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第二章 N+捜査官
11. 吹き矢
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「吹き矢か、うむぅ」
事情を聞いた桂木は顎に手をあて興味深そうに頷いた。何やらごにょごにょと呟いたり、工房の奥を漁ってみたり。かと思えば空中に数式のような物を書いたりする。下手に話し掛けない方が良いと判断した樹と青砥が無言で桂木の動きを見ていると、工房の奥から「これじゃ!」という弾んだ声が聴こえた。
「以前、ゲームの武器を再現したくてな。これ使えそうじゃろ?」
桂木が持って来たのは樹の身長程の長さのある筒だ。表面には細かな植物の模様があり、太さは直径が1.5センチ程度で確かに吹き矢には丁度良さそうだ、だが。
「長くないですか!?」
「そうか? お前さんの説明する吹き矢は筒の長さが長い方が、威力が上がる仕組みなんじゃが」
「そうなんですか?」
「うむ。吹き矢に息を吹き込むと筒の中にいる間、弾には一定の力が加わることになる。すると弾は等加速度運動し筒の長さの平方根と比例した速さで発射される」
言葉は分かるのに理解が追いつかないでいると、青砥が口を開いた。
「つまり、筒が長い程、弾が加速する時間と距離が長くなり弾が速くなる。だから威力が上がるってこと」
「なるほど」と樹は一度頷いたが、直ぐに顔を上げた。
「いや、それでも長すぎますってば!!」
「あっはっはっは、流石にこのまま持たせようと思っておらんよ。30分、時間をくれ」
30分後、そんなに短時間で出来るのかと半信半疑だった樹の前に30センチ程の筒を持った桂木が登場した。
「弾はここ、口から3センチの部分から入れるようになっている」
桂木はそう言いながら筒の端から3センチの部分を、蓋を開けるように折り曲げた。
「麻酔薬など口に触れてはいけない物を弾にする場合を想定したのじゃ。更に、筒をこうして勢い良く振ると」
桂木が筒を持ったまま腕を振り上げて下ろす。すると筒が伸びて倍の長さになった。
「筒の内部を3重構造にしてあってな、2重目に拡張部分を収納することで拡張した後も内部は一定の太さになるようにしてある」
「おぉっ、すごいっ」
「そしてこれが弾じゃ」
その弾は樹が説明したのとそっくりの矢で、3本しかない。
「3本を無くさないでいられる気がしない……」
「それをのー、ワシも考えたのだが毎回弾を作るのはワシも面倒だで、そのくらい自分で作れ。その方が好きに作ることが出来るし、カスタマイズもしやすいじゃろ」
桂木はそう言ってブレスレットから注文サイトを開いた。そこにはたくさんの工具が掲載されており、一目で桂木のような業者用のサイトだと分かる。
「この尖がったザクという道具を元に作ると良い。尖っている先端とは反対の方に息を受けるようなものをつけるのじゃ。布でも何でも良いと思うぞ。自分で試してみぃ、人の体を貫通するくらいの威力は出るはずじゃ」
桂木に言われ目の前にある材料を見ていると、体温が上がっていく気がした。これでようやくもう一段上ることが出来る、戦うことが出来る、樹は挑むような表情のまま画面を見つめていた。
桂木と別れて義手製作所の玄関に行くと雨はまだ降り続いていた。傘をさしていないのに濡れないというのは何度経験しても不思議な感じがする。手を雨の下に出せば確かに水滴は落ちるのに、手を振れば水滴はどこかに飛んでいき後には何も残らない。
「良かったな、吹き矢が手に入って」
「はい、まさかあんなにささっと出来上がるとは思わなかったです」
さすが桂木さんですよね、と言いながら樹は表情を綻ばせた。心強い相棒を手に入れたかのようで浮足立ったまま足を進めた時だった。
「樹、前っ!」
青砥に腕を引かれ立ち止まる。すると約2メートル先に黒い車が降りてきた。車に大して興味がない樹にも高級車であることが一目でわかる。
「大丈夫ですよ。まだ全然距離があるし、それに車には感知センサーがついてるんでしょ」
「まぁ、そうなんだけど」
「意外と心配性なんですね」
振り返った樹が青砥に微笑むと「驚かせてしまってすみません」と背後から声がした。
「京子さん!?」
車から降りてきたのは大黒寺雅子の事件の際に話を聞いたお嬢様、西城京子だ。思わず名前を呼んでしまった樹の隣で青砥は「先日は色々とお話を聞かせて頂き、ありがとうございます」と頭を下げた。
「車からお二人の姿が見えたので一言お礼を言いたくて車を下してもらいましたの。まさか犯人が綾乃さんだったなんて……。それでも犯人がちゃんと捕まって罪を償うことで大黒寺さんも安心してお休みになられると思います。ありがとうございます」
「いえ、私たちは当然のことをしたまでですから」
「京子さん、せっかくですからお二人も食事に誘われてはどうですか?」
続いて車から降りてきた神崎祐一郎が樹たちに頭を下げると、京子に囁く。すると京子の表情がぱっと明るくなった。
「そうだ、もしよろしかったらこれから一緒にお食事でもどうですか? このビルの最上階に父がレストランをオープンするんです。本日がそのプレオープンで父に味の感想を聞かせて欲しいとお願いされていて」
明らかなるお金持ちの西城京子の父親が経営するレストランだ。きっと樹たちであれば一生に一度利用出来るか出来ないかの高級レストランだろう。
「いや、それは……」
断りの言葉を口にしようとした青砥だったが、樹の表情を見て思わず言葉を失った。すがるような子犬の目というのはこういう目のことを言うのだ。樹は上目遣いに青砥を見つめて、ちょっと恥ずかしそうに口元をつぼめている。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
