【SF×BL】碧の世界線 

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第二章 N+捜査官

26. 秩序と心

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「林はじめの遺体が発見された!?」

前日の夜型勤務の影響で午後から出勤した樹たちの耳に飛び込んできたのは、樹が逃がしたバーテンダー林はじめが死亡したという情報だった。

「えぇ、発見されたのは午前7時。清掃会社の社員がロボットに街を清掃させていたところ、ロボットから送られてくる映像に血を流して倒れている人物が写っていると通報。発見に至りました」

「死亡推定時刻は?」
樹の問いに如月が静かに答える。

「今日の午前2時頃とのことです」
「俺がちゃんと林を捕まえられていれば……」

思いもよらない事態に樹は視線を落として拳を握った。肩が震える。逃げたのならまた捕まえればいいと思っていた。

何としてでも探し出すつもりでいたのにまさかこんな形で見つかるなんて……。俺が捕まえてさえいればなくならない命だったのに。

「樹、今は後悔とかいらないから。犯人つかまえるぞ」
「はいっ」

唇を真一文字に閉めて樹は顔を上げた。慰めるでもなく、やるべきことを淡々と告げる青砥の真顔が今は有難かった。

「で、犯人は分かっているんですか?」
「アオ君の想像通りですよ」
「じゃあDが?」

「死体の状況からしてそうですね。Dのことだから被害者を怖がらせるために時間をかけて殺したと思います。1時間林と向き合ったとして逆算すると午前0時にはDは林と会っているはずです。樹君が林を逃がした直後には会っていると思うのですが、何か心当たりは?」

如月が樹を見ると同時に青砥が、そういえば、と口にした。

「樹を発見した時、去っていく黒い影を見ました」

「樹君は何か覚えていますか? 睡眠薬を飲まされて意識が朦朧としていたんでしたよね?」

樹は驚いて青砥を見たが、青砥は知らん顔のままだ。

「いえ、俺は何も……?」
何も? 本当にそうだったか?

 樹は自身に問いかけた。あの時の樹は急激に熱くなる体に対応できずに、風邪で高熱を出した時とよく似た感じになっていた。回らない頭、朦朧とする意識、逃げた林を追いかけて走りたいのに思うように体が動かずに壁に寄り掛かって……それから……。

樹が自身に問いかけることで朧気だった記憶が形を持ち始めた。樹の頭を優しく撫でる手、頬に触れる指、口の中を擦る様にして錠剤を……。
夢ではないかと思うくらい倒錯した記憶だ。

何か言ってたような……。もしかして、俺、助けられた?

「樹?」
「誰かいたような気もします。でも顔はどうだったか……」

「そうですか。じゃあ何か思い出したら教えて下さい。状況から言ってアオ君が見たというその男がDの可能性は高いと思います」

あれがD!?

予期せぬ言葉に樹が目を見開いていると、如月ぃ、と呼びながら小暮が部屋に入ってきた。小暮は一瞬鼻をヒクつかせると安心したように声を上げた。

「相沢富市の方はどうだ? 何か動きはあったか?」

「いえ、相変わらず会社と自宅との往復だそうです。飲みに行く気配もないと霧島が言っていました」

「そうか……、林死亡の件、大々的に放送されるようにけしかけておいてくれ。それから、相沢の見張りを一旦退かせろ」

「それはつまり相沢富市をおとりにしてDを捕まえるってことですか」

青砥が言うと小暮はニヤリと笑った。

「分かってるじゃねーか。いつまでもDを放置するわけにもいかないからな。これ以上、犯行を続けさせるわけにはいかねぇ」

「でも、Dって犯罪者を罰しているんですよね?」

樹が推察するに、相沢製薬は何らかの危険な薬を製造しアタックナイトを通して販売していた。具体的な被害者はまだ分かってはいないが、エリカが言うには薬に手を出して消えた人が何人かいるという。Dが動かなければ、この事件はまだ表面化していなかったはずだ。

「あぁ? もしかしてお前Dを捕まえなくてもいいなんて思っていないだろうな?」

小暮が鋭い目を樹に向け、樹は押し黙った。見かねた如月が優しく息を吐く。

「林には難病の妹がいてね、その妹の病院代を稼ぐ為に薬の販売に手を染めていた節があるんですよ」

「妹の、ため?」

「収入の全部を妹の病院代に使っていたかは不明ですけどね。勿論だからといって犯罪に手を染めていいということはありません。林がきっかけとなって薬に溺れた人もいたでしょうし、罪は罪です。でも、林には更生する余地があったとは思いませんか?」

更生……、と樹は呟いた。

罪を反省して、償って、自分が犯した罪を背負って生きていく。如月の言いたいことは分かる。確かに罪を犯した人間すべてが死ぬべきだと樹は思っていない。でも、もし、林が売った薬で優愛が死んだとしたら同じ目に合わせてやりたいと思う。


 さっきまで林が自分のミスで死んだと後悔していたのに犯罪者なのだと再び認識した途端、林の死が仕方ないことのように思えてくる。樹はいつの間には真っ暗なトンネルに飲み込まれたかのようだった。

「樹、お前がどういう考えを持とうが俺にはそれを矯正する術はない。だがな、警察の仕事はこの国の安全と秩序を守ること。その為に犯人を捕まえるのであって、犯人を裁く事ではない。そして人を殺すDは俺たちからすりゃ立派な犯罪者だ」

「小暮課長!! 有麗町で火災発生です!」

突然割り込んできた声に小暮は「またかよ」と吐き捨てた。
「おい!Bチーム!! 出動だっ」

走り去っていく小暮の姿を見つめながら、樹はポソリと呟いた。
「分かってますよ……」
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