38 / 119
第二章 N+捜査官
14. 価値観
しおりを挟む
霧島が電話をかける傍らで会議は続けられた。検死結果は? の問いに返事をしたのは樹だ。
「はい。死亡推定時刻は2日前、4月30日の午後9時~10時、死因は内臓破裂による出血性ショックだそうです。監察医の先生が言うには色々な物で殴られたか
のようだと」
思い起こされる痛々しい死体を記憶の隅に追いやって、樹は表示されている文字に集中した。続いて特記事項の欄を読む。
「如月さんの言う通り、眼球には針で刺されたような跡があったということです」
「殴り殺して、目が閉じないように眼球に針を刺したか。こりゃあ、間違いねぇな」
小暮が呟いて樹以外の全員が頷いた。
「Dが犯人だってことは、被害者の大村は犯罪に手を染めていたといって間違いないでしょうね。問題はそれが個人的なものか、会社に関係していることかってことですが」
如月が視線を霧島に向けると霧島が丁度電話を切ったところだった。
「沢木の話だと、勇一が二日間帰って来なかったので行方不明届を出しに来たのだそうです。でも、行方不明届を提出する直前にもう一度勇一に電話をしてみたら電話に出たので、届けを出すのをやめたのだと」
「じゃあご沢木勇一は、今は家にいるってことですよね?」
青砥が聞くと、霧島が「それが……」と強張った表情をした。
「1時間後にもう一度電話が来て、離婚届を送るから離婚してくれと言ってきたそうです。慰謝料を払うからと。それ以来会っていないそうなんです」
「電話一本で別れちゃったんですか? 無事かどうかの確認もせずに?」
樹が信じられないという顔をした。
「結婚するほど好きだった相手なのに、そんな電話一本で離婚できるものなんですか?」
樹は母親を思い出していた。いつも男に結婚して欲しいと言い寄っていた母親。未婚のまま樹たちを産んだ母親は結婚さえすればその関係が永遠に続くとでも思っているかのようだった。新しい男が出来るたびに結婚したくて一生懸命だった母親の姿、それはいつしか樹の心にも植え付けられ、樹にとって結婚は真の永遠の誓いだった。
樹が小暮を見る。この中で唯一の既婚者である小暮はその視線にドキッとしたように、口を『い』の形にして顔を引きつらせた。そして、色んな夫婦がいるってことさ、と呟いた。
「沢木勇一はDV男だったらしいです。世間体があるから誰にも言えなかったって。別れてくれる上に慰謝料までくれるなら喜んで別れるよって随分さっぱりした口調でした」
「ってことは沢木勇一が今どこにいるかは誰も知らないってことよねぇ」
「山さん、警察のデータベースにアクセスして現在の沢木勇一の位置情報を取得して下さい。水の中や土の中なんてことにならなければ、腕に埋め込まれたマイクロチップで居所は直ぐに分かるはずです。これでもし沢木勇一が死んでいるなんてことになったら、殺害動機は大村個人ではなく相沢製薬にあるってことになりますね」
腕に埋め込まれたマイクロチップ……。そういえばこの世界に来て間もなく、加賀美さんがこの建物の中で誰がどこにいるかは直ぐに分かると言っていた。なるほど、そういうことか。ってことは俺の腕にも!?
樹がそんなことを考えている間に山口は沢木勇一の居場所を簡単に特定した。
「東京港に反応がありますねぇ。移動している気配はないですが」
「ここから車で15分くらいですね。アオ君と樹君でちょっと見てきて貰えますか? 無事ならそれで良いので」
青砥の運転する車に乗り込み、何台もの車やバスが飛び交う空へと飛び立つ。合流するために青砥がハンドルを切ると体が斜めになった。樹のいた世界では車がこんな角度になるのは事故の時くらいだろう。
「あの……」
「ん?」
「変なこと聞きますけど、この世界では男性同士で結婚できるんですか? 沢木勇一も和也も男性ですよね?」
こんなことは樹がこの世界の住人ではないと気付いている青砥にしか聞けない。この世界の常識を確認するためには、近くに樹のことを知っている人がいるのは本当に助かる。加賀美では役職が上過ぎてなかなか会う事も難しいし、樹の後見人である田所に関しては以前会ったきり何も音沙汰がない状態だ。
「あぁ、わりと普通にあるよ。異性婚の方が断然多いけど同性婚だからと言って問題になるようなことはないな。それでも、30年くらい前までは同性婚はあまり認められづらかったのは確かだ」
「どうして普通になったんですか?」
「もともと、同性婚も認めましょうっていう意見は沢山あったんだよ。事実、そういう活動をする団体もあったし。でも、今みたいに開けたのは少子化問題が片付いたことだと思う」
少子化問題と同性婚に何の関係が? と樹が考え込んでいると青砥が詳しい説明を始めた。
「寿命が延びて老化治療が出来るようになったってことはさ、女性は子供を産みたいと思ったら150歳でも子供を産めるんだよ。金持ちならだけどな。それに寿命が延びたことで、働ける年代が増えた。つまり、昔みたいに子供を作らなくても経済は回るし、産みたい人は年齢に左右されずに何人でも子供を持てる」
「つまり子供を持たない人たちへの風当たりが弱くなったからってことですか?」
「ん~医学の進歩によって個々の考え方を尊重しやすくなったって言い方の方が近いかもな」
「そう、なんだ……」
つまりこの世界では同性同士のカップルはそんなに珍しいことではないのか。そういえば以前、俺たちがヤってると勘違いして茜さんが青砥の部屋に飛び込んできた時も、男同士に驚いた様子はなかったな……。
ヤって……、ヤ……。何考えてんだ俺。
ビシッと表情を固めた樹を不思議な顔で青砥が見ていた。
