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第二章 N+捜査官
15. 抱きしめているだけ
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東京港に着いて車を降りた瞬間からベタっとした塩の香りに包まれた。波が岸壁にぶつかり、バシャン、バシャンと音を立てている。
「どの辺でしたっけ?」
青砥は山口が送ってくれた位置情報を空中に表示すると、もう少し向こうの方だな、と指さした。
「そっちは海ですけどね。人がいそうな建物は何もない」
「でもこっちなんだよ」
防波堤を沖に向かって歩く。頭の中でエルビスプレスリーのスタンドバイミーが流れ始めた時点で悪い予感はしていた。それは小学生の仲良し4人組が死体を探す旅に出る映画で、樹の高校の英語の先生が好きだとかで授業中に観たことがあった。
幼いながらにそれぞれ問題を抱えた4人、テンション高く旅に出たのは良いが死体を探すという目的はそもそも楽しいものではないのだと物語の終わりの方で気が付くのだ。
「樹、見つけた。岩場に腕が見える」
身を乗り出して見ようとした樹の体を青砥が抑えた。
「俺が確認してくるから見なくていい」
「いや、大丈夫だから。いい加減慣れないと」
青砥の手を制して岩場に降りる。反射的に口元を腕で塞ぎながら視界に入れれば、腕を岩に引っ掛けた人間が波の動きに合わせて体を揺らしていた。衣服は無く、体は膨れ、傷だらけで顔の判別も出来ない。だが腕に埋め込まれたマイクロチップがこの人物が沢木勇一であると示していた。
案外平気だ……。
自分でも意外だった。
目の前にある死体は樹の中にある人間の形とは異なったものだ。人間であるという事実だけ頭の中に置いて、心の部分では死体=人間を切り離してしまえばいいのだ。
「班長に報告します」
その後、所轄の警察官が到着するのを待って樹たちは現場を後にした。
車内は東京港に向かう時と違って明らかに空気が重い。エンジンをかけた青砥は樹の座席の下に手を伸ばすとそのまま樹に覆いかぶさるような体勢で動きを止めた。顔と顔の距離は20センチ程しかない。樹を見上げる青砥、樹は青砥の鋭い目と整った顔を見つめ返した。
「なんですか?」
何も答えないまま青砥の腕が樹の首の後ろに周り、樹を引き寄せた。樹の唇を掠める青砥の首筋、どくん、どくん、と命の鼓動を感じる。鼓動、呼吸、温度、そうだ、生きているとはこういうことだ。あれは死体で、だけど死体ではなくて、元々は生きている人間で、でもそうは思いたくないモノ。
慣れるということは、心の中の何かを切り落とすことなのかもしれない。
「だから……なんですか。抱きついたりして」
「抱きついてるんじゃなくて、抱きしめてるんだけど」
「……ペロンタを取るついでに?」
「まぁ、そうだな」
「ったく、意味わかんねぇ。早く車を発進させてください」
捜査課に戻ると如月がお疲れさまと手を上げた。入ってすぐの位置に立っていたロボットからお茶を受け取りながら席へと進む。
「遺体は解剖にまわしましたけど、あの遺体の状態では眼球に針が刺さっていたかを判別するのは難しそうですね」
「行方不明届を出そうとした直後からなら一週間は海の中だったろうからな」
「でもこれで十中八九、Dの動機は相沢製薬ですね」と言葉を発したのは如月だ。
「Dは今までも同じような犯行を行っていたんですよね? 犯罪に慣れているはずなのに死体の隠し方が雑じゃないですか? 大村の遺体に重しもついてないですし、マイクロチップも生きてるし」
樹が素直に疑問をぶつけると、パンをかじっていた霧島がふえっと変な声を出した。すかさずロボットが霧島にお茶を運ぶと、ゴクンと大きな音をたててパンを飲み込んだ。
「失礼。今までの傾向から言ってDは死体を隠したりしないわ。死体の移動もしない。そもそもDは犯人を裁くために殺人を犯しているから、世の中に罪人を罰したことを知らしめたいのよ。だから死体を隠すっていうのは矛盾する」
「つまり今回死体を捨てたり隠したりしたのは別人ってことよねぇん。Dの犯罪だと知られたら後ろめたい人間」
如月が少し目を伏せてから真っ直ぐに前を見た。キュッと眉毛を寄せたその目が鋭い輝きを帯びている。
「山さんと茜さんは沢木失踪当日の足取りと目撃情報を、アオ君と樹君は相沢製薬の富市社長に話を聞いてきてください」
相沢製薬は郊外にあり車で40分程かかる。ブレスレットで表示させた情報によると相沢製薬の本部と工場は同じ敷地内にあるらしい。子供たちの工場見学や薬学科の学生のインターンも積極的に受け入れており、教育にも重きを置いている企業のようだ。
「相沢製薬の富市社長って先日、京子さんと一緒に行ったレストランにいたあの派手な方ですよね?」
「あぁ、相沢製薬の4代目社長だ。3代目の父親が5年前に不慮の事故で他界してから、27歳で相沢製薬を継いだんだよ。医薬品だけじゃなく、サプリメントや化粧品にも手を広げてその商品は若い年代を中心に人気がある」
「へぇ、経営者の才能があるんですねぇ」
派手な外見からは想像つかないな、と樹は思った。人を見かけで判断してはいけないってこのことだな……。いや、こっちの世界では賢そうに見える服装なのかもしれない。
「そういえば相沢製薬にアポとってないですけどいいんですか?」
「いいんだよ。急に尋ねた方が向こうも準備する時間がないから、その時の反応や対応で分かることもあるんだ。だから初めて行くとき程アポはとらない」
