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第二章 N+捜査官
29. D
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扉が開いた瞬間から甲高い金属音が響いている。何か硬い物が絶えずぶつかっているような音だ。階段の先に光が見える。青砥を先頭に階段の途中まで下りると、相沢の声が聞こえた。
「た、頼む、何でもする! 望むものはなんでもやるっ」
怯えて緊迫している声。ここにDがいるという事はもはや疑いようがなかった。
「欲しい物なんてないですよ。強いて言うなら、あなたの苦しむ姿でしょうか」
これがDの声、どこかで聞いたような……。
思っていたよりもずっと優しい声色に樹は非現実空間にいるような気持になった。これから残虐なことを行おうとしている人の声にはとても思えない。Dが自分の意思で人を痛めつけることが出来る人間だという事は分かっている。だがその刃が罪を犯した者にだけ向くのだとすれば、悪とは言い切れない。樹の中の善悪の天秤がゆらゆらと揺れていた。
『ちょっとあんたたち、今応援が向かってるから突入しちゃダメよ』
小さな声で霧島が言う。その声は山口にしか届かなかったが、樹には山口が笑った息が聞こえた。「そうはいかないようですねぇ」と言った山口の声に被さる様にしてDが「あーぁ」と言った。
「見つかっちゃったな。階段にいる方たち、何にも気が付かなかったことにして引き返してもらえませんか? ほんの1時間ほど知らなかったことにしてくれればいい」
「いやだっ、ダメだいかないでくれ。罪は償う、もう二度とこんなことはしない」
「罪は償う? 二度としないだと?」
優しかったDの声色が一瞬にして低くなった。地を這うような声色は怒りの感情でしかない。
「罪は償えないんですよ。死んだ人間は生き返らない。反省もしなくて結構。彼らの痛みを自身の体で知れ」
階段の下、明かりが当たるその場所に指が見えた。尻もちをついた相沢が後ずさりしたのだ。距離にして3メートル。顔面蒼白の相沢が樹たちを見た。青砥が走り出す。全てが見えなくてもDの言葉と相沢の表情で何が起こるかは分かる。走り出した青砥を引き戻すかのように樹は手を伸ばした。
「アオさん!!」
相沢を守る様に覆いかぶさった青砥の背中めがけて鉄の板が飛ぶ。
何かを思う暇もない程のわずかな時間、次に樹の視界に飛び込んできたのはもう1枚の鉄の物体だ。その物体は青砥に向かって飛んだ鉄を弾き飛ばして壁にぶつかった。樹と山口も青砥に追いつく。すると正面にいたのは顔の上部3分の2にモザイクのマスクをつけた黒服の男だった。
身長は180センチ以上、体にフィットする服が鍛えられた体のラインを浮き上がらせる。まるでダンサーのような体だ。あのマスク……。途端にあの日の記憶が蘇る。
薬を盛られた俺を助けてくれた!?
いや、でもDが俺を助ける理由が……。
「急に飛び出したら危ないよ。君たちを傷つけるのは不本意だからね」
背中を向けていた青砥が正面を向いてDと向き合う。
「このまま大人しく捕まって貰うわけにはいかないですか?」
Dが声を上げて笑った。
「僕が? 冗談でしょ」
「それなら、力ずくで捕まえるしかないわねぇ」
山さんが戦いの構えをとったのを見て、樹も吹き矢を手にした。
「相沢社長、今のうちに上へ」
青砥の指示に相沢が階段へ駆け寄ろうとするとDの前に置いてあった椅子が何かに弾かれたように動き、相沢の行く先を横切って壁に激突した。もう少し早く相沢が動いていればぶつかって確実に体の骨は折れただろうと思う程の威力だ。
「逃がさないよ。その男が何をしたか知らないわけじゃないだろ?」
「あぁ、知っている」
「君たちの知っているは表面上だけの知っているだ。そこにリアルは無い。身を引きちぎられるような感情は伴わないだろう?」
Dの目はモザイクのマスクに隠れているのに、それでも青砥を睨んでいるような気がした。
「川村晴美、20歳、アタックナイトで薬を盛られ強姦されて自殺、山田一郎42歳、相沢に薬を貰い中毒状態に。その後自宅に火を放ち一家4人死亡、7歳の娘だけが生き残った」
Dは次々と被害者の話をした。その中には警察が把握していないものも含まれている。
「まだまだ、僕が知っているだけでも30人以上いるよ。全員が死ななくてもいい命だった。その男が私欲の為に薬を製造しなければ、これだけの命がまだ生きていたし、数百人は薬物中毒にならずにすんだはずだ」
「かっ、会社の業績を上げたかったんだ。私には従業員の生活を守る責任がある!」
「だからといって何をしても良いとはならない」
Dに冷たく吐き捨てられて、相沢がうなだれたまま目を逸らした。
「この男は我々が逮捕して罪を償わせる」
「さっきも言ったけど、僕がこの男に望むのは反省でも罪を償うことでもない。恐怖を味わって、苦しんで死ぬことだ」
Dが作業台にあったガラス製の瓶を持ち相沢の方へ向けて手のひらを開いた。それだけで瓶は野球のボールのように速度を持って飛び、相沢の前に立った山口が瓶を叩き落とした。
「発のN+か……あれだけの威力を持つとなると厄介だな」
青砥の呟きに山口が頷く。
「気を集めて掌から爆発的に発することが出来るのねぇ。どんな物でもあの手から高速で発されれば凶器になるわ」
「僕の話を聞いても気は変わらなそうだね」
足音も立てずにDが歩く。その先にはたくさんの瓶やピンセット等の道具が収納された棚があった。
「そうなるわねぇ」
「不本意だけど仕方ないか。多少の怪我は覚悟して下さいね」
「た、頼む、何でもする! 望むものはなんでもやるっ」
怯えて緊迫している声。ここにDがいるという事はもはや疑いようがなかった。
「欲しい物なんてないですよ。強いて言うなら、あなたの苦しむ姿でしょうか」
これがDの声、どこかで聞いたような……。
思っていたよりもずっと優しい声色に樹は非現実空間にいるような気持になった。これから残虐なことを行おうとしている人の声にはとても思えない。Dが自分の意思で人を痛めつけることが出来る人間だという事は分かっている。だがその刃が罪を犯した者にだけ向くのだとすれば、悪とは言い切れない。樹の中の善悪の天秤がゆらゆらと揺れていた。
『ちょっとあんたたち、今応援が向かってるから突入しちゃダメよ』
小さな声で霧島が言う。その声は山口にしか届かなかったが、樹には山口が笑った息が聞こえた。「そうはいかないようですねぇ」と言った山口の声に被さる様にしてDが「あーぁ」と言った。
「見つかっちゃったな。階段にいる方たち、何にも気が付かなかったことにして引き返してもらえませんか? ほんの1時間ほど知らなかったことにしてくれればいい」
「いやだっ、ダメだいかないでくれ。罪は償う、もう二度とこんなことはしない」
「罪は償う? 二度としないだと?」
優しかったDの声色が一瞬にして低くなった。地を這うような声色は怒りの感情でしかない。
「罪は償えないんですよ。死んだ人間は生き返らない。反省もしなくて結構。彼らの痛みを自身の体で知れ」
階段の下、明かりが当たるその場所に指が見えた。尻もちをついた相沢が後ずさりしたのだ。距離にして3メートル。顔面蒼白の相沢が樹たちを見た。青砥が走り出す。全てが見えなくてもDの言葉と相沢の表情で何が起こるかは分かる。走り出した青砥を引き戻すかのように樹は手を伸ばした。
「アオさん!!」
相沢を守る様に覆いかぶさった青砥の背中めがけて鉄の板が飛ぶ。
何かを思う暇もない程のわずかな時間、次に樹の視界に飛び込んできたのはもう1枚の鉄の物体だ。その物体は青砥に向かって飛んだ鉄を弾き飛ばして壁にぶつかった。樹と山口も青砥に追いつく。すると正面にいたのは顔の上部3分の2にモザイクのマスクをつけた黒服の男だった。
身長は180センチ以上、体にフィットする服が鍛えられた体のラインを浮き上がらせる。まるでダンサーのような体だ。あのマスク……。途端にあの日の記憶が蘇る。
薬を盛られた俺を助けてくれた!?
いや、でもDが俺を助ける理由が……。
「急に飛び出したら危ないよ。君たちを傷つけるのは不本意だからね」
背中を向けていた青砥が正面を向いてDと向き合う。
「このまま大人しく捕まって貰うわけにはいかないですか?」
Dが声を上げて笑った。
「僕が? 冗談でしょ」
「それなら、力ずくで捕まえるしかないわねぇ」
山さんが戦いの構えをとったのを見て、樹も吹き矢を手にした。
「相沢社長、今のうちに上へ」
青砥の指示に相沢が階段へ駆け寄ろうとするとDの前に置いてあった椅子が何かに弾かれたように動き、相沢の行く先を横切って壁に激突した。もう少し早く相沢が動いていればぶつかって確実に体の骨は折れただろうと思う程の威力だ。
「逃がさないよ。その男が何をしたか知らないわけじゃないだろ?」
「あぁ、知っている」
「君たちの知っているは表面上だけの知っているだ。そこにリアルは無い。身を引きちぎられるような感情は伴わないだろう?」
Dの目はモザイクのマスクに隠れているのに、それでも青砥を睨んでいるような気がした。
「川村晴美、20歳、アタックナイトで薬を盛られ強姦されて自殺、山田一郎42歳、相沢に薬を貰い中毒状態に。その後自宅に火を放ち一家4人死亡、7歳の娘だけが生き残った」
Dは次々と被害者の話をした。その中には警察が把握していないものも含まれている。
「まだまだ、僕が知っているだけでも30人以上いるよ。全員が死ななくてもいい命だった。その男が私欲の為に薬を製造しなければ、これだけの命がまだ生きていたし、数百人は薬物中毒にならずにすんだはずだ」
「かっ、会社の業績を上げたかったんだ。私には従業員の生活を守る責任がある!」
「だからといって何をしても良いとはならない」
Dに冷たく吐き捨てられて、相沢がうなだれたまま目を逸らした。
「この男は我々が逮捕して罪を償わせる」
「さっきも言ったけど、僕がこの男に望むのは反省でも罪を償うことでもない。恐怖を味わって、苦しんで死ぬことだ」
Dが作業台にあったガラス製の瓶を持ち相沢の方へ向けて手のひらを開いた。それだけで瓶は野球のボールのように速度を持って飛び、相沢の前に立った山口が瓶を叩き落とした。
「発のN+か……あれだけの威力を持つとなると厄介だな」
青砥の呟きに山口が頷く。
「気を集めて掌から爆発的に発することが出来るのねぇ。どんな物でもあの手から高速で発されれば凶器になるわ」
「僕の話を聞いても気は変わらなそうだね」
足音も立てずにDが歩く。その先にはたくさんの瓶やピンセット等の道具が収納された棚があった。
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