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第二章 N+捜査官
23. 現行犯逮捕
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「飲まないの?」
「い、いただきます」
職務中に酒を飲むわけにもいかず、エリカに勧められて飲まないわけにもいかず、樹は何度もグラスを傾けては唇を濡らすだけにとどめていた。
「なんかあんまり飲んでなくなーい?」
「そんなことないですよ」
「えー、そんなことなくないよー。だってほら、これしか減ってない」
エリカは輪っかにした人差し指と親指を2ミリだけ離して自分の顔の前にかざして見せた。ね? と首を傾ける。
「お酒飲むと楽しくなれるよー。じゃあ、よぴこ、で一緒に飲もうよ。よーぴこっ」
よぴこって何だよ……。
エリカが勝手に樹のグラスに自身のグラスをコツンとぶつけてから口に運ぶ。何が何でも樹に酒を飲ませたいらしい。
いっその事グラスを倒してしまおうか。そしてもう一度酒を取りに行けば10分は稼げる。そう思った樹が自身のグラスを掴んだ時、視界に青砥を捉えた。青砥はにこやかに微笑みながら近づいてきて、テーブルの上に透明な袋に入った錠剤を置いた。錠剤は4分の1が欠けている。
「唐木恵梨香、違法薬物取締法違反により現行犯逮捕する」
エリカの耳元で青砥が囁いた。樹に青砥の声は聞こえなかったが、半笑いのエリカが表情を強張らせて青砥を見たのを見て、青砥が何かを仕掛けたのだと気付いた。
「何? なんの冗談?」
「冗談じゃないよ。それ、さっきタクの酒に入れたものとすり替えたんだ。トイレに行っているフリしてこの錠剤の成分を調べたらガセトフェミンが検出された」
青砥はそう言ってポケットに入れていた警察証をエリカに見せた。一瞬にしてエリカの顔から表情が消え、逃げようと体を動かしたが笑顔の青砥の手がエリカの腕をしっかりとつかんでいた。
「協力してくれるなら今回の件に関しては罪に問わないけど」
青砥の言葉にエリカが吐き捨てるような目で樹を見た。お前も仲間か、とその失望した目が言っている。
「協力するしかないんでしょ」
エリカの話を要約するとこうだ。
アタックナイトで薬が売られるようになったのは3年ほど前からだという。購入できるのは常連、もしくはその常連からの紹介者のみで、バーテンダーに声をかけるらしい。
「ナイトが睡眠薬、バーンが淫剤、アイがヤバイやつだって聞いてる」
「ヤバイってどんな風に?」
「なんつーか、幸せになれるらしいよ。だから戻ってこれないっていうハナシ。実際アイに手を出して消えたやつ何人か知ってるし」
エリカはどこか得意げだ。まるで武勇伝でも語っているかの口調が樹の神経を逆なでする。
「その薬は普段どこに置いてある?」
「そんなこと私が知ってるわけないじゃない」
そうこうしているうちに、アタックナイトに来るには若干地味な格好をした二人が樹たちの傍に寄ってきた。青砥が呼んでいた警察官だろう。
「彼女を頼む。彼女が外に出たと同時に突入で」
青砥の言葉に警察官が頷いた。
水面下で進むこの状況に周りはまだ気が付いていない。青砥に言いたいことも聞きたいこともあったが、今はその時じゃないと樹は言葉を飲み込んだ。
「エリカが出て10分後に警察官が突入する。俺はオーナーを確保しに二階へ行くから樹はバーテンダーを頼む。オーナーが薬の売買を知らないって線もあるから、今のうちにバーテンダーも捕まえておきたい」
「了解」
青砥と離れバーカウンターに向かった時だった。
「警察よ!! 逃げてっ!!」
イヤーカフから突如響いた声。思わずエリカの方を振り向くと同時に人がどっと入り口に向かって動いた。訳も分からずに逃げ出す者、立ち尽くす者、混沌と化す現場で青砥が叫びながら走る。
「全員動くな! 逃げても調べがつく!」
それでも人の波は止まらない。
あいつはどこだ!? 見渡してバーテンダーを探すが、何人もの人が樹の前を横切り視界は途切れるばかりだ。倒れているカフェテーブルの支柱に足をかけて樹は伸びあがった。
見つけた! あいつだ。
大きな人の流れから外れて店の裏手とも違う方向へ足る男は、グラスに的確に氷を投げ入れていたあの男に違いない。人ごみをかき分け樹はバーテンダーを追った。
厨房、倉庫の奥、荷物を両手で払いのけてその奥に隠れていた窓を開けた。バーテンダーは一度だけ振り返って樹を確認すると窓から外へ飛び出した。
「待てっ、逃げれば罪は重くなるぞ!」
樹の声に耳も貸さない。路地を走り、壁を越え、まるで障害物競走のようだ。全速力の攻防に息が上がり肩で息をする。見失わないようにするのが精いっぱいだ。走りながら義手にくっつけて収納してある吹き矢を取り出した。
「止まれ! 止まらないのなら力ずくでいく」
バーテンダーが振り返り、樹が持つ吹き矢を視線でとらえるとその場に立ち止まった。大通りに続く小道、男の背後から眩い看板の明かりが差し込んで見えづらい。
「初めて見る顔だと思ってたら、刑事さんだったんですね。エリカのやつ、はっ……刑事に薬盛ろうとしてたなんて笑える」
バーテンダーは降参といわんばかりに両手をあげた。樹は呼吸を整えながらゆっくりバーテンダーに近づく。
「違法薬物取締法違反により現行犯逮捕する」
「林はじめ」
「は?」
「林はじめ。どうせなら名前呼ばれて逮捕されたいんだけど」
何言ってんだ、こいつ……。
樹はそう思ったが今日の樹は消耗していた。名前を言うだけで面倒な言葉の応戦を回避できるのならそれでいい。樹はパンツの後ろポケットから手錠を取り出すともう一度罪状を口にした。
「林は……っ!?」
突然口の中に広がった香料のような香り。樹が口の中の液体を慌てて吐き出そうとするも林の拳が飛んできて避けた。林が両手をひらひらと揺らす。途端にバーカウンターで的確に氷を投げ入れていた林の姿が思い起こされた。
「これはなんだ? 何を飲ませた!?」
「い、いただきます」
職務中に酒を飲むわけにもいかず、エリカに勧められて飲まないわけにもいかず、樹は何度もグラスを傾けては唇を濡らすだけにとどめていた。
「なんかあんまり飲んでなくなーい?」
「そんなことないですよ」
「えー、そんなことなくないよー。だってほら、これしか減ってない」
エリカは輪っかにした人差し指と親指を2ミリだけ離して自分の顔の前にかざして見せた。ね? と首を傾ける。
「お酒飲むと楽しくなれるよー。じゃあ、よぴこ、で一緒に飲もうよ。よーぴこっ」
よぴこって何だよ……。
エリカが勝手に樹のグラスに自身のグラスをコツンとぶつけてから口に運ぶ。何が何でも樹に酒を飲ませたいらしい。
いっその事グラスを倒してしまおうか。そしてもう一度酒を取りに行けば10分は稼げる。そう思った樹が自身のグラスを掴んだ時、視界に青砥を捉えた。青砥はにこやかに微笑みながら近づいてきて、テーブルの上に透明な袋に入った錠剤を置いた。錠剤は4分の1が欠けている。
「唐木恵梨香、違法薬物取締法違反により現行犯逮捕する」
エリカの耳元で青砥が囁いた。樹に青砥の声は聞こえなかったが、半笑いのエリカが表情を強張らせて青砥を見たのを見て、青砥が何かを仕掛けたのだと気付いた。
「何? なんの冗談?」
「冗談じゃないよ。それ、さっきタクの酒に入れたものとすり替えたんだ。トイレに行っているフリしてこの錠剤の成分を調べたらガセトフェミンが検出された」
青砥はそう言ってポケットに入れていた警察証をエリカに見せた。一瞬にしてエリカの顔から表情が消え、逃げようと体を動かしたが笑顔の青砥の手がエリカの腕をしっかりとつかんでいた。
「協力してくれるなら今回の件に関しては罪に問わないけど」
青砥の言葉にエリカが吐き捨てるような目で樹を見た。お前も仲間か、とその失望した目が言っている。