なるほど、と樹が納得していると視界の隅で青砥が目を擦った。気付けばもう15時半、青砥が眠くなる時間だ。
「眠いですか? 車止めてちょっと休みます?」
「ん、悪い」
「どの辺でしたっけ?」
青砥は山口が送ってくれた位置情報を空中に表示すると、もう少し向こうの方だな、と指さした。
「そっちは海ですけどね。人がいそうな建物は何もない」
「でもこっちなんだよ」
防波堤を沖に向かって歩く。頭の中でエルビスプレスリーのスタンドバイミーが流れ始めた時点で悪い予感はしていた。それは小学生の仲良し4人組が死体を探す旅に出る映画で、樹の高校の英語の先生が好きだとかで授業中に観たことがあった。
幼いながらにそれぞれ問題を抱えた4人、テンション高く旅に出たのは良いが死体を探すという目的はそもそも楽しいものではないのだと物語の終わりの方で気が付くのだ。
「樹、見つけた。岩場に腕が見える」
身を乗り出して見ようとした樹の体を青砥が抑えた。
「俺が確認してくるから見なくていい」
「いや、大丈夫だから。いい加減慣れないと」
青砥の手を制して岩場に降りる。反射的に口元を腕で塞ぎながら視界に入れれば、腕を岩に引っ掛けた人間が波の動きに合わせて体を揺らしていた。衣服は無く、体は膨れ、傷だらけで顔の判別も出来ない。だが腕に埋め込まれたマイクロチップがこの人物が沢木勇一であると示していた。
案外平気だ……。
自分でも意外だった。
目の前にある死体は樹の中にある人間の形とは異なったものだ。人間であるという事実だけ頭の中に置いて、心の部分では死体=人間を切り離してしまえばいいのだ。
「班長に報告します」
その後、所轄の警察官が到着するのを待って樹たちは現場を後にした。
車内は東京港に向かう時と違って明らかに空気が重い。エンジンをかけた青砥は樹の座席の下に手を伸ばすとそのまま樹に覆いかぶさるような体勢で動きを止めた。顔と顔の距離は20センチ程しかない。樹を見上げる青砥、樹は青砥の鋭い目と整った顔を見つめ返した。
「なんですか?」
何も答えないまま青砥の腕が樹の首の後ろに周り、樹を引き寄せた。樹の唇を掠める青砥の首筋、どくん、どくん、と命の鼓動を感じる。鼓動、呼吸、温度、そうだ、生きているとはこういうことだ。あれは死体で、だけど死体ではなくて、元々は生きている人間で、でもそうは思いたくないモノ。
慣れるということは、心の中の何かを切り落とすことなのかもしれない。
「だから……なんですか。抱きついたりして」
「抱きついてるんじゃなくて、抱きしめてるんだけど」
「……ペロンタを取るついでに?」
「まぁ、そうだな」
「ったく、意味わかんねぇ。早く車を発進させてください」
捜査課に戻ると如月がお疲れさまと手を上げた。入ってすぐの位置に立っていたロボットからお茶を受け取りながら席へと進む。
「遺体は解剖にまわしましたけど、あの遺体の状態では眼球に針が刺さっていたかを判別するのは難しそうですね」
「行方不明届を出そうとした直後からなら一週間は海の中だったろうからな」
「でもこれで十中八九、Dの動機は相沢製薬ですね」と言葉を発したのは如月だ。
「Dは今までも同じような犯行を行っていたんですよね? 犯罪に慣れているはずなのに死体の隠し方が雑じゃないですか? 大村の遺体に重しもついてないですし、マイクロチップも生きてるし」
樹が素直に疑問をぶつけると、パンをかじっていた霧島がふえっと変な声を出した。すかさずロボットが霧島にお茶を運ぶと、ゴクンと大きな音をたててパンを飲み込んだ。
「失礼。今までの傾向から言ってDは死体を隠したりしないわ。死体の移動もしない。そもそもDは犯人を裁くために殺人を犯しているから、世の中に罪人を罰したことを知らしめたいのよ。だから死体を隠すっていうのは矛盾する」
「つまり今回死体を捨てたり隠したりしたのは別人ってことよねぇん。Dの犯罪だと知られたら後ろめたい人間」
如月が少し目を伏せてから真っ直ぐに前を見た。キュッと眉毛を寄せたその目が鋭い輝きを帯びている。
「山さんと茜さんは沢木失踪当日の足取りと目撃情報を、アオ君と樹君は相沢製薬の富市社長に話を聞いてきてください」
相沢製薬は郊外にあり車で40分程かかる。ブレスレットで表示させた情報によると相沢製薬の本部と工場は同じ敷地内にあるらしい。子供たちの工場見学や薬学科の学生のインターンも積極的に受け入れており、教育にも重きを置いている企業のようだ。
「相沢製薬の富市社長って先日、京子さんと一緒に行ったレストランにいたあの派手な方ですよね?」
「あぁ、相沢製薬の4代目社長だ。3代目の父親が5年前に不慮の事故で他界してから、27歳で相沢製薬を継いだんだよ。医薬品だけじゃなく、サプリメントや化粧品にも手を広げてその商品は若い年代を中心に人気がある」
「へぇ、経営者の才能があるんですねぇ」
派手な外見からは想像つかないな、と樹は思った。人を見かけで判断してはいけないってこのことだな……。いや、こっちの世界では賢そうに見える服装なのかもしれない。
「そういえば相沢製薬にアポとってないですけどいいんですか?」
「いいんだよ。急に尋ねた方が向こうも準備する時間がないから、その時の反応や対応で分かることもあるんだ。だから初めて行くとき程アポはとらない」
なるほど、と樹が納得していると視界の隅で青砥が目を擦った。気付けばもう15時半、青砥が眠くなる時間だ。
「眠いですか? 車止めてちょっと休みます?」
「ん、悪い」
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