【SF×BL】碧の世界線 

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第二章 N+捜査官

32. 避ける理由

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 寮とは反対方向、警視庁からも離れた待ち合わせ場所を目指して樹は歩いていた。青砥に連絡をしたのは3時間前、断られたらどうしようという不安を抱えながらしたお茶の誘いを青砥はすんなりと了承した。

寮から遠いお店を指定したにもかかわらず何も言わなかったところをみると、話す内容に察しがついているのかもしれない。

19時の夕食時の時間だというのにお茶にしたのは、食事が喉を通る気がしなかったからだ。樹の足取りは重い。

こういうのなんて言うんだっけかな。絞首台に上る気持ちか……。

あの日の樹の痴態を見て、青砥は樹を生理的に受け付けなくなったに違いない。ちゃんとそれを確認したら、班長と課長にチームの異動を願い出るつもりだ。

確認しなくても異動願いを出せば良いのではないかと何度も思ったが、曖昧にしているこの状況もしんどい。ほらな、結局お前は人から嫌われる運命なのだと幼い樹が囁いた。

「近づきすぎたな……」

声に出せば音は内にはこもらず、耳から入ってくる侵入者だ。その方が幾分か楽な気がした。

 指定したカフェはガラス張りのカジュアルなカフェだった。店に入る前から奥の席に青砥が座っているのが見える。このまま用事が出来たと帰って何も気が付かなかったことにしようか、そんな考えが浮かぶくらいに樹は孤独な恐怖の中にいた。

 ガラス越し、青砥と目が合う。軽く手を上げた青砥にどう返すべきか分からず、コーヒーを受け取ると早足で席に直行した。

「体、なんともなかったって? 朝、班長から聞いた」

「あ、はい。大丈夫でした」

良かったな、と青砥が言う。定型文のようなその言葉にさえ樹の心はいっぱいいっぱいだった。口の横に青痣を作っている青砥の体調を気遣う余裕もなく、樹の心の中にあったグラスに一滴また一滴と落ちる。表面張力によってかろうじてグラスの中に収まっている、そんな状態だ。

「アオさん、俺のことダメになったでしょ」

「え?」
「あんなところ見せられて、手伝いまでさせられて」

「樹? お前何言って」

手が震える。本当はいつだって怖いのだ。必要な人が自分から去っていく、求めていたのに樹の手からすり抜けてしまう。グラスは大きくはならなくてこれ以上受け止めきれないのに。

「俺、明日にでも班長に言ってチームを変えて貰えるようにお願いするんで」

名前を呼ばれても青砥の表情を知ることが怖くて下を向いたままだ。

「視界に映るのも厳しいのかもしれないけど、それはすみません。俺、ここをやめるわけにはいかなくて」

「樹? 樹っ、このバカっ。こっち見ろ」

青砥の大きな声にビクッと体が揺れたがそれを悟られない様に樹は顔を上げた。目の前にいる青砥は明らかに困った顔をしており、周囲からの視線もいくつか感じる。喫茶店でのこの状況は別れ話をするカップルのようだ。

「そんなふうになってるのって俺の態度のせいだよな?」

認めることを憚った樹は顔を背けることで返事とした。

「ごめん、俺が悪かった。ちゃんと理由を話すから場所を変えてもいいか?」

想像をしていなかった優しい声色に樹は絞首台から一歩遠ざかった気がした。


 夜の公園は人気が無くて静かだ。元の世界の殺風景な公園とは違い植物を模すことの多いこの世界では、公園は子供向けアニメ映画に登場する夢の植物園のような感じだ。大小さまざまな背丈のキノコ型ライトが公園をほんのりと照らす。

切り株ベンチに並んで座ると青砥はもう一度ごめんと謝った。

「樹のせいじゃないんだ。ちょっと俺の脳がバグってるだけで……、ほら、俺、N+が脳にあるからその影響もあって……」

いつもははっきりと物事を話す青砥が今日は歯切れが悪い。その上、ぐるぐると言い訳のようなことを話し出して、絞首台に向かっていた樹の心は次第に落ち着きを取り戻していった。

「ちょっと意味が分からないんではっきり言って貰えますか?」
「あー……」

ここまで言ってもこの調子だ。そんなに話しにくいことなのだろうか。樹が辛抱強く待っていると青砥は意を決したように口を開いた。

「樹のあの時の……ホテルでの姿が忘れられなくて、思考を持っていかれる」

「それってやっぱり……」
「違うんだよ。嫌悪の方じゃなくて、性欲の方」

「は?」


「だから、樹を見てスイッチが入ってしまうとそれしか考えられなくなるんだよ」

「は……」

想像もしていなかった言葉に樹は口を大きく開けて固まった。

そんな盛りのついた動物みたいなこと……。でも、待てよ?

Dとの戦いの最中も青砥が樹を避けた瞬間があった。普通の人なら命のかかわる緊迫した場面で性欲に思考を持っていかれるなどないのではないか。

樹の中に青砥の言わんとしていることがようやく降りてきた。他を考える全ての思考が停止してそっちに持っていかれるなら、それは青砥にとって致命傷になる。

「それってどうやって治すんですか? どうしたら元に……」

「今朝、病院に行って来た。担当医に診て貰ったらドーパミンの分泌量が増えているらしい。その上、脳全体が興奮状態にあって」

「すみません、もうちょっと分かりやすく」

「つまり極度の欲求不満状態になってる。N+能力が反応して全ての事柄をそっちに結びつけようとするから今の俺はサル並みの脳だ」

「欲求不満状態……なら解消すればいいんじゃ」

樹が青砥を見ると青砥は口元に手を当てて横を向いていた。

欲求不満の解消、樹でもその考えに行き着いたのだから青砥ならばとっくに考えたはずだ。この世界に風俗があるかは分からないが、解消できる方法があるなら青砥は淡々とこなすだろう。それをしてないってことは……。

樹は少しの間考えてから口を開いた。

「アオさん、俺としましょう」

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