帰る帰らないは別として、この世界を切り捨てるような真似はできない」
「君はそうだろうね」
ユーリはそう言って目を細めた。
「リステアって知ってる?」
「じゃあ僕が殺ってあげようか?」
ちょっと散歩でもとでも言うような軽さでユーリが言い、樹は慌ててユーリの名前を呼んで制した。ユーリがどうかしたの? とでも言いたげな表情をして樹を見る。
「そんなこと俺は望んでない」
「望んでいない!? どうして?」
「それは……」
人を殺すことに躊躇いを覚えるようになった原因を見つめながら、樹は「分からない」と言葉を続けた。まさか本人にあなたが原因ですとは言い難い。
「そんなわけないでしょ。ちゃんと理由があるはず。それとも僕には言いにくい?」
「そんなこと……」
無意識にユーリから視線を逸らす。反らした視線の先で羽虫が葉っぱを蹴って揺らした。
「そもそも君は何者なんだろう。この僕が君について調べても何の情報も得られない。タツキはまるでこの世界に突然現れたかのようだ」
ユーリはベンチに腰掛けると探る心を隠さずに樹を見つめた。
「俺は……」
話して良いのか悩む。自分が他の世界から来た人間だとユーリに知られた場合のリスクは、と考えを巡らせれば巡らせるほどユーリは言いふらしたりしないという確信が胸の中にあった。それは樹自身も気が付いていなかった新たな発見だった。
「俺、自分が思っているよりずっとユーリを信頼しているみたいだ」
「ぷっ、あはははは。そんなこと言ったって何もでないよ」
一瞬目を丸くした後吹き出して笑うユーリに不貞腐れた視線を送ると樹は意を徹して口を開いた。
「ユーリの言う通り俺はこの世界の人間じゃない。神崎の作った装置で妹を殺された俺は呼ばれるままこの世界に来たんだ」
「装置……時空マシーンか」
「どうしてそれを!?」
「神崎がそっち方面に興味を持っているってことは一部の人間にはわりと知られた話だよ。へぇ、完成させたんだ」
ユーリの声が感心を孕んでいるような気がして樹は拳をぎゅっと握った。
「完成させてはいけないものだったのに」
「そうだね……。時空マシーンを正しく良い目的だけに使えるとは思えない」
「優愛は時空マシーンに轢かれて死んだんだ。優愛を轢いたのは森山らしい。神崎が言っていた……」
樹の視線が地面に落ちる。
「そうか、犯人はもう死んでいたのか。だからタツキは神崎の死を望まない? 神崎が時空マシーンを作らなければ君の妹が死ぬことはなかったのに」
「そうだよ、その通りだよ。神崎が時空マシーンなんて作らなければ優愛は生きていた! でも、神崎の死を望まないのは直接的に優愛を殺した犯人じゃないからじゃない……」
「人を殺すのが怖くなった?」
口を開いては閉じ、言い淀んだ言葉の先をユーリが言葉にした。樹は頷く事も出来ず、視線をあげることもしない。
「だから、僕が殺してあげるよ。殺す人間が増える事は僕にとってはどうってことない。僕はむしろその為に生きているんだから」
ユーリは初めて会った時の様に笑顔を浮かべた。
「笑顔でそんなこと言うなよ。さっきも言ったけど俺はそんな事望んでいない」
「じゃあ神崎を許すと?」
「それはない」
キッパリと言い切った樹は上目遣いに恐る恐るユーリの表情を伺い見た。家族を殺され犯人を殺すという選択をしたユーリ、犯人を殺せなかった自分、復讐から逃げ出した自身が裏切り者になったような気がした。ユーリは真顔のまま真っ直ぐに前を見ている。
「ユーリ、怒ってる?」
「怒ってないよ。ただ君と僕は何が違うんだろうなと考えてる」
それから、ユーリは視線を樹に戻すことなく「タツキはこれからどうするの?」と聞いた。
「分からない。まだ何も考えてないんだ」
「犯人は死んで神崎は逮捕された。君は満足していない。結局ね、満足することなんて無いんだよ。僕らが一番望んでいることは死んだ人間が生き返ることで、それが叶うことなんてないんだから」
その通りだ。ユーリの言うことがあまりにも的を得ていて樹は返す言葉を失った。ユーリは空を見上げたまま少し黙ると唐突に「なるほどね」と言った。
「じゃあ、この情報は君には必要ないかな」
「情報?」
「拘置所にいる神崎を見て君はどう思う?」
樹は顎に手を持っていくと神崎の様子を思い返していた。通常捕まった時は捕まったことを悔しがったり自分が犯した罪を悔いたり、なにかしらいつもとは違う感情が見える。だが拘置所にいる神崎はどうだろう。
「随分余裕があるなと。まるで捕まることを何とも思っていないかのようで」
「おかしいと思わない?」
含みを持たせたユーリの言葉。ざわり、と胸が騒ぎ出す。
「まさか他に目的が!?」
「多分ね。ちょっとヤバめのことが起こるかも」
「その情報、教えて下さいっ」
「いいの? 違う世界から来たというなら元の世界に戻るっていう選択肢もあるんだよ。妹さんを殺した犯人が死に、関係者を捕まえた今君はこの世界とは関係ない人になれる」
「そんなことできるわけないっ。帰る帰らないは別として、この世界を切り捨てるような真似はできない」
「君はそうだろうね」
ユーリはそう言って目を細めた。
「リステアって知ってる?」
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