【SF×BL】碧の世界線 

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第二章 N+捜査官

47. 理由 1

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 もうすぐ陽が落ちる頃、樹はムカデ乗り場に立っていた。ユーリとの約束は19時、昼間の出来事を考えればユーリが来なくても不思議はないが、連絡先を知らないから断れないというのを理由にして樹はムカデに乗り込んだ。

出入り口の横の壁に寄り掛かり、樹は窓の外の風景を目に映していた。ユーリがDであること、Dの犯行は犯罪で間違いはないのに悪だとは言い切れない自分がいる事、ユーリの儚げな表情、昼間の出来事が何度も脳内で再生され、事件の後からずっとユーリのことを考えたままだ。

俺が報告すればDは捕まる。今ここで連絡すればきっと待ち合わせ場所に警察官が総動員されてDを捕まえることが出来る。

それが分かっていながら、樹は誰にも言わずに一人で待ち合わせ場所に向かった。

 ヤン公園入口、ユーリらしき人影は見えない。隅にある公園の入り口が見えるベンチに座ると、ベンチの冷たさが服を通して足に伝わった。昼間は熱い程でも夜はまだ少しひんやりとする。

「へぇ、一人で来たんだ」
「ゆ、ユーリ!!」

突然背後から聴こえた声に肩を揺らせて振り返ると、ユーリはほほ笑んで樹の隣に座った。

「警官が張っている可能性も考えたんだけどね」

「だったらなんで来たんですか? つうか来ちゃダメだと思うんだけど」

ユーリはくすくすと笑ってから「その言葉そっくりそのまま返すよ」と言った。

「自分でも良く分からない」

前を見て呟く。ほんのりと冷たい風が二人の髪の毛を揺らして過ぎた。公園には樹たちの他に二組のカップルがいて、時折笑い声が聞こえる。

「僕は分かるよ。きっとタツキに僕を知って欲しいんだ」

  ご飯食べに行こうか、とユーリが立ち上がって樹に手を差し伸べた。差し伸べられた手に手を重ねると引っ張り上げられてそのまま指を絡めて歩く。振り払わずにいるのは今にも消えそうな表情をした昼間の姿が脳裏から離れないからだ

「どこかのお店に入ろうかとも思ったんだけど、こういう方が良いかと思って」

ユーリが樹を連れて行ったのはヤン公園から程近い神社だった。
境内に所狭しと大型のかまくらのようなテントがあり、食欲を誘ういい匂いが漂っている。

「無月花のお祭りなんだよ」
「無月花?」
「うん、ちょっとこっちにおいで」

ユーリに引っ張られるようにして池の方に行くと、池がぼうっと青緑に光っているのが見えた。池の上に咲いている花たちが発光しているのだ。幻想的は景色に樹は息をするのも忘れて「きれい」と呟いた。

「月が無い夜でもこの花があれば明るい、だから無月花って言うんだよ。毎年、この花が咲くと無月花を愛でるお祭りがあるんだ。出店で食べ物を買ってきて、花を愛でながら食べようよ」

 二人で選んだ食べ物を地面に並べる。ユーリは楽しそうに微笑みながら食べ物を取り分けると、デザートを口に入れた。

「デザートから食べるの!?」
「その方がデザートがより美味しく味わえるからね。変でしょ」

ユーリが可笑しそうに笑う。こういう姿を見ているとユーリとDが同一人物だとはとても思えなくて、全部が夢か樹の勘違いではないかと思い始めていた。いや、思おうとしていた。

「家族にも変だって言われたことがあるんだ。デザートから先に食べていたらご飯が冷めておいしくなくなるだろって。でも僕はデザートを美味しいうちに食べたかったんだよね。ほら、子供ってデザートが大好きだから」

ユーリが家族の話をしたのはこれが初めてだ。楽しそうに家族の話をするユーリに僅かな嫉妬を感じながら樹が「家族と一緒に暮らしてるの?」と聞いたのは本当に何気ない質問だった。

「僕は一人で暮らしてる。家族はいないよ。全員死んだ」

ぞくっとした冷気が樹の背中を撫でた。無月花の光が青白くユーリを照らしユーリの色を奪う。
そうだ、ユーリは森山と同じ孤児院で育ったと言っていた。俺は何て質問を……。

「ごめん、言いにくい事聞いて……」

ユーリが静かに首を振る。

「僕がどうしてDになったのか聞いてくれる?」

 ユーリは静かな声で時折微笑みながら話し始めた。

「僕の両親は早くに父親と母親を亡くして、家庭というものを知らない同士だったんだ。だから人一倍「家族」というものに執着があったんだと思う。家族は一緒にいるべきだって想いが強くて、家族が参加する学校行事を休んだこともない。僕が高校生になってからも運動会をこっそり見に来たりして、よく喧嘩したよ」

穏やかな表情で話していたユーリが笑みを消した。穏やかに吹いていた風が嵐の前に一時黙り込むようなそんな沈黙だ。

「17歳の夏、突然父が逮捕されたんだ。罪状は薬物所持だった。父の車から自分で使用するには遥かに多い量の違法薬物が発見された、と」

勿論父にも僕たちにも見覚えない、と続ける声は淡々としていて感情を押し殺しているかのようだ。

「だから僕も母も父ですら、これは何かの間違いで直ぐに疑惑が晴れて帰宅できるものだと思っていた。でも疑惑は晴れるどころかどんどん父に不利な証拠ばかりが出てくる。訳が分からなくて毎日不安で恐かったよ」



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