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第二章 N+捜査官
13. 公園の死体
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公園に着くと本物の木々が生い茂った一角に迷彩柄のシートで覆われた一角があった。このシートは死体が外部から見えないように配慮するという目的と現場保護の意味があるのだが、毎回景色から浮かない様にと背景と似た柄のシートで囲う事になっている。
「お疲れ様です」
規制線の前に立って現場を守っている警察官に頭を下げて樹がシートの傍まで行くと渋い顔をした霧島が中から出てきた。
「樹、朝ご飯食べた?」
「いや、まだですけど」
「ならいいか。覚悟して入りなよ」
「はぁ」
シートの中に入ると鉄くさい匂いがした。鼻孔から入り、ほんの少し樹の胃を押し上げる。唾を飲み込んで押し戻しながら、電話をしている如月に会釈した。
「アオさん、もう来てたんですか。ってかその格好……」
ブルーシートの脇に立つジャージにTシャツの青砥を見て目を丸くする。
「ちょうど走ってた時に連絡が来たんだよ。で、そのまま近くの乗り場からムカデに乗った。被害者、見るか?」
頷いてブル―シートをめくる。鉄の香りが一気に濃くなり、樹は服の袖で口を覆った。始めに視界に飛び込んできたのは潰れた親指だ。人差し指や中指はあらぬ方向に曲がり、袖は血で染まって真っ赤だ。髪は乱れ、目は見開き、口から吐いた血が顎と右頬を濡らしていた。
「体のあちこちに傷があるのに顔だけは比較的キレイだろ? 腕でずっとガードしてたんだろうな」
一目で殺人だと分かる遺体だった。大小さまざまな傷、まるで複数の人間に殴り殺されたかのようだ。
「酷い……、一体誰がこんなこと……」
「犯人の見当はついています」
「え?」
驚いて顔を上げると、電話を終えた如月が樹に近づいてきた。
「まだ確定したわけではありませんが」
如月はそう言いながら指で被害者の目を大きく開けさせた。
「ほら、この眼球の上の方に出血点があるでしょう? これは針を刺して目を閉じないように固定していたのだと思われます」
「なんでそんなこと……」
「被害者に見せたいものがあるんでしょうね……」
眼球に針を刺すという異常さに背中を冷たい手で撫でられたような寒気を感じる。硬直したように遺体から目が離せなくなっていると、青砥が傍に来て樹の手からブルーシートを外した。
「犯人はDですか……」
青砥の呟きに如月が頷く。
「Dって誰なんですか? 分かっているなら捕まえに行きましょうよ!」
「Dは死神のD、殺し屋ですよ。政府に登録されていないから居所は不明、Dが殺した人間は20人以上だとさえ言われています」
「そんなに……そんなに殺しておきながらまだ捕まってないなんて……目撃情報はないんですか!?」
「目撃情報なぁ、ゼロってわけじゃないはずなんだけど皆話したがらないんだよ。そうですよね? 如月さん」
「えぇ、Dが殺すのは裁かれていない犯罪者ばかりですからね。叩けばホコリどころかドギツイものが出てくる。殺されたことを喜ぶ人の方が明らかに多いんですよ。だから目撃しても警察には何も話してはくれません」
犯罪者を殺す殺し屋……、自分ならどうだろうか。もし優愛を殺した奴を誰かが殺してくれたとして、それを目撃したら……
樹が答えを出す前に如月が声を張り上げた。
「どんなに酷い犯罪者が相手でも殺しを認めるわけにはいきません。法で裁く、それが法治国家ですから」
如月の言葉に頷く事も出来ずに、樹はブルーシートに覆われた遺体を見つめた。
「ということは、この被害者もなんらかの犯罪者だということですよね?」
「殺したのがDならばその可能性が高いでしょうね。まずは被害者の身元の特定です。この場所を探ってもこれ以上大した情報は得られないでしょう。被害者の状態のわりにここには血が少なすぎる」
「同感ですね。被害者を追いかけまわして恐怖を与えるのがDのやり方ですから、現場の血の量はこんなものではないはず」
二人の会話を聞きながら、樹はまだブルーシートから視線を逸らせずにいた。
午後になると被害者や近隣の目撃者の情報が次々と集まってきた。それをデータ化し普段は天井に収納されているシート状のディスプレイに表示させる。右上に表示されているのは、生きている頃の被害者の画像だ。
「被害者は大村武夫38歳、相沢製薬の部長です」
霧島が被害者の務めている会社名を読み上げた瞬間、小暮の眉毛がピクっと動いた。
「相沢製薬だと?」
「一課長、知っているんですか?」
「あぁ、先週、確か生活安全課に行方不明届を出しに来た男性のパートナーが相沢製薬に勤めていると言っていたような……」
如月の質問にそう答えた小暮を見て、霧島が素っ頓狂な声を上げた。
「生活安全課って、課長、他の課の仕事内容まで把握してるんですか!?」
「そんなわけあるかよ。たまたま向こうに顔出しした時にこの男性が相談に来て、俺がつないだんだよ。だからちょっと知っているだけだ。山口、この件、どう処理されてる?」
少々お待ちくださぁい、と柔らかな声で返事をした山口が水晶玉のような形のPCを操作すると、空中に生活安全課の書類が表示された。
「小暮課長が会ったのは沢木和也という29歳の男性ですね。そして行方不明だとされたのが沢木勇一34歳です。これによると行方不明届は提出されていませんねぇ」
「どういうことだ?」
「パートナーと連絡が取れた為と記載がありますけどぅ」
「うーん、なんか気になるな。霧島ぁ、ちょっとこの男性に連絡取って沢木勇一がどうなったか聞いてきてくれ」
「お疲れ様です」
規制線の前に立って現場を守っている警察官に頭を下げて樹がシートの傍まで行くと渋い顔をした霧島が中から出てきた。
「樹、朝ご飯食べた?」
「いや、まだですけど」
「ならいいか。覚悟して入りなよ」
「はぁ」
シートの中に入ると鉄くさい匂いがした。鼻孔から入り、ほんの少し樹の胃を押し上げる。唾を飲み込んで押し戻しながら、電話をしている如月に会釈した。
「アオさん、もう来てたんですか。ってかその格好……」
ブルーシートの脇に立つジャージにTシャツの青砥を見て目を丸くする。
「ちょうど走ってた時に連絡が来たんだよ。で、そのまま近くの乗り場からムカデに乗った。被害者、見るか?」
頷いてブル―シートをめくる。鉄の香りが一気に濃くなり、樹は服の袖で口を覆った。始めに視界に飛び込んできたのは潰れた親指だ。人差し指や中指はあらぬ方向に曲がり、袖は血で染まって真っ赤だ。髪は乱れ、目は見開き、口から吐いた血が顎と右頬を濡らしていた。
「体のあちこちに傷があるのに顔だけは比較的キレイだろ? 腕でずっとガードしてたんだろうな」
一目で殺人だと分かる遺体だった。大小さまざまな傷、まるで複数の人間に殴り殺されたかのようだ。
「酷い……、一体誰がこんなこと……」
「犯人の見当はついています」
「え?」
驚いて顔を上げると、電話を終えた如月が樹に近づいてきた。
「まだ確定したわけではありませんが」
如月はそう言いながら指で被害者の目を大きく開けさせた。
「ほら、この眼球の上の方に出血点があるでしょう? これは針を刺して目を閉じないように固定していたのだと思われます」
「なんでそんなこと……」
「被害者に見せたいものがあるんでしょうね……」
眼球に針を刺すという異常さに背中を冷たい手で撫でられたような寒気を感じる。硬直したように遺体から目が離せなくなっていると、青砥が傍に来て樹の手からブルーシートを外した。
「犯人はDですか……」
青砥の呟きに如月が頷く。
「Dって誰なんですか? 分かっているなら捕まえに行きましょうよ!」
「Dは死神のD、殺し屋ですよ。政府に登録されていないから居所は不明、Dが殺した人間は20人以上だとさえ言われています」
「そんなに……そんなに殺しておきながらまだ捕まってないなんて……目撃情報はないんですか!?」
「目撃情報なぁ、ゼロってわけじゃないはずなんだけど皆話したがらないんだよ。そうですよね? 如月さん」
「えぇ、Dが殺すのは裁かれていない犯罪者ばかりですからね。叩けばホコリどころかドギツイものが出てくる。殺されたことを喜ぶ人の方が明らかに多いんですよ。だから目撃しても警察には何も話してはくれません」
犯罪者を殺す殺し屋……、自分ならどうだろうか。もし優愛を殺した奴を誰かが殺してくれたとして、それを目撃したら……
樹が答えを出す前に如月が声を張り上げた。
「どんなに酷い犯罪者が相手でも殺しを認めるわけにはいきません。法で裁く、それが法治国家ですから」
如月の言葉に頷く事も出来ずに、樹はブルーシートに覆われた遺体を見つめた。
「ということは、この被害者もなんらかの犯罪者だということですよね?」
「殺したのがDならばその可能性が高いでしょうね。まずは被害者の身元の特定です。この場所を探ってもこれ以上大した情報は得られないでしょう。被害者の状態のわりにここには血が少なすぎる」
「同感ですね。被害者を追いかけまわして恐怖を与えるのがDのやり方ですから、現場の血の量はこんなものではないはず」
二人の会話を聞きながら、樹はまだブルーシートから視線を逸らせずにいた。
午後になると被害者や近隣の目撃者の情報が次々と集まってきた。それをデータ化し普段は天井に収納されているシート状のディスプレイに表示させる。右上に表示されているのは、生きている頃の被害者の画像だ。
「被害者は大村武夫38歳、相沢製薬の部長です」
霧島が被害者の務めている会社名を読み上げた瞬間、小暮の眉毛がピクっと動いた。
「相沢製薬だと?」
「一課長、知っているんですか?」
「あぁ、先週、確か生活安全課に行方不明届を出しに来た男性のパートナーが相沢製薬に勤めていると言っていたような……」
如月の質問にそう答えた小暮を見て、霧島が素っ頓狂な声を上げた。
「生活安全課って、課長、他の課の仕事内容まで把握してるんですか!?」
「そんなわけあるかよ。たまたま向こうに顔出しした時にこの男性が相談に来て、俺がつないだんだよ。だからちょっと知っているだけだ。山口、この件、どう処理されてる?」
少々お待ちくださぁい、と柔らかな声で返事をした山口が水晶玉のような形のPCを操作すると、空中に生活安全課の書類が表示された。
「小暮課長が会ったのは沢木和也という29歳の男性ですね。そして行方不明だとされたのが沢木勇一34歳です。これによると行方不明届は提出されていませんねぇ」
「どういうことだ?」
「パートナーと連絡が取れた為と記載がありますけどぅ」
「うーん、なんか気になるな。霧島ぁ、ちょっとこの男性に連絡取って沢木勇一がどうなったか聞いてきてくれ」
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