「協力するしかないんでしょ」
エリカの話を要約するとこうだ。
アタックナイトで薬が売られるようになったのは3年ほど前からだという。購入できるのは常連、もしくはその常連からの紹介者のみで、バーテンダーに声をかけるらしい。
「ナイトが睡眠薬、バーンが淫剤、アイがヤバイやつだって聞いてる」
「ヤバイってどんな風に?」
「なんつーか、幸せになれるらしいよ。だから戻ってこれないっていうハナシ。実際アイに手を出して消えたやつ何人か知ってるし」
エリカはどこか得意げだ。まるで武勇伝でも語っているかの口調が樹の神経を逆なでする。
「その薬は普段どこに置いてある?」
「そんなこと私が知ってるわけないじゃない」
そうこうしているうちに、アタックナイトに来るには若干地味な格好をした二人が樹たちの傍に寄ってきた。青砥が呼んでいた警察官だろう。
「彼女を頼む。彼女が外に出たと同時に突入で」
青砥の言葉に警察官が頷いた。
水面下で進むこの状況に周りはまだ気が付いていない。青砥に言いたいことも聞きたいこともあったが、今はその時じゃないと樹は言葉を飲み込んだ。
「エリカが出て10分後に警察官が突入する。俺はオーナーを確保しに二階へ行くから樹はバーテンダーを頼む。オーナーが薬の売買を知らないって線もあるから、今のうちにバーテンダーも捕まえておきたい」
「了解」
青砥と離れバーカウンターに向かった時だった。
「警察よ!! 逃げてっ!!」
イヤーカフから突如響いた声。思わずエリカの方を振り向くと同時に人がどっと入り口に向かって動いた。訳も分からずに逃げ出す者、立ち尽くす者、混沌と化す現場で青砥が叫びながら走る。
「全員動くな! 逃げても調べがつく!」
それでも人の波は止まらない。
あいつはどこだ!? 見渡してバーテンダーを探すが、何人もの人が樹の前を横切り視界は途切れるばかりだ。倒れているカフェテーブルの支柱に足をかけて樹は伸びあがった。
見つけた! あいつだ。
大きな人の流れから外れて店の裏手とも違う方向へ足る男は、グラスに的確に氷を投げ入れていたあの男に違いない。人ごみをかき分け樹はバーテンダーを追った。
厨房、倉庫の奥、荷物を両手で払いのけてその奥に隠れていた窓を開けた。バーテンダーは一度だけ振り返って樹を確認すると窓から外へ飛び出した。
「待てっ、逃げれば罪は重くなるぞ!」
樹の声に耳も貸さない。路地を走り、壁を越え、まるで障害物競走のようだ。全速力の攻防に息が上がり肩で息をする。見失わないようにするのが精いっぱいだ。走りながら義手にくっつけて収納してある吹き矢を取り出した。
「止まれ! 止まらないのなら力ずくでいく」
バーテンダーが振り返り、樹が持つ吹き矢を視線でとらえるとその場に立ち止まった。大通りに続く小道、男の背後から眩い看板の明かりが差し込んで見えづらい。
「初めて見る顔だと思ってたら、刑事さんだったんですね。エリカのやつ、はっ……刑事に薬盛ろうとしてたなんて笑える」
バーテンダーは降参といわんばかりに両手をあげた。樹は呼吸を整えながらゆっくりバーテンダーに近づく。
「違法薬物取締法違反により現行犯逮捕する」
「林はじめ」
「は?」
「林はじめ。どうせなら名前呼ばれて逮捕されたいんだけど」
何言ってんだ、こいつ……。
樹はそう思ったが今日の樹は消耗していた。名前を言うだけで面倒な言葉の応戦を回避できるのならそれでいい。樹はパンツの後ろポケットから手錠を取り出すともう一度罪状を口にした。
「林は……っ!?」
突然口の中に広がった香料のような香り。樹が口の中の液体を慌てて吐き出そうとするも林の拳が飛んできて避けた。林が両手をひらひらと揺らす。途端にバーカウンターで的確に氷を投げ入れていた林の姿が思い起こされた。
「これはなんだ? 何を飲ませた!?」
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