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第二章 N+捜査官
43. 惨めな女
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新婦の発言に凍り付く空気を感じながら樹は瑠璃の彼氏であることをアピールしようと瑠璃に寄り添うように立った。だが瑠璃の口から出たのは樹が聞いていたのとは違う言葉だった。
「彼氏じゃない。彼じゃなくて友達」
「え、そうなの? もしかしてまだ康彦のことが好きだって言うんじゃないわよね」
何か言い返そうとした瑠璃が黙って視線を落とした。たとえまだ気持ちが残っていたとしても「好きじゃない」と言い切ってしまえばいいのにと樹が思っていると「おい、やめろよ」と新郎が新婦に声をかけた。
「ダメよ。康彦は渡さない。康彦、瑠璃のこと気の利かない女だって言ってたのよ。朝起きてコーヒーも淹れてくれないし、仕事で疲れて帰ってきてもマッサージもしてくれないって」
新郎がもう一度新婦に呼びかけるのと樹が声を上げたのはほぼ同時だった。
「それって瑠璃さんがやらなきゃいけないことですか? 朝、コーヒーが飲みたいなら自分で淹れればいいことだし、マッサージをして欲しいならマッサージロボを買うなりマッサージ店にいくなりすればいい。子供じゃないんだから」
「なっ、好きだったらそれくらいするでしょ!!」
新婦の荒げた声に周りにいた何人かがこちらを振り返った。樹たちの周り以外はこの空気に気が付いておらず、音楽に体を揺らせて談笑を楽しんでいる。
「好きだったら、ね。そういうことでしか愛情を測れないんですね。俺は朝コーヒーを淹れてくれるとかよりも、人の痛みが分かる人かどうかの方が重要ですけど」
「樹、もう行こう。ね?」
樹をこの場から連れ出そうと瑠璃が樹の腕をつかんだ時、入り口のドアが開いて黒のタイトなスーツに身を包んだ青砥が現れた。少し乱れた髪の毛とかっちりとしたスーツが青砥の端正な顔立ちを引き立てる。いくつかの視線が青砥に向き、そのいくつかから伝わる様にして視線が増えた。
「あれって確かN+捜査官の人よね? GYUBUに時々出てるアオっていう……」そんな声も聞こえてくる。
「瑠璃、ごめん、遅くなった」
そう言って駆け寄った姿は映画のワンシーンのようで、見惚れるのを通り越して樹は呆れた。アタックナイトで女性に笑顔を振りまいていたあの時を思い出したのだ。
……ほんと、やろうと思えば何でも出来るんだよな。普段はあんなに仏頂面なのに。
「遅いわよ。もう帰るところよ」
青砥が小さな声でもう一度ごめんと謝りながら瑠璃の背中に手を回す。それから青砥の目がスッと細められたのを見て樹も慌てて瑠璃に駆け寄った。青砥と樹に挟まれて立った瑠璃が新郎新婦を振り返る。
「私はもう何とも思ってないわ。お幸せに」
前を向いた瑠璃の耳に口を寄せて樹は「お見事」と囁いた。まるで花が咲いたように瑠璃が笑う。イケメン二人と一緒に会場を後にする瑠璃はどこからどう見ても惨めな女ではなかった。
駐車場。青砥の乗ってきた車に乗り込むと瑠璃は真っ先に二人に頭を下げた。
「ありがとう。惨めな女と思われたくなくて新しい彼氏でもいれば少しはマシになるかと思ってたけど、樹君と一緒にいてなんか違うなって分かった。うまく言えないけど、沢山背中を押してもらった気がする」
「それは良かったです」
「ありがとう、本当に」
どうしいたしまして、と青砥が微笑む。樹は青砥に向き合うと「瑠璃さんのお礼の言葉の8割は俺のものですけどね」と得意げな顔をした。
「それでプレゼントの行方なんだけど……もし盗んでも私が訴えなきゃ犯罪にはならないわよね?」
瑠璃が言いにくそうに上目遣いで樹たちを見た。
「そうですね。瑠璃さんが盗まれたと訴えなければこの場合は犯罪にはならないと思います」
「良かった……。実は妹が持って行ったみたいなの。でも大丈夫。私が取りに行くまで動かさないで保管しておくように言っておいたから」
ちょっと待ってて、というと瑠璃はその場で通信を始めた。相手は妹の理沙だ。理沙は瑠璃の実家で両親と暮らしている15歳の少女だという。
「えぇっ? 無いってどういうことよ!」
樹と青砥が目を合わせてから瑠璃を見る。
「人に渡したってどういうこと? ちょっとちゃんと説明して」
青砥が瑠璃の腕を軽く叩いて、皆に話し声が聞こえる様にしてくれと伝えると瑠璃が頷いた。
「だから、人にあげちゃったからもうないの。お姉ちゃんは使わなくてもいいでしょ。どうせくだらない理由だろうし」
「くだらない理由ってアンタ……。だいたい、あのプレゼントの中身が何か知ってるの?」
「知ってる。爆弾って言うんでしょ。使い方の紙が入ってたし動画もあった」
言葉を発しようと口を開けた瑠璃を制して、青砥が理沙に話し掛けた。
「突然すみません。私は警視庁N+捜査課の青砥と申します。その爆弾は危険なものだという事もご存じですよね? 誰に渡したか教えてください」
「……それはできません」
「最悪の場合、誰かが死亡しあなたが爆弾を渡した人が犯罪者として捕まる可能性もあります」
「それも理解しています」
理沙は頑なだった。自身が犯罪者として捕まる可能性があることを伝えても覚悟はしていると答える。説得しようとすればするほど閉じていく扉を感じていた。
「青砥さん、樹、私が話をするから一晩だけ時間を下さい。二人でちゃんと話したいの」
「彼氏じゃない。彼じゃなくて友達」
「え、そうなの? もしかしてまだ康彦のことが好きだって言うんじゃないわよね」
何か言い返そうとした瑠璃が黙って視線を落とした。たとえまだ気持ちが残っていたとしても「好きじゃない」と言い切ってしまえばいいのにと樹が思っていると「おい、やめろよ」と新郎が新婦に声をかけた。
「ダメよ。康彦は渡さない。康彦、瑠璃のこと気の利かない女だって言ってたのよ。朝起きてコーヒーも淹れてくれないし、仕事で疲れて帰ってきてもマッサージもしてくれないって」
新郎がもう一度新婦に呼びかけるのと樹が声を上げたのはほぼ同時だった。
「それって瑠璃さんがやらなきゃいけないことですか? 朝、コーヒーが飲みたいなら自分で淹れればいいことだし、マッサージをして欲しいならマッサージロボを買うなりマッサージ店にいくなりすればいい。子供じゃないんだから」
「なっ、好きだったらそれくらいするでしょ!!」
新婦の荒げた声に周りにいた何人かがこちらを振り返った。樹たちの周り以外はこの空気に気が付いておらず、音楽に体を揺らせて談笑を楽しんでいる。
「好きだったら、ね。そういうことでしか愛情を測れないんですね。俺は朝コーヒーを淹れてくれるとかよりも、人の痛みが分かる人かどうかの方が重要ですけど」
「樹、もう行こう。ね?」
樹をこの場から連れ出そうと瑠璃が樹の腕をつかんだ時、入り口のドアが開いて黒のタイトなスーツに身を包んだ青砥が現れた。少し乱れた髪の毛とかっちりとしたスーツが青砥の端正な顔立ちを引き立てる。いくつかの視線が青砥に向き、そのいくつかから伝わる様にして視線が増えた。
「あれって確かN+捜査官の人よね? GYUBUに時々出てるアオっていう……」そんな声も聞こえてくる。
「瑠璃、ごめん、遅くなった」
そう言って駆け寄った姿は映画のワンシーンのようで、見惚れるのを通り越して樹は呆れた。アタックナイトで女性に笑顔を振りまいていたあの時を思い出したのだ。
……ほんと、やろうと思えば何でも出来るんだよな。普段はあんなに仏頂面なのに。
「遅いわよ。もう帰るところよ」
青砥が小さな声でもう一度ごめんと謝りながら瑠璃の背中に手を回す。それから青砥の目がスッと細められたのを見て樹も慌てて瑠璃に駆け寄った。青砥と樹に挟まれて立った瑠璃が新郎新婦を振り返る。
「私はもう何とも思ってないわ。お幸せに」
前を向いた瑠璃の耳に口を寄せて樹は「お見事」と囁いた。まるで花が咲いたように瑠璃が笑う。イケメン二人と一緒に会場を後にする瑠璃はどこからどう見ても惨めな女ではなかった。
駐車場。青砥の乗ってきた車に乗り込むと瑠璃は真っ先に二人に頭を下げた。
「ありがとう。惨めな女と思われたくなくて新しい彼氏でもいれば少しはマシになるかと思ってたけど、樹君と一緒にいてなんか違うなって分かった。うまく言えないけど、沢山背中を押してもらった気がする」
「それは良かったです」
「ありがとう、本当に」
どうしいたしまして、と青砥が微笑む。樹は青砥に向き合うと「瑠璃さんのお礼の言葉の8割は俺のものですけどね」と得意げな顔をした。
「それでプレゼントの行方なんだけど……もし盗んでも私が訴えなきゃ犯罪にはならないわよね?」
瑠璃が言いにくそうに上目遣いで樹たちを見た。
「そうですね。瑠璃さんが盗まれたと訴えなければこの場合は犯罪にはならないと思います」
「良かった……。実は妹が持って行ったみたいなの。でも大丈夫。私が取りに行くまで動かさないで保管しておくように言っておいたから」
ちょっと待ってて、というと瑠璃はその場で通信を始めた。相手は妹の理沙だ。理沙は瑠璃の実家で両親と暮らしている15歳の少女だという。
「えぇっ? 無いってどういうことよ!」
樹と青砥が目を合わせてから瑠璃を見る。
「人に渡したってどういうこと? ちょっとちゃんと説明して」
青砥が瑠璃の腕を軽く叩いて、皆に話し声が聞こえる様にしてくれと伝えると瑠璃が頷いた。
「だから、人にあげちゃったからもうないの。お姉ちゃんは使わなくてもいいでしょ。どうせくだらない理由だろうし」
「くだらない理由ってアンタ……。だいたい、あのプレゼントの中身が何か知ってるの?」
「知ってる。爆弾って言うんでしょ。使い方の紙が入ってたし動画もあった」
言葉を発しようと口を開けた瑠璃を制して、青砥が理沙に話し掛けた。
「突然すみません。私は警視庁N+捜査課の青砥と申します。その爆弾は危険なものだという事もご存じですよね? 誰に渡したか教えてください」
「……それはできません」
「最悪の場合、誰かが死亡しあなたが爆弾を渡した人が犯罪者として捕まる可能性もあります」
「それも理解しています」
理沙は頑なだった。自身が犯罪者として捕まる可能性があることを伝えても覚悟はしていると答える。説得しようとすればするほど閉じていく扉を感じていた。
「青砥さん、樹、私が話をするから一晩だけ時間を下さい。二人でちゃんと話したいの」
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