「はい。死亡推定時刻は2日前、4月30日の午後9時~10時、死因は内臓破裂による出血性ショックだそうです。監察医の先生が言うには色々な物で殴られたか
のようだと」
思い起こされる痛々しい死体を記憶の隅に追いやって、樹は表示されている文字に集中した。続いて特記事項の欄を読む。
「如月さんの言う通り、眼球には針で刺されたような跡があったということです」
「殴り殺して、目が閉じないように眼球に針を刺したか。こりゃあ、間違いねぇな」
小暮が呟いて樹以外の全員が頷いた。
「Dが犯人だってことは、被害者の大村は犯罪に手を染めていたといって間違いないでしょうね。問題はそれが個人的なものか、会社に関係していることかってことですが」
如月が視線を霧島に向けると霧島が丁度電話を切ったところだった。
「沢木の話だと、勇一が二日間帰って来なかったので行方不明届を出しに来たのだそうです。でも、行方不明届を提出する直前にもう一度勇一に電話をしてみたら電話に出たので、届けを出すのをやめたのだと」
「じゃあご沢木勇一は、今は家にいるってことですよね?」
青砥が聞くと、霧島が「それが……」と強張った表情をした。
「1時間後にもう一度電話が来て、離婚届を送るから離婚してくれと言ってきたそうです。慰謝料を払うからと。それ以来会っていないそうなんです」
「電話一本で別れちゃったんですか? 無事かどうかの確認もせずに?」
樹が信じられないという顔をした。
「結婚するほど好きだった相手なのに、そんな電話一本で離婚できるものなんですか?」
樹は母親を思い出していた。いつも男に結婚して欲しいと言い寄っていた母親。未婚のまま樹たちを産んだ母親は結婚さえすればその関係が永遠に続くとでも思っているかのようだった。新しい男が出来るたびに結婚したくて一生懸命だった母親の姿、それはいつしか樹の心にも植え付けられ、樹にとって結婚は真の永遠の誓いだった。
樹が小暮を見る。この中で唯一の既婚者である小暮はその視線にドキッとしたように、口を『い』の形にして顔を引きつらせた。そして、色んな夫婦がいるってことさ、と呟いた。
「沢木勇一はDV男だったらしいです。世間体があるから誰にも言えなかったって。別れてくれる上に慰謝料までくれるなら喜んで別れるよって随分さっぱりした口調でした」
「ってことは沢木勇一が今どこにいるかは誰も知らないってことよねぇ」
「山さん、警察のデータベースにアクセスして現在の沢木勇一の位置情報を取得して下さい。水の中や土の中なんてことにならなければ、腕に埋め込まれたマイクロチップで居所は直ぐに分かるはずです。これでもし沢木勇一が死んでいるなんてことになったら、殺害動機は大村個人ではなく相沢製薬にあるってことになりますね」
腕に埋め込まれたマイクロチップ……。そういえばこの世界に来て間もなく、加賀美さんがこの建物の中で誰がどこにいるかは直ぐに分かると言っていた。なるほど、そういうことか。ってことは俺の腕にも!?
樹がそんなことを考えている間に山口は沢木勇一の居場所を簡単に特定した。
「東京港に反応がありますねぇ。移動している気配はないですが」
「ここから車で15分くらいですね。アオ君と樹君でちょっと見てきて貰えますか? 無事ならそれで良いので」
青砥の運転する車に乗り込み、何台もの車やバスが飛び交う空へと飛び立つ。合流するために青砥がハンドルを切ると体が斜めになった。樹のいた世界では車がこんな角度になるのは事故の時くらいだろう。
「あの……」
「ん?」
「変なこと聞きますけど、この世界では男性同士で結婚できるんですか? 沢木勇一も和也も男性ですよね?」
こんなことは樹がこの世界の住人ではないと気付いている青砥にしか聞けない。この世界の常識を確認するためには、近くに樹のことを知っている人がいるのは本当に助かる。加賀美では役職が上過ぎてなかなか会う事も難しいし、樹の後見人である田所に関しては以前会ったきり何も音沙汰がない状態だ。
「あぁ、わりと普通にあるよ。異性婚の方が断然多いけど同性婚だからと言って問題になるようなことはないな。それでも、30年くらい前までは同性婚はあまり認められづらかったのは確かだ」
「どうして普通になったんですか?」
「もともと、同性婚も認めましょうっていう意見は沢山あったんだよ。事実、そういう活動をする団体もあったし。でも、今みたいに開けたのは少子化問題が片付いたことだと思う」
少子化問題と同性婚に何の関係が? と樹が考え込んでいると青砥が詳しい説明を始めた。
「寿命が延びて老化治療が出来るようになったってことはさ、女性は子供を産みたいと思ったら150歳でも子供を産めるんだよ。金持ちならだけどな。それに寿命が延びたことで、働ける年代が増えた。つまり、昔みたいに子供を作らなくても経済は回るし、産みたい人は年齢に左右されずに何人でも子供を持てる」
「つまり子供を持たない人たちへの風当たりが弱くなったからってことですか?」
「ん~医学の進歩によって個々の考え方を尊重しやすくなったって言い方の方が近いかもな」
「そう、なんだ……」
つまりこの世界では同性同士のカップルはそんなに珍しいことではないのか。そういえば以前、俺たちがヤってると勘違いして茜さんが青砥の部屋に飛び込んできた時も、男同士に驚いた様子はなかったな……。
ヤって……、ヤ……。何考えてんだ俺。
ビシッと表情を固めた樹を不思議な顔で青砥が見ていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる