【SF×BL】碧の世界線 

SAI

文字の大きさ
上 下
39 / 129
第二章 N+捜査官

15. 抱きしめているだけ

しおりを挟む
 東京港に着いて車を降りた瞬間からベタっとした塩の香りに包まれた。波が岸壁にぶつかり、バシャン、バシャンと音を立てている。

「どの辺でしたっけ?」

青砥は山口が送ってくれた位置情報を空中に表示すると、もう少し向こうの方だな、と指さした。

「そっちは海ですけどね。人がいそうな建物は何もない」
「でもこっちなんだよ」

 防波堤を沖に向かって歩く。頭の中でエルビスプレスリーのスタンドバイミーが流れ始めた時点で悪い予感はしていた。それは小学生の仲良し4人組が死体を探す旅に出る映画で、樹の高校の英語の先生が好きだとかで授業中に観たことがあった。

幼いながらにそれぞれ問題を抱えた4人、テンション高く旅に出たのは良いが死体を探すという目的はそもそも楽しいものではないのだと物語の終わりの方で気が付くのだ。

「樹、見つけた。岩場に腕が見える」

身を乗り出して見ようとした樹の体を青砥が抑えた。

「俺が確認してくるから見なくていい」
「いや、大丈夫だから。いい加減慣れないと」

青砥の手を制して岩場に降りる。反射的に口元を腕で塞ぎながら視界に入れれば、腕を岩に引っ掛けた人間が波の動きに合わせて体を揺らしていた。衣服は無く、体は膨れ、傷だらけで顔の判別も出来ない。だが腕に埋め込まれたマイクロチップがこの人物が沢木勇一であると示していた。

案外平気だ……。

自分でも意外だった。
目の前にある死体は樹の中にある人間の形とは異なったものだ。人間であるという事実だけ頭の中に置いて、心の部分では死体=人間を切り離してしまえばいいのだ。

「班長に報告します」

その後、所轄の警察官が到着するのを待って樹たちは現場を後にした。

 車内は東京港に向かう時と違って明らかに空気が重い。エンジンをかけた青砥は樹の座席の下に手を伸ばすとそのまま樹に覆いかぶさるような体勢で動きを止めた。顔と顔の距離は20センチ程しかない。樹を見上げる青砥、樹は青砥の鋭い目と整った顔を見つめ返した。

「なんですか?」

何も答えないまま青砥の腕が樹の首の後ろに周り、樹を引き寄せた。樹の唇を掠める青砥の首筋、どくん、どくん、と命の鼓動を感じる。鼓動、呼吸、温度、そうだ、生きているとはこういうことだ。あれは死体で、だけど死体ではなくて、元々は生きている人間で、でもそうは思いたくないモノ。

慣れるということは、心の中の何かを切り落とすことなのかもしれない。

「だから……なんですか。抱きついたりして」

「抱きついてるんじゃなくて、抱きしめてるんだけど」

「……ペロンタを取るついでに?」
「まぁ、そうだな」

「ったく、意味わかんねぇ。早く車を発進させてください」

 捜査課に戻ると如月がお疲れさまと手を上げた。入ってすぐの位置に立っていたロボットからお茶を受け取りながら席へと進む。

「遺体は解剖にまわしましたけど、あの遺体の状態では眼球に針が刺さっていたかを判別するのは難しそうですね」

「行方不明届を出そうとした直後からなら一週間は海の中だったろうからな」

「でもこれで十中八九、Dの動機は相沢製薬ですね」と言葉を発したのは如月だ。

「Dは今までも同じような犯行を行っていたんですよね? 犯罪に慣れているはずなのに死体の隠し方が雑じゃないですか? 大村の遺体に重しもついてないですし、マイクロチップも生きてるし」

樹が素直に疑問をぶつけると、パンをかじっていた霧島がふえっと変な声を出した。すかさずロボットが霧島にお茶を運ぶと、ゴクンと大きな音をたててパンを飲み込んだ。

「失礼。今までの傾向から言ってDは死体を隠したりしないわ。死体の移動もしない。そもそもDは犯人を裁くために殺人を犯しているから、世の中に罪人を罰したことを知らしめたいのよ。だから死体を隠すっていうのは矛盾する」

「つまり今回死体を捨てたり隠したりしたのは別人ってことよねぇん。Dの犯罪だと知られたら後ろめたい人間」

如月が少し目を伏せてから真っ直ぐに前を見た。キュッと眉毛を寄せたその目が鋭い輝きを帯びている。

「山さんと茜さんは沢木失踪当日の足取りと目撃情報を、アオ君と樹君は相沢製薬の富市社長に話を聞いてきてください」

 相沢製薬は郊外にあり車で40分程かかる。ブレスレットで表示させた情報によると相沢製薬の本部と工場は同じ敷地内にあるらしい。子供たちの工場見学や薬学科の学生のインターンも積極的に受け入れており、教育にも重きを置いている企業のようだ。

「相沢製薬の富市社長って先日、京子さんと一緒に行ったレストランにいたあの派手な方ですよね?」

「あぁ、相沢製薬の4代目社長だ。3代目の父親が5年前に不慮の事故で他界してから、27歳で相沢製薬を継いだんだよ。医薬品だけじゃなく、サプリメントや化粧品にも手を広げてその商品は若い年代を中心に人気がある」

「へぇ、経営者の才能があるんですねぇ」

派手な外見からは想像つかないな、と樹は思った。人を見かけで判断してはいけないってこのことだな……。いや、こっちの世界では賢そうに見える服装なのかもしれない。

「そういえば相沢製薬にアポとってないですけどいいんですか?」

「いいんだよ。急に尋ねた方が向こうも準備する時間がないから、その時の反応や対応で分かることもあるんだ。だから初めて行くとき程アポはとらない」

なるほど、と樹が納得していると視界の隅で青砥が目を擦った。気付けばもう15時半、青砥が眠くなる時間だ。

「眠いですか? 車止めてちょっと休みます?」
「ん、悪い」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

ドリーミング・オブ・ドーン様。たいへん恐縮ですが、ご逝去頂ければ幸せの極みにございます

スィグトーネ
ファンタジー
 雪が溶け、春がやってきたある日、黒毛のオスウマが独り立ちを許された。  名はドリーミングオブドーン。一人前のユニコーンになるために、人間が魔族の仲間となって、多くの経験を積む旅がはじまったのである。  ドリーミングオブドーンは、人間と共に生きることを望んでいた。両親も祖父も人間と共に生き、多くの手柄を立てた一角獣だからだ。  果たして彼には、どのような出会いが待っているのだろう。物語はいま始まろうとしていた。 ※この物語はフィクションです。 ※この物語に登場するイラストは、AIイラストさんで作成したモノを使っています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...