71 / 129
第二章 N+捜査官
47. 理由 1
しおりを挟む
もうすぐ陽が落ちる頃、樹はムカデ乗り場に立っていた。ユーリとの約束は19時、昼間の出来事を考えればユーリが来なくても不思議はないが、連絡先を知らないから断れないというのを理由にして樹はムカデに乗り込んだ。
出入り口の横の壁に寄り掛かり、樹は窓の外の風景を目に映していた。ユーリがDであること、Dの犯行は犯罪で間違いはないのに悪だとは言い切れない自分がいる事、ユーリの儚げな表情、昼間の出来事が何度も脳内で再生され、事件の後からずっとユーリのことを考えたままだ。
俺が報告すればDは捕まる。今ここで連絡すればきっと待ち合わせ場所に警察官が総動員されてDを捕まえることが出来る。
それが分かっていながら、樹は誰にも言わずに一人で待ち合わせ場所に向かった。
ヤン公園入口、ユーリらしき人影は見えない。隅にある公園の入り口が見えるベンチに座ると、ベンチの冷たさが服を通して足に伝わった。昼間は熱い程でも夜はまだ少しひんやりとする。
「へぇ、一人で来たんだ」
「ゆ、ユーリ!!」
突然背後から聴こえた声に肩を揺らせて振り返ると、ユーリはほほ笑んで樹の隣に座った。
「警官が張っている可能性も考えたんだけどね」
「だったらなんで来たんですか? つうか来ちゃダメだと思うんだけど」
ユーリはくすくすと笑ってから「その言葉そっくりそのまま返すよ」と言った。
「自分でも良く分からない」
前を見て呟く。ほんのりと冷たい風が二人の髪の毛を揺らして過ぎた。公園には樹たちの他に二組のカップルがいて、時折笑い声が聞こえる。
「僕は分かるよ。きっとタツキに僕を知って欲しいんだ」
ご飯食べに行こうか、とユーリが立ち上がって樹に手を差し伸べた。差し伸べられた手に手を重ねると引っ張り上げられてそのまま指を絡めて歩く。振り払わずにいるのは今にも消えそうな表情をした昼間の姿が脳裏から離れないからだ
「どこかのお店に入ろうかとも思ったんだけど、こういう方が良いかと思って」
ユーリが樹を連れて行ったのはヤン公園から程近い神社だった。
境内に所狭しと大型のかまくらのようなテントがあり、食欲を誘ういい匂いが漂っている。
「無月花のお祭りなんだよ」
「無月花?」
「うん、ちょっとこっちにおいで」
ユーリに引っ張られるようにして池の方に行くと、池がぼうっと青緑に光っているのが見えた。池の上に咲いている花たちが発光しているのだ。幻想的は景色に樹は息をするのも忘れて「きれい」と呟いた。
「月が無い夜でもこの花があれば明るい、だから無月花って言うんだよ。毎年、この花が咲くと無月花を愛でるお祭りがあるんだ。出店で食べ物を買ってきて、花を愛でながら食べようよ」
二人で選んだ食べ物を地面に並べる。ユーリは楽しそうに微笑みながら食べ物を取り分けると、デザートを口に入れた。
「デザートから食べるの!?」
「その方がデザートがより美味しく味わえるからね。変でしょ」
ユーリが可笑しそうに笑う。こういう姿を見ているとユーリとDが同一人物だとはとても思えなくて、全部が夢か樹の勘違いではないかと思い始めていた。いや、思おうとしていた。
「家族にも変だって言われたことがあるんだ。デザートから先に食べていたらご飯が冷めておいしくなくなるだろって。でも僕はデザートを美味しいうちに食べたかったんだよね。ほら、子供ってデザートが大好きだから」
ユーリが家族の話をしたのはこれが初めてだ。楽しそうに家族の話をするユーリに僅かな嫉妬を感じながら樹が「家族と一緒に暮らしてるの?」と聞いたのは本当に何気ない質問だった。
「僕は一人で暮らしてる。家族はいないよ。全員死んだ」
ぞくっとした冷気が樹の背中を撫でた。無月花の光が青白くユーリを照らしユーリの色を奪う。
そうだ、ユーリは森山と同じ孤児院で育ったと言っていた。俺は何て質問を……。
「ごめん、言いにくい事聞いて……」
ユーリが静かに首を振る。
「僕がどうしてDになったのか聞いてくれる?」
ユーリは静かな声で時折微笑みながら話し始めた。
「僕の両親は早くに父親と母親を亡くして、家庭というものを知らない同士だったんだ。だから人一倍「家族」というものに執着があったんだと思う。家族は一緒にいるべきだって想いが強くて、家族が参加する学校行事を休んだこともない。僕が高校生になってからも運動会をこっそり見に来たりして、よく喧嘩したよ」
穏やかな表情で話していたユーリが笑みを消した。穏やかに吹いていた風が嵐の前に一時黙り込むようなそんな沈黙だ。
「17歳の夏、突然父が逮捕されたんだ。罪状は薬物所持だった。父の車から自分で使用するには遥かに多い量の違法薬物が発見された、と」
勿論父にも僕たちにも見覚えない、と続ける声は淡々としていて感情を押し殺しているかのようだ。
「だから僕も母も父ですら、これは何かの間違いで直ぐに疑惑が晴れて帰宅できるものだと思っていた。でも疑惑は晴れるどころかどんどん父に不利な証拠ばかりが出てくる。訳が分からなくて毎日不安で恐かったよ」
出入り口の横の壁に寄り掛かり、樹は窓の外の風景を目に映していた。ユーリがDであること、Dの犯行は犯罪で間違いはないのに悪だとは言い切れない自分がいる事、ユーリの儚げな表情、昼間の出来事が何度も脳内で再生され、事件の後からずっとユーリのことを考えたままだ。
俺が報告すればDは捕まる。今ここで連絡すればきっと待ち合わせ場所に警察官が総動員されてDを捕まえることが出来る。
それが分かっていながら、樹は誰にも言わずに一人で待ち合わせ場所に向かった。
ヤン公園入口、ユーリらしき人影は見えない。隅にある公園の入り口が見えるベンチに座ると、ベンチの冷たさが服を通して足に伝わった。昼間は熱い程でも夜はまだ少しひんやりとする。
「へぇ、一人で来たんだ」
「ゆ、ユーリ!!」
突然背後から聴こえた声に肩を揺らせて振り返ると、ユーリはほほ笑んで樹の隣に座った。
「警官が張っている可能性も考えたんだけどね」
「だったらなんで来たんですか? つうか来ちゃダメだと思うんだけど」
ユーリはくすくすと笑ってから「その言葉そっくりそのまま返すよ」と言った。
「自分でも良く分からない」
前を見て呟く。ほんのりと冷たい風が二人の髪の毛を揺らして過ぎた。公園には樹たちの他に二組のカップルがいて、時折笑い声が聞こえる。
「僕は分かるよ。きっとタツキに僕を知って欲しいんだ」
ご飯食べに行こうか、とユーリが立ち上がって樹に手を差し伸べた。差し伸べられた手に手を重ねると引っ張り上げられてそのまま指を絡めて歩く。振り払わずにいるのは今にも消えそうな表情をした昼間の姿が脳裏から離れないからだ
「どこかのお店に入ろうかとも思ったんだけど、こういう方が良いかと思って」
ユーリが樹を連れて行ったのはヤン公園から程近い神社だった。
境内に所狭しと大型のかまくらのようなテントがあり、食欲を誘ういい匂いが漂っている。
「無月花のお祭りなんだよ」
「無月花?」
「うん、ちょっとこっちにおいで」
ユーリに引っ張られるようにして池の方に行くと、池がぼうっと青緑に光っているのが見えた。池の上に咲いている花たちが発光しているのだ。幻想的は景色に樹は息をするのも忘れて「きれい」と呟いた。
「月が無い夜でもこの花があれば明るい、だから無月花って言うんだよ。毎年、この花が咲くと無月花を愛でるお祭りがあるんだ。出店で食べ物を買ってきて、花を愛でながら食べようよ」
二人で選んだ食べ物を地面に並べる。ユーリは楽しそうに微笑みながら食べ物を取り分けると、デザートを口に入れた。
「デザートから食べるの!?」
「その方がデザートがより美味しく味わえるからね。変でしょ」
ユーリが可笑しそうに笑う。こういう姿を見ているとユーリとDが同一人物だとはとても思えなくて、全部が夢か樹の勘違いではないかと思い始めていた。いや、思おうとしていた。
「家族にも変だって言われたことがあるんだ。デザートから先に食べていたらご飯が冷めておいしくなくなるだろって。でも僕はデザートを美味しいうちに食べたかったんだよね。ほら、子供ってデザートが大好きだから」
ユーリが家族の話をしたのはこれが初めてだ。楽しそうに家族の話をするユーリに僅かな嫉妬を感じながら樹が「家族と一緒に暮らしてるの?」と聞いたのは本当に何気ない質問だった。
「僕は一人で暮らしてる。家族はいないよ。全員死んだ」
ぞくっとした冷気が樹の背中を撫でた。無月花の光が青白くユーリを照らしユーリの色を奪う。
そうだ、ユーリは森山と同じ孤児院で育ったと言っていた。俺は何て質問を……。
「ごめん、言いにくい事聞いて……」
ユーリが静かに首を振る。
「僕がどうしてDになったのか聞いてくれる?」
ユーリは静かな声で時折微笑みながら話し始めた。
「僕の両親は早くに父親と母親を亡くして、家庭というものを知らない同士だったんだ。だから人一倍「家族」というものに執着があったんだと思う。家族は一緒にいるべきだって想いが強くて、家族が参加する学校行事を休んだこともない。僕が高校生になってからも運動会をこっそり見に来たりして、よく喧嘩したよ」
穏やかな表情で話していたユーリが笑みを消した。穏やかに吹いていた風が嵐の前に一時黙り込むようなそんな沈黙だ。
「17歳の夏、突然父が逮捕されたんだ。罪状は薬物所持だった。父の車から自分で使用するには遥かに多い量の違法薬物が発見された、と」
勿論父にも僕たちにも見覚えない、と続ける声は淡々としていて感情を押し殺しているかのようだ。
「だから僕も母も父ですら、これは何かの間違いで直ぐに疑惑が晴れて帰宅できるものだと思っていた。でも疑惑は晴れるどころかどんどん父に不利な証拠ばかりが出てくる。訳が分からなくて毎日不安で恐かったよ」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
警察官は今日も宴会ではっちゃける
饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。
そんな彼に告白されて――。
居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。
★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。
★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ドリーミング・オブ・ドーン様。たいへん恐縮ですが、ご逝去頂ければ幸せの極みにございます
スィグトーネ
ファンタジー
雪が溶け、春がやってきたある日、黒毛のオスウマが独り立ちを許された。
名はドリーミングオブドーン。一人前のユニコーンになるために、人間が魔族の仲間となって、多くの経験を積む旅がはじまったのである。
ドリーミングオブドーンは、人間と共に生きることを望んでいた。両親も祖父も人間と共に生き、多くの手柄を立てた一角獣だからだ。
果たして彼には、どのような出会いが待っているのだろう。物語はいま始まろうとしていた。
※この物語はフィクションです。
※この物語に登場するイラストは、AIイラストさんで作成したモノを使っています。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる