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第二章 N+捜査官
44. 偶然か必然か
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瑠璃を送り届け車に乗り込むと樹はシートに体を沈めた。体を支えてくれるシートが心地よい。
「そういえばさっき森山を殺した犯人を所轄の刑事が捕まえたって連絡があった」
「えっ!? どんな奴ですか?」
樹は思わず前のめりに体を起こした。
「逮捕歴4回、岩本忠雄56歳。同じアパートの住人でずっと前から気に食わなかったんだってさ」
「このタイミングでそんな偶然なんて……、誰かに頼まれた可能性はないんですか?」
「それはある。でも依頼された証拠はない。岩本は2年前からあのアパートに住んでいるんだよ。だから動機にも矛盾は無い」
「つまり、森山の殺害に関してはこれで解決になるってことですか」
「だな」
これだけ完璧な犯人を目の前に差し出されたらそれ以上の捜査は不可能だ。仮にその裏に誰がいたとしても確証がない限り捜査を続行することは出来ない。はぁ、と息を吐いてシートに深く座り直すと青砥が樹の方を向いた。
「疲れた?」
「んー、少し疲れました。慣れないことしたんで」
前髪がなくなったせいで視界がクリアだ。薄暗い車内の中に街灯の灯りが飛び込むようにして青砥の頬を照らす。フォーマルな黒服を着こなした青砥はいつもよりも大人っぽく見え、樹を落ち着かなくさせた。
「その髪型似合ってる。樹の顔が良く見えるし」
そう言って手を伸ばした青砥が樹の頭をくしゃくしゃに撫で始めた。
「ちょ、ちょっと。これじゃセットが崩れますよ。言ってることとやってることが違うっ」
樹が身をよじっていると青砥の手が止まった。髪の毛はすっかりいつもの通りになって、今度は優しく青砥の指が髪の毛を整えていく。寄せられた前髪の隙間から見えるのは服の効果で男前度が2割増しした青砥だ。
「満足ですか?」
「うん」
口角を上げて青砥が小さな子供が笑うように微笑んだ。
うんって、なんて笑顔してんだよ……。
翌日、瑠璃から連絡が来たのは10時を回ったところだった。
「上地卓也って子に渡したらしい。上地くんって」
「四葉高校2年の上地卓也のことだよね?」
樹が言うと瑠璃は、知ってるの? と驚いた様子だ。
「一応捜査官なので」
「そっか、じゃあ、私が言うまでもなかったか」
「そんなことはないです。上地卓也はあくまで候補の一人でしたから、瑠璃さんのお陰で確信が持てました」
「そっか。理沙、苦しんでいる彼の力になりたかったって……。彼が犯罪者になってしまわないように、お願いします!」
「約束はできないけど、善処します」
通話を切ってすぐ青砥に報告すると「最悪だな」と言葉が返ってきた。
「理沙の周りにいる人物で上地ほど爆弾を使う動機を持っている者はいない」
その通りだった。
瑠璃が妹を説得している間、樹たちは妹のSNSを調べていた。昨日話す限り、あれだけの覚悟を持って爆弾をあげたというのならその相手は理沙の知り合いに違いない。SNSの日記、会話の内容を調べて仲の良いと思われる人間をリスト化したその中に上地卓也はいた。
上地には3歳年の離れた姉がいた。その姉が3か月前に自殺しており原因は不明だ。それまでは毎日のように更新されていた上地のSNSが姉の死を境にぴったりと更新されなくなったことが気になっていたのだ。
「位置情報、チェックしますね」
青砥と一緒に表示された位置情報を見る。上地の点は動いており、居場所は上地の通う学校でも家でもない。
「ここは……」
「ヤバイな……急ぐぞ!」
「急ぐってどこに?」
「あの近くに上地の姉が通っていた大学があるんだ!!」
若葉筑紫大学は東京ドーム10個分の広大な敷地を持っており、休み時間ともなれば大勢の学生が行き交っていた。位置情報を見ていた青砥が「参ったな」と呟く。
「位置情報が正確に表示されない」
「故障かなにかですか?」
「いや、地場の影響なんかな。時々、位置情報が正確に表示されない場所があるんだよ」
「でも上地がここにいるのは確かなんですよね」
「あぁ、仕方ない、この棟を二手に分かれて探そう」
上地聡子が在籍していた学部がある棟で聞きこみをしながら捜索する。上地卓也を見ていないという人ばかりだったが、そのうちの一人が重い口を開いた。
「聡子さんって夢野先生と付き合ってるって言う噂があったんですよね」
「夢野先生?」
「この大学の助教です。夢野先生って既婚者なんですよ」
「不倫してたってこと?」と樹が聞くと、その女子大生は深く頷いた。
「別れを切り出されて自殺したんじゃないかってもっぱらの噂です」
「その夢野先生は今、どこに?」
「どこだろ。もしかしたら1階のA103号室で次の講義の準備をしてるんじゃないかなぁ。いつも休み時間に次の講義の準備をしてるから」
「ありがとう」
樹は学内を駆けた。噂が本当で卓也が姉の復讐の為に動いているのだとしたら、間違いなく夢野先生のもとへ向かうはずだ。焦りを抱えたままエレベーターのボタンを連打し、扉が開くと同時に飛び乗った。
「タツキ?」
声をかけられて樹は一瞬固まった。昨日の今日でこんな偶然があるとは思いもしなかったのだ。
「ユーリ!? なんでここに?」
「ちょっと用事があってね。タツキは?」
「仕事で、ってA103号室に行きたいんだけどどこだか分かる?」
「その講義室ならエレベーターを降りて右の奥から3番目の部屋だね。僕も丁度その講義室に用事があるんだ」
「ダメだ!! ユーリは来ちゃダメ。ちょっと危ないかもしれないから俺がいいっていうまでは講義室には近づかないで」
「それは頼もしいね、警察官さん」
「そういえばさっき森山を殺した犯人を所轄の刑事が捕まえたって連絡があった」
「えっ!? どんな奴ですか?」
樹は思わず前のめりに体を起こした。
「逮捕歴4回、岩本忠雄56歳。同じアパートの住人でずっと前から気に食わなかったんだってさ」
「このタイミングでそんな偶然なんて……、誰かに頼まれた可能性はないんですか?」
「それはある。でも依頼された証拠はない。岩本は2年前からあのアパートに住んでいるんだよ。だから動機にも矛盾は無い」
「つまり、森山の殺害に関してはこれで解決になるってことですか」
「だな」
これだけ完璧な犯人を目の前に差し出されたらそれ以上の捜査は不可能だ。仮にその裏に誰がいたとしても確証がない限り捜査を続行することは出来ない。はぁ、と息を吐いてシートに深く座り直すと青砥が樹の方を向いた。
「疲れた?」
「んー、少し疲れました。慣れないことしたんで」
前髪がなくなったせいで視界がクリアだ。薄暗い車内の中に街灯の灯りが飛び込むようにして青砥の頬を照らす。フォーマルな黒服を着こなした青砥はいつもよりも大人っぽく見え、樹を落ち着かなくさせた。
「その髪型似合ってる。樹の顔が良く見えるし」
そう言って手を伸ばした青砥が樹の頭をくしゃくしゃに撫で始めた。
「ちょ、ちょっと。これじゃセットが崩れますよ。言ってることとやってることが違うっ」
樹が身をよじっていると青砥の手が止まった。髪の毛はすっかりいつもの通りになって、今度は優しく青砥の指が髪の毛を整えていく。寄せられた前髪の隙間から見えるのは服の効果で男前度が2割増しした青砥だ。
「満足ですか?」
「うん」
口角を上げて青砥が小さな子供が笑うように微笑んだ。
うんって、なんて笑顔してんだよ……。
翌日、瑠璃から連絡が来たのは10時を回ったところだった。
「上地卓也って子に渡したらしい。上地くんって」
「四葉高校2年の上地卓也のことだよね?」
樹が言うと瑠璃は、知ってるの? と驚いた様子だ。
「一応捜査官なので」
「そっか、じゃあ、私が言うまでもなかったか」
「そんなことはないです。上地卓也はあくまで候補の一人でしたから、瑠璃さんのお陰で確信が持てました」
「そっか。理沙、苦しんでいる彼の力になりたかったって……。彼が犯罪者になってしまわないように、お願いします!」
「約束はできないけど、善処します」
通話を切ってすぐ青砥に報告すると「最悪だな」と言葉が返ってきた。
「理沙の周りにいる人物で上地ほど爆弾を使う動機を持っている者はいない」
その通りだった。
瑠璃が妹を説得している間、樹たちは妹のSNSを調べていた。昨日話す限り、あれだけの覚悟を持って爆弾をあげたというのならその相手は理沙の知り合いに違いない。SNSの日記、会話の内容を調べて仲の良いと思われる人間をリスト化したその中に上地卓也はいた。
上地には3歳年の離れた姉がいた。その姉が3か月前に自殺しており原因は不明だ。それまでは毎日のように更新されていた上地のSNSが姉の死を境にぴったりと更新されなくなったことが気になっていたのだ。
「位置情報、チェックしますね」
青砥と一緒に表示された位置情報を見る。上地の点は動いており、居場所は上地の通う学校でも家でもない。
「ここは……」
「ヤバイな……急ぐぞ!」
「急ぐってどこに?」
「あの近くに上地の姉が通っていた大学があるんだ!!」
若葉筑紫大学は東京ドーム10個分の広大な敷地を持っており、休み時間ともなれば大勢の学生が行き交っていた。位置情報を見ていた青砥が「参ったな」と呟く。
「位置情報が正確に表示されない」
「故障かなにかですか?」
「いや、地場の影響なんかな。時々、位置情報が正確に表示されない場所があるんだよ」
「でも上地がここにいるのは確かなんですよね」
「あぁ、仕方ない、この棟を二手に分かれて探そう」
上地聡子が在籍していた学部がある棟で聞きこみをしながら捜索する。上地卓也を見ていないという人ばかりだったが、そのうちの一人が重い口を開いた。
「聡子さんって夢野先生と付き合ってるって言う噂があったんですよね」
「夢野先生?」
「この大学の助教です。夢野先生って既婚者なんですよ」
「不倫してたってこと?」と樹が聞くと、その女子大生は深く頷いた。
「別れを切り出されて自殺したんじゃないかってもっぱらの噂です」
「その夢野先生は今、どこに?」
「どこだろ。もしかしたら1階のA103号室で次の講義の準備をしてるんじゃないかなぁ。いつも休み時間に次の講義の準備をしてるから」
「ありがとう」
樹は学内を駆けた。噂が本当で卓也が姉の復讐の為に動いているのだとしたら、間違いなく夢野先生のもとへ向かうはずだ。焦りを抱えたままエレベーターのボタンを連打し、扉が開くと同時に飛び乗った。
「タツキ?」
声をかけられて樹は一瞬固まった。昨日の今日でこんな偶然があるとは思いもしなかったのだ。
「ユーリ!? なんでここに?」
「ちょっと用事があってね。タツキは?」
「仕事で、ってA103号室に行きたいんだけどどこだか分かる?」
「その講義室ならエレベーターを降りて右の奥から3番目の部屋だね。僕も丁度その講義室に用事があるんだ」
「ダメだ!! ユーリは来ちゃダメ。ちょっと危ないかもしれないから俺がいいっていうまでは講義室には近づかないで」
「それは頼もしいね、警察官さん」
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