【SF×BL】碧の世界線 

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第三章

5. 予防線

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如月のおかげで大分落ち着きを取り戻したものの樹は未だピリピリしていた。目の前に犯人がいるのに捕まえられないもどかしさが何度も込み上げるのだろう。青砥が見ている限り、30分に一度は眉間に皺が寄っている。

「樹、飯でもいくか?」
「お腹、まだ減ってないんで」
「いいから行くぞ」

連行するように強引に引っ張れば樹は諦めて青砥の隣を歩いた。

「アオさん、俺、あそこで買ってその辺で食べるのがいいです」

「キッチンカーの弁当売りか」
「少しでも早く仕事に戻りたいんですよ」
「……」

キッチンカーから少し離れたところにあるベンチに並んで腰を下ろすと、樹は眉間に皺を寄せたまま弁当の容器を開けた。開けた蓋は爪で引っ掻いて蒸発させる。

「なぁ、お前が神崎にムキになる理由はなんだ?」

「そんなことっ……」
「なくはないだろ? 顔にそう書いてある」

「アオさんには誤魔化したって無駄か……」

樹は大きく息を吐き出すと静かな眼差して青砥を見つめた。

「夢か何かの話だと思ってください」

予防線を張っておきたいんだろうなと思いながら青砥は頷いた。

「俺、この世界の人間じゃないんです」

今まで何度もそうでないかと思ったし、そうだという確信もあったが樹からはっきりとその言葉を聞くとちょっとした驚きがある。反応に困った青砥は「あ、そう」と素っ気ない返事をした。それに気が付いた樹が一瞬表情を緩める。それから青砥が初めて聞く樹の家族、優愛の話が始まった。

「両親に捨てられた俺にとって優愛だけが家族だった」

妹をどれだけ大事に思っていたか、妹を奪われどれほど絶望したか。樹の言葉は重く、青砥の視界さえも闇に閉じていくかのようだ。

「俺は優愛を殺した犯人を捕まえる為にこの世界に来たんです」

樹の視線に射抜かれ、青砥はゾクッと身を震わせた。自分の世界を捨ててこっちの世界にくるその覚悟、何度手を伸ばしてもすり抜けてく危うさも全てはこの過去からなのだ。

「その犯人が神崎ってことか」

樹が頷く。

「俺はこのチャンスを逃したくないんですよ」


 ごちそうさまでした、と言いながら立ち上がった樹を追いかけるようにして青砥も立ち上がった。この事件が解決したら樹は元の世界に帰るのかもしれない、言いようのない不安がずんと青砥の心を重くする。だが今はそこに気を取られているべきじゃない。

「あ、すみません」

女性がふらっと樹にぶつかり二人は足を止めた。

「大丈夫ですか?」
「はい、すみません。ちょっとよろけてしまって……青砥さん!? 藤丘さんも」

「京子さん、こんなところで偶然ですね」

「先ほどまで友人と食事をしていたのですがちょっと外の空気を吸いたくて先にお店を出たところなんです」

そう話をする京子の表情は暗い。それもそうだろう、夫である神崎が警察に疑われていると大きく報道されているのだ。3か月前に盛大な披露宴を挙げた時にはこんな日が来るなどと思いもしなかったはずだ。

「そうでしたか。具合は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」

大丈夫だと言いながらも京子はふらふらと危なっかしい。咄嗟に樹は手を出して京子を支えると、京子は小さくお礼を言った。

「良かったら俺、家まで送りましょうか」
「家まで……」

「樹、それはちょっと……捜査官である俺たちが送ったらかえって迷惑になる」

「すみません、気を遣って頂いて……迎えを呼びますので大丈夫です」

迎えを呼ぶと言いながらも京子は樹の腕をつかんだままだ。視線が不安げにさ迷い、樹を見ては何か言いたげに唇を噛んだ。

「何か……?」
「あのっ、宜しければお茶でもいかがですか? 出来れば人がいないところで」

心の奥がざわつくような必死さを伴った声だった。樹と目が合った青砥が頷く。

「大丈夫ですけど場所はどこにしましょうか。捜査本部に行くのはあまり良くないですよね?」

「この近くに行きつけの会員制のBARがあります。私が連絡をすれば場所を貸して下さると思います。そこでも宜しいでしょうか?」

「えぇ、大丈夫です」

随分と警戒するものだな、と樹は思った。それ故、期待も高まる。京子は職場を除いて一番長く神崎に接する人物なのだ。神崎逮捕の核となる情報を持っている確率は高い。班長に連絡を入れてくると青砥がその場を離れると樹は京子と二人きりになった。

「報道で色々大変ですよね……」

神崎を捕まえるためとはいえマスコミに情報を流したことで京子が胸を痛めるのは樹の本意ではない。食遊会でも京子の父親が経営するレストランでも、京子はいつも神崎を見つめて嬉しそうに微笑んでいた。今後も続いていくはずだったあの時間が今、音を立てて崩れようとしているのだ。

「報道……そう、ですね」

京子の視線が空に揺れる。掴みどころのない京子の表情から樹は目が離せなかった。

 二人が案内されたのは10分程歩いた先にある地下のBARだった。地上の入り口には腰の高さまである細いキノコが一本刺さっているだけで看板もない。

京子はBARの店員と挨拶をかわすと二人を奥の個室へと連れて行った。薄暗い部屋にオレンジ色のライトがイルミネーションのように宙を漂う。重厚感のあるソファや部室内に飾られた宝石画がこの部屋がVIPルームであることを示していた。



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