樹のあの表情を見てしまったら、そう言うしかなかった。
事情を聞いた桂木は顎に手をあて興味深そうに頷いた。何やらごにょごにょと呟いたり、工房の奥を漁ってみたり。かと思えば空中に数式のような物を書いたりする。下手に話し掛けない方が良いと判断した樹と青砥が無言で桂木の動きを見ていると、工房の奥から「これじゃ!」という弾んだ声が聴こえた。
「以前、ゲームの武器を再現したくてな。これ使えそうじゃろ?」
桂木が持って来たのは樹の身長程の長さのある筒だ。表面には細かな植物の模様があり、太さは直径が1.5センチ程度で確かに吹き矢には丁度良さそうだ、だが。
「長くないですか!?」
「そうか? お前さんの説明する吹き矢は筒の長さが長い方が、威力が上がる仕組みなんじゃが」
「そうなんですか?」
「うむ。吹き矢に息を吹き込むと筒の中にいる間、弾には一定の力が加わることになる。すると弾は等加速度運動し筒の長さの平方根と比例した速さで発射される」
言葉は分かるのに理解が追いつかないでいると、青砥が口を開いた。
「つまり、筒が長い程、弾が加速する時間と距離が長くなり弾が速くなる。だから威力が上がるってこと」
「なるほど」と樹は一度頷いたが、直ぐに顔を上げた。
「いや、それでも長すぎますってば!!」
「あっはっはっは、流石にこのまま持たせようと思っておらんよ。30分、時間をくれ」
30分後、そんなに短時間で出来るのかと半信半疑だった樹の前に30センチ程の筒を持った桂木が登場した。
「弾はここ、口から3センチの部分から入れるようになっている」
桂木はそう言いながら筒の端から3センチの部分を、蓋を開けるように折り曲げた。
「麻酔薬など口に触れてはいけない物を弾にする場合を想定したのじゃ。更に、筒をこうして勢い良く振ると」
桂木が筒を持ったまま腕を振り上げて下ろす。すると筒が伸びて倍の長さになった。
「筒の内部を3重構造にしてあってな、2重目に拡張部分を収納することで拡張した後も内部は一定の太さになるようにしてある」
「おぉっ、すごいっ」
「そしてこれが弾じゃ」
その弾は樹が説明したのとそっくりの矢で、3本しかない。
「3本を無くさないでいられる気がしない……」
「それをのー、ワシも考えたのだが毎回弾を作るのはワシも面倒だで、そのくらい自分で作れ。その方が好きに作ることが出来るし、カスタマイズもしやすいじゃろ」
桂木はそう言ってブレスレットから注文サイトを開いた。そこにはたくさんの工具が掲載されており、一目で桂木のような業者用のサイトだと分かる。
「この尖がったザクという道具を元に作ると良い。尖っている先端とは反対の方に息を受けるようなものをつけるのじゃ。布でも何でも良いと思うぞ。自分で試してみぃ、人の体を貫通するくらいの威力は出るはずじゃ」
桂木に言われ目の前にある材料を見ていると、体温が上がっていく気がした。これでようやくもう一段上ることが出来る、戦うことが出来る、樹は挑むような表情のまま画面を見つめていた。
桂木と別れて義手製作所の玄関に行くと雨はまだ降り続いていた。傘をさしていないのに濡れないというのは何度経験しても不思議な感じがする。手を雨の下に出せば確かに水滴は落ちるのに、手を振れば水滴はどこかに飛んでいき後には何も残らない。
「良かったな、吹き矢が手に入って」
「はい、まさかあんなにささっと出来上がるとは思わなかったです」
さすが桂木さんですよね、と言いながら樹は表情を綻ばせた。心強い相棒を手に入れたかのようで浮足立ったまま足を進めた時だった。
「樹、前っ!」
青砥に腕を引かれ立ち止まる。すると約2メートル先に黒い車が降りてきた。車に大して興味がない樹にも高級車であることが一目でわかる。
「大丈夫ですよ。まだ全然距離があるし、それに車には感知センサーがついてるんでしょ」
「まぁ、そうなんだけど」
「意外と心配性なんですね」
振り返った樹が青砥に微笑むと「驚かせてしまってすみません」と背後から声がした。
「京子さん!?」
車から降りてきたのは大黒寺雅子の事件の際に話を聞いたお嬢様、西城京子だ。思わず名前を呼んでしまった樹の隣で青砥は「先日は色々とお話を聞かせて頂き、ありがとうございます」と頭を下げた。
「車からお二人の姿が見えたので一言お礼を言いたくて車を下してもらいましたの。まさか犯人が綾乃さんだったなんて……。それでも犯人がちゃんと捕まって罪を償うことで大黒寺さんも安心してお休みになられると思います。ありがとうございます」
「いえ、私たちは当然のことをしたまでですから」
「京子さん、せっかくですからお二人も食事に誘われてはどうですか?」
続いて車から降りてきた神崎祐一郎が樹たちに頭を下げると、京子に囁く。すると京子の表情がぱっと明るくなった。
「そうだ、もしよろしかったらこれから一緒にお食事でもどうですか? このビルの最上階に父がレストランをオープンするんです。本日がそのプレオープンで父に味の感想を聞かせて欲しいとお願いされていて」
明らかなるお金持ちの西城京子の父親が経営するレストランだ。きっと樹たちであれば一生に一度利用出来るか出来ないかの高級レストランだろう。
「いや、それは……」
断りの言葉を口にしようとした青砥だったが、樹の表情を見て思わず言葉を失った。すがるような子犬の目というのはこういう目のことを言うのだ。樹は上目遣いに青砥を見つめて、ちょっと恥ずかしそうに口元をつぼめている。
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樹のあの表情を見てしまったら、そう言うしかなかった